召喚演舞   作:tonton

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召喚演舞 舞ノ伍

 

 一、二、三、四、そして五。

 通路に淡々と響く足音が五つ。

 先を歩くのは生気を感じられない肌に、額に角をはやした一目で異形だとわかる村の住人が二人。その彼等に強制的に歩かされるここは、調査の為に潜入した第一目的、遠くからも一際目を引いた朱色の城の中だった。

 

「っ、ちょっと!」

 

 周囲の様子に気を配っていた為か、連れられている三人の内一番後ろにいた長身の女性、イェンファがその背後から村人の手に持つ槍で歩く速度を上げろと催促されていた。

 

「おいっ、ちゃんと従ってるだろ! あまり乱暴な真似はっ」

 

 フォルス、アベルト、イェンファの順で長い朱色の通路をグルグルと歩かされる。時折階段を上っている事から、自分たちは上の階に連れて行かれているのだろう。恐らくは、この城の主の元へ。あの海岸で襲ってきた二体の化外の仲間と思われる化物の下に。

 

「っ!」

 

 後ろ手に拘束されている中、物言わぬ村人に喰ってかかろうとするアベルトに、当の本人であるイェンファが大丈夫だからと小声で諌める。

 だが、傍らにいるフォルスも同じ思いだ。

 ただの村人相手なら、それもたったの二人なら通常三人で問題なく無力化できるだろう。だが、拘束されてから目が覚めた時、アイコンタクトのみで脱出を図ろうとした彼等を村人は無力化した、その結果が現状だ。

 なにせ、どれだけ切ろうが穿とうが、まるで何事も無いように、或いは這い寄ってでも彼等は襲い掛かってくる。加えて身体は麻痺毒の抜けきっていない為に酷く反応が鈍い。そんな状態で向かってくる人形のような村人達を吹き飛ばせるほどの手段を、現状彼等は有していなかったのだから。

 

 そして、一際大きい扉の前に、三人は立たされた。

 大きな、とても大きく豪奢な扉。縁に彫られた紋様と、一際深い朱色が周りの色と陰影を作りあげ、ここが最上階であり、この先にソレがいるのだと否応なく理解させられる。

 

「ハイレ」

 

 石突を立て、扉の両脇に立つ村人の声に従うように、或いはそれが中に待つモノの意思なのか。ひとりでに開く扉は辺りに重々しい音を響かせ、中の濃密な空気を外に、来訪者を引きづり混むかのように纏わり付く。

 だがここで踏みとどまるわけにはいかない。

 ここにいる三人以外に後二人、同行者が別の場所に運ばれているのだから。

 現状で脱出は絶望的に困難。ならば少なくとも彼等との合流は生存率を上げる為の大前提であり、その為には、例え僅かであろうと隙を生み出し、間隙なく穿つ必要があるだろう。

 

 ならばと、三人は互いに確認しあうように頷き、一歩、もう一歩と部屋の中へと入る。

 

 中はこれまで歩いた廊下と違い、若草色の変わったカーペットが規則正しく敷き詰められた床。

 板目をむき出しにしたままの高い天井。

 絵画をあしらった扉が四方に続き、自分たちの正面、そこに半透明の網の様なものが垂れ下がっていた。 

 案内すると言われ、“彼女”が呼んでいると聞いていたからには、誰かがここにいると身構えていただけに、この事態には少々拍子抜け感もある。

 

 そうして、三人が三人とも、張りつめていた緊張の糸を戸惑いから緩ませかけた時だ。

 

「―――おう。客人よ、よくぞまいられた」

 

 広い部屋の一角。

 天井から垂れていた網の一部がゆっくりと引き上げられ、その奥から、一人の妖艶な女が姿を現す。

 

「こいつが」

 

 思わず、同じ女であるイェンファですら息を飲む美貌。

 その人たらざる独特の雰囲気を理解しながらも、明らかに何かが“違う”と印象づける女の物腰に、三人は知らず後ろ足を踏んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「グッ」

 

