千紗希さんの悩み事   作:阿修羅丸

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花火大会と千紗希さん

「ほい、お待ち」

 

 愛想の良い声と共に屋台の親父から渡されたタコ焼きのパックを受け取ったのは、甚平姿の久我憂助だ。

 今夜は湯煙川で花火大会があり、屋台もたくさん出ている。父の知り合いも多く出店しているので、憂助はそれらを巡り回って食べ歩くのが、毎年の恒例となっていた。

 

「しかし憂くん、毎年毎年一人でってのは、そろそろ寂しくなってこないか?」

「俺は一人で回りてぇき、別にいい。クラスのもんに()うても逆に何か恥ずかしいわ」

「そうかぁ……でも、そんな事言ってると、その会いたくない奴にバッタリ出会したりするもんだぜ? おじさんも若い頃は、本屋でグラビア雑誌立ち読みしてる時に限ってクラスの女子に見付かってからかわれたもんさ」

「わかった、気ぃ付ける。じゃ、あんがと」

「おう、お父さんによろしくなー」

 

 屋台を離れた憂助は、人混みを掻き分けて空いたスペースを見付け、そこでタコ焼きをパクパクと食べ始める。

 毎年の事だが、会場となっている湯煙川は凄い賑わいだ。さすがにこれだけの人混みの中でクラスメートとバッタリ出会すなどという事はなかろうと、憂助は(たか)を括っていた。実際、今まで一度も出会した事はない。

 パックの中はあっという間に減り、最後の一つを頬張った時だ。

 

「あっ、久我くーん!」

 

 不意に宮崎千紗希の呼ぶ声が聞こえて、憂助は不覚にも喉に詰まらせてしまった。

 何度か激しく咳き込み、むせ返り、最後には根性で飲み込む。

 

「久我っち大丈夫?」

「お茶か何か買ってきてやろうか?」

 

 三浦博子と柳沢芹も一緒だ。三人揃って浴衣を着ていた。

 

「大丈夫だ、問題ねえ。つかお前ら、こげなとこで何しよんか」

「花火大会見に来たに決まってんでしょ」

 

 と博子が呆れ半分に答える。

 

「逆に、そんな事聞くお前こそ、何しに来たんだよ」

「親父の知り合いが屋台出しとうきの、挨拶回り兼ねて食い歩うとるんて」

「ふぅーん、パパさんの知り合いが、ね……」

 

 博子が何やら思い付いたらしく、ニヤリと笑った。

 

「んじゃ久我っち、せっかくだし私等も一緒に回ってあげる! 一人じゃ寂しいっしょ?」

「いらぬ世話だ、阿呆」

 

 憂助は一ミリ秒の間も置かずに、即答した。

 

「どうせ俺と一緒ならなんぼかでも負けてもらえるかもとか思うちょんやろうけどの、親父の知り合いやきっち安くしてくれるほど世の中甘くねえぞ」

「え~~?」

 

博子があからさまに残念そうな声を上げた──かと思えば「よし」と手を叩いて、

 

「んじゃ久我っち、一緒に見て回ろっか」

貴様(きさん)、人の話聞きようんか。俺と一緒におっても値引きはしてもらえんっち言いよろうが」

「そーじゃなくてさ、千紗希目当てに声掛けてくるナンパ男がゾンビみたいにワラワラ湧いて出てうっとうしいの。久我っちボディーガードになってよ」

「ちょっと、博子」

 

 千紗希が博子の浴衣の袖を引っ張り、たしなめた。

 

「久我くんにだって都合があるんだから」

「そんな事言ったって、さっきもしつこいのが絡んで来てたじゃん。ねえ久我っち、そういう事だからお願い! 私が三品まで奢ってあげるから」

「任せろ」

 

 憂助は一ミリ秒の間も置かずに、即答した。

 

(……久我くん、結構食べ物に釣られるタイプなんだ)

 

 千紗希は半ばあきれつつも、憂助が同行してくれる事に安心感も覚えていた。

 実際、一緒に歩いていると、周囲の男性からの視線や声かけが明らかに減った。厳つい顔つきで、甚平をまとい、雪駄を引っ掻けた憂助は、ちょっと高校生らしからぬ迫力がある。うっかり目を合わせて因縁を付けられたら……と思うと、近付く事さえ憚られるのだろう。

