千紗希さんの悩み事   作:阿修羅丸

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二学期
逆襲の朧さん・ROUND2


 夏休みが明けて、2学期が始まった。

 登校する生徒の多くが気だるげだが、久我憂助は平然としている。毎朝4時には起きて稽古をしており、その習慣は夏休み中も変わらなかったのだ。

 

「おはよう、久我くん」

 

 正門をくぐった辺りで、声を掛けられた。

 振り向くと、宮崎千紗希だ。その左右に柳沢芹と三浦博子もいた。

 

「おう」

 

 憂助は素っ気ない返事を返す。

 相変わらずぶっきらぼうだが、つまり普段と何ら変わらないということだ。そう考えればむしろ安心する千紗希である。

 

「今日からまた学校だね」

「そやの」

「でも今日が金曜日だから、またすぐお休みになっちゃうね」

「そやの」

「ちょっとせわしないよね。いっそ学校は来週からにしてくれたら良かったのに」

「そやの」

「お前さっきから同じ返事ばっかりじゃねえか!」

「あんたは『いい●も』の客かー!」

 

 憂助の気のない返事に、芹と博子が声を上げた。千紗希がまぁまぁとなだめる。

 花火大会の夜、かき氷を分け合った結果の間接キスは忘却の彼方──という訳でもないが、あれから二週間以上も経った今は、気にしなければ気にならない程度の記憶である。

 逆に憂助の方が気にしており、愛想のない態度もそのせいだった。

 

「……『い●とも』で思い出したが」

 

 しかしさすがに、ちょっと罪悪感を覚えたのか、珍しく自分から雑談を始める。

 

「昨日のお笑い番組にタ●リが出とったの」

「うん、出てたね」

「タ●リ、死んだんやねかったんか」

「死んでないよ」

「ずっと前に『いい●も』終わったやねえか」

「『いい●も』は終わったけどタ●リが死んだからとかじゃないから」

「そうか──」

「番組終わったからって司会者まで殺すなよ」

「てゆーか久我っち、お笑い番組とか見るんだねー」

「普段は見らんが、昨日のはジャッカル富岡が出とったきの」

「久我くん、ジャッカル富岡好きなの?」

「俺が唯一認めるお笑い芸人だ」

「そうなんだ……」

 

 そんな風に駄弁りながら、一同は上履きに履き替え、一年生の教室が並ぶフロアに向かう。

 

「じゃあね、久我くん」

「おう」

 

 手を振って4組の教室へ向かう千紗希たちに、変わらず素っ気ない返事をしてから、憂助は自分の属する5組の教室に入っていった。

 

 

「ところでさ」

 

 朝のホームルームが終わり、始業式のために体育館へと向かう途中で、博子が口を開けた。

 

「ジャッカル富岡って誰?」

「お笑い芸人だよ。くそつまんねーけど」

「私全然知らないんだけど」

「テレビのCMにも出てるだろ。除菌も出来る消臭スプレーとかの」

「どんなCM?」

「CGのバイ菌に向かってこれでもくらえーってスプレー吹き掛けてやっつけた後、自分にも吹き掛けたらダメージ入って、無駄にキレのある無駄のない無駄な動きで『なんで俺もやね~ん』ってぶっ倒れるやつだよ」

「……そういえばそんなのあったねー。くだらなすぎていまいち記憶に残んなかったわ」

 

 ぶっ!

 

 博子の台詞に被るように、後ろで盛大に吹き出す者がいた。

 振り向くと、冬空コガラシである。口許を手で押さえて、プルプル震えている。

 芹と博子は千紗希の手を引いて、そそくさと距離を取った。

 

「──なんだ今の。冬空の野郎、ジャッカル好きなのか?」

「タイミング的にはそうとしか思えないけど……引くわ~」

「……そういえば、夏休みにこゆずちゃんがうちに泊まり掛けで遊びに来たんだけど、最初にママに会った時、ジャッカル富岡の物真似したの。こゆずちゃんなりのご挨拶で」

 

 千紗希がポツリと、そう言った。

 

