夜になってゆらぎ荘を訪れた憂助は、思わず建物を見上げた。純和風のゆらぎ荘がきらびやかに飾り付けられていたのだ。屋根には『HAPPY HALLOWEEN』の文字盤が並び、顔が描かれたカボチャ『ジャック・オー・ランタン』の飾りもあちこちにある。
こゆずたっての希望でハロウィンパーティーが催されることとなり、憂助はそれに呼ばれたのである。
飾り付けられたゆらぎ荘を見上げて小さく溜め息をつくと、憂助は正面玄関の戸をガラガラと開けて中に入っていった。
「ハッピーハロウィン!」
そう言って出迎えたのは千紗希、狭霧、雲雀の三人。それぞれ黒猫、キョンシー、メイドの仮装をしていた。
「おう」
憂助はそれだけ言って、上がり口でスニーカーを脱ぐと、三人に案内されて奥へ進む。
「久我くん、どうしてコスプレして来なかったの?」
千紗希が尋ねる。
憂助の服装は、黒のTシャツの上からベージュ色のシャツ。下はジーパンにウェストポーチを巻いている。いたって普通の格好だ。
「して来いっちゃ言われとらんきの」
ハロウィンパーティーに呼ばれていながら、憂助は悪びれる風もなく、素っ気なく返した。
狭霧が眉をひそめる。
「私だって恥ずかしいのを我慢して仮装していると言うのに……」
「知らんわ。だいたいハロウィンの仮装はガキがやるもんやろが」
「えっ、そうなの?」
雲雀が目を丸くして聞き返した。
「ハロウィンは元々日本で言うところのお盆げなもんだ。子供がお化けの仮装するのは帰ってきたご先祖様を表現しとる」
「じゃあトリック・オア・トリートっていうのは?」
「お菓子はご先祖様へのお供え物だ。それも用意出来んトンチキにはバチ当てるぞーっとかそげな感じだ」
「へー、そうなんだ……」
「久我くん、物知りだね」
「そげな大したもんやねえ。最近世間様が騒ぎ始めたき、ちょっとGoogle先生に聞いてみただけだ」
そもそも憂助はハロウィンにあまり良いイメージがない。パーティー参加者が酒に酔ったりなどして騒ぎを起こし、ニュースにまでなったからというのもあるが、近年取り上げられるようになったこと自体『元々興味もなかった外国の風習を馬鹿騒ぎする口実に利用している』ように見えて、好きになれないのだ。
今夜のパーティーも断りたかったが、こゆずが直接家にやって来て手作りの招待状まで渡すものだから、とてもじゃないが断れなかった。
パーティー会場となる大部屋に入ると、それぞれ思い思いの仮装をしたゆらぎ荘の住民たち、芹や博子、うららがいた。幽奈とコガラシが皿を配っている。
「ほら久我っち、ここ取っといてやったよー」
魔女のコスプレをした博子が自分の隣にある二つの座布団をポンポン叩いた。
憂助はそれを見て、一瞬考える。
博子のすぐ隣に座れば、更にその隣に千紗希が座ることになり、女子に挟まれることになる。という訳で、一つ空けて座った。そして千紗希は憂助と博子の間にチョコンと座る。
──よしっ!
