夕陽が水平線に掛かり始める時刻。
生徒たちは夕食前の自由時間を思い思いに過ごしている。部屋でトランプをする者、ホテル内のゲームセンターではしゃぐ者、外の景観を眺める者等々……。
久我憂助は一人、ホテル前の広場の端から海を眺めていた。上は体操服、下はジャージのズボンだ。
夕陽が水平線に掛かり、空は薄い青とオレンジの二色のコントラストに彩られている。そしてそれが海面に映っていた。
泳ぐのは嫌いだが、こうして眺める分には、海も悪くはないだろう。
そうしてしばしの間夕焼けの海を眺めた後、憂助はズボンの尻ポケットに手を突っ込んだ。
引き抜かれた手には、細い布袋が握られている。その中から黒塗りの篠笛を取り出すと、吹き口に唇をあてがった。
奏でるのは、『我は海の子』。
目の前に広がる美しい海に対して、憂助なりの敬意を込めて一曲贈りたかった。
一節を緩やかに二回繰り返し、最後の一音を長く吹いて、それで締め括りとした。
笛を袋にしまい、ズボンの尻ポケットに押し込むと、笛袋は跡形もなく消えて、ポケットも全く膨らんではいなかった。
そしてクルリと振り向くと、そこには宮崎千紗希がいた。彼女も体操服姿だった。
「どうした」
「うん、笛の音が聞こえてきたから、ひょっとしたら久我くんかなって思って……」
千紗希は答えながら、憂助の隣に歩み寄る。
「昼間はありがとう。なんか、久我くんには助けてもらってばっかりだね」
「そらしゃーねかろうも。どうにか出来る奴がどうにかする。で、あの場でどうにか出来るのは俺だけやった。ただそれだけだ」
「うん、そうなんだけど……でも、あたしは本当に助けてもらってばかりで何もしてあげられないし」
「……美味いもん食わせてくれるやねえか」
そう言って憂助は小首を傾げた。
「そういうのじゃなくて、その、あたしの方で、久我くんにしてあげられる事ってないのかなーって思って」
「別にそげ気にせんでもいい。お前、お袋さんに飯作ったりしてもろうて、感謝はしても何か悪いなーとか思うたりはせんやろが。それと同じてえ。こっちも、何かしてほしいでやりよう訳やねえ」
憂助は言いながら、ズボンの尻ポケットからもう一度笛を取り出すと、何を思ったか千紗希に投げて渡す。
千紗希はそれを両手でキャッチした。
「それと同じだ」
「へっ?」
「投げ渡されて咄嗟に受け取ったやろが。俺がお前を助けるのも、それと同じだ。何か見返りを求めてる訳やねえが、かと言って何か崇高な目的意識がある訳でもねえ。だきお前が気にするような事やねえ」
話しながら千紗希の手から笛をひったくり、また尻ポケットに押し込んだ。
「わかったら部屋戻れ。俺はもう少しここで目の保養をしとくきの」
「……あたしもいてもいいかな?」
千紗希の問いに、憂助はジロリと睨み付けるような目線を送った。
「さっきからクラスの男の子が、肝試しとかチークダンスを一緒にやろうって誘いに来てて……正直に言うと、いちいちお断りするの、結構面倒だから……」
「肝試しはくじ引きでペア決めるしチークダンスは明日の夜やろが。そそっかしい連中もおるもんやの……ま、勝手にせえ」
「うん、ありがとう」
千紗希は砂浜に続く階段に腰を下ろした。
二人は無言で、海を眺めた。
時々、潮風が千紗希の髪を優しく撫でた。
千紗希がチラリと横目で見ると、憂助はただじっと海を見ている。
ふっと安堵の笑みを浮かべて、千紗希も目線を海に戻した。
男の視線がどうにも苦手な千紗希にとって、憂助のこの素っ気なさは本当にありがたい。あれこれと話しかけて来る訳でもないので、静かで落ち着いた時間を過ごせた。
そんな二人を、遠巻きに見る者がいた。
千紗希のクラスの男子で、
その千紗希を見付けて声を掛けようと後を追うと、彼女は別のクラスの男子と一緒にいるではないか。しかもそいつは、昼間の海水浴で千紗希と手を繋いでいた男である。嫉妬の炎を胸のうちで燃え上がらせながら、葦田はただ木陰から様子をうかがう事しか出来なかった。
何食わぬ顔で近付く事も出来なくはないだろうが、それをしないのは単純に憂助が怖いからである。