「ママには凄くウケてたけど、それはあくまでもこゆずちゃんが可愛いからってだけで、別にジャッカル富岡が面白いからって訳じゃなかったんだけどね」

「だよな。ジャッカル富岡くそつまんねーよな」

「うーん、妖怪にはめっちゃ面白かったりするのかなー?」

「そうでもないみたいよ? こゆずちゃん自身は別に好きでも嫌いでもないらしいし──ただ、こゆずちゃんいわく、久我くんと久我くんのお父さんには大ウケだったし、冬空くんにも凄い好評らしいけど……」

「なに? 霊能者って笑いのツボが南斗鳳凰拳伝承者みたいに常人と逆転してるの?」

「まぁ、好みは人それぞれだし……」

 

 千紗希のその当たり障りのない言葉で、とりあえずその話題は締め括られたものの、『ジャッカル富岡』というお笑い芸人の名は、三人の少女たちの心に奇妙に引っ掛かった──が、始業式が終わる頃には忘却の彼方と消えた。

 

 

 2学期が始まって数日が経ったある日の事である。

 ホームルームも終わり、帰り支度をして教室を出た憂助の元に、博子と芹が血相を変えてやって来た。

 

「久我っちぃぃいいい! 非常事態だよぉぉおおおお!」

「デケー声出すな。どげしたんか」

「千紗希がさらわれちゃったの!」

「誰にか」

「刀の鍔で眼帯した、銀髪の女だ! うちの制服着ていかにもここの生徒ですって顔して近付いてきたし、千紗希も知ってた風だから完璧に油断した!」

「そんでその女が久我っちにこれ渡せって言ってこれ置いてったの!」

 

 博子が差し出したのは封筒である。『果たし状』と書かれてあった。

 

「追い掛けようとしたんだけどその女いきなり空間に変な穴空けてその中に千紗希を連れて飛び込んでその変な穴もすぐに消えちゃって」

「わかったき、ちっと黙れ」

 

 早口で説明する博子に言い捨てて、憂助は封筒を開けて中の手紙を改める。

 犯人には目星がついている。朧であろう。

 書いてある事にも目星がつくし、実際その通りであった。いたって簡潔に、

 

『師匠は預かった。

 返してほしくば裏山の神社に来い』

 

 この二行である。

 

(…………『師匠』?)

 

 千紗希の事であろうとはわかるが、何故朧が千紗希を師匠と呼ぶのか……芹いわく千紗希も知ってた風との事なので、以前ゆらぎ荘に遊びに行った時に出会したとかそんな感じだろうか。こゆずやちとせからも、朧がゆらぎ荘に下宿するようになったと聞いた。着ていた制服もおおかた、こゆずの葉札術で造ってもらった物だろう。

 

「ちょう行ってくるき、お前等教室で待っとけ。あとこれも持っとけ」

 

 手紙と封筒をグシャグシャに丸めて近くのクズカゴに投げ捨てた憂助は、博子に自分の鞄を投げ渡す。

 その鞄につい目線が動いた博子と芹が、視線を憂助に戻すと、そこにはもう誰もいなかった。

 

 

 憂助の予測した通り、千紗希は以前ゆらぎ荘に遊びに行った際に朧とも知り合っている。

 冬空コガラシと子供を作り龍雅家に取り込む事も目的としている朧は、コガラシを魅了するために千紗希を『女子力の師』と仰ぎ、人前でも師匠と呼ぶ有り様である。憂助への果たし状に『師匠』と書いたのもそのためであった。他人宛の文章上でも、呼び捨てにするのは憚られたのだ。

 千紗希は今、湯煙高校の裏山の山頂にある廃神社の堂内に閉じ込められていた。

 とは言っても拘束されてる訳ではない。

 前述のように朧とは知らぬ仲でもなし、このような暴挙にいたった理由を問い質し、彼女の胸の奥で燃える雪辱の想いを打ち明けられたところであった。

 