「アっ」

 

 後ろ手に手を縛られたまま、男と少女は暗く、狭い通路の先にある空間に放られた。

 

「冴えない顔だな■■■。いや、今はただのコソ泥だったか。あんな連中と仲良しこよし、随分と丸くなったな」

 

 マフラーで口元を完全に隠した女形の化外。

 恐らくこちらの名前を呼んだのだろうが、奇妙にこの化外たちの言葉は雑音に塗れた様な独特の言葉を吐く。恐らくそれが彼等に共通する言語なのだろうが――そんなことは知った事ではない。

 

「っ、生憎と、手前みたいな薄汚え女の知り合いなんていないんだよ。なにが望みだ、返答によっては――」

 

 縛られた状態で器用に上体だけを起こし、これ以上無様に背を晒すものかと睨み返す。隣で倒れたまま起き上がれない連れは、当てにはならないだろう。集まった“連合”の中ではそれなりに付合いもあるが、それだけにこの少女がどういう場面で力を発揮するのかはよく知っている。

 ならば、ここは自分がどうにかしなくてはと思考と手を動かし、目の前の女がそんな男の考えを見透かしているかのようにせせら笑う。

 

「ねぇ……アナタ、こちらに寝返る気はない?」

 

「は?」

 

 いきなり仲間に毒を盛り、分散させるように拉致し、牢屋へと放り込んでやる事が勧誘。傍目から見れば間抜け面を晒しているだろうと思いつくまで数瞬かかり、再起動した頭がそのまま怒声となって口から飛び出そうとした。

 

「いいえ、正確には“戻って”くると言った方が正しいかしら。そもそも、そちらに皮肉屋の貴方が馴染んでる方がおかしい」

 

「お前、何をいってやがるっ」

 

 何を、というより、この化外と男の話は先程から噛み合っていない。いや、女の方が一方的に話すそれらが男の認識と擦れているというのが正確なのか。

 コレが話す言葉は、まるで男を、アトシュを知っている風だというのに、彼はまるで記憶にない。いや、もしかしたら記憶を無くしている“空白期”以前の知り合いなのだとしたらあり得るのかもしれない。が、これだけは断言できる。

 

「身に覚えがない? ――本当に?」

 

 この島の空気と自分は相いれない。

 だからこの女の化外と自分の間に繋がりなどない筈だと。

 

「私達が使っている術だって、別に何もおかしな事じゃない。もともと古くからあった物で、今は忘れ去られているだけ。■■■達の“召喚術”はもう身をもって味わったのでしょう? あそこまでされて何も思い出さないのだとしたら、随分と不感症になったものね」

 

 だというのに、どうでもいい事の筈なのに、耳につくその雑音がどうしてか心を荒立てる。

 本当に自分はこの女を知らないのか。

 あの時海岸で舞台を襲撃した二人組を、その二人が手繰る術に、武器に見覚えがあったか。

 気にも留めていなかったそれらが、ここにきて大波が押し寄せるようにして一気に思考へ殺到する。

 

「それとも」

 

 過負荷を起こし、頭痛に襲われて身体が後ろに倒れかけたのを気合で踏みとどまる。その刹那、記憶にない一風景が脳裏を巡り――

 

「そんなに思い出したくないモノかしら。自分が“敗北した”記憶なんて」

 

 女の言葉で、その情景は吹き飛ばされた。

 

「っなろが!!」

 

「へぇ」

 

 後ろ手で拘束している縄を切り、袖に仕込んでいたナイフを取出し前へ進む勢いに乗せて突きだす。

 内心うまく不意を突いたと思っていたが、同時にこの程度は読まれているだろうとも思っていた。拘束した相手に対し、牢の入口を開けたまま立ち話など、向かってこいと挑発しているようなもの。だが、アトシュはそうだと知っていて、あえてその挑発に乗った。

 理由は単純、なめて掛かられるのが心底気に食わない、ただその一点から。

 

「ハ! 言いたい放題言ってくれやがって! コッチはとっくにチャチな拘束なん、ざ……」

 