葦田の友達の斎藤という男子が憂助と同じクラスで、その斎藤から憂助の事を聞かされたのだ。
斎藤と憂助のいる5組には、石野という体の大きい男子生徒がいる。いわゆる不良に分類されるタイプで、『先輩の誕生日祝いのカンパ』と称してクラスメートから金を脅し取っていた。
それに異を唱えたのが憂助で、彼が石野の胸を軽く押しただけで、180cmを越す石野の巨体が軽々と吹っ飛び、黒板に叩きつけられたという。
翌日石野は不良仲間や先輩たちを引き連れて、憂助を呼び出した。
彼等に囲まれて教室を出た憂助は、五分もしないうちに一人で戻ってきた。しかし彼を連れ出したはずの石野が戻ってこない。
放課後になって、見回りをしていた教師が、校舎の裏庭で地面に倒れている石野たちを発見した。彼等は全員が傷一つなく、穏やかな寝息を立てていたという。
そして翌日から、石野たちは人が変わったようにすっかりおとなしくなったそうだ。
「格闘技習ってんのか何か知らねえけど、アイツはやべーよ。やめとけやめとけ」
斎藤はそう忠告した。
葦田が二人の間に割って入れないのは、そういう理由からである。
とは言え、二人が離れ離れになるタイミングを狙えば、千紗希に話し掛けるチャンスがあるかも知れない。
木陰からストーカーめいて様子をうかがっているのは、その機を待っているからだった。
が、不意に憂助がこちらを向いた。
ほんの一瞬だが、憂助と目が合った。まるで最初から葦田の位置がわかっていたかのように。
背筋にゾクッと嫌な震えが走り、葦田は逃げるようにその場から走り去った。
恐怖に駆られての事ゆえかホテルからも離れて、山沿いの森にまで来てしまった。
(あれ、ここって……)
葦田は、そこが今夜行われる肝試し大会のコースの入り口である事に気付く。森の中へと続く舗装されてない遊歩道には、所々簡素な階段が設けてあった。
ちょうどいいから下見しておこうかと考えた葦田は、森の中へと入っていく。
道沿いにしばらく歩くと、歩道の脇に自然石をそのまま利用した石碑が祀られてあるのが見えた。
そこで葦田は、立ち止まった。
自分でもよくわからないが、この石碑を見ていると無性に腹が立ってきた。
思わず蹴りを入れる──が、びくともしない。それでますます腹が立ち、激しい怒りに駆られて、何度も何度も石碑を蹴った。
やがて石碑は、音を立てて倒れた。
その音で我に返った葦田は、石碑の下に穴が空いてあるのに気付いた。
その穴の中から、黒ずんだ紫色の煙が噴き出してくる。
怪煙は葦田の見ている前で、形を取り始めた。
全身を獣毛で覆った猿のような巨体。
顔は八つの目が付いた仮面のようだった。
頭の左右には四本の節くれ立った角。
そして人間で言うと胸元に当たる位置に、牙の生え揃った大きな口があった。
葦田は腰を抜かして、その場にペタンと尻餅をついた。
『お前が俺を解放してくれたのか。礼を言うぞ、小僧……』
煙から変じた怪物は、涙と鼻水でドロドロに汚れた葦田の頬を、両手で包んだ。その優しい手つきがかえって怖い。
(ああ、俺死んだわ……きっとこの後、『お礼にお前を食ってやる』とか言い出すんだ……)
恐怖に震えながらも、心のどこかでは妙に冷静に、そうやって今後の展開を予想してしまう。
仮面に似た怪物の顔が、葦田の眼前に迫った。
『お礼に、
◆
夕食が終わると、ホテルの浴衣に着替えた生徒たちは森の遊歩道前に集合した。
これから毎年恒例の肝試し大会である。
クラスごとにくじ引きでペアを決めて、5クラスが同時にスタートする。一度に十人の生徒が夜の山道を歩く事になるが、怖さより生徒の安全を優先しての事だった。
久我憂助は、あくびをしていた。眠いのではなく、単に退屈なのである。今まで念法の技で悪霊や妖怪を退治してきた経験があり、修行の一環で一人山籠りした事もある彼にしてみれば、肝試しなど散歩と変わらなかった。
ペアになった犬山という女子生徒と一緒に、我が家の廊下を歩くような足取りで夜の山道に入っていった。
途中で、道の脇に祀られてある石碑を見付けた。