 おかげで、落ち着いた気持ちになれた。

 それが千紗希自身にも思わぬ形で掻き乱されたのは、連れ立って歩き出してから間もなくの事であった。

 

「お~い、久我ちゃぁ~ん!」

 

 妙に軽い声で憂助に呼び掛ける者があった。

 金髪をポニーテールにした、派手なメイクの少女だ。丈の短いミニスカ風の浴衣の胸元を大きく開けて、深い谷間をアピールするかのように着崩している。

 

「何か、八女(やめ)か」

 

 憂助は面倒くさそうに言った。

 彼女は同級生の八女由香奈であった。

 

「こげなとこで何しよんか」

「花火大会見に来たに決まってるっしょ。それより久我ちゃんこそどったのよ。女の子三人も侍らせてモテモテじゃん?」

「そげな景気の良い話やねえ。ただの付き添いてぇ。それより服くれえちゃんと着ろ。下着見えとうぞ」

「あー、ダイジョブダイジョブ。これ見せブラだし?」

「見せる相手もおらんくせに」

「それはこれから逆ナンして取っ捕まえるからダイジョーブ。んじゃ、友達待たせてっから、またねー」

「おう。精々気張れや」

「久我ちゃんも頑張りなねー。バイバーイ」

 

 八女由香奈はそう言って、立ち去る。

 

「……おい久我。何だよ今の」

「同級生だ」

「久我っち、あんなイケイケのギャルと仲良いんだ」

「俺だけ特に仲が良いっち訳やねえ。あの手の生物はよほどキツい見た目しとらん限りは、誰が相手でも普通にコミュニケーション取ってくるきの」

 

 芹や博子にそう説明する憂助。

 千紗希は、知らず眉根を寄せていた。

 憂助がクラスメートと仲が良いのは、喜ばしい事である。

 そんな気持ちも確かにあるのだが、自分だけの秘密のお花見スポットに先客が居た時のような奇妙な残念さや、今日初めて会ったギャルに対するよくわからない対抗心のようなものが、胸の内に確かに湧き起こっていた。

 

「ほら久我くん、あっちの方から見て回ろうよ」

 

 憂助の手を掴むと、由香奈が去っていったのとは逆方向へと歩き出す。

 千紗希の心情など知る由もない憂助は、されるがままについていく。

 そんな千紗希の様子に、芹と博子はニンマリと笑みを浮かべた。

 

 

「おっ、憂くん別嬪さん連れてるねぇ」

「ほう、女の子三人も侍らすとは、憂くんも隅に置けねえなぁ」

「あらま、憂ちゃんたらモテモテねぇ~」

 

 行く先々の屋台で、憂助は気さくに声をかけられる。会場の屋台の三分の二近くが、知り合いのようだ。千紗希たちは憂助の父の交遊範囲の広さに、思わず感心した。

 憂助は、博子から約束通り三品(焼きそば、お好み焼き、回転焼き)奢ってもらって、珍しく傍目にもわかるほど上機嫌である。

 そんな二人をニヤニヤと眺めつつ、芹と博子は少しずつ距離を取っていく。

 会場全体に、花火の打ち上げを報せるアナウンスが響き、少しでも眺めの良い場所に移ろうと来場者たちが動き出すと、彼女たちはそれに乗じて二人から完全に離れた。

 そして千紗希のスマホに、はぐれてしまったので花火の打ち上げが終わってから会場の外で落ち合おうという旨のメッセージを送った。

 

「……芹と博子、はぐれちゃったみたい」

 

 それを確認した千紗希が、憂助に告げる。

 

「花火が終わったら会場の外で落ち合おう、だって」

「まぁ、それが一番無難やろの」

 

 瞬間移動を使えば簡単に合流出来るが、この人混みの中で他人に見られずにというのは、まず無理だ。危険にさらされてる訳でもなし、そこまでする必要はあるまいと、憂助は考えた。

 打ち上げ花火を二人で眺めた後、会場の外へと向かう。

 その途中で、千紗希はかき氷の屋台を見付けた。

 

「久我くん、かき氷食べる?」

「ん? ……そやの」

 

 冷たい物が欲しくなったのと、そこの屋台のおばさんも知り合いなのとで、憂助がそう答えると、

 