 だから防がれているとは思っていた。ナイフが相手に触れる寸前に立てた甲高い音も、順当に応戦されたものだと読んでいて、しかし状況は彼の予測の斜め上をいく。

 

「アナタもいい加減学習するべきよ。力の差なんか関係ない。こんな鈍、少なくともあんな汚物にみちた世界で培った程度の腕じゃ、ここでは何の役にも立たない」

 

 防いではいた。

 だが彼女はその手に獲物であっただろう短剣を取り出してもいない。いや、それどころか構えすら取っていない。

 

「くっそ、が!」

 

 人体では急所であり、ナイフ一本でも十二分に殺傷できる部位。鳩尾へ突き立てる筈の凶刃は、あろう事か、化外の服を貫通もできずに阻まれていた。  

 

「その証拠に――」

 

「!?」

 

 いくら力を籠めようと、僅かも刃が刺さる感触がしない未経験の事態に、退くどころかありえないと力んだ結果、わずかに反応が遅れたその手を、化外に掴み取られた。

 

「っお!?」

 

 するとどこにそんな力があるのか。その細腕からは想像もできない力で、女よりも身長のあるアトシュを彼女は軽々と片手で持ち上げ、

 

「こんな風に、まるで赤子同然ね」

 

 牢屋の奥へと投げ飛ばした。

 

「――ガッ」

 

 まるで抵抗が出来なかった。

 否、抗おうにも彼女は意に介さないし、振りほどくだけの手段が彼にはない。

 吹き飛ばされ、ただただ固い岩盤の感触を背に受けて、逆流しそうになった吐しゃ物を押しこめるので精いっぱいだった。

 

「所詮お前も私も同類よ。負けて敗れて微塵となった残滓。けどね、貴方と私とでは決定的に違う」

 

 まるで道端の虫を見るような眼。見下しているだとか、そういった嫌悪を越えて、コレは明確な憎悪をもって殺意を押し止めている。いつかの混沌に満ち、皆が皆疑心暗鬼に陥っていた“空白期”後によく見たような、そういった冷たさを肌に感じる。

 

「私は忘れない、絶対に。この島も、あの人の笑顔を、あの日の悲劇を、おぞましいあの汚物への憎しみもっ」

 

 だから、その独白はいつしかアトシュへ向けたモノではなく、彼女の憎しみは彼ではなく、彼を通して何か別のものを見ているのだと気付いた。肌で感じた鋭利な殺意の微妙なずれ、その焦点が自身を捉えてないのだと。

 

「なのになのになのになのになのになのに―――あぁ、ここまできて欠片も思い出さないのだとしたら」

 

 だが、自身を通して何かを見ているということは、彼女の憎悪の対象は自身に類した者、或いは関連ないし似ているということ。そうしたモノは、容易に代替となりえる。つまりは、

 

「貴方、もう用済みよ」

 

 彼女の膨れ上がった殺意がついに溢れ出す。

 朱色の短刀を取出し、ゆっくりと此方に進んでくる様は化外というより、質量を感じさせない幽鬼のよう。

 

 その殺気、いや殺意は既に肌を切り裂くのではないかと思う程の濃密さで、倒れているこちらの首を掴み上げられた時は首に刃を当てられたと錯覚したほどだ。

 

 情けなくもいう事を利かない身体。

 完全に、気圧されている。そんな初めての感覚に実感が追い付かず、力の入らない体は弛緩剤でも打たれたように、まるで糸の切れた人形のように、振り上げられた赤い刃を眺めていた。

 

「消えなさい」

 

 すると――

 

「や―――め、ろっ」

 

 か細い、ともすれば聞き漏らしそうな小さな声によって、振落されようとしていた凶刃はぴたりと止まった。

 

「貴方……そう、貴方声を失ってるのね」

 

 女がこちらを掴み上げたまま振返ったその先、辛うじて動いた目が拾ったのは、涙目で手に持った杖に魔力を込めている少女の姿だった。

 