そこで憂助は足を止めた。
「久我くん、どうしたの?」
「んー……」
犬山に曖昧な返答をしながら、憂助は石碑を睨む。
彼の経験上、こういう石碑には祀られてあるものの気配が大なり小なり感じ取れるのだが、この石碑にはそれが全く感じられなかった。
(何かを祀っとうとか封じとうとかやねえで、本当にただの自然石が石碑に見えるだけか? ……いや、違うな)
考え込む憂助に、犬山が気弱な声で呼び掛ける。
「ねぇ、早く行こうよ」
暗い夜道がよほど怖いのか、憂助の浴衣の袖をクイクイと引っ張る。
「わかったわかった」
憂助はやむを得ず、彼女を先導するように歩き出した。
特に周辺に怪しい気配もない。自分の考えすぎだろうと強引に結論付けて。
同じように、その石碑に違和感を覚える者がいた。
冬空コガラシである。
彼は憂助よりもずっと後に、千紗希とペアで山道を歩いていた。
4組の男子からは、千紗希を取られた嫉妬と怨嗟の声が上がった。コガラシの霊能力を目の当たりにした事がある一部の同級生からは、最強の用心棒をゲットし損ねた失望の声が上がっていたが、それは別の話である。
とにもかくにも千紗希と二人で山道を歩いていると、憂助同様に石碑の前で立ち止まった。
(……何か封じてんのか? それにしちゃあ気配が全くない……長い事封印されて『中身』が消えちまったのか? でもそれにしてはこの石碑、そこまで古くもなさそうだけど……)
憂助同様に考え込む。
そこへ千紗希が声を掛けた。
「ねぇ冬空くん。あれ、葦田くんじゃないかな?」
そう言って彼女の指差す方を見ると、確かに葦田がいた。木陰からこちらを見つめている。
葦田は夕方に体調を崩してしまい、部屋で休んでいるはずである。コガラシも集合場所に向かう前に、床に伏せた彼に一声掛けたので、間違いない。
「どうした葦田。もう具合良くなったのか?」
コガラシが問い掛けるが、葦田は答えない。ただフラフラと、道から外れた森の奥へと入っていく。
「おい、待てよ葦田! そっちは危ねえぞ!」
大声で呼び止めるが、聞こえてないのか葦田は止まらない。
「何か変だな……連れ戻して来るから、宮崎は先に行くか、ここで後から来る連中を待って、そいつらと行ってくれ」
コガラシはそう言って、葦田を追って森の中へ入る。
「待って、あたしも行く!」
葦田のどう見ても普通ではない様子に心配になって、千紗希は結局コガラシについていった。
二人は葦田を追って森を進む。
やがて、拓けた場所にたどり着いた。そこで葦田が立ち止まった。
「……おい」
コガラシが、葦田の背中に声を掛ける。隣にいる千紗希が思わずすくむほどの、険しい声色だった。
「お前、誰だ。葦田じゃねえな」
葦田はその問い掛けには答えず、肩越しに振り向いた。
その振り向き方が、普通ではない。首があり得ないくらいねじれて、180度真後ろを向いたのだ。その目は黄色く濁っていた。
「ケェーッ!」
怪鳥めいた叫び声を上げながら、そのままの体勢で地を蹴って跳躍し、コガラシの腹に後ろ蹴りを叩き込んだ。
コガラシは大きく後ろに吹っ飛び──クルリと宙返りして着地した。蹴りが当たる寸前に自分から後ろに跳んだのだ。
葦田はすかさず飛び掛かった。
首目掛けて伸びる両手を、コガラシは掴んで止める。
しかし、その手が押されていた。普段の葦田からは想像も出来ない腕力である。
コガラシには覚えのある力だった。
霊に取り憑かれた影響で肉体のリミッターが外れるのか、憑依された人間は時に信じられない怪力を発揮するのだ。
つまり、葦田は何かしらの悪霊に憑依されているという事……!
「そうとわかりゃあ、話は
コガラシは呼吸を整え、丹田に力を込めた。
幼少の頃、格闘家や武術家の霊に取り憑かれ、その技法を無理矢理覚えさせられた事がある。その際に会得した呼吸法で体内の気を高め、爆発させる。
そうする事で、葦田の超常の剛力を一瞬だけ上回った。
葦田の手を大きく上に跳ね上げ──、
「ハァッ!」
がら空きになった胴体に左右の掌打を同時に叩き込んだ!
