聞こえるか、この鐘の音が()   作:首を出せ

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急激にお気に入りとか評価とかが増えて、更新がとても怖くなりました……。チキンハートな私を赦してください……。


置物

 

 

「浮いている剣ってだけで嫌な予感がするよな……」

「そうですね。冷静な面持ち、既に剣を準備している周到さ。何より慢心が見当たらない……これアレですよ。中盤から終盤にかけて出てくる強キャラ」

「お前、結構詳しいのな」

「漫画で見ました」

 

 自分たちが置かれている状況の悪さを悟りつつ、それを誤魔化すためにグレンが吐き出した言葉を意外にもサンが拾う。……普通の反応であれば目の前に迫っている危機を恐れて震えあがる所だが、この生徒からはそのような気配は微塵も感じ取ることができなかった。

 

「(……無事に生き残れたらセリカに調べてもらうか)」

 

 システィーナを見つけた時と言い、妙に冷静な今の態度と言い怪しむ要素は数多く存在している。それらの気になることをこの騒動が終わった時にセリカ=アルフォネアに調べて貰うことを決めつつ、グレンは背後に居る生徒二人に尋ねる。

 

「おい、白猫にサン。あの剣をディスペルフォースで無力化できる魔力は残っているか?」

「……私の方は少し足りないです……それに、そんな隙をくれる相手ではないと思います」

「俺の場合はその魔術を素早く発動させることはできないですね」

「………よし分かった。じゃあ、ほい」

 

 二人の分析を聴いてグレンは自分の真横に居たシスティーナをとても軽い様子で突き飛ばす。不意を突かれたことと、グレンの鍛え上げられた筋力によって彼女の身体はまるでそれが当たり前かのように宙を舞った。

 

「………えっ?」

 

 あまりの自然さに突き飛ばされた本人は思わず漏れてしまったという少々間の抜けた声をグレンとサンの耳に届けた後、そのまま重力に従うままに下へと落ちて行ってしまった。

 余りに鮮やかなその手前にサンも目を見開いていた。それと同時に下で草木がぶつかり合う音を聞き取り、とりあえずシスティーナが無事であるだろうとあたりを付ける。……草木などが身体に突き刺さっているような想像はしないことにして。

 

「なぁ、サン。正直、生徒にこんなこと言うのはあれだと思うんだが、手を貸してもらえねえか?」

「……普通に足手纏いになりませんかね?」

「バァーカ。このグレン先生がこの程度でやられるかよ」

 

 サンは自分の立場を思いそう言ったのだが、グレンはその不安を吹き飛ばすかのように笑った。元々不安などは抱いていなかったが、最大戦力のグレンに何かあったらと思っていた彼は、今の反応で不安を払拭した。そして頷き返す。

 グレンはサンの返事を聞いた瞬間に学院を襲撃してきた天の智慧研究会の男―――レイクに向き直る。

 

「それに、お前は白猫ほど優秀じゃねえが俺でも引くくらいにショック・ボルトをきわめてたからな。期待してるぜ」

「……ははっ、了解です。俺のショック・ボルトは百八式までありますよ」

「作戦会議は終わったか?……では、死ね……!」

 

 空気を読んでいたのか、それとも何かしらの準備があったからか、サンとグレンの話が終わってから攻撃を仕掛けるレイク。自身の周囲に浮遊させている五つの剣の内四つをグレンに放ち、あと一つをサンに放った。

 

「先生、こっちに一つ来たんですけど!」

「何とかしろ!大丈夫だ、お前ならできる!できるできる、諦めんなよぉぉぉ!」

「少しでも先生をカッコイイとか思った俺が馬鹿でしたよ!」

 

 吐き捨てるサンだったが、実際にはグレンにもサンを助けに行く余裕がない。なんせ、縦横無尽に宙を駆け回る剣を四つ相手にしているのだ。今は背を壁に向け、背後からの攻撃がないように立ち回っているが、自分の所で精一杯というところだろう。