「──それはわかったけど、こんな事しても久我くんを怒らせるだけだよ?」

「それで良いのだ。本気のあの男を倒さねば、意味がない。八咫鋼(冬空コガラシ)にならまだしも、ただの人間ごときに敗れたままとあっては、龍雅家の護り刀たる私の名折れ……ひいては龍雅家の名折れともなりかねん。師匠には申し訳ないが、後日お詫びをするので許してもらいたい」

「許す訳ねかろうが、阿呆」

 

 不意に声がした。

 憂助が瞬間移動で現れたのだ。

 

「こういう面倒事を起こしたくねえき電話番号教えたんやろうが。勝負してえんやったら電話せぇ、電話を」

「つまり、いつ何時(なんどき)でも相手をしてやる、という事だろう? 逆を言えば、私などいつでも軽く捻る事の出来る相手だと認識しているという事だ。私の事を、軽く見ているという事だ。貴様を倒した後で『油断していた』などと言い訳されるのも、それはそれで業腹だからな──表に出ろ」

 

 朧はそう言って、お堂の扉を開く。

 憂助はお堂の床を軽く蹴った。

 途端に、彼の身体は体重など消えてしまったかのようにフワリと宙に浮き、放物線を描いて外に出る。

 朧は制服の半袖から伸びるたおやかな白い腕を刀に変えながら、後に続いた。

 憂助もいつの間にか、木刀を手にしている。

 その木刀を八双に構えた瞬間、朧は腕の刀で襲い掛かってきた。

 コガラシですら完全には見切れない朧のスピード攻撃を、憂助は冷静に防ぎ、受け流し、打ち払う。

 その動きを、朧は四方八方からの連続攻撃の最中も観察する。

 やはり、動くスピードそのものは大した事はない。速い事は速いが、自分よりは劣る。

 にも関わらず攻撃を防がれるのは、憂助の動きが()()からではなく、()()からだ。こちらの身のこなしや体勢、構えなどから次の動きを予測しているのだろう。フェイントすらも見抜かれてしまう辺り、良い眼をしていると言わざるを得ない。

 

(やはり、()()でいくしかないか)

 

 朧は足下の地面を、腕の刀で斬り裂いた──否、斬ったのは地面ではなく空間である。

 発生した空間の裂け目が丸く広がって穴となり、朧はその中に飛び込む。

 瞬間、憂助の背中にヒヤリ、冷たいものが走る!

 咄嗟に飛び退くと、さっきまでいた場所の空間に穴が空き、そこから朧が上半身を出していた。

 

「勘の良い奴──だが、いつまでかわせる?」

 

 再び穴に潜った朧。

 穴が消えて三秒ほどしてから、憂助の足下から刃が伸びてきた。

 跳躍してかわすと、跳び上がった先にすでに穴が空き、朧が腕の刀を突き出してきた。

 憂助、これを木刀で打ち払い、その反動で軌道を変えて着地した。

 木刀を正眼に構え、素早く周囲を見渡すが、朧は影も形も見えない。

 

(俺が使うのとは違う瞬間移動か)

 

 憂助はそう判断した。

 あの腕の刀で空間そのものを切り裂いて、異空間を通過する出入口を作っているのだろう。

 朧が元々持つ能力であり、以前にはこの能力で、湯ノ花幽奈を湯煙市から長野県信濃の地底湖にまで連れ去った事もある。

 すぐに姿を見せないところから察するに、異空間にある程度留まれるようだ。出てくる場所もタイミングも、朧の自由という訳だ。

 

(どうしたもんか……)

 

 別空間に潜む敵に、如何にして攻撃を当てればいいのか?

 のんびり黙考している訳にもいかない。敵の姿はおろか、気配すら探れないのだ。いつどこから現れるのか、全くわからない……。

 憂助は木刀を下段に下ろして、二度三度と繰り返し振り上げる。

 風が吹き、砂埃を周囲に巻き上げて、幕とする。

 あとはこの砂埃の幕の変化で、朧が出てくる場所やタイミングを計るだけ……。

 だが、突如憂助の正面の空間に巨大な裂け目が出来ると、空気ごと砂埃が吸い込まれてしまった!

