千紗希さんの悩み事   作:阿修羅丸

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冬休み
ゆらぎ荘のクリスマス


 午後6時を過ぎると、辺りはすっかり暗くなっている。そんな中、外灯とクリスマス用イルミネーションで公園の中はうっすらと明るい。宮崎千紗希は柳沢芹と三浦博子の二人と共に、そこにいた。三人ともマフラーやダッフルコート、ダウンジャケット等でしっかり防寒しており、また一様に紙袋を手に提げていた。

 

「あっ、久我くーん!」

 

 不意に千紗希が声を上げ、手を振る。芹と博子が振り向くと、枯草色のモッズコートを着た久我憂助がやって来るところであった。彼もまた、手に紙袋を提げている。「メリクリー」とクリスマスの挨拶をする千紗希たちに、ただ

 

「おう」

 

 と返すのみ。そして会話もなしに、

 

「飛ぶぞ、掴まれ」

 

 とだけ言った。その愛想の無さにむしろ清々しさすら感じつつ、三人は思い思いに憂助の腕や肩を掴む。瞬間、四人は白い光に包まれて、公園から消えた。

 次の瞬間、山中のゆらぎ荘の前に白光が生まれ、四人が姿を現す。

 そのゆらぎ荘の純和風の外観も、クリスマス用イルミネーションできらびやかに飾られていた。

 今夜はゆらぎ荘のクリスマスパーティーで、憂助たち四人も招待されたのである。憂助は行くつもりはなかったが、こゆずがわざわざ家を訪れて手作りの招待状を手渡したものだから、断るに断れなかった。

 四人が玄関の引き戸をガラガラと開けると、

 

「メリークリスマぁース!」

 

 と歓声を上げて、サンタクロースのコスプレをした湯ノ花幽奈が出迎えた。同様にサンタコスに身を包んだ雨野狭霧と伏黒夜々も一緒だ。千紗希たちは朗らかに挨拶を返すが、ここでも憂助ただ一言、

 

「おう」

 

 と返すのみであった……。

 そこへ奥からパタパタと軽快な足音。信楽こゆずだ。「めりくりー!」と挨拶する少女は小さな体をトナカイの着ぐるみで包んでおり、その愛らしい様に千紗希たち女子は思わず頬を緩ませる。しかし憂助ここでもただ、

 

「おう」

 

 と返すのみ。しかしトナカイの顔を模したフードの上からこゆずの頭を撫でてやる。こゆずは嬉しそうに目を細めた。

 それから彼女に案内されて、パーティー会場である二階の大広間へと案内される。

 襖を開けて中に入ると、既に荒覇吐呑子と朧が席についている。呑子は大ジョッキに並々と注がれたビールを飲んでいた。そして二人とも、何故かサンタ棒に水着姿だった。こゆずいわく二人からのリクエストで、葉札術を用いて造った物だそうだ。

 

「千紗希ちゃんたちも着る?」

 

 というこゆずの問いに、千紗希たちは声を揃えて、

 

「遠慮します」

 

 と辞退した。

 

 

 料理が運ばれ、参加者全員が席に着くと、クラッカーの音を合図にパーティーが始まる。

 二つくっつけて並ぶ長机の一辺に博子、芹、千紗希が座り、その隣にこゆず、憂助の順で座る。こゆずは千紗希と憂助に挟まれたのが嬉しいのか、いつにも増して機嫌が良かった。

 千紗希がこゆずの頭越しに、その向こうの憂助を見ると、雑談に加わる事もせず黙々と料理を食べる憂助の横顔は、心なしかいつもより和らいでいるように見えた。

 

「──でね、でね、ぽぽるんとななるんが天空大神殿でバトルして……」

 

 そんな憂助に、こゆずは今熱中してるアニメの事を話していた。

 

「何か色々おるごとあるが、どれが一番強えんか」

 

 ローストチキンの軟骨部分を歯でむしり取ってボリボリと食べながら問う憂助に、こゆずは立てた人差し指を左右に振り、「チッチッチッ」と、舌を鳴らすのではなく口で言った。

 

「『魔法少女ぽぽるん』は単純な強い・弱いだけで語れるよーな浅いアニメじゃないんだよねぇ~。すぐに強さ議論に話が行くなんて、憂助君もまだまだ子供だなぁ~」

「そらすまんかったの」

 

 憂助はそう言ってこゆずの頭をワシャワシャと撫でる。着ぐるみから飛び出たこゆずの尻尾が、パタパタと揺れた。

 切り分けられたクリスマスケーキがそれぞれの元に運ばれると、口にした者は皆が皆、その味に驚嘆する。特に生クリームが濃厚な味わいだが、かといって甘過ぎない絶妙な味付けである。こゆずは何かに取り憑かれたかのようにパクパクと食べていく。