 サンもそのことに気づいたのか悪態を吐くだけで、それ以上の追撃はしなかった。後からセリカ=アルフォネアにあることないことを吹き込もうと思ってはいたが。自身に向かってくる剣を素人丸出しの動きで何とか回避しつつ、彼は思考する。

 

「(多分だけど、この剣には何かしらのコーティングがしてあるはず。じゃないとここまで堂々と使えるわけがない。俺だけならともかく、グレン先生は間違いなく戦闘経験者であり、そのことを向こうも分かってるだろうから。で、あれば……)」

 

 結論を付けた彼は背後から来た剣を()()()()()()()()()()()()()その際に制服を少しだけ斬られわずかに血が滴るが、アドレナリンを大量分泌しているおかげか動きが鈍ることはなかった。そして、もう一度剣が襲い来る前に剣を操っている人物――レイクに魔術を向けた。

 

『貫け轟雷!』

 

 普通の言葉ではない、サンが転生する前に使っていた世界……その中の日本という国で使われていた言語を用いて彼は自身で改良したショック・ボルトの改良術式を構築し、放つ。これはライトニング・ピアスというショック・ボルトの上位互換術式を知らなかった若かりし頃のサンが作り出した「ぼくのかんがえたさいきょうのしょっく・ぼると」であった。強化の内容は発射速度と射程距離、そして持続時間だった。元日本人である彼が相手を殺すような魔術なんて使えるわけもない。故にショック・ボルトの殺傷能力はないという部分だけを残し、それ以外を強化したのだ。

 

 放たれた紫電はその名に相応しい速度でレイクへと殺到する。しかし、相手も歴戦の魔術師。特にこのようなテロとも言える活動を行えるような人物だ。意識外からの攻撃、自身の攻撃手段である剣を全て出し切っている状態での対処法なども当然兼ね備えている。

 

「甘いぞ。霧散せよ」

 

 彼が使ったのは一節詠唱のトライ・バニッシュ。それにより、サンが放った魔術はその役目を果たすことなくその姿を消した。サンはそのことにショックを受けながら、再び自分に襲いかかかって来た剣を回避する。このままでは埒が明かないと思ったのか、レイクはあらかじめ用意しておいたのだろう剣を自身で持ってグレンに狙いを定める。それは予想以上に粘っているグレンを早めに始末しなければならないという勘によるものだったのだろう。

 その選択肢を間違っているなどとは言えない。この場において一番厄介な人物はグレン・レーダスで間違いがない。下手に状況を待って悪化させるくらいならば、決められるタイミングで決めに行くべきだ。けれども、彼はそうして止めを刺そうと行動し、結果的に己の視野を狭めた結果取り返しのつかない結末を迎えることとなる。

 

「力よ無に帰せ!」

「なにっ!?」

 

 そう。ここで、先程グレンに突き飛ばされたはずのシスティーナがレイクの剣にディスペル・フォースを使ったのだ。彼女の今の魔力では、浮いている全ての剣を無力化するのは不可能だが、グレンにまとわりついている四本くらいならばギリギリ許容量だ。レイクが両手で持った剣を振りかぶろうとする直前に、グレンを襲っていた剣たちは魔術が切れたことによって地面に墜ちていく。

 グレンはその剣を空中で拾い上げると、そのまま自身に襲い掛かるレイクに向けた。しかし、いち早く攻撃できる態勢に移行したのはレイクだ。このままではグレンが先に斬られることは明白である。が、それがどうしたとグレンは思う。疑わしいが自身の生徒であるサンがこのような場所に残って一人、自身の命を奪おうとする剣を引き付けてくれている。先程突き落としたシスティーナが意図をくみ取り、恐怖を抑え込んでチャンスを作ってくれた。ならばここは講師として大人としてなんとしてでも決めなければならない。

 