 直後、憂助は肩口に冷たいものを感じて、大きく横っ飛びにかわす。

 刀と化した朧の腕だけが宙に浮かんでおり、その腕も水中に潜るように、空間の裂け目の中に消えた。

 同時に複数の裂け目を作れるようだ。

 次の手を思案する憂助の耳に、

 

 キィ……

 

 かすかに、何かが軋む音が届いた。

 千紗希がお堂の扉を開けた音だ。憂助が心配なのだろう。不安そうな眼差しを向けている。

 

「──そこおっとけ」

 

 千紗希に言い捨てた憂助は、眼を閉じた。

 木刀の切っ先を左の掌にあてがい、そのまま押し込む。

 刃渡り七十センチの木製の刀身が、手品のように手の中に消えた。

 憂助は柄だけとなった木刀で、左側の空間を突く。

 

 ──ズドンッ!

 

 重い音が轟く。

 突かれた空間が膨らむように歪んで弾け、朧が飛び出して来たかと思うと、憂助の正面にまで転がり落ちた。

 立ち上がろうとするが、足に力が入らない。というか、足の感覚がない。戦闘中、しかも得物を構えた敵の真ん前であるにも関わらず、朧は思わず左手を元に戻して、実際に触って、足の存在を確かめずにはいられなかった。

 

(異空間に潜む私に、直接こんな攻撃を……っ!)

 

 念法の技に、戦慄にも似た気持ちを抱いてしまう。

 

(やはりこの男に勝つには、小手先の技術や理論など粉砕する圧倒的パワーしかないのか……玄士郎様のような……冬空コガラシのような……)

「おい」

 

 呼ばわる声と共に、コンコンと硬い物で頭を叩かれた。

 憂助だ。

 

「さっきゴチャゴチャ言いよったけどの、結局のところ、俺とお前の二人だけの都合でしかねかろうが。俺と勝負してえんやったら電話せぇ。他人を巻き込むな」

「…………」

 

 朧は何も言わず、ただうつむくのみであった。

 最早戦意なし、勝負ありと見た憂助は、木刀を背中にしまうと、千紗希を連れて瞬間移動でその場を去った。

 

 

 学校に戻った憂助は、千紗希を芹と博子の二人に引き渡すと、さっさと帰ろうとした──が、それを千紗希が引き止める。

 

「久我くん。肩のとこ切れてるよ?」

 

 朧の刃が、肩を掠めていたらしく、制服の右肩が切り裂かれて下のTシャツのグレーの生地が覗いていた。

 

「貸して。縫ってあげる」

「いらん」

 

 憂助は突き放すような言い方で拒んだ。

 

「今回ばかりは俺のせいで迷惑掛けっしもたんに、服まで縫ってもらう訳にはいかん」

「そんなの気にしてないよ。確かにビックリしたけど、別に何か酷いことされた訳じゃないし」

「拉致監禁は充分『酷いこと』やろが」

「でも朧さんとは知り合いだし……何より、久我くんがすぐに助けに来てくれるってわかってたから、怖くも何ともなかったよ」

「おい久我。事情はわからねーけど、悪いと思ってんなら千紗希の言う通りにしてやれよ」

「そうそう。千紗希に服縫ってもらうとか、他の男子なら泣いて喜ぶような事なんだから、ありがたく思いなよね」

 

 芹と博子がここぞとばかりに加勢する。

 憂助は口をへの字に曲げると、制服のシャツを脱いで千紗希に投げ渡した。

 受け取った千紗希は自分の席に座り、鞄の中から、携帯裁縫セットを取り出して、縫い始めた。

 

「はー、何か安心したら喉乾いちゃった。飲み物買ってくるねー」

「おう、アタシも行くわ。購買まだ開いてるなら、ついでにお菓子も買おうぜ」

 

 博子と芹がそう言って教室を出たので、室内には憂助と千紗希の二人きりとなった。

 立ち尽くしているのが何となく落ち着かない憂助は、千紗希の隣の席に座る。

 千紗希は横目でそれを見て、小さく微笑み、針仕事を続けた。

 その姿に、憂助は知らず見入っていた。

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