 

「もっとゆっくり食え」

「だって本当に美味しいんだもん! 特にクリームが最高で、もうがぶ飲みしたいくらい……ううん、いっそ生クリームのお風呂に入りたいくらいだよ!」

「死ぬぞ」

 

 目をキラキラ輝かせてすっとんきょうな事を言うこゆすに、憂助はかなり本気で突っ込んだ。

 

「俺が作ったんだ」

 

 と長机の向こうから言ったのは、サンタクロースの格好をした冬空コガラシ。

 

「へぇー、アンタもたまには人様の役に立つんだね」

「お前みたいなセクハラ大魔神にも取り柄の一つはあるんだな」

 

 と辛辣なコメントを返すのは博子と芹。苦笑しつつ受け流し、コガラシは憂助に感想を求める。

 

「どうだ久我、美味いか?」

「まぁの」

 

 憂助は素っ気なく答える。チビチビとスローペースで食べるのは、本当にじっくりと味わっているからだ。そんな様子こそ何よりも雄弁な答えと言えよう。

 

「そっか。お前に気に入ってもらえて何よりだぜ、久我」

 

 と、コガラシは満面の笑顔でそう言った。

 ──そんな二人のやり取りに幽奈と雲雀が何とも言えぬ危機感を覚えたのは、また別の話である。

 

 

 しばらくして、プレゼント交換が始まる。各々が持参したプレゼントを、歌に合わせて隣の人へと回していき、歌が終わった時に手元に回ってきたプレゼントをもらえる。

 まずはちとせが、回ってきたプレゼントを開封した。アクリル板を切り出して塗装した、トナカイの(そり)に乗ったサンタクロースの壁掛けだった。憂助が作った物である。

 

「あらまぁ……大事にしますね、憂助くん」

「あざっす」

 

 憂助は素っ気なく返した。

 それから各々が自分の手元に回ってきたプレゼントを開けていく。

 それを見て、何となく自分もこの場で開封せねばならないっぽい雰囲気を感じた憂助は、自分のプレゼントも開けた。

 星空と森の絵が描かれたカードで、

 

『星に願いをカード』

 

 という見出しの下に小さな文字で、

 

『願いを書いてツリーに飾ると、どんな願い事でも星の瞬く間だけ叶うよ!』

 

 という説明書きがあり、更にその下、カードの中心部分に願い事を書くための余白があった。カードにはクリスマスツリーに飾るための物であろう小さなチェーンも付いていた。

 

 阿呆くせえ。

 

 ──と言いたいのをぐっとこらえて憂助、こゆずにせがまれるままに、同封されていたボールペンでさっさと何やら書き込む。

 

「あれはどなたからのプレゼントですか?」

 

 憂助の様子を微笑ましく眺めながら問うちとせに、夜々が答えた。

 

「さっき宅配で、『ゆらぎ荘の誰かへ』って届いてた」

「誰かへって……ちょ、ちょっとその伝票見せてもらえますか!?」

 

 急に慌て出すちとせをいぶかしみつつ、夜々は後で渡すつもりでポケットに入れておいた宅配便の伝票を手渡す。送り主の欄を見たちとせは顔をひきつらせ、ワナワナと震え出した。

 

「やっぱり女将さんから……ッッ!!」

「ど、どうしたんスか?」

 

 尋ねるコガラシに、ちとせはため息混じりに答える。

 

「ゆらぎ荘の女将さんは旅館ゆらぎ庵を畳んだ後、世界中を旅して回っているのですが……変な物ばっかり集める上に悪戯好きで、こうしてたまに送られてくる物も大抵ろくでもない物ばかりなんですよ……」

「そういやあの双六も……」

 

 コガラシの脳裏に、一月ほど前にこゆずが奥の蔵から見つけてきた双六の記憶が甦った。『妖怪双六』と呼ばれるそれは、プレイヤーが小さくなって双六の世界に閉じ込められ、ゲームをクリアせねば決して元の世界には帰れぬ呪いの双六。命の危険こそ無かったものの、散々な目に遭った……。

 ちとせは急いで憂助を止めようとしたが、時既に遅し。書き終わった憂助はこゆずと一緒に、広間の片隅に飾られたクリスマスツリーの枝にカードを掛けたところであった。何を勘違いしているのか、こゆずはカードに向かって手を合わせている。

 ──しかし、カードは風もないのにカタカタと震え出し、プスプスと煙まで上げ始めた。更にバチバチと音を立てて青白いスパーク光が表面を走り始める。

 

「あれ? どうしたんだろ……」

 