博子と、その逆隣の芹は、それを見て小さくガッツポーズをした。二人をくっつけようという臨海学校での計画は、未だ続行中なのだ。
「あっ、憂助くーん!」
そこへこゆずがトコトコとやって来た。
「手品見せなきゃイタズラするぞー!」
「それを言うなら『お菓子くれんと』やろが」
苦笑しつつも憂助はお膳の上の割り箸を手に取った。
「種も仕掛けもねえぞ」
こゆずの頭をその割り箸でペシペシ叩くと、両端を両手のひらで挟み込み、パンッ! と勢い良く手を閉じた。そしてすぐさまパッと手を開くと、割り箸は消えている。
「すごーい! どうやったのー!?」
目をキラキラ輝かせるこゆずの前で、憂助は左袖の中に手を入れて、そこから割り箸を取り出した。
「手ぇ閉じる時に割り箸に角度を付けて、袖ん中に放り込んだだけてぇ」
事も無げに説明しながら、割り箸をお膳の上に戻す。
「お前、なかなかやるなぁ」
「久我っち手品出来るとか意外だね~」
「昔暇潰しに覚えただけだ。ホントに種も仕掛けもなしに出来る簡単なやつやったきの」
「でも充分凄いよ。あたしもビックリしちゃった」
「ふん、おだてても木には登らんぞ」
憂助は言い捨てて、ペットボトルのオレンジジュースをグラスに注ぎ一気にあおった。
そんな彼に、更に他の手品もせがむ博子や芹の様子を見たこゆずは、
「ホントに盛り上がった……」
と、小さく呟いた。
そして今度は、千紗希たちに向かって、
「おっぱい見せなきゃイタズラするぞー!」
と言った。無論三人とも見せる訳がない。
「よーし、じゃあイタズラしちゃうからね」
こゆずは葉札を三枚取り出して、千紗希たちに投げつける。煙と共に彼女たちのコスチュームは一気に布面積が減った。
特攻服姿にゾンビイメージのフェイスペイントをしていた芹は、ペイントはそのまま裸体の上から包帯を緩く巻いた姿に。
魔女のコスプレをしていた博子は、帽子とマントは変わらず、その下が紐に近いスリングショット水着に。
黒猫少女のコスプレをしていた千紗希は、猫耳カチューシャだけ残して、下はファー素材のチューブトップと尻尾のついたハイレグパンツ姿に。
当然、羞恥の悲鳴が三人分上がった。
「何じゃこりゃあああっ!」
「何これ、ほとんど裸じゃん!」
「何するの、こゆずちゃん!」
瞬間、千紗希たちの身体を熱風が叩いた──かと思うと、薄紙を剥がすように恥ずかしいコスチュームが消し飛び、また元の仮装に戻った。
千紗希たちが風の吹いた方を見ると、憂助がいつの間にか取り出していた木刀を、背中の襟口に仕舞うところであった。
「はしゃぎ過ぎだ、ド阿呆」
ゴツンとこゆずの頭に、憂助の拳骨が落ちた。
「うう……ご、ごめんなさ~い……」
こゆずは頭を押さえて涙ぐむ。
「ちょっと久我っち、殴ることないでしょ」
「まだ十歳なんだから許してやれよ」
「畜生なら充分大人だ」
博子と芹に言い返す憂助のその言葉に、こゆずのタヌキ耳がピコンと動いた。
「ところで、どうしてあんなイタズラしたの?」
千紗希がこゆずの頭を撫でながら尋ねる。
「こうしたらパーティーが盛り上がるって言われたから……」
「誰か、そげなデタラメ言うたトンチキは」
「ヒョードーくん」
こゆずが指差したのは、部屋の出入口で膝をついてうなだれる、ゾンビのコスプレをした兵藤聡だった。
千紗希たちの視線を感じて兵藤がハッと顔を上げた瞬間、憂助の木刀が胸を突く。
その軽い一突きで吹っ飛ばされた兵藤は、まるでゴムボールのように壁や床、天井にバウンドしてゆらぎ荘の外まで飛んでいった──。
◆
「あ~、ひでぇ目に遭ったぜ……」
料理を頬張りながら、兵藤はぼやく。
「自業自得じゃねえか」
隣のピエロ姿のコガラシが、あきれたように言った。
ゆらぎ荘の住民たちをコガラシから紹介された兵藤は、ゆらぎ荘内外の飾りつけをこゆずが葉札術で一瞬でやったと聞かされ、更に朧に請われるままに彼女の衣装をより過激な物に変えるところも目撃した。そこでこゆずにこっそりと、
「無茶なお願いをして、それが出来なかったら恥ずかしいコスチュームに変化させればパーティーも盛り上がる」
と吹き込んだのだった。
