召喚演舞   作:tonton

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召喚演舞 舞ノ柒

 

 和やかだった空気が、一瞬にして緊迫する。

 それほどの存在感。

 それほどの違和感。

 

 いや、ある意味で、ここにいる誰よりも“彼”はこの場に即した雰囲気を纏っていたのかもしれない。

 

「んー? って、おいおいまてまて。害獣駆除以外にここで暴れるのは御法度だぜ。“ココ”は畑だ。変に血なまぐさいもん土に混ぜてやるなよ」

 

 やれやれと身振りで大げさに呆れを示す偉丈夫。

 だがそんな言葉を受け取って、形通りに気を抜くなどできるはずがない。

 彼がこの島の住人なのはその土気色の肌はもとより、醸し出す雰囲気から疑いようがないのだから。

 

「……もう一度聞く。何のようだ」

 

 身を強張らせてるルエリィを後ろに下がるように合図を送り、フォルスは腰に帯剣させていた愛用の剣に手をかける。

 勝てる見込みというのなら、まず限りなく薄く、だからこそフォルスに油断はなかった。目の前の男の挙動を僅かでも見逃さないと、全神経を集中させていた―――そのはずだった。

 

「んー……年の割にはちっこいナリしてんなお前。ちゃんと食ってんのか?」

 

「んに˝ゃぁ!!??」

 

 背後から聞こえた声に躊躇いはなかった。

 

「!? ルエリィ!」

 

 油断と混乱、混濁する思考の処理を半ば放棄するように、だけど身体は反射の勢いに任せ振り向きざまに踏み込みと抜刀を一息に行う。

 

「待ってください!!」

 

 あと一歩の踏込で剣がいつの間にかそこにいた男に触れるという刹那、響いたラディリアの声に体が急制動をかける。

 フォルス以上に困惑し、羞恥に頬を真赤にして肩を抱き座り込むルエリィの前に立っていた男。その周りにはフォルスを除き、カゲロウ、ルベルト、イェンファの四人でそれぞれの武器を突き付けている格好になっていた。

 

「……聞くのも煩わしいんだけど、一応聞いてあげる。どうして止めたのかしら」

 

 暗に女の敵を前にと、背後に阿修羅すら幻視できそうな、美女特有の凄味を見せるイェンファ。正直、静止したのがラディリアでなければそのまま彼女の直刀は突き放たれていただろう。

 

「まだ冷静なようで感謝します。あなたの意見には概ね、いえ、全面的に同意します。が、その男との交戦は承諾しかねます」

 

 イェンファ含め、他の三人にも向けられた言葉だが、彼女を含め四人とも手にした刃を収めることはない。

 油断ならない。その評価が皆に共通した認識であるが為の結果だ。

 

「管理人さーんっ」

 

 後ずさり、駆け寄るルエリィを抱き留める――ことなくそのまま後ろに下がらせるラディリア。

 

「こちらとしても、現状判断しかねるというのが正直なところです。しかし、戦闘の意思がないという貴方の言葉を信じられる要素をこちらはもちえません。もし対話を希望するのなら、そちらからカードを示してもらえないでしょうか?」

 

 だが、彼女の行動を責めることなどできないだろう。強大な敵を前に気の緩みを見せるわけにはいかないと、後ろから聞こえる非難の声は全力で無視している。

 

「なんだ。そろいもそろって、俺が知りあう女ってのは、どうしてこー極端なのかねぇ……あの姉弟のおかげっつうか、確かに出会いが出会いだったからな、まぁいいか。おたくが言うことももっともだ。いいぜなら、こういうのはどうだ?」

 

 三つの指を立て、質問に答えてやるという提案。

 無論答えられる限りだし、こちらが理解できればの話だがな、という挑発付きだった。

 

「チっ、舐めた口ききやがって――」

 

「ア――だめ、だょっ」

 

 背後に聞こえるアトシュともう一人の少女の静止の声。だが彼らだけでなく、男の言葉に隊の皆がピリピリとした空気を纏っているのも事実。

 故に、その提案に乗るにしても、この対話は慎重に運ばなくてはならない。男に抗戦の意思を取らせないのはもとより、身内の暴発を抑制するためにもだ。

 

「なら、話し合う前に一つだけ確認させてください」

 

「お? ま、いいぜ。三つしか答えないとは言ったが、狭量なつもりはねぇからな」

 

 では、と切り出すラディリア。

 口を切る一つめ。

 対話というテーブルに着く以上、力の上下以前に、まず対等であるという証明が必要だ。例え彼我の戦力差が物量で覆り様がないほど絶望的でも怯むわけにはいかない。

 それ故の第一投だった。

 

「――――あなたの事を、どう呼べばいいでしょうか?」

 

 だが、その一投を受け、男は間抜けにも口を開けて固まると、その言葉を理解したのか、腹を抱えて哄笑した。

 

「っ、何がおかしいっ」

 

「クッ、ああ悪い悪い。バカにしたつもりはねぇんだ。ただ、初っ端から、まさかんな意味もねぇもんが来るとは思ってなくてよ」

 

 困惑と怒り。

 彼の哄笑をより挑発として受け止めた者達と、まさかその程度の質問がどう返答に窮するのかという純粋な疑問。

 だが男はそんな周囲の空気に意を介する気など更々ないという風に、終始飄々とした雰囲気のまま、さも何でもない事のように答えた。

 

「――■■■。どうだ、聞き取れたかよ?」

 

 それはノイズのかかった言葉。

 いや名前だったのだろうか。

 

「言ったろ。意味なんかねぇんだ」

 

 そもそもラディリア達はこの島について知らないことが多い。

 まず言葉が共通しているだけでも驚愕すべきことだったはずなのに、今の今まで誰もそこに疑問を持たなかったこと。

 そこを思えば、名前くらい聞き取れないのは別におかしくもなんともないだろ、と男は言う。

 

「まぁ、名無しのままじゃ呼びずれぇし、そうさな……じゃああれだ。“船長”とでも呼んでくれや。今じゃ廃業したようなもんだが、聞き馴染んだ言葉だしな」

 

 懐かしむように視線は遠くをとらえている、曰く“船長”と名乗る男。

 その真偽はともかくとして、これで誰や彼、お前だといった低俗な言葉の応酬からは一歩階段が登れる。

 そして彼もラディリアも、今の質問を件の“三つ”の問いにする気はなく、つまりはこれより問答が始まるのだ。

 

「では、改めて“船長”さんと」

 

 おうよ、と威勢よく答える“船長”とやらは、変わらずフォルス達四人に囲まれた状態という、奇妙な問答になった。

 これにも両者意に介さず、まずは一つ目とラディリアが放る。

 

「何故貴方達は私たちを攻撃するのですが? こうして話す気があるというのなら、そもそも最初にあのような襲撃など必要ない筈です」

 

 まず根本の第一。

 議論の余地もなく、自分達は初対面。面識どころか名前も知らない筈の関係だ。

 確かにラディリア達は島に突然訪れた余所者、ということになる。なるが、だからと言って問答無用で隊を殲滅にかかるというのは料簡として物騒すぎるだろう。

 だがそんな疑問を、さも難しくないと。それこそ考え過ぎだと事もなげに“船長”は告げる。

 

「あ? んなもん、土足で知らないやつが上り込んで来たらまず追い返すだろ」

 

 ラディリアが問題にあげたのは“部隊の壊滅”という結果に基づくもので、あれはあくまで“追い返す”という手段の結果だと言い張る男。つまりは彼我の戦力差から生まれた悲劇とでもいえばいいのか。

 

「それを、納得しろと?」

 

「いいや? 来訪に“彼奴等”がかっ飛んでくれたのは助かるんだが、お陰様でできた溝も深いときた。で、しまいにゃあんな具合だ。これでも、悪いことはしたと思ってるんだわ」

 

 おどけて詫びる“船長”に、周囲の空気が目に見えて殺気立つ。

 無理もないだろう。暗にお前らは弱いと告げられ、まるで不可抗力だといわんばかりだが、そんなことの為に全滅しかけたのだと告げられ、憤らない筈がない。

 

「つぅわけで、これは俺なりの“せーい”ってやつだ。先のドンパチについてはおたく等が不法侵入、こっちは迎撃対応しただけの正当防衛。それ以下でもそれ以上でもねぇよ」

 

「なるほど。飲み込みがたいですが、理解はしました」

 

「管理人さんっ」

 

 背後からラディラアの言葉に抗議の声が飛びそうになるが、一括するだけで黙らせる。

 正当防衛。

 明らかに過剰であるのは言うまでもないが、言われてみれば自分達もこの島を目指した理由は定かではないのだ。

 相手の言い分に無茶があるとしても、理由としては成り立つ。もちろん説明不足であることは問うまでもなく承知していた。

 故に当然。

 

「無論規模が追い返すなど生易しい対応とは遠くかけ離れていましたが。貴女や城にいた女性が姿を晒す理由にはなりませんよね。それだと寧ろ真逆です」

 

「ああー……俺や“姫”さんがおたく等と話しの場を設けるのは、まぁ趣味というか、気質の違いってやつだ」

 

 会話を交えて、敵情を探る。

 曰く、気質の差。

 こちらの隊も武術に優れた者、後方支援に秀でた者。他にも特技以外に当然好みは千差万別。要はそれと同じだという。

 目の前の“船長”。

 上陸時に邂敵した男女二人組。

 そして、先の城であった“姫”と呼ばれる妖艶な女性。

 アトシュの報告では、その時別の女を見たということから、自分たちは計5つの異形を確認したことになる。

 城、およびその城下で複数の村人らしきものを見たが、あれは傀儡に近いモノというのが隊の術者による認識で、十中八九“姫”とやらによるものだろう。

 直接目にした者たちの印象から、彼ら全員皆例外なく得体のしれない力を保有する怪物。それが5つ。はっきり言って勝ち負け以前の話だが、それでも戦力差の確認というのは重要で、これがなければ作戦の立てようもないというもの。

 

「なら二つ目は、どうして私達を島の先へ進ませることにしたんですか?」

 

 そう。最初に迎撃したということは、まずもってラディリア達余所者を島に入れたくないという意思表示に他ならない。

 だが、その後の対応はどう見ても様子見、いや、むしろ上陸を静観する形だ。途中、先の“姫”や目の前の“船長”といった障害はあるが、壁となるわけではない。少なくとも、対話という形が取れる分最初よりは遥かにましだ。

 

「あー……それはまぁなんつうか。俺等もてんで意見がバラバラでよ。ぶっちゃけお前ら問答無用、なんて声もあったんだわ」

 

 身構える周囲。彼を取り囲む四人にも緊張が走るが、まぁ落着けと両手を上げてなだめるジェスチャーで宥めにかかる。

 そのニヤニヤとした口元と言い、つくづく癪に障る態を取る男だ。

 

「話し合いは平行線、終いには剣も抜きかねない空気でよ。ありゃ肝も冷えるってもんだ―――とまぁ、そんなこんなあったけどよ。で、最後はやっぱ頭、大将の一言で決定、ってなわけだ」

 

 大将と呟きもらしたのは誰のものだったか。

 だがその小さな声も聞き洩らさなかったのか、“船長”は瞳も明るく、それこそ子供染みた喜色に表情を崩して語りだす。

 それこそ、まるで我がことのように、誇るかのように。

 

「ああ、好きにさせろ。ってな」

 

「それは――どういうことでしょうか?」

 

「どうもなにも、言葉通りだ。手前等の行動を縛らない代わりに、そっちを屠ろうとも、こうしてナニを話そうが自由。どうだい。俺等の大将も中々器がでかいと思わないか?」

 

 どうも何も、それではただの放任だろう。

 議論の纏まらない内輪もめをその一言で黙らせたのなら、確かに大したカリスマだなのだろう。

 だがこちらに対して“好きにさせろ”ということは、つまりは単なる放置。気に障るなら叩き潰せというまるで羽虫か何かへの対応はどうでもいいとも取れる。

 そのカリスマが単なるリーダーとしての資質か、あるいは力による絶対性なのかは知れないが。

 

「ただ俺等にも“てりとりー”みたいなもんがあってな。一番最初の上陸ん時を例外に、持ち回りからは離れられないし変えられない。そこ以外は順に廻す。あとはどうとでもなれ、ってな」

 

「つまりは――」

 

「そう、ここを除いた後二か所。そこを抜ければ我らが御大将と晴れてご対面だ。もっとも、単なる会談、にゃあほど遠いだろうがな」

 

 さも愉快そうに笑う“船長”は、まるでその顔が見たかったというようにクツクツと声を漏らしている。

 困惑が伝播する隊の中、しかしこの二つの質問の中で選ぶべき、いや、対峙すべき選択肢は示された。

 

「それに“姫”さんにも言われたはずだぜ? 相応の覚悟をもって臨め、ってな」

 

 選ぶもの。

 それはつまり当然退くか進むか。

 そしてその進退はそのまま二つの障害を指し示す。

 一つは退いた場合、“空白期”によって覇権と利権によってぶつかりあっていた闘いの日々に逆戻りするということ。

 記憶を失うという現象の原因。その確たるものがこの島にあるという“希望”を頼りにここへやってきたのだ。その“希望”を捨てれば、たった一つの導にすがった隊など烏合の衆も同然。疑心暗鬼と血と剣戟が飛び交うあの頃に逆戻りだ。

 

 そしてもう一つ、この先へ進んだ場合に待ち受ける障害。

 彼等異形の親玉というべき化け物との対面。

 その配下二体ですら壊滅しかけるというのにだ。

 はっきり言ってどちらを選ぼうと、絶望しか待ち受けていないのは語るまでもない。

 

「最後は―――」

 

 そのため、残る最後の質問は揺れる天秤を傾かせる導となる。

 現状、他の異形等がこうして対話に臨んでくれる保証はどこにもないのだ。ここが最初で最後の分岐点となる可能性もある。

 なにも自分達はここの住人と争うことが目的ではない。ただ探している“キッカケ”さえ得られればそれでいいのだから。

 決裂だけは回避しようと、ラディリアは口に出かかった言葉をいったん飲み込んだその時だった。

 

「話し合いで解決はできないんですかっ」

 

 言葉が口を出かかったそこへ、隊の中から進み出たアルカが被せるようにして質問していたのは。

 呆気にとられる一同。

 無論それは“船長”とて例外でない。

 確かに、ラディリアも和解は望むところだし、できるのならその道を模索すべきだ。しかし、男は言ったはずだ。問答無用でコチラを殺すという言葉もあったと。

 

「ねぇよ」

 

 故に一言。

 呆気にとられた表情から一転、感情というものが凍りついたように冷たい視線がアルカに返される。つまりはそれが彼女の問いに対する答えで。

 

「勘違いさせたならわりぃけど、俺もお前らに敵対心がねぇわけじゃないんでな。単純に今はどんな奴らが島に来たのか興味があっただけで、手前等の“目的”なんざどうでもいい」

 

 例外はない。

 話が平行線をたどって揉めたといっても、それはラディリア達の生殺に対してではなく、今手にかけるかどうか(・・・・・・・・・)という話だったのだから。

 

「でだ、話もつくした。互いの立場も、最初の頃よりは理解できたろ―――いいや、理解しろ(・・・・)

 

 膨れあがる怒気、いや殺気はまるで炎のように男の外套をはためかせ髪を荒立て、一瞬にして取り囲んでいた四人を吹き飛ばした。

 赤く変色して見えるほど濃厚な魔力は、男の双拳へと収斂していく。

 

「今この場で目の前に出てきてやったのは俺なりの慈悲ってやつだ。知らない方が幸せだとかいうやつもいるけどよ。個人的に、どうもその手の理屈は昔っから納得できなくてな」

 

 言葉尻こそ彼の言うように優しさの片鱗くらいにはにじみ出ているが、それは得物を狩る間際に狩人が魅せる良心のようなもの。命の取るという行為を選ぶ自身へ向けた物であり、ラディリア達へ向けられた慈悲とは遠くかけ離れている。

 

「……戦う気は、ないのでは?」

 

「ああ、戦う訳じゃないぜ? つか、そもそもお前ら弱者ごとき(・・・・・)相手に戦いにすらならねぇよ。っつうわけで、最後の慈悲だ。選ばせてやる」

 

 そう言って魔力の滞留する両腕を、まるでそれが選択肢だというようにこちらに掲げる男。

 気のせいか、炎のような濃密さを思わせていただけだと思った収斂はしかし、周囲の温度を確実に且つ急激に熱し、それは周囲を歪めるほどだった。

 

「ここまでの奮闘を称えてご褒美だ。“ぼーなすすてーじ”ってやつだな。こっから大将がいる中央近くまでか、お前等が来た船んとこまで」

 

 吹き飛ばしてやる。

 そういう“船長”の言葉は、なるほど、つまりは差し出した腕は紛うことなき選択肢に他ならないと言うこと。そしてこの一撃に耐えられるようなら活かすか、それとも彼等の大将へ合わせてやると、彼はそういうのだろう。

 逃走は、まずもってして無理だろう。

 先ほども、目の前で警戒していたフォルスの背後を取ってルエリィにちょっかいを出すという激しく性能の無駄遣いをして見せた男だ。それが真面目に殲滅に全力を注ぐなら、どう見積もっても逃げおおせる算段が付かない。

 立ち向かうにしても、目の前で滞留し、渦巻く炎の魔力はそれだけで隊にいるどの術者よりも高位の次元のモノ。間違っても正面から受けれるものではない。

 正に進退窮まるとはこのことで。

 誰もが、あのラディリアですらとっさの判断に迷っていた。その中――

 

「ハ、いい度胸だ。女だてらに中々骨がありそうじゃねぇか」

 

 さらに前へ進み出たのはアルカだった。

 

「私も、戦う気なんてないですよ。もし吹き飛ばすっていうのなら、私が耐えればいい話じゃないですか」

 

 だから話を続けさせてくれというアルカ。

 どう見ても無茶苦茶な主張だが、全くの考えなしという訳ではない。

 現状、隊の中で戦闘力という点ではこれでも上位に位置する少女である。勝てるとは思わない、だけど僅かでいい。そうすればその間にラディリアなら数十通りは打開案を導き出すだろう。矢面に立てる人間もフォルスを始めまだいる。

 今の一連の流れに自分一人で糸口が見つかるならと、彼女は一人で進み出たのだ。

 

「いいね気に入った―――来いよ。出番だ相棒」

 

 そんな彼女の啖呵をえらく気に入ったと口元を吊り上げ、両拳を打ち付けるようにして大気を鳴らした男がソレを呼ぶ(・・・・・)

 

 

 

『――召・喚――』

 

 

 

 打ち付けた拳の内、右手の甲が赤く、眩く輝き渦巻いていた魔力を喰らうかのように、荒れ狂っていた魔力が一瞬凪いだ。

 

 次の瞬間、男の背後に小山ほどの鬼がいた。

 

「中々に小気味いいぜお前さんの啖呵。望み薄ってのは承知だろうに――義理はねぇが、アンタに付き合ってやる。精々身体張って気合い入れて、俺を魅せてくれよ」

 

 赤褐色の肌、黄金色に鋭く光る眼光。

 大気を引き裂く咆哮が周囲を震わせ、鬼の姿がそのまま魔力に変わるように、呼びだした男の腕に纏った。

 人の輪郭を優に超え、節くれだった拳はまるで棘の生えたように。手の甲から肘にかけては、金棒を模した手甲のようなものがついている。

 

「――ッラ、いくぜぇぇええ!!」

 

 当然のように、大気を鳴らして振りおろされた拳は高速というには生ぬるい、それこそ視認すら許さない神速ともいうべき一撃。

 質量、魔力、膂力。どれをとってもアルカがまともに受けて肉塊とならない保証はなく、仮に運よく弾かれたとしても、まともな状態でいれるとは思えない。

 そして時間は残酷に、周囲の静止さえ許さない絶死の拳はしかし。

 

「へぇ……」

 

「みんなを、きぅ、つけないで!」

 

 アルカの前で両腕を広げた、たった一人の少女によって止められていた。

 いや、正確にはその少女の前、男の拳の進行を阻むように空中に描かれたサークル状の文様が壁となっていた。

 

「口っ足らずの餓鬼にしては上等だ。いい根性してるぜ。ったく、反吐が出る」

 

 拮抗する鬼の腕と、エクセラの障壁。

 だが、目に見えて悲鳴を上げているのは壁の方であり、止められている男はと言えば徐々に徐々にと力を上げ、さらに一歩を踏み出して見せた。

 

「――っ」

 

「エクセラ!」

 

 あわやその防壁もひび割れるその間際、能力の行使に体が悲鳴を上げているのか、口元から一筋血を流す彼女。それに気づいたアルカが飛びかかるようにしてエクセラを押し倒した刹那、背後でガラスが割れたような音とほぼ同時に、大地が揺れた。

 

「きゃ――っ」

 

「あ~ぁ、腹ん中に仕込まれたか? えげつねぇことしやがるなあいつも。ただでさえ激痛もんだろうに、よくやるよ嬢ちゃん」

 

 拳の着弾によって吹き飛び、舞い上がった土煙が衝撃を伴って周囲を薙ぎ払う。爆心地にいた男は、当然と言わんばかりに服についた埃を払うようにして立ち上がる。

 その背後にはまるで砲弾が着弾したかのように地面がひび割れ、抉り飛ばされている。

 

「――ゥッ」

 

「エクセラッ!?」

 

 口から血を流していたように、直接拳に触れていない筈のエクセラは顔を真っ青にしてぐったりとしている。今の一撃に対する攻防が、明らかに彼女の無理によって成立していたことの証明であり、とても二撃目に絶えれるようには見えない。

 

「さてと、此奴を使う必要はねぇと思っていたんだが」

 

 土を踏む音。

 たった一歩こちらに向けられただけで、重圧がまるで地面に縫い付けるように体が動かない。

 動け動けと頭では分かっている。命じているのに。

 

「これ以上手間取るのもかえって嬢ちゃんが気の毒だ」

 

  背後でラディリア達が叫んでいるのが遠く聞こえる。

 アベルト達がこちらに駆け付けようとしているのがいやに遅く感じる。

 

「どら、ここは一つ一思いに――」

 

 袖をまくるように手甲を撫で、拳を再度構える男。

 エクセラを腕に抱きかかえ、次に訪れる死を覚悟したその時。

 

「――いや、時間切れだ■■■」

 

 野太い声と共に、白い毛に被われた腕が、異形である同胞の拳を止めていた。

 

 

 






 1年経過してた(震え
 書き始めた以上は完結までさせます……ええ、最近筆がどうにも遠かったのですが。
 申し訳ないです。あと、こんな作品に一言くださり本当にありがとうございました。
 次話ももうすこし更新速度上がるように頑張ります。



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