 物理的な痛みなんて彼にとっては日常であった。そんなものよりもよほど辛いことを、強い痛みを知っているからこそ彼はその凶刃が迫っていようとも目を逸らすことなく剣を振るう。

 

「――――地を這え紫電よ・彼の者に・愚鈍の足枷を!」

「!?」

 

 レイクの剣がグレンを傷つける直前になって、彼の動きが止まる。グレンが横目で確認してみれば、そこにはサンを襲おうとしている剣を必死に受け止めているシスティーナと、そのおかげでフリーになったサンが地に手を付けながら魔術を使っている姿が見えた。どうやらこれもショック・ボルトの改変魔術なのだろう。彼が言った百八式のショック・ボルトという言葉も案外でたらめではないのかもしれない。そのようなことを思いながら、グレンはレイクの心臓に彼が持っている剣を突き立てたのだった――――

 

 

 

 

 

✖️✖️✖️✖️

 

 

 

 

 

「ふぅー………何とかなったか。白猫、ナイスタイミングだったぜ。正直、九割くらいは諦めてたからな」

「……先生が本当に逃がすつもりならサンも一緒に逃がすと思ったんです」

「そうか」

 

 グレン先生は短くご近所さんにそう返した。何やら良い雰囲気である。その時俺はと言えば、緊張状態から解放された結果、無様に床に座り込んでいた。……背後から来る剣は()()()()()()()()()()()()()()()()けれども、神経を使わなかったわけじゃない。むしろ使いまくったとも。この世界に生まれてから運動もし直したことはなかった。特に意識して鍛えることもなかったから、ぶっちゃけると剣を避け続けられたのは奇跡に近かったと思う。

 

「疲れた……」

「おう、お疲れさん。正直、お前がいてくれて助かったわ。腕の一本や二本は覚悟してたんだけどな……」

 

 ここでグレン先生のフォローが光りますよ。さっきの戦いは言うほど役に立てていなかったように思える。攻撃のほとんどはグレン先生の方に行っていたし、俺がやったことと言えば剣を一本ひきつけたくらいと、最後たまたまうまくはまった足止め程度。結果的にはうまくいったけどね。余裕ぶっこいていたにも関わらずこの結果は少し不甲斐ない。

 

「……そんな顔すんな。戦闘訓練なんか受けてないのにあれだけできれば上出来だ。評価を付けるとしたら最高点をやるぜ?」

 

 ダメ人間かと思いきや意外と敏感な人なんだな。本当に、どうして最初に来た時はあそこまでダメダメだったのかと疑問に思う。

 彼のおかげで元気も出たのでありがとうございますと言ってから下半身に力を込めて、立ち上がる。すると俺と入れ替わるようにしてご近所さんが今後は地面にへたり込んでしまった。多分、マナを使いすぎたんだと思う。ディスペル・フォースでギリギリだったにも拘わらず俺に向かってくる剣を防いでもらったんだから当たり前と言えば当たり前なんだけどね。

 

「流石に無理させ過ぎたか……。サン、ここを頼めるか?」

「行くんですか?」

「あぁ。お前らの話じゃルミアがどこかに連れ去られたんだろ?なら非常勤でも俺が行くしかねえよ」

 

 肩をぐるぐると回し、身体の調子を確かめながらグレン先生は言った。彼の後ろ姿を見てご近所さんも同行すると口にする。しかし、彼女の状態ではそのようなことは認められない。最悪グレン先生のお荷物となる可能性すら出てくる。彼はそのあたりのことと、これ以上彼女に無理はさせられないと思ったのだろう。ティンジェルさんを必ず助け出してくるからしばらく休んでろと言って走って行ってしまった。後に残されたのは地面にへたり込んだご近所さんと近くに佇む俺だけである。

 

「ねえ」

「なんです?」

 

 まさか向こうから話しかけられるとは思わなかった(第二弾)