「馬鹿、やろうっさっさと」

 

 なんで逃げないと怒鳴ろうとした言葉が形にならない。

 女は開け放たれた牢屋の前にいて、彼女は壁際に放り投げたアトシュを掴み上げている。最初に牢屋に放られ、倒れていた少女は化外より牢の入口に近い。例え物音を立てたとしても、必死になれば逃げれた筈だというのに。

 

「だって、アト、シュが――ュがっ」

 

 小さい言葉は所々が聞き取れない。が、それでも男を仲間と信じて、少女は見捨てるという選択肢が初めからなかったのだろう。自分は、立場が違えば全く逆の事をしていたと断言できるし、それを少女も理解している筈なのにだ。

 

「味方を失って地に墜ちた貴方が仲間を得て再起するなんて、三文芝居もいいとこね」

 

 その姿を見て、力の入らなかった体が震えるように反応を見せた。動けるなら足掻けと必死に命令を送る意思に――だが女はそんな少女の姿を見て、とんだ茶番だとアトシュを放り投げ、今度は震える足で必死に逃げまいとしている少女へと足を向けた。

 

「いえ、ならいっそ……その気が無いのなら、こうした方が手っ取り早かったかもね」

 

 牢の外に監視はいない。この化外が余程の実力を持つのかどうかは知るところではないが、それでもその歩みはゆっくりだ。逃げようと思えばまだ何とかなる。

 

「てめえ、そのガキに何する気だっ」

 

 どこを見ていると、お前の相手はこっちだろうと叫ぶアトシュに、しかし女は振り返る事無く、そして少女も縫い付けられたように動けず、化外は少女のが構えた杖の前へ到着する。

 

「貴方はそこで見ていなさい。怒りに狂った貴方がこちらに牙を剥くのか、それともアレの腸を食い破る獅子身中の虫となるか……せいぜい観察させてもらうわ」

 

「待ちやが―――っ!!」

 

 止める間もなく、女の腕が少女の腹部を貫く。

 吹き上がる鮮血。

 小さい体に対して一息に大量の血の華を咲かせたそれは誰の目に見ても致死量。いや、身体を貫かれて生きていける筈がないだろう。

 

「――ッざけんなよ、テメェエエ!!!」

 

 震え固まっていた身体が嘘のように動く。目の前で崩れ落ちる少女を見て、頭の中で何かが切れる音を聞いて、彼は傍に落ちていた自身のナイフには目もくれず、素手のまま女へと殴りかかった。

 無謀だとか、無茶だとか、無駄など知った事かと何も考えず、ただ激情のままに拳を女の顔へとためらいなく振り抜き、

 

「相変わらずね」

 

 カウンターを喰らう要領で、腹部に激痛をもらっていた。

 

「頭が切れるようで、その実は激情家。言ってみればただキレやすいだけ。貴方の悪いところよ■■■」

 

 意識が刈取られそうになり、必死に喰いしばって白くなりかけた視界を途切れないよう保つ。口の中で血の味がしたが、どうということはない。見れば殴られただけだ。この命の火はまだ消えちゃいない。

 

「あ、いにくだがよ。この程度で――」

 

 くたばるタマじゃないと、そう言葉を吐きつけようとして、腹部を確認していた目を顔ごと上げると、化外の女が空いている手でナニかを握っていた。

 

「餞別よ。使いどころは良く考える事ね」

 

 そのまま引き絞られた左拳。それが次の瞬間どうなるかも解りきっていて、けれどもまるでいうことを利かない体は横に逸れることも出来きない。

 次の瞬間、胸部に感じた異物感と共に全身が火にくべられたような熱を感じ、彼の意識は途絶えた。

 

 

 






 お久しぶり(震え
 俺は、諦めないぜ!!
 すいませんこちらは一年ぶりとなりました。メインに熱が入り過ぎたとはいえ、コレは(
 ともかく、こっちも更新は続けていきますので、また読んで頂けるのなら幸いです。
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