聞こえるか、この鐘の音が()   作:首を出せ

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おい、競技祭しろよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばサン。明日の魔術競技会、お父さんと二人でしっかりと見に行きますので、頑張ってくださいね?」

「えっ……母さんはともかく父さんも来るの?仕事は……?」

「職場の上司を脅して勝ち取ったと、誇らしげに語っていましたね……」

「よく首にならないなぁ、あの人」

 

 学院で地獄のような……いや、本当に地獄みたいな特訓を重ねに重ねて迎えた競技祭の前日。自宅にて食事をとっていると急に母さんからそのようなことを言われた。まぁ、今回は去年と別で俺も出場する種目があるので見に来ることは別におかしなことじゃない。しかし父さんは別である。色々と忙しいあの人がそう簡単に休みを取れるとは思わないけれど、脅したと聞けば納得せざるを得ない。一応あの人の手腕は確かなものであり、バックレられると困る人は何人もいる。であれば、子供が出場する魔術競技祭を見に行くくらいの休日も出してくれるのかもしれない。

 

「ハッハッハ、父さんは日頃から頑張ってるからね。むしろ、皆から是非見に行ってあげてくれだなんて言葉までもらったよ」

「おかえり父さん。急に背後でしゃべるのはやめてね」

「サンの言う通りですよ。貴方。早く手を洗って、席に着いて下さい」

「その程度、私にかかれば五秒も要らぬよ……」

 

 まるで子供がされるような指摘を受けた父さんはドヤ顔でそう宣った後、次の瞬間には席に着いて、母さんの料理に手を付け始めていた。この人は時々当たり前のように人間の限界を超えるからおかしい。

 

「それで、今年はサンも出場するんだってね。……父さんちょっと信じられないな。まさか、妙に達観した所のあるうちの息子が出なくてもいいようなイベントに出るなんて……」

「実の息子になんという物言い。これは抗議せざるを得ない……。と言うより、こういったイベントは手を抜いていると後々絶対後悔することになるから、俺は自分のできる限りのことはするつもり」

「その発言が年相応じゃないんだよなぁ……と言うよりも、珍しいと思うよ。まさか、魔術競技祭にクラス全員で出場だなんてね」

「そうですね。ここ最近は成績上位者の使い回しが横行していて見応えありませんでしたわ……」

 

 丁寧な口調で毒を吐く母さん。改めて思うとうちの家族濃いな。などと思いながらも内心で同意をしておく。魔術競技祭なんて言うのだから少なくともクラス一人ひとり、一種目だけでも出ることができるようになればいいのに。毎回優秀者の使い回しだけじゃ展開も似通うと思うんだよね。毎年奇才ばかり生まれるわけじゃあるまいし。

 

「ともかく、父さん明日は頑張るからな!」

「…………何を?」

 

 父さんは見るだけで何かを頑張る必要性は皆無なのですがそれは。とりあえずこの場で何を頑張るのかは怖くて聞けなかったのでスルーを決め込むことにして、大人しく母さんの作った料理を口に運ぶ。うん、おいしい。

 

「ところで最近フィーベル家のお嬢さんとは仲良くしていないのかい?」

 

 唐突な話題変えはいつもの事なので気にしないことにして……その話題は昔の俺に効く……。今はどうということはないけどね!

 

「ここ最近話すようになったよ」

「……よかった。私達の息子が犯罪者になったのかと思って心配していたんだ」

「その結論はおかしくないですかね」

 

 いったい自分の息子のことをどんな風に思っているのだろう。と言うか俺は逆に言いたい。今一どこで働いているのか不明瞭である父さんの方がよっぽど犯罪者になりそうな気がするんだよなぁ。

 

「まぁ、その辺のことは割とどうでもいい。重要なのは、私達が魔術競技祭を見に行くということ……その一点だけだ」

「自分で話逸らしたくせに何言ってんだこの人」

 

 ……別に嫌いじゃないけどさ。極力余計なことはしないで欲しいな。本当に。

 

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 そんなこんなで魔術競技会当日がやって来た。ギイブルも言っていたように今回はアルザーノ帝国女王であるアリシア七世も来賓として学院に居る。つまり、その護衛の人も大量についてくるというわけだ。学院に似つかわしくない、重々しい鎧を纏った男達が、アリシア女王と何故か一緒に居るアルフォネア教授と学院長の近くに陣取っていた。正直、その様子ばかりを見ていて女王様の言葉を聞いていなかったことは秘密である。……それにしても、あの場に控えていたメイドと一瞬だけ目が合った気がするけど……気のせいだろうか。