 呼ばれたのでご近所さんの方に目を向けてみれば何やら気まずそうにしつつも律儀に視線を合わせる彼女の姿があった。一体どうしたというのだろうか。いつぞやのように疑問に思いながらも彼女の言葉を待つことにする。

 

「私の呼び名、なんだけどさ……前に私が言った言葉と関係していたりする?」

「………」

 

 彼女の口から出てきた言葉は自分の呼び方によるものだったようだ。確かに、この呼び方は彼女が自分の名前を呼ばないでと言ったために修正したものだ。どうしてそのようなことになったのかは覚えていないが、()()()()()()()という思いは心のどこかにあったので今では普通に定着している。

 肯定の意を示すために頷くと、ご近所さんは俺から視線を外して俯いてしまった。……こちらとしては原因がわからないためになんとも言えないんだけれども、彼女の方で思うところがあるのだろう。時間にして数十秒。何やら意を決したような表情で顔を上げたご近所さん。今度は多少声を震わせながらも言葉を静かに紡いだ。

 

「……身勝手ってことは分かってるんだけど――――また、普通の名前で呼んで……?」

「――――――――いいですよ」

 

 別に断る理由もない。こちらとしても固有名詞ですらない言葉で呼び続けることに少し違和感を覚えていたところなのだ。今回のことで何が変わったのかは生憎俺にはわからないのだが、俺にとっても良い変化なので素直に受け入れておこうと思う。

 

「じゃあ、フィーベルさんで」

「そこは名前じゃないのね……」

 

 元日本人としてはいきなり下の名前で呼ぶことはできないんだ……許せ、フィーベル=サン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そんなこんなでこの騒動は解決した。

 ティンジェルさんも無事に戻って来たし、もちろんグレン先生もまたマナ欠乏症になりながらも帰還した。クラスのみんなも無事だった。これでうちのクラスもテロが起きる前に戻ってめでたしめでたし――――なんて行かなかった。いや、大体は言った通りなんだけど一つだけ問題点がある。

 

 何故かクラスの人から更に距離を置かれるようになったのである。正直、原因としてはテロの時に気を失った時だろう。俺は気づいたらフィーベルさんの所に居たわけだが、当然そこまで移動したのは俺自身ということになる。しかしその時の俺に意識はない……つまり一種の夢遊病に近い症状だったのだろう。それを見られた結果俺は完全にやばい奴のレッテルを張られたということか……。なんてこった(白目)割と元から浮き気味だったのに今度はそのレベルでは済まされない。最早浮遊城くらいにまでランクアップを果たしたのかもしれない。

 けれどもそんな俺にも変わらず接してくれる人も居た。それはグレン先生であり、仲良くなった……かもしれないフィーベルさんであり、彼女の親友であるティンジェルさんであり―――ギイブルだった。

 

「………いい奴だなぁギイブル」

「―――いきなり気持ち悪いぞ」

 

 今もこうして俺の言葉に律儀に反応してくれるギイブル。君は本当にそういった面をもっと全面的に出した方がいいと思う。

 

 このような身勝手な感想はともかく、こうして俺達の日常に平和が戻ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✖️✖️✖️✖️

 

 

 

 

 

 

「ところでセリカ。頼んでいた件、どうよ」

「頼んでおいてその態度か……。まぁ、いい。結論から言うとだな……あいつは黒に近いグレーと、言ったところか」

「――――――はぁ、マジかよ……」

 

 真剣な顔をして話し合うのは非常勤魔術講師グレン・レーダスと人類の枠組みを超越した化け物事セリカ・アルフォネア。最近話題の講師と知らない者はいないと言われる魔女―――そんな二人が真剣に見ているのはグレンの担当クラスの生徒の情報。

 

 その生徒の名前は、当然の如くサン=オールドマンだった。

 

 

「何か重要そうな話なんだろうけど、学院長室(ここ)では遠慮してほしかったなぁ……」

 

 

 


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