『正義の味方』の原材料   作:Wbook

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体育祭開幕

「——選手宣誓!!」

 

 

 いよいよ雄英体育祭開催の日が訪れた。

 雄英生だけでなく、日本中の人々にとっても待ちに待った大イベント……それはもちろん、士郎にとっても同じこと。

 この体育祭は、当然プロのヒーローも見ている。名のあるヒーローの目にとまったなら、それだけプロ入り後の可能性を高めることが出来るだろう。

 

 ヒーロー志望の生徒にとって、雄英体育祭は大きなチャンスなのだ。

 

 学年ごとに別々の会場で行われる体育祭。今年の一年の主審は18禁ヒーロー、ミッドナイト。司会進行はプレゼントマイク……と、どうやら相澤も居るようだ。

 年頃の男子生徒達がミッドナイトの登場にざわつき始めたが、彼女はそれらをすぐに黙らせ、鞭をしならせる。

 

 

「選手代表!——1-A、衛宮士郎!!」

 

 

 相性に助けられた形ではあったが、士郎はヒーロー科の一般入試において首席を取っている。士郎自身は辞退しようと考えていたが、次席が爆豪であると聞いて諦めた。

 どうせ爆豪なら、俺が勝つ……とでも言うだろう。それは良くない。

 

 荒れる、間違いなく。

 

 

「宣誓!」

 

 

 壇上に立った士郎は、学生らしく大きく精力に溢れた声で宣言した。

 

 

「我々はヒーロー精神に則り、正々堂々と戦うことを誓います!!」

 

 

 極々普通の……波風を立てない宣誓を意識して組み立てた。

 他人の悪意には鈍感な士郎であったが、事前に相談したクラスメイトからA組に対してヘイトが集まっていたことを聞いていたため、ある程度の備えをすることが出来たのだ。

 

 この内容であれば何ら不足はない。何処にでもある何気ない宣誓だ。

 

 

「え、普通……?」

「つまんねーんだよ串が」

「まあ普通だよな」

「あれぇ、おかしいなぁ!? A組は優秀で個性豊かなハズなのに随分捻りのない宣誓だねぇ!?」

 

 

 散々な言われようだった。……何やら、おかしな奴もいる。一部、A組(身内)が混ざっているような気もしたが、知らないフリをしておこう。

 普通でいいじゃないかと士郎は思ったが、そこは雄英だ。個性的な挨拶を求められていたのかもしれない。

 

 

「静粛に! でもつまらないのは確かね……俺が勝つ!!くらいは欲しかったわ!」

 

 

 ……本当に、ここの教師(連中)は自由奔放である。宣誓、俺が勝つ……なんて台詞がまかり通るとおっしゃるのだから。

 これなら爆豪に押し付けても良かったかもしれない……と、士郎は少しだけ後悔した。

 

 

「まあいいわ! 時間も押してるし早速第一種目に行きましょう!!」

「雄英って何でも早速だね」

「いわゆる予選よ、ここで多くの者が涙を飲むわ(ティアドリンク)!! さて……運命の第一種目は——障害物競争ッ!!!」

 

 

 全11クラス総当たりのレース。ここで生徒達はふるいにかけられ、上位の者だけが次の種目に進むことが出来る。

 ただの障害物競争ではないだろう。何せここは雄英だ、教師陣が何をやらかすか……まるで想像がつかない

 

 気を引き締めていかねば、A組でもここでリタイアする可能性は十分にあり得る。

 

 

「さあさあ、位置につきまくりなさい!!」

 

 

 体育祭までの二週間……今日まで、士郎は自身の“個性”と向き合うことに注視してきた。

 相澤に言い渡された、過剰投影の禁止通告……彼の判断次第で士郎の体育祭は終わりを告げる。おそらくはミッドナイトにも話は通しているはずだ。

 

 

(アレを使わずに優勝するのは、正直難しい)

 

 

 まず目につくのは轟や爆豪だ。あの二人を相手に、絶対に勝てるとは口が裂けても言えない。

 より確実に勝利を収めようとするなら、今のままでは不足……そう、士郎は感じていた。

 

 だからこそ、工夫が必要になる。

 

 

(ともかく、まずは……)

「——スタート!!!」

 

 