 カードを覗き込むこゆずを、憂助は後ろから抱き寄せて自身の体を覆い被せた。直後、カードがボンッ! と爆発、消滅した。

 

「大丈夫か?」

「ふぇ~、ビックリしたぁ~……」

「憂助くん、何と書いたんですか?」

 

 こゆずを気遣う憂助に、駆け寄ったちとせが、彼の背中に付いた煤を払い落としながら尋ねる。

 

「世界平和」

 

 憂助は事も無げに答えて、溜め息をついた。

 

「星の瞬く間も叶わんとはのぉ……」

「女将さんのビックリアイテムも、お前の願いのデカさには勝てなかったって事だな」

 

 とコガラシがフォローしてくれた。

 

 

 気を取り直して、パーティーが再開された。

 取り皿に取ったローストビーフを食べている憂助の頭に、不意に重くて柔らかい物が乗っかり、背後から酒の匂いと共に細長い物が巻き付いてくる。

 

「憂助ちゃぁ~ん、楽しんでるぅ~?」

 

 呑子が胸部に搭載された105cmIカップの戦略兵器を頭に乗せるようにして抱きついて来たのだ。手にはワイングラスとワインのボトルを持っている。そして憂助の隣に腰を下ろすと、グラスにワインを注いで差し出した。

 

「さっきはプレゼント無くなっちゃって大変だったわねぇ~。ほら、これでも飲んで気分転換しましょ~?」

「いけぬ(たち)ですので」

「あら残念」

 

 と一度は引き下がる呑子だったが、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「でもぉ~、それがわかるってことは憂助ちゃん飲んだことあるのねぇ~」

「小学生の頃にジャッキー・チェンの『酔拳』見てて何となく」

「あらそうなのぉ~? 今なら案外いけるかもよぉ~、チャレンジするぅ?」

「呑子さん」

 

 ちとせの呼び掛けに、呑子は竦み上がった。

 声を荒げた訳でもなく、いつも通りの朗らかな表情だが、ちとせの小柄な体からは威圧感が滲み出ている。

 

「未成年に飲酒を勧めるのは感心しませんね」

「……ご、ごめんなさぁい」

 

 呑子は引きつった愛想笑いを浮かべ、そそくさと自分の席へ戻った。ワインを注がれたグラスは置きっぱなしだ。

 憂助はそれをじっと見つめていたかと思うと、手にとってゆっくりと呷る。

 ちとせが止める間もなく飲み干すと、フウッと一息ついた。

 

「あらぁ~、憂助ちゃん良い飲みっぷりじゃなぁ~い。もう一杯やるぅ?」

「やめときます」

 

 憂助はうんざりした顔で言った。

 

「ねぇねぇ憂助くん、お酒どうだった?」

「くそ不味かった」

 

 こゆずにそう答えて、自分の紙コップに烏龍茶を注いで一気に飲み干し、口直しとした。

 

「久我くん、本当に大丈夫?」

「おう」

「でも、確かに良い飲みっぷりだったな」

「やーい不良少(ねーん)

 

 芹と博子の茶化しを受け流し、憂助はまた黙々と食事を再開する。

 

(……確かに大丈夫そうですね)

 

 その様子を見て、ちとせは安堵の息を漏らす。

 

(まぁ、京一郎くんも酒豪でしたしね)

 

 憂助の父、京一郎は、ゆらぎ荘が旅館だった頃に住み込みでアルバイトをしていた。その頃の事を思い出し、ちとせはそういうところは親子なんだなと微笑ましくなった。

 それからしばらくして、憂助は不意に立ち上がった。

 

「どうしたの、久我くん」

「聞くな、トイレだ」

 

 千紗希にそう答えて、憂助は広間を出る。

 そして、戻って来なかった。

 

 

 憂助が目を覚ますと、暖房の効いた部屋で、布団に寝かされていた。寝汗をかいて、服の内側がベトベトで気持ち悪かった。

 

「あっ、憂助くん起きた!」

 

 枕元にいたこゆずが、それに気付いて抱きついてきた──かと思うと、顔をしかめて離れる。

 

「うえっ、憂助くんお酒臭い……」

「そらそやろ。体内のアルコールを汗と一緒に出したきの」

 

 憂助はそう答えた。

 気紛れで呑子が注いでくれたワインを飲んだ後、気分が悪くなったので本当にトイレに行ってきた。ひとしきり吐いても気分が良くならず、足下も覚束ない。このまま戻ってあれこれ心配されるのも煩わしいので、広間の前の廊下に座り込み、体内の念を用いてアルコールを汗と一緒に排出させていたのである。

 しかしその途中で気を失い、倒れていたところを、探しに行こうとしたコガラシに発見され、空き部屋に運ばれたのである。

 

