艦これif ~隻眼の鬼神~   作:にゃるし~

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第32話「朝霧の幻想」

ーーーーー鎮守府近海・06:17(マルロクヒトナナ)ーーーーー

 

 

 

所々に薄い朝霧のたちこめる、穏やかに波打つ海を進む。

空は晴れ渡り、雲一つない快晴。

静かに目を閉じて、頬を撫でる風に集中する。

 

「・・・・・・良い風ですね。」

 

背負った矢筒へ手を伸ばすと、白い矢羽の矢を抜き取って弓につがえる。

 

「風向き・・・良し。」

 

弓を構えて弦を限界まで引き絞る。

ギリ・・・ギリ・・・という弓のしなる音が不思議と心を落ち着ける。

 

「航空部隊、発艦!」

 

放たれた矢は光に包まれると白い戦闘機へと姿を変え、暁の空へと飛び立った。

 

「鳳翔隊直掩機、全機発艦致しました。龍鳳さん。」

 

「は、はい!龍鳳隊は順次着艦に移ってください!」

 

上空を旋回していた零戦ニ一型が飛行甲板へと着艦していく。

速度を殺しきれず、甲板でひと跳ねする機体もあったが、大きな問題もなく全機を収容した。

ほっと胸を撫で下ろす龍鳳を眺めていた鳳翔が、優しく訪ねる。

 

「まだ、着艦作業には慣れませんか?」

 

「ひゃいっ!?」

 

話しかけられるとは思っていなかったのだろう。

驚いた龍鳳は思わず飛び上がり、弓を手から落としそうになっていた。

 

「ひゃわわわ!?」

 

なんというドジッ娘。

だが、それがいい。

 

「Oops!大丈夫ですか?」

 

足をもつれさせて転びかけた所を、誰かに後ろから支えられる。

何とか事なきを得た龍鳳。

 

「あ、ありがとうございま・・・お、大きい!?」

 

お礼を言おうと振り向いたその目に飛び込んできたのは、白い二つの塊だった。

驚異的な大きさのそれから目を離せなくなった龍鳳は、口をぱくぱくとさせたまま固まってしまった。

 

「あら、サラトガさん。おはようございます。」

 

鳳翔が龍鳳の後ろにいる人物に気づいて微笑む。

 

「おはよう、ございます。ええっと・・・。」

 

龍鳳から手を離し、微笑み返して朝の挨拶を交わしたサラトガ。

視線を泳がせて何やら落ち着かない様子だ。

 

「どうかされましたか?」

 

見かねた鳳翔が聞くと、困った表情をして頭を下げた。

 

「ごめんなさい、まだ名前を覚えられていなくて。」

 

「ああ、そういうことですか。改めまして、私は鳳翔といいます。そちらは龍鳳さんです。」

 

「よ、よろしくおねがひします!」

 

微笑む鳳翔と緊張した様子の龍鳳を交互に見直す。

サラトガはそれを何度か繰り返すと、こくりと頷いた。

 

「ホーショーにリューホー・・・うん、覚えました。」

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

三人は暫く話に花を咲かせていた。

自己紹介を交えてのものだったが、お互いのことを知るいいきっかけだった。

話が一区切りついたところで、そういえばと鳳翔が話題を変える。

 

「お身体は問題ないのですか?まだ指揮艦の中で休まれていたほうが・・・。」

 

「私はアイオワや他の娘が庇ってくれたおかげで小破ですから。大丈夫です。」

 

「無理はしないでくださいね。私たちがちゃんと、お守りしますから!」

 

胸の前で両手を握りこぶしにして、龍鳳が鼻をフンスと鳴らして意気込んだ。

 

「お三方、お話中すみません。」

 

「ひゃ!?だ、だれですか!?」

 

突然頭上から声をかけられ、龍鳳はまたも飛び上がった。

驚きすぎて心臓が破裂しないか、心配ものである。

 

「この声、あなた方の指揮官では?」

 

流石に落ち着いた雰囲気のサラトガは、驚くことも飛び上がることもなかった。

冷静に声の主の検討をつけている。

 

「なんでしょうか、安住少佐。」

 

聞こえてきたのは、指揮艦の上から双眼鏡を使って周囲を見渡していた安住の声だった。

すぐ近くに三人がいたため、無線を使うまでもないと判断したのだろう。

 

「水を差して申し訳ありません・・・鳳翔さん。大丈夫とは思いますが念のため、対潜哨戒をお願いします。」

 

「そうですね、もう一度出しておきましょうか。」

 

慎重な安住の要請を受諾した鳳翔が風上へ移動し、澄み渡った青空を見上げる。

そして大きく深呼吸をして、三人が見つめる中、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

瞳を瞼で覆い空を仰いでいた彼女が、自然な仕草で矢筒から矢を抜き、弓へつがえる。

 

弓を上段へ掲げるゆっくりとした、それでいて優雅な動作に目を奪われる。

 

弦を引き絞った今も、目は閉じたままだ。

 

どれほど深く集中しているのだろうか。

 

睫毛の微かな震えすらも無いその横顔は、精巧に作られた剥製のようで。

 

けれど風に靡く1つに束ねられた髪が、否定するように揺れている。

 

眩しい朝の光を受けたその姿を、一瞬見失う。

 

次の瞬間には、既に矢は解き放たれていて。

 

空を裂いて飛ぶそれが(まこと)(かたち)を成した時。

 

ようやく開かれた瞳に深緑の翼を写して、愛おしそうに目を細めた彼女を。

 

ただただ『美しい』と、思った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーつづく




第32話です。

いかがでしたでしょうか。

今回は短めです。
鎮守府への帰還途中での一幕でした。
今後も長かったり短かったり、ばらつくと思いますが、よろしくお願いします。

では、また次回をお楽しみに。

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