いつもなら、打撃の衝撃で霊は体内から押し出される。力の弱い霊ならそのまま強制成仏させる事も出来た。
だが、葦田には何の変化もなかった。
双掌打で後ろに吹っ飛びはしたが、すぐに起き上がり、キザったらしい仕草で人差し指を左右に振る。
──そんなものは効かない。
そう言いたげに。
「テメエ、何者だ」
『数十年前に、この地の霊石に封印された鬼よ』
葦田はそう答えた。
しかしその声は葦田ではない。土の底から響く亡者のうめき声を思わせる、おどろおどろしい声であった。
『だが、霊石の封印が時を経て弱まった。だから近くにいたこの小僧を操り、霊石を倒させたのだ。貴様こそ何者だ……魔境院の子孫か?』
「弟子だ」
『ほう……親の因果が子に報いならぬ、師匠の因果が弟子に報いといったところか……あの女への怨み、晴らさせてもらうぞ』
葦田はそう言って、ニタリと笑った。
「宮崎。危ねえから隠れてろ」
コガラシは身構えながら、呆然と立ち尽くす千紗希に警告する。
千紗希が近くの木陰に隠れたのを見届けて、改めて葦田の方に向き直ると、彼の姿はなかった。
葦田は、コガラシが千紗希へと目線を逸らした一瞬で、彼の頭上に跳躍していたのだ。
鉤爪の生えた葦田の右手が、コガラシの顔面を襲う。
コガラシはそれを左手で難なくキャッチした。
「さっきは加減しちまったが、次はガチのフルパワーだ!」
グッと骨が浮き出るほど握り締めた右拳を、葦田の顔面目掛けて放つ!
その渾身の一撃は、しかし薄皮一枚で止まった。
葦田が──否、彼に取り憑いた鬼が、ニタリと嫌らしい笑いを浮かべた。
『見え透いた芝居はよせ──貴様にこの小僧は殺せまい?』
鬼の言う通りであった。
全力の打撃ならこの鬼を葦田から引き剥がす事も出来るだろうが、葦田の肉体にも大きなダメージを与えかねない。最悪、死んでしまう事も考えられる。
葦田は掴まれたままの右手を振って、コガラシを投げ飛ばした。太い木の幹に背中から叩き付けられて、コガラシは一瞬むせた。
葦田はコガラシの追擊には移らず、木陰から心配そうに見守る千紗希に、目線を向けた。
血に飢えた獰猛な眼差しに、千紗希は恐怖で動けなくなる。
鬼はコガラシの見ている前で千紗希を手に掛けて、精神的な苦痛を与えようという魂胆らしい。
鉤爪の生えた両手を広げて、千紗希目掛けて飛び掛かった。
「逃げろ宮崎!」
コガラシが駆け寄りながら叫ぶが、千紗希は動けなかった。足が震えて、力が入らない。
悲鳴さえも上げる事が出来なかった。
(助けて、久我くん!)
ただ、心の中でそう叫ぶので精一杯だった。
次の瞬間、葦田が吹っ飛んだ。
千紗希の胸元からは、木刀の刀身が生えていた。否、後ろから突き込まれ、彼女の肉体を透過していた。
「大丈夫か?」
そう気遣う声を耳にした瞬間、千紗希は立ってられなくなり、後ろによろめく。
それを抱き止めたのは、久我憂助であった。
「久我、くん……?」
肩越しに振り返り、確かにそこに久我憂助がいるのを確かめると、千紗希の目には安堵の涙が浮かんだ。
「久我!」
「おう。手こずっとうごとあるの」
「あ、ああ……同級生に化け物が取り憑いてんだけどよ、だいぶ深いとこにまで入り込んでるみてえで、俺が除霊しようとすると、アイツまで殺しちまい兼ねねえんだ……」
「なるほど──うし、後は任せろ。お前はこいつを守っとけ」
「おう!」
コガラシが駆け寄り、千紗希に肩を貸す。
入れ替わるように前に出た憂助は、葦田と対峙しつつ木刀を八双に構えた。
『ケェーッ!』
鬼が吠えた。
地を蹴って、ミサイルのような勢いで憂助の真っ正面から飛び掛かる。
右手の鉤爪が振り下ろされた瞬間、憂助の上段打ちがその右手と交差し、表面を滑るように振り抜かれた。
鬼の攻撃は軌道を逸らされて、空振りに終わる。