 

 そんなことを思いながらも魔術競技祭がスタート。ここで俺達二組は周囲の人間からするといわゆる番狂わせを連続で起こすことになる。

 飛行競争三位、魔術狙撃が上位、そして暗号早解きがぶっちぎりの一位である。それらを見ていたクラスメイトの視線はどんどんグレン先生を尊敬するようなキラキラした目線になっており、それを受けるたびにグレン先生はだらだらと汗を垂らし続けていた。

 

「……俺だってさ、あのチーム決めを適当に行ったわけじゃない。むしろ、言った通りお遊びなしの全力で決めてやったさ。けどな、まさかここまでできるとはこのグレン大先生の目を以てしても見抜けなかった……」

「何でよりにもよってそんな重要な所でリハク(節穴EYE)になるんですか。と言うより、その言葉を聞かされた俺はどうすればいんですかね?」

 

 現在進行形で株が上がっているグレン先生の暴落ものの発言に反応が困る困る。

 いや、そもそも何故こっちに来るんだ。俺の所じゃなくて大人しくクラスのみんなに囲まれて冷や汗を流しながらその場その場で後付けの理由でも語っていればいいのに。

 

「そんな冷たい視線を送んなよ。ほら、なんて言うの?お前と居ると落ち着くっていうか……」

「……………………やっぱりグレン先生はホm―――「違うわ!」―――殴りかかってくるとは何事ですか」

 

 手加減された鉄拳を左手で払いのけつつ、ジト目を向ける。しかし、そこには殺意の波動に目覚めそうなグレン先生がいた。なんでも俺がでたらめで言い触らしたホモ疑惑が一部で大流行しだし、これまた一部の腐海に住む住人達のいい養分となっているらしい。組み合わせの方は怖くて聞けなかった。こうして話している間にも餌を与えることになっているだなんて断固として認めたくない。静かに今日は少し豪華な昼食を奢ることにしようと心に決めた。

 

「っと、そんなこと話してる場合じゃねえや。今はルミアの奴を応援するか」

「そうですね」

 

 ふと我に返り、精神防御の競技に出場しているティンジェルさんの様子を眺める。その過程でこの競技を行う講師の見た目老紳士が変態紳士であることがわかるのだが、極めてどうでもいい上にむしろ知りたくないような真実だった。俺ならば即行でギブアップしそうな内容(色々な意味で)だったが、彼女は涼しい顔をして耐えており、いつの間にか残っているのは昨年の覇者らしいジャイルという厳つい男子生徒と、ティンジェルさんしかいなかった。いやはや精神力強すぎでしょ。

 

「……この前、テロが起きた時もそうでしたが……彼女強すぎません?」

「ホント、あの年では考えられないくらいには完成してるよな。……いつでも死ぬ覚悟ができてるって感じだ」

「実はあまり良く思ってないですよね?」

「流石にわかるか」

「隠す気もないでしょう」

 

 表情にも声音にも出まくりだった。まぁ、自分の教え子がいつでも死ぬ覚悟ができているっていうのは講師として何か思うことがあるのだろう。もしくは、テロの時に見せた雰囲気……()()()()()仕事をしている時に見たのかもしれない。この辺は前世の創作物で齧った知識だけどね。

 

 そのまま、競技は続き最後の最後で限界と判断したグレン先生が棄権を申し込むが、ジャイルという男子生徒が一片の悔いなしを行ったので判定勝ちでティンジェルさんがその競技を制することになった。

 

 

 

 

 その後も二組は快進撃を続けた。中間判定では一位に躍り出るという誰しもが予想できなかった事態にもなった。おかげで実況生徒は二組ばかり実況していて少しだけ「おい、実況しろよ」と思ってしまった。とまぁ、そういうわけでダークホースとして頭角を現したまま午前の部は終了し、全員がこぞってお弁当を食べ始めた。そこで俺はふと気づく。こういった日は学食やってないんじゃないか、と。ついでに言ってしまえば今日この場にはうちの家族が勢ぞろいしているわけで、当然弁当も向こうで用意していることだろう。きっと一緒に食べる羽目になる。特に父さんなんてそれが楽しみで前日寝れないレベルだろう。つまりここで俺が取れるべき行動は唯一つ―――グレン先生を切り捨てるということだった。

 くっ……まるでペットに一食だけ抜くような罪悪感を覚えるがこれも仕方のないことなのだ。許せ、グレン……!