こゆずの変化の術を利用して女の子たちの恥ずかしい姿を観賞しようという企みであったが、葉札術の煙が晴れないうちに憂助の念法で術が解かれ、結局その目論見は失敗に終わった。
「まぁあの三人だったからまだ良かったんじゃねえか? 狭霧や雲雀だったら手裏剣とかクナイとか投げつけられてたぞ。アイツ等の武器は霊気を具現化させた物だから切れ味も自由に調整出来るけど、痛いことは痛いからな」
「木刀で外まで吹っ飛ばされるのも充分ひでぇよ」
「でも全然痛くなかったし、怪我もしてねえだろ」
「言われてみれば……」
コガラシに言われて、兵藤は自身の身体にかすり傷どころか何の痛みもないことに気付いた。
玄関の外まで吹っ飛ばされて数分は、全身が麻痺して動けなかったものの、その麻痺もすぐになくなり、自分の足でまた大部屋まで戻って来れた。
そもそも、あんな軽く小突かれたくらいで人間の体が何度もバウンドするはずがないのだ。
「……アイツ、何者なんだ?」
千紗希の隣で、特に楽しそうな風でもなく黙々と料理を食べる憂助を見ながら、兵藤は尋ねた。
「この前の体育祭でも物凄い走り方で逆転勝ちしやがったし……アイツも肉体派の霊能力者とかか?」
「いや、霊能力とは違うらしいぜ」
「違うって?」
「俺も詳しくは知らねえけど、なんでも人間の思念は極限まで高めると、悪霊や妖怪を退治するエネルギーに変わるらしい。それを武道に応用したのが、アイツの使う念法って技なんだとよ」
「ふーん……」
コガラシの説明を聞きつつ、兵藤は憂助を観察し続ける。
すると千紗希が何やら憂助に話し掛けた後、彼の小皿を手に取り、お膳中央の大皿からローストビーフと唐揚げを一つずつ取って手渡した。
「…………もしかしてアイツ、宮崎と付き合ってんの?」
「さぁ? そんな話は聞かねえな」
「じゃあなんでアイツは宮崎の隣に座ってんだよ」
「そこしか空いてなかったんだろ」
「じゃあなんで宮崎はアイツの代わりにオカズ取ってやったりしてんだよ」
「宮崎の方が欲しいオカズに近かったんだろ」
「納得いかねえ……ッッ!!」
呻くように呟く兵藤の声音は地獄の亡者めいておどろおどろしく、心なしかコガラシの目には、彼の身体から嫉妬の炎がメラメラと燃え上がってるようにも見えた。
「……まぁ、それはそれとして、
「あ、いや、あれは本当にパーティーを盛り上げるためにだな……」
「久我がいなかったらお前一人が盛り上がってた流れじゃねえか……こゆずもああ見えて立派な妖怪なんだから、気を付けろ。俺なんてずっと前にボディソープに変えられた事があるんだぜ?」
「ボディソープ?」
兵藤の目が怪しく光った。
それに目敏く気付いたコガラシは、彼の両肩に手を置いた。
「言っとくが、そんな良いものじゃねーぞ。中身の泡にだって意識や感覚があるんだが……泡は使い終わったら洗い流されるだろ?」
「そりゃあ、まぁ」
「その時のあの意識が遠くなっていく感覚は、ガチで恐怖だぞ? 身動きも出来ねえ、声も出せねえ状態でもしも使い切られてたら、俺はたぶん、今この場所にはいなかったぜ」
「……お、おう」
話の内容よりも、コガラシの無表情な顔に押されて、兵藤はボディソープに化けさせてもらってゆらぎ荘女子のバスタイムを覗くという計画を捨てざるを得なかった……。
◆
別方向からも、憂助に視線を向ける者がいた。
雨野雲雀である。
狭霧の従姉妹に当たり、彼女にライバル意識を抱く身として、その狭霧と決闘をして勝ったという少年は気になる存在である。
体育祭のクラス対抗リレーでの逆転劇も記憶に新しい。
しかしそれ以上に、嫉妬に近い感情があった。
夏休みに出会って以来コガラシに恋慕の情を抱く雲雀であったが、そのコガラシから何度も憂助の事を聞かされるのだ。その時の語り口や眼差しには熱がこもっていた。そしてコガラシ自身が『ガチで惚れた』と何度も口にするのだ。
──狭霧やうららのような念法使いへのこだわりの気持ちは、ない。
妖魔・悪霊を調伏出来るとはいえ、念法の根幹は武道である。