 次の瞬間、地面が氷ついた。轟が持つ氷の“個性”……これにより、多くの生徒が足を凍結された。

 狭苦しいスタートゲートでは避けられる場所も限られてくるうえ、彼の“個性”を知る者も少ない。

 

 

「やっぱり来たか!」

 

 

 しかし、A組の生徒は別だ。士郎も含めて全員が何かしらの手で躱していた。

 轟が戦闘訓練で見せた力は既知のもの。始めから全員警戒していたものだ。轟とて、これで自分達の足を止められるとは思っていないだろう。

 

 

『さあ、いきなり障害物だ!! まずは小手調べの第一関門!!』

 

 

 プレゼントマイクの声がけたたましく響く。目の前の光景を見れば、わざわざ教えて貰うまでもない。

 

 

『——ロボインフェルノ!!!』

 

 

 ヒーロー科入試において0Pとして設定されていた敵……巨大ロボット、それに雑魚がわんさか湧き出て来た。

 だが、今更この程度では話にもならない。他のクラスには尻込みしている者が多いが、少なくともA組は……。

 

 

「くっ、出遅れた……!」

 

 

 巨大ロボットは先頭を走っていた轟によってすぐさま一体撃破された。

 さらにはロボットを不安定な体勢のときに凍らせることで転倒させ、後続に対する妨害までしてみせた。

 

 彼に続くように、次々とロボット達に挑んでいくのはA組生徒達。実戦経験の差は、行動の早さに大きく影響したようだ。

 

 

『すげぇぞアイツ! なんかもう……アレだな、ズリィな!!』

 

 

 破格の能力をプレゼントマイクがそう称した。——しかし、優れた能力を持つのは彼だけではない。

 控えめに言っても、士郎の……そして、ヒーロー科の生徒達の能力はこの上なく優秀だ。

 

 

投影、開始(トレース オン)……!」

 

 

 汎用性の高い能力であったが故に、限られた範囲で工夫するのではなく、幅を広げることばかりを士郎は目指していた。だからこそ——怒りに後押しされたとはいえ——USJ襲撃の際には、安易に過剰投影を使用したのだ。

 まずはその点を、自身の悪癖を矯正する。

 

 長大な剣を足元に生成。地面に向かって斜めに突き立てて投影することにより、発射台のように士郎本人を打ち出した。

 その跳躍力は巨大ロボットの全長を優に上回り、軽々と飛び越していった。

 

 

『おおっと! ユニークな突破法だ、まるでロケットじゃねえか!! しかし着地どうすんだ!!?』

 

 

 当然、それくらい考えている。このまま落っこちたならただの馬鹿でしかない。

 

 

投影、開始(トレース オン)!」

 

 

 現れたのは、実戦にはまず使えないような長すぎる槍。それを地面に突き立て、槍のしなりを利用して勢いを殺しながらの着地。

 長距離の移動によって一気に士郎は轟に並んでみせた。

 

 

『これまたユニーク! 1-A衛宮、トップランナー轟に追いついたぁ!!』

「そう簡単には勝たせないぞ、轟……!」

「……っ!」

 

 

 素の身体能力は互角に近い。二人はここで足を引っ張り合うよりも前に進むことを優先させた。

 これはレースだ。優劣は、最後に決まればいい。

 

 

『速い速いトップ二名! 第一関門はチョロすぎたってか!? なら第二関門——ザ・フォール!! 当然落ちればアウトだぜ、それが嫌なら這いずりな!』

 

 

 乱立する岩柱の数々。それらに繋がったロープをつたってゴールを目指す障害なのだろうが、士郎には関係ない。

 また同じように投影を駆使して跳び越えれば、障害ですらないのだから。

 

 

「——衛宮」

 

 

 並走する轟から声をかけられた。……思えば、まともに会話するのは初めてかもしれない。

 

 

「お前が跳ぼうとしたら俺はお前を止める。……そうなれば、お前だって黙って俺を行かせたりしねえだろ。お互いに損だ」

「……追いついたのは失敗だったか」

 

 

 轟が士郎を凍結させたとしても、投影は止められない以上すぐさま反撃されることになる。轟にはその展開が読めていた。だからこその、しかし彼らしくもない提案だった。

 あるいは、士郎が轟より遅れていたなら妨害が間に合わなかったのかもしれないが……それは、今更言っても意味のない失敗だ。

 