 

 誰も聞くはずのない心中で茶番を繰り広げつつ、俺は両親を探し始めた。しかし、このようなイベントが発生しているからか、やたらと視線を感じる。そのいくつかは明らかにおかしい人達のものだ。軍服っぽい服を着た男女に、女王様に仕えているメイドと、見た目から強いオーラがにじみ出ている傷のおじさん計四名がチラチラと視線を向けてきているのだ。もしかして、制服の着方を間違えたかもしれないと確認してみたが、ボタンのかけ間違いなどはしていなかった。……まぁ、きっと偶々見ていただけだろうとそう考え直した後、俺はいい年して高いテンションと共にこちらにやってくる父さんの相手をすることとなった。

 

 

 

✕✕✕

 

 

「あ、相変わらずね……」

「あ、あはは……」

 

 サンが自分の両親と合流したのと同時刻、システィーナとルミアはその様子を遠目から見ていた。ここ最近、あることがきっかけとなり、サンと昔のように話すようになったシスティーナは、少しだけ気合を入れて作った昼食をサンと一緒に食べようと思っていた。というのも、先日起きてしまったテロの際に色々庇ってくれたお礼をしていなかったと気付いたためであり、他意はないとは本人の談。その様子にルミアは苦笑いを隠せないようだった。

 ここ最近フィーベル家に世話になっているルミアは知らないが、昔それなりに交流があったシスティーナはサンの両親がどんな人物か知っていた。母親は物腰が丁寧なまさに大人の女性といった雰囲気を纏っている。小さい頃少しだけ彼女に憧れたのも今となっては良い思い出となっている。父親の方はまるで子供をそのまま大人にしたような性格だとシスティーナは常々感じていた。実際、息子であるサンの方が幾分か大人びて見える。だが、日常生活ではとても大人とは思えない彼でもその腕前は確かなもので、職場の人間からとても頼りにされているらしい。自身の両親とも何度か共に働いたこともあり、その両親からのお墨付きだった。なんでも彼はこの日のために職場の人間にOHANASHIを行ったらしい。

 

「流石に邪魔したら悪いわよね」

「そうだね、だったら先にグレン先生にお礼、渡しちゃおっか」

 

 ルミアの提案にシスティーナは素直に頷いてその場を離れた。……しかし結局この後紆余曲折あり、システィーナ本人からグレンにそのお礼が届くことはなかったのだった。

 

 

 

 

✕✕✕

 

 

 

「アルベルト」

「分かっている。……グレンの教え子の一人、こちらに気づいていたな」

 

 魔術競技祭が行われているコロッセオを思わせる施設の死角で、軍服を着込んだ二組の男女が先程実感した出来事について話し合っていた。彼らは元々、このアルザーノ帝国女王がお抱えの親衛隊に不穏な動きがあるということで駆り出された人材だ。まぁ、偶然元同僚のグレン=レーダスを見つけてしまったために、こういった任務には元から役立たず気味だった少女のポンコツ化が更に加速してしまったわけだが、それはコラテラルダメージというものだろう。

 それだけならアルベルトと呼ばれた男性が頭を抱えつつこの少女の皮を被った突撃モンスターの手綱を握っていればよかったのだが、ここで問題が発生した。そう、彼らの存在に気付いた人物がいたのだ。それは元同僚のグレンが指導している生徒達がどういった者なのかということを把握するため、親衛隊の様子を確認しながら生徒の方にも視線を合わせていた時だ。グレンの近くにいた男子生徒がこちらの方を一瞬だけ見たのである。気のせいなどでは決してない。しっかりと目を合わせていたのだから。

 どうやらグレンを注視していた少女もその視線に当然のごとく気付く。この瞬間、あの男子生徒は少なくとも二人にとって警戒対象に値する人物となったのである。そして彼ら以外の所にも視線を這わせていたことから、少なくとも自分に向いている視線には敏感ということが読み取れた。

 

「あれ、誰……?」

「学院生の詳しい情報は、今回集めていない。調べるとしてもまた後日になるだろう。今は目先の任務に集中するぞ」

 

 アルベルトと呼ばれている男性とてもちろん男子生徒の正体を気にしている。狙撃手たる彼にとって場所を把握されることは自身の不利を招きかねないからだ。もし敵であれば厄介なことこの上ない。もちろん、彼は近接戦闘もこなせるが近寄らせないことに越したことはなかった。故に確かめなければならい。

 

「目先の任務……つまり、グレンと決着をつければいいの?」

「……………」

 

 この時、彼の抱いた心情は彼自身にしかわからなかった。


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