「士郎……アンタ、本当に馬鹿よね」
結局、あの破綻したお人好しは——人を助けて死んでしまった。
若き日に、紅い背中に誓った言葉……それが守れたかどうかは定かではない。あの男は、最期の最期まで自分のことが嫌いで、誰かを救わなければという強迫観念を心に秘めていた。
その末の最期なのだから、言い訳のしようもない。
——それでも、全く変わらなかったなんて事はないはずだ。
「アンタ……笑ってたものね」
ずっと、寄り添い続けてきた。
あの男が人を助けるのを、隣で支えてきた。
あの男が幸せを遠ざける分、間近でそれを見せ続けた。私は今、幸せだぞ!……と。
それを見て、彼は笑ってくれていたのだ。
終ぞ、あの男は正義の味方であり続けた。そこを変える事は出来なかったが、無駄ではなかった。無意味ではなかったはずだ。
決してこの終わりは……あの日見た、“救えない最期”では無かったはずだ。
人を救い続けた。時には救えなかったこともあった。それでも諦めず、もがき続けた。
救って。救えなくて。救って。救えなくて。救って。救えなくて。救って。救えなくて。救って。救えなくて。救って。救えなくて。救って。救えなくて。救って。救えなくて。救って。救えなくて。救って。救えなくて。
そんな日々を繰り返した末——。
「だってさ、アンタが死んだことを哀しむ人がね。——こんなにもたくさん、居るのよ?」
しめやかに行われていたはずの葬儀。それがいつの間にか……人波で埋め尽くされていた。
人種年齢老若男女問わず、ありとあらゆる人々が瞳から涙を零し、人目もはばからず泣き声を上げている。誰も彼も、何処かで見た覚えがあった。
しかし、思い出すまでもない。彼らは皆——正義の味方に救われた人々だ。
あの男は感謝など望むまい。必要とはすまい。しかしこの人々はそれを知っていて尚、こうべを垂れているのだ。下を向いたまま、涙を流し続けているのだ。
それほどの希望を、救いを……衛宮士郎は、彼らに与えることが叶ったのだ。
「これで救われてなきゃ、嘘じゃない……この、バカ士郎……!」
身を以て理解した。あの男はもう死んだって変わらない。誰に指図されたって変わることなんて出来やしない。
——生まれ変わったって、正義の味方を張り続けるだろう。
*****
「おい、衛宮」
呼び止められたのは、それなりの上背がある赤銅色の髪をした少年だ。
一般的な学生服を、校則違反にならない程度に着崩した姿は没個性とも言える。
「はい? えっと……なんですか、先生?」
「なんですかじゃないだろ……お前だけだぞ、進路希望出してないの」
彼を呼んだ中年男性は、少年の担任教師であり、少年は中学三年生。そろそろ本格的に進路を決め、就職……もしくは、希望する高校へ進むべく、勉学等に取り組み始める時期だ。
しかしこの少年は、とかく自身のことを後回しにしがちで。
「ボランティアも人助けもいいが、進路くらい決めてくれなきゃ先生だって困っちまう。……なんだ、これも結局人助けさせてるみたいだな……」
「す、すみません……すっかり忘れてました。用紙とってくるんで少し待っててください」
「あ、おい。廊下は走るんじゃないぞー!」
早足で教室に向かい、目的のものが入った学生鞄を開く。
引っ張り出した進路希望用紙は長く放置されたためか、少々シワが入っており——その上、白紙である。
「うーん……さて、どうするかな……」
少年は暫し考え込んだ後、意を決したように第一希望の欄を走り書きした。
「やっぱり、コイツしか無いよな」
就職ではなく、進学。目指す高校は超難関。今年の偏差値は、なんと79にも及ぶと聞く。
——国立、雄英高等学校。
「なんだ、やっぱ雄英か」
「あ、先生!」
「遅いんで追いついちまったよ。しかし、衛宮に志望校聞くなんて愚問だったかなぁ。我が校の“ブラウニー”が人助けをワールドワイドに展開するつもりなら、雄英が一番だもんな」
「先生までそのあだ名で呼びますか……」
「悪い悪い。しかしまあ、お前なら大丈夫だろう。頑張れよ、受験!」
そう言って、先生は教室を後にした。
やれやれといった様子で椅子に座り込んだ少年……衛宮士郎は、窓から見える夕焼けを眺めながら、自分の選んだ目標を、改めて反芻していた。
「まあ、先生の言う通りか……」
漠然とした、誰かを助けたいという思いが、物心ついた時から心の奥に存在していた。日を追うごとに大きくなっていったそれは、抗い難い強制力を持っており。……そのおかげで、無茶もやらかした。
両親を心配させたことも一度や二度では無いが、この思いはどうしても消すことが出来ず、半ば信念のように居座り続けている。
この思いは、確かに危険を呼び寄せるものなのだろう。しかしそれでも、両親には悪いが……どうしても悪いことだとは思えなかった。
だから今では、自身で定めて“それ”を信念として確立させている。
無茶はするなと釘は刺されているが、きっと士郎は……必要に迫られれば、幾らでもその身を火事場に投げ入れるだろう。
危うさは承知の上。ある者は呪いとでも言うかもしれないが、それは違う。
「だって——誰かを助けたいという思いが、間違いであるはずないもんな」
——その“正義”は、魂にまで刻み込まれていた。