(我ながら情けねぇのぉ……)

 

 こゆずから事情を聞いて、憂助は自分自身に呆れてしまった。

 

「あら、目が覚めたんですね憂助くん」

 

 そこへちとせが入ってきた。手には着替えの浴衣と、お湯で濡らしたタオルを持っている。

 

「ボク、みんなを呼んでくるね」

 

 こゆずが入れ替わるように、パタパタと部屋を出ていく。

 ちとせは憂助の傍らにチョコンと座った。

 

「気分はどうですか?」

「もう大丈夫です」

「ビックリしましたよ、廊下で倒れてたんですから……具合が悪いなら素直に言ってください」

「さーせん」

 

 憂助は謝りながら、上着とシャツを脱いで上半身裸になり、ちとせから受け取ったタオルで体を拭き始めた。

 ちとせはもう一枚のタオルで、背中を拭いてやる。背筋の凹凸を眺めて、知らず口角が上がった。

 

「……あのちっちゃな泣き虫さんが、すっかり逞しくて我慢強い男の子になったんですね……お姉ちゃんは嬉しいですよ」

「あざっす」

「でも、我慢強過ぎて心配でもありますね。本当に辛い時や苦しい時は、誰かに頼っても良いんですよ。私や京一郎くんでなくても良いですから、そんな時に頼れるような相手を作ってくださいね」

「──うっす」

 

 体を拭き終わり、浴衣に着替え終わる頃、襖が開いて、コガラシと雲雀、狭霧の三人がこゆずに先導されて入ってきた。

 

「久我、大丈夫か」

「おう」

「あまり心配させるな、久我憂助」

「すまんかったの」

「久我くん、はいコレ。酔い醒ましの薬湯」

「雨野家秘伝の生薬を使ったものだ。効果は保証する」

「ん」 

 

 雲雀がお盆に乗せて運んできた湯呑みを取り、中の濁った濃緑色の液体を飲む。アルコールの排出は終わったが念のためというのもあるが、廊下で倒れて他人に運ばれ介抱されるという失態に、突っぱねる気力もなかった。

 薬湯を飲み干すと、一息ついて湯呑みをお盆に戻す。

 

「……勧めておいて何だけど、大丈夫? うちの生薬って死ぬほど苦くて酸っぱいんだけど」

「確かに死ぬほどクソ不味かったが、死ぬ一時間前とかやったら、また飲んでやってもいいぞ──その残り一時間、苦しまんで済むきの」

「我が家秘伝の生薬を安楽死用の毒薬か何かみたいに言うなッッ!!」

「それより宮崎たちはどげしたか」

 

 狭霧の抗議の叫びを軽やかに無視して、憂助は誰にともなく尋ねる。帰りも瞬間移動で送る約束なのだ。

 

「憂助ちゃん無事だったのねぇ~ッッ!!」

 

 そこへ呑子が乱入してきて、半ば飛び込むように憂助に抱きついてきた。

 

「良かったわぁ~! 憂助ちゃんに何かあったらと思うとアタシ心配で心配でぇ~ッッ!!」

 

 涙ながらに憂助を抱き締め、顔を胸の豊満過ぎる膨らみに埋めていく。

 

「もしも憂助くんが病院に運ばれるようなことになったら、呑子さんは年明けまでお酒もおつまみも抜きですからね」

 

 とちとせに宣言されたのである。それは呑子にとって死刑宣告も同然であった。

 そんな事は露とも知らぬ憂助は煩わしげに呑子を引き剥がし、

 

「自分で飲もうっち思うて、自分で勝手に倒れただけやき、気にせんでください」

 

 とだけ返しておいた。

 

「憂助ちゃぁぁんっ! なんて優しい子なのぉ~っ!」

 

 呑子は酒とおつまみ抜きの刑を回避出来た安心からか、もう一度憂助を抱き締めて、顔を胸の谷間に埋め込む。しかし呑子の吐息はおろか、その胸からも酒の匂いかプンプン漂い、憂助はただ息苦しいだけである。

 

「久我っち生き返ったー?」

「オメェー案外酒に弱いんだなぁ。可愛いとこあるじゃねぇーか」

「無事で良かった……」

「玄士郎様ならばあの程度の酒、水感覚で飲み干すのだがな」

 

 博子、芹、夜々、朧もやって来る。

 その後ろに千紗希が立っていたが、表情は険しい。ズカズカと中に入ると、呑子を強引に引き剥がした。

 

「呑子さん、久我くんは病み上がりなんだから安静にしてなきゃダメなんですよ」

 

 とたしなめる。

 呑子がビキニ姿のまま憂助に抱きついているその光景が、何となく面白くなかった。

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