『正義の味方』の原材料   作:Wbook

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正義の雛形

「実技総合成績、出ました」

 

 

 中でも一際目を引くのは、一位と二位、そして七位。

 

 

「一位は随分と攻撃的な“個性”の割に、救助Pに関しても高得点か。しかしぶっちぎりだな……二位と30P近い差を付けてる。物量による殲滅力に弓による遠距離攻撃力、雑魚エネミーを相手にする実技試験とは相性抜群って訳か」

「二位は敵Pでは一位を上回っているぞ。まあ、救助Pで差が出たな……。とはいえ、終盤までペースