今日は7月13日、木曜日。……先日までのじめじめした嫌な暑さとうって変わり、ジリジリとした夏の始まりを予感させる暑さが内浦を襲っていた。けれど、それは決して嫌なものではなく、学生達は皆一週間の終わり、そして夏休みの始まりがもうそこまで迫っているという確信から、どこか浮き足立っていた。道を通ればどこも学生達は休日の話をしていて、その表情は明るい。何だか街も明るくなった様子だ。……………なの、だが。


「なんでよー!!」


 特別な日とは、彼女にとってはイレギュラーが必ず起きる日なのかもしれなかった。これは、そんな特別な日に起きた、ごくありふれた日常を描いた物語。

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第1話

 はじめに感じたのは、微かな喉の痛みだった。

 

「?………大丈夫、善子ちゃん?」

「ええ、平気。……ごめんなさい」

 思えばこの時から、ソレは私の体を蝕んでいたのかもしれない。……それから3日間は特に激しい痛みもなく、私も特にソレを意識していなかった。……いや、したくなかったのかもしれない。

 

 そして4日目――――つまり7月13日、木曜日の朝に、体に異変が起きた。

「――――っ!?」

 最近は体調が崩れることがなかったから油断していたのか、それともすぐ近くまで迫っている夏休みに期待するあまり体を壊したのか――――原因はよくわからない。……こんなの初めてだ。

 

 ………リビングからお母さんの声が聞こえる、きっと私の事を心配してくれているのだろう。

「……善子っ!」

 酷く頭がぼーっとする。まるで世界が自分から遠退いたみたいだ。………変だな、私。自分のことなのに何だか他人事みたいだ。………何でだろう?

「お母さん………ぎゅってして良い?」

 ………本当に本当に今日の私は変だ。夏はこれからだっていうのに、もう暑さにやられちゃったのかな。

「ええ、当たり前でしょ」

 変だな、変だな、本当に本当に………変だな、今日の私。違う子みたい。今まではこんな事なかったのに、今は凄く………お母さんと離れたくない。やだ、何で?

「いかないで………」

 何やってるんだ私は。もう高校生なのに。リア充になるのに。………もう子どもじゃないんだから、お母さんに心配かけちゃダメなのに………。

「もうっ」

「ごめんなさい……」

「ちょっと待ってて」

 私からそっと手を離すと、お母さんは再びリビングへ向かう。……程なくして話し声が部屋のドア越しに聞こえてきた。

「はい……はい………ええ、あの子風邪引いちゃったみたいで………」

 そっか私……

 

「風邪引いてたんだ………」

 7月13日、今日は特別な日。私津島善子は、夏風邪を引きました。

 

 

 

 しばらくして戻ってきたお母さんは、申し訳なさそうな表情をしていた。

「そっか……。良いの、ごめんねお母さん」

「ごめんなさい。………でも、早めに帰っては来れるようにしてもらったから」

「うん……ありがとう、お母さん」

 仕方ないよね……仕事だから。きっと早めに帰してもらうのだって、簡単じゃないはず。

 

 それからお母さんからは幾つかの事を聞いた。学校への電話はもう済ませてあること。お昼御飯は冷蔵庫に入っていること。……そして、友達への連絡は自分でしなきゃいけないってこと。…………一通り必要な伝達を終えたお母さんは、再度私を抱き締めると、いつものように仕事場へとむかっていった。

 バタン。

 これまで何度も耳にしたはずの、玄関の扉が閉じる音。……それが今は嫌に無機質で、寂しい音に聞こえる。

「違うか」

 きっと寂しいのは、私のほうだ。………こんな事は今までなかった。本当になかったんだ。……一体昔の私と今の私、何が違ってしまったんだろう?

 ………中学までの私は、所謂厨二病(今もだけど)というやつで、中々クラスの子達とは打ち解けることが出来なかった。……当たり前だ。自分のことを堕天使だなんて言っちゃう変な子を、世間が受け入れてくれる筈がない。………でも、当時の私はそんな当たり前のことにすら気付かなくて……とにかく必死だった。

 今思うと、それは小さな世間への反抗心だったのかもしれない。………自分は周りの子達とは違う、自分は自分で、私は津島善子なんだって、そう強く叫びたかったのかも。……振り返ってみれば、私はかなり幼い頃からそんな子だった。大抵のことは人より上手くこなせて、周りの子達はそれを凄い凄いって褒めてくれて、でもその度に自分の中で「でも……これが本当の私なのかな?」って気持ちが生まれて。………元々はそれは、自分の中にはきっと輝くものがあるに違いないという、前向きな気持ちだった。けれど、中学に上がるとそれは徐々に「周りと違ってやるぞ」っていうある種後ろ向きな気持ちへと変わっていって………だから天使じゃなくって、堕天使を名乗るようになっていった。もう翼は穢れてしまったから。

 そうして、学校でも一人でいる事が多くなって………そうか、私の中学時代の歴史なんて、こんなものなのか。

「だっさ………」

 世間から見れば今の私と中学時代の私は同じ“厨二病”なのかもしれない。……けれど、今の私の目には中学時代の私の姿は酷く痛々しく、そして醜く映るのだった。

 

 

 

「………ちゃーん?」

 ………?何だ、外が騒がしいような……。時計の針を確認すると、時刻は午後1時。あれから約3時間ほど布団で深い睡眠をとれたからか、体の怠さは少し落ち着き、意識も今朝より明瞭になっていた。

「誰よ………って、何これ!?」

 何となしにスマホを確認すると、そこには未読のメッセージが大量に表示されていて、私は急ぎそれらを確認した。

「………って、これ!?」

 

「おーい、善子ちゃーん?」

「――――っ!?……今行くわよっ!」

 ……まったく、騒々しいっ!人が病に伏してるっていうのに!!

「………ったくインターホンくらい鳴らしなさいよずら丸」

 病気の体とは思えないくらい体は軽く、鉄製の扉はいつもよりうんと温かく感じた。……本当に今日の私は変だ。

「ずらあぁ!またやってしまったずr………あれ、善子ちゃん?」

「なによ」

「なぁにその顔、にやにやしちゃってー?もしかして嬉しかったずらか?」

「なっ………!あんたこそ何よそのしたり顔!むかつくぅ~!」

「反論にすらなってないずら。………上がっても良い?」

「あっ………うん」

 見ると、ずら丸の手にはビニール袋が提げられていて、口にはしなくても私のお見舞いにきてくれた事が分かった。

 

 

「善子ちゃんの家久しぶりずら!」

「最近は練習ばっかりで遊ぶ暇もなかったものね。……そういえば、他の皆は?」

「インターホン鳴らせなくてうるさくしちゃったマルが言うのもアレだけど、皆で押し掛けちゃうと善子ちゃんに迷惑だから………今日はオラだけずら」

「そっか………あっそういえば、何で私が風邪だって分かったの?」

「えっ?」

「………その袋。お見舞いで来たんでしょ?」

「ああ………うん。今朝学校で善子ちゃんが風邪だって聞いたから。居ても立ってもいられなくて、」

 ………そっか、お母さんが学校に連絡してたんだっけ。

「ずら丸もついにヤンキーの仲間入りね、学校早退して友達の家に遊びにくるなんて」

「看病ずら!」

「……ふふっ」

 ありふれたいつもの会話、そして飽きるくらい見た彼女の豊かな表情。……今はそんなものがひどく可笑しくって、くすぐったくて………そして暖かい。本当に今日の私は変だ。

「………善子ちゃん?」

「何?」

「泣いてるの………?」

「えっ?」

 泣いてる………?私が………?

 自分の頬に触れると、成る程確かにそこは微かに湿っていて、私が涙を流していると確認する事が出来た。

「あれ………何………何で?」

 擦っても、擦っても………涙は止まらない。何で?どうして?………そんな気持ちで私の中がいっぱいになって、わけがわからないまま余計に涙が溢れだしてくる。

「本当に今日の私、変よ………。どうしようずら丸………涙が止まらないの…………」

 せっかく貴重な勉強時間を削って友達が家に来てくれたのに………これ以外迷惑なんかかけたら、嫌われちゃうかもしれないのに………ドン引かれちゃうかもしれないのに………。

「やだっ、ずら丸………いなくならないで………」

 知らず私は、お見舞いに来てくれた大切な友達を抱き締めていた。………風邪が感染っちゃうかもしれないのに。嫌われちゃうかもしれないのに。

 ………でも、もう嫌だった。一人になりたくなかった。言い訳なんかする気にもならないくらい、今日の私は寂しがりやだった。

「嫌いにならないで………」

「善子ちゃん………」

 名前を呟き、ずら丸はゆっくりと、存在を確めるように私を抱き締める。その感触は、今朝と同じ匂いがした。

「嫌いになんか、なるわけないよ」

 全てを包み込むような、そんな優しい匂い。甘い香り。懐かしい香り。大好きな香り。

「善子ちゃん………今日は一人で寂しかったの?」

「うん………」

 もう否定する気になんかならない。とにかく今はこの匂いを消したくない。………今日の私は変だ。

「そっか………私も、善子ちゃんがいなくて今日学校で寂しかったよ」

「えっ?」

「きっとルビィちゃんや他の皆もそう。マル達は、皆一緒だから」

「――――っ!」

 瞬間、私は全てを理解した。さっきの涙は、友達がそばにいてくれて安心しきって流れていたこと………なのに友達がいなくなるのが怖くなって余計に涙が溢れてきたこと………本当に私ってバカだ。

「ありがとうずら丸………」

 ぎゅうぅぅ。感謝ついでに精いっぱい抱き締めてやる。

「………感謝の言葉を言うのが早すぎるずらよ、善子ちゃん?」

「どういうこと?」

「………じゃーん!ずら!!」

 アホみたいな掛け声と共に、ずら丸は袋の中身を私に見せつける。それは、真っ白な紙製の箱だった。見ると、上部にはお洒落な赤いリボンが付けられていて、それはつまり………

「これ、もしかして………」

「誕生日おめでとう、善子ちゃん!誕生日ケーキだよ!!」

「ずら丸………」

「本当はホールで買ってあげたかったんだけど、諸事情でこのサイズに――――ってまた泣いてるずら!?」

 何なのよもう………何で今日に限ってそんなに優しいのよ………。

「やっぱりホールじゃないと不満ずらか!?……あぁっ、どうしようでももうお金が………あぁーどうしよう!?」

 違うか………そうよねずら丸。あなたはいつだって優しくしてくれてたわね。………幼稚園の頃からそう、私の話を一切馬鹿にしないで聞いてくれて。

「ううん、違うの」

 でも、ずら丸だけじゃない。他の皆も――――Aqoursは、私に居場所をくれた………認めてくれたんだ。皆優しくて………バカみたいに暖かくて。

「ありがとうずら丸………ほんとアンタって退屈しないわね」

「どういたしまして。………って、後半の言葉はどういう意味ずらーっ!?」

 今、やっと理解したよ。

 中学の頃の私と今の私、何が違うのか。

「ふふっ、本当にありがとう。………これからも友達でいてくれる?」

 今の私には、私を認めてくれる人達がいて……あり得ないくらい距離が近くて………だから今日の私は、寂しくなってしまっていたんだ。

 突然大切なものが沢山出来て、ある日急に一人ぼっちになってしまって、そしてやっと気付いたんだ。今まで自分はその人達の優しさに支えられていたんだって。自分でもわけがわからなくなるくらい大きな存在になっていたんだって。

「もちろんずら!」

 7月13日、木曜日。その日は私にとってより特別な日になりました。




善子が誕生日だったので、思いつきで。ほっこりしてもらえると幸いです。

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