対して誅魔忍は、対妖魔・対悪霊の技のみを磨き続けてきた。対抗戦が行われた明治時代でも、対人戦闘のノウハウに限れば念法使いに一日の長があっただろう。敗北もやむを得ないと思っているし、現代では体術の訓練にも力を入れている。今戦えば、また違った結果になるだろう。
雲雀個人はそのように考えているのである。
(雲雀たちと同い年のはずだけど……)
周囲の雑談に加わることなく、黙々と料理を摘まむ様には、奇妙な貫禄があった。
太い眉とがっしりした顎、鋭い目付き……見ようによっては、年上にも見えてくる。
(今のうちに仲良くなっておけば、コガラシくんとのことで協力してもらえるかな……)
そう思わないこともないのだが、どうにも話し掛けづらい雰囲気がある。結局、離れた席から時折目線をやるくらいしか出来ない雲雀であった。
◆
夜も更けて、料理も粗方食べ尽くされた。
こゆずははしゃぎ疲れて、胡座をかいた憂助の膝を枕に眠ってしまっている。
憂助は全く気にせず、グラスに注いだオレンジジュースをチビチビと飲んでいた。
パーティーもお開きということで、女性陣が後片付けを始めた。
こゆずに変なことを教えた罰だと芹に凄まれて、兵藤も加わる。
憂助も手伝おうと思いはするが、自分の膝を枕にしているこゆずを起こすのも忍びないという気持ちがあった。
「久我くんはゆっくりしてていいよ。こゆずちゃん起こすのも悪いし」
千紗希がそう言った。歳の離れた兄妹然とした二人に、微笑ましい気持ちになっていた。
「……俺だけ地蔵様んごと座っとくのも落ち着かんわ」
「んじゃ、一緒にこゆずを部屋に運ぼうぜ」
と言ってきたのはコガラシである。その傍らに、吸血鬼のコスプレをした幽奈がフヨフヨと浮いている。
二人がこゆずの寝顔を覗き込んだ時、こゆずは寝返りを打った。
「おっぱい見へなきゃ、イタズラすゆぞぅ……」
そんな寝言まで言う始末だ。
「ハイハイ、もう寝る時間ですよ」
と幽奈がクスクス笑いながら語り掛けると、こゆずは葉札を何枚も取り出した。
「見へてくえないにゃら、イタズラすゆからねぇ……」
そう言って葉札をばらまく。完全に寝ぼけているようだったが、それでも術そのものはちゃんと作動した。
作動してしまった。
あちこちで煙が巻き起こり、女性陣のコスチュームが軒並み水着や下着同然か、下手をすればそれ未満の布面積になってしまう。
更に煙で視界を塞がれたコガラシが、その煙を払おうと振り回した手が幽奈のコスチュームに引っ掛かった。ビキニ水着のパンツに指が引っ掛かり、布が幽奈の股間にくい込む。
「いやあああっ!」
赤面した幽奈の悲鳴と共に、恥ずかしさからポルターガイストが暴発した。
室内の全員が、果てはお膳やその上の食器類に至るまでが一斉に宙に持ち上げられ──、
「エヤアッ!」
鋭い声と共に、元の位置に戻った。それは端から見ると、ビデオの逆回し再生めいた不可思議な光景であった。
(今の、久我くん……?)
千紗希が憂助のいた方を見ると、憂助は左手に未だ眠っているこゆずを抱え、真横に振り抜かれた右手には、木刀を握っていた。
「あ、服も戻ってる」
後ろにいた博子の呟きで、千紗希は確かに自分たちのコスチュームが葉札術で変化させられる前の物に戻っていることに気付いた。
憂助はチラリと千紗希の方を見やると、すぐに視線をのんきに眠りこけているこゆずに落とし、小さく溜め息をつきながら、木刀を背中の襟口に仕舞うのだった。
◆
後片付けが終わり、部屋に運ばれたこゆずを除くゆらぎ荘の住民たちは玄関で来客たちを見送る。
悪魔コスの呑子は、普段からは想像出来ない鋭い眼差しを、去り行く憂助の背中に注いでいた。
その視線を、隣にいるちとせの更に隣の狭霧に一度向けてから、再び憂助に戻した。
(うーん……さぎっちゃんは二千近くいっとるんに、あの子からはやっぱり千くらいしか感じ取れへん……けどなぁ……)
今夜のパーティーでの出来事が、呑子の脳裏をよぎった。
あの少年の木刀の一振りが──思念の一刀が、こゆずの葉札術を破り、幽奈のポルターガイストすら
(あの子が『最後の希望』か……ちょっと、信じてみとうなったわぁ)
憂助の背中を見つめながら、呑子は手にした一升瓶を一口呷った。