 

「受け入れてもらえたみてえだな」

「ああ、仕方ないさ。俺だって負けたくないんでな」

 

 

 轟はロープを凍結させて足と接着することで難なくロープを渡っていった。一方の士郎はと言えば、“個性”テストの立ち幅跳びの際と同じように二対の干将・莫耶で切り抜けた。

 

 ……誤算は一つ。

 

 

「待ちやがれクソがぁ!!」

 

 

 爆豪がペースを上げてきたことだろう。徐々に徐々に、差を詰められている。

 この分だと、ゴール手前で競り合いが始まりそうだ。

 

 

『団子になってる連中はちゃっちゃと追い上げないと落とされちまうぜぇ!? 上位陣は早くも最終関門に突入だ!——一面地雷原!!怒りのアフガンだ!!! 地雷の位置はよく見りゃ分かる、目と足を死ぬほど酷使しやがれ!! ちなみに威力は大したことねえから存分に爆ぜろ!』

 

 

 先頭を走る轟と士郎が地雷原に足を踏み入れた。

 もちろん地雷は手付かず……トップを走る者が一番不利になるトラップだ。つまり、ここで一発逆転もあり得るということ。

 

 

「エンターテイメントしやがる……」

「くっ……!」

 

 

 本来、士郎は地雷原を無視することが出来るのだが……轟が並んでいるこの状況では無理だ。

 しかしそれは轟も同じ。“個性”を使って出し抜こうとしたなら、士郎の剣に阻まれる。

 

 完全な膠着状態——そこに、新たに加わるのは。

 

 

「はっはぁ、俺には——関係ねぇッ!!」

 

 

 後続より追いついてきた、爆豪だ。彼は爆破の“個性”で空を跳ねることが出来るため、地雷を踏むことはあり得ない。

 

 

「てめぇ、宣戦布告する相手間違えてんじゃねえよ!!」

 

 

 轟に向けた台詞……その意味は分からないが、爆豪の気迫は伝わってくる。

 

 

「串野郎……てめぇにも負けやしねえ!! ぶち抜いてやるよぉ!?」

 

 

 今度はこっちに向けられた言葉だ。分かりやすくて実にいいが……。

 

 

「そうそう行かせられるかよ、お前も……轟も!!」

『熱い展開だぁぁぁぁぁあああ!!! 泣いて喜べマスメディア、お前ら好みの競り合いが始まったぜぇぇぇえええ!!! てか俺も好みだぁぁぁぁぁあああ!!!』

 

 

 どつき、引っ張り、蹴りつける。

 そうして、お互いに“個性”を使う暇を与えないことが三人に出来る共通の手段。三人が三人とも、一発で形勢を左右できる手段を持っているが故の行動であった。

 後続には遥かな差をつけている。一位はこの三人に絞られ——。

 

 ——BOOOOOOM!!!!

 

 

「「「!?」」」

『おおっと後方で大爆発!? なんだあの威力は!? 偶然か、故意か……爆風を利用して猛追するのは——A組、緑谷出久だぁぁぁぁぁあああ!!!』

 

 

 いや、猛追どころか。

 

 

『そして抜いたぁぁぁああ!! やりやがったぜこの野郎!!!』

「デクぁ!! 俺の先を行くんじゃねぇ!!!」

 

 

 もはや足の引っ張り合いをしている暇はない。

 爆豪は爆発で空を行き、轟は地面を凍らせて地雷を無力化した。そして士郎も続くように剣を発射台として据えようとした、その時。

 

 ——BOM!!!

 

 

『ここで緑谷、すかさず後続を蹴散らしたぁぁぁああ!!』

 

 

 手に持った……恐らくはロボットの破片を、地雷に叩きつけた際に起きた爆発で三人の行く手を遮った。

 爆豪は地面に落とされ、轟は足を止める。士郎も既にイメージを妨害され、投影に失敗していた。

 

 この後の結果は、既に決まっていた。悔しさを噛み締めながらも、士郎は俄かに沸いていた。

 

 

「あいつ……やっぱり凄い奴だな……!」

 

 

 障害物競走……三位、爆豪勝己。二位、轟焦凍。一位——緑谷出久。衛宮士郎は、四位に終わった。


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