両者は間合いを取って、再度向かい合った。
『貴様……!』
鬼が苦悶の声を上げた。
葦田の右腕は、力なく垂れ下がっている。
骨や筋肉、神経に異常はない。
その右腕を操る鬼の霊体の右腕部分が、今の木刀での一打ちで消滅させられたのだ。
「そいつの体を盾にしとうつもりやろうけどの、あいにくと俺にそんなもんは通じんわ……覚悟せえ」
憂助は木刀を再び八双に構える。
だが、ここで鬼はニヤリと笑った。
そして左手で、葦田の喉を掴んだ。
『確かに通じないようだな、ならもうこの身体はいらん。代わりに、貴様の身体をもらおう──嫌だと抜かせばどうなるか、わかるよなぁ?』
鬼は笑いながら、左手に力を込める。
指先の鉤爪が、喉の皮膚を貫いて、血が流れ落ちた。
「……しゃあねえの。好きにせえ」
『物わかりがいいな。よし、木刀を捨ててこっちに来い』
憂助は言われるがままに木刀を遠くに投げ捨てて、ゆっくりと葦田の真ん前まで歩み寄った。
『よし、大きく口を開けろ』
憂助は言われた通りにした。
途端に、葦田の口も大きく開かれ、そこから黒ずんだ紫色の煙がほとばしり、憂助の口の中に入っていく!
葦田はその場に倒れ、憂助もたたらを踏む。
コガラシと千紗希が見守る中、憂助は
口角が大きく釣り上がった、鬼の笑みだった。
『ククク……これでもう怖いものなしだ! さぁ魔境院の弟子よ、続きといこうか!』
「させるか阿呆」
──同じ口から、別の声が聞こえた。
鬼ではない、憂助の声だ。
憂助の眉間に光点が灯った。
光は回転しながら、その輝きを強めていく。
「イィーーエヤァッ!」
憂助は獅子吼にも似た気合いをほとばしらせる!
人体に備わる、大宇宙のエネルギー『理力』の吸収口たる七つのチャクラ──その内の一つ、霊的な力を司る眉間のチャクラを開放したのだ。そうして取り込んだ白き力を、己れの体内へと放出した。
『ギャアアアアアッ!』
おぞましい悲鳴を上げて、鬼が憂助の身体から飛び出した。その霊体のあちこちが破損し、ズタボロになっている。
信じられなかった。まさか自分の体内に侵入した存在に直接攻撃する技があるなどとは……!
鬼は恐怖に駆られて逃げ出そうとするが、
「逃がすかよ!」
飛び出した
「久我くん!」
千紗希が憂助に駆け寄る。
「久我くん、大丈夫? 怪我してない?」
「何ともねえ」
憂助は素っ気なく答えながら、木刀を背中の襟口に押し込んだ。
「久我、助かったぜ。ありがとうな──やっぱお前は、ガチでスゲエ奴だぜ!」
「おい、おだてても木には登らんぞ」
「おだててなんかねぇよ。ガチで言ってんだ」
「……そういえば久我くん、どうして来てくれたの?」
「…………」
憂助は千紗希の問いに、黙り込んだ。
不意に頭の中に、響いてきたのだ。千紗希が助けを呼ぶ声が。
そんな事は一度も経験した事がなかった。
何故千紗希の声が頭に響いたのか。
彼女の身に何かあったのか。
──普通ならそんな疑問が頭をよぎるものだが、憂助は違った。即座に瞬間移動で、彼女の元へと飛んだ。
しかし、それを説明するのは何となく恥ずかしかったので、
「……月が、呼んだ」
夜空に浮かぶ満月を見上げながら、そんな事を言ってごまかした。
「そうなんだ……ありがとう、久我くん……来てくれて、嬉しかった……!」
千紗希は涙を浮かべながらも、微笑む。
まさかあの時の心の声が聞こえたのだろうかとも思うが、今となってはどうでも良かった。
憂助が自分の危機に駆けつけてくれた。
ただそれだけが嬉しくて、コガラシの目もあるのを忘れて、憂助に抱きつく。
憂助はその行動に驚き、そして、困ったような顔をした。
どうすればいいかわからず、実際困っている。
とりあえず、昼間もしてあげたように、優しく背中を叩いてあやしてやるのが関の山であった。