「じゃああたしが買ってきてあげるよ。付き合わせちゃったお詫び。何がいい?」

「いちごミルク」

「うん、わかった。じゃあすぐ戻るから、いい子にして待っててね」

 

 そう言うと、パタパタと屋台へ向かう。

 憂助は口をへの字に曲げた。

 憂助と、ついでに自分の分も買って戻ってきた千紗希は、憂助を連れて屋台から離れた所にある東屋(あずまや)へ移動した。ちょうどそこが空いていたのだ。

 二人はそこでかき氷を食べ始めた。

 憂助がふと見れば、千紗希のかき氷には青いシロップが掛けられてある。

 

(ブルーハワイとかいうやつか……そう言やいっぺんも食うた事ねえの)

 

 などと考えていると、千紗希がその視線に気付いた。

 ストローを加工したスプーンで自分の分を掬うと、

 

「はい」

 

 と憂助に差し出す。

 

「……何か」

「食べたいんでしょ?」

 

 千紗希はそう言って、憂助の口元に更にスプーンを近付ける。

 

「ほら久我くん、あーん」

「…………」

 

 何か怒鳴り付けてやろうかと思った憂助だったが、千紗希と目が合うと、何故かそんな気も失せて、おとなしく口を開けて、差し出された一口を食べる。

 

「どう?」

「ふん、悪かねえの」

 

 感想を聞かれて、素直に答える。

 その後、今度は自分の分をスプーンで掬い、千紗希に差し出した。

 

「いいの?」

「食わせてもろうてばっかは悪いきの。ほれ」

「うん、ありがと」

 

 千紗希はあっさりとその一口を頂戴する。

 

「うん、美味しい……ありがとう久我くん」

「お互い様だ」

 

 憂助は素っ気なく答え、その後は二人とも黙々と自分のかき氷を食べた。

 食べ終わって、空になったカップとストローをゴミ箱に捨てると、改めて会場の外へ向かう。

 芹と博子の姿は見当たらない。

 そこへ二人から千紗希のスマホに、LINEでメッセージが届く。どうやら博子は金魚すくいに、芹は射的に熱中しており、もう少し遅れるらしい。

 その旨を憂助に伝えると、彼は小さく溜め息をつくのみであった。

 

 ──あたしは一人でも大丈夫だから、久我くんは先に帰ってもいいよ?

 

 と言おうとした千紗希だったが、先程出会した八女由香奈の事を不意に思い出し、その言葉をグッと飲み込んだ。

 憂助を先に帰らせると、その途中で彼女とまた鉢合わせるかも……そう思うと、妙に不愉快なのである。ギャルに対して偏見など持ってはいないが、何となく面白くないのである。

 知らず知らず、憂助の手をギュッと握る。

 

「あたしたちも、どこかで時間つぶしていよっか?」

「言うて、それでまたすれ違いになってものぉ……どうせすぐすっからかんになってやって来るやろうし、もうちょい待っとけ。それまではそばにおっちゃる」

 

 憂助はそう答えた。

 千紗希が手を握って来たのを、ナンパ男の襲来を恐れての事と思ったのだ。文句を言わないのもそのためである。

 

「……うん、ありがとね、久我くん」

 

 その気遣いが嬉しくて、千紗希はつい憂助の肩に身を寄せてしまう。

 それに対しても、憂助は特に何も言わなかった。

 

 それから三十分ほどして、芹と博子がやって来た。時間も時間なので、憂助は三人をそれぞれの家まで送ってやる。芹と博子の家は知らないので、徒歩で送り、最後に千紗希を瞬間移動で家まで送った。

 

「今日はありがとう、久我くん。ごめんね、付き合わせちゃって……」

「こっちも奢ってもろうたきの、特に文句はねえ。じゃあの」

「うん、おやすみ久我くん」

 

 手を振る千紗希に、小さく手を振ってから、憂助は瞬間移動で帰っていった。

 

 ──それから、千紗希はベッドの中で今夜の花火大会を振り返り、かき氷をお互いに一口ずつ分け合った時を思い出し、ある事に気付いた。

 

(……あれってひょっとして、間接キス?)

 

 そう思った瞬間、千紗希は恥ずかしさで顔中が真っ赤になった。

 一方憂助も、自宅の寝床で同じ事に気付き、恥ずかしさと罪悪感で死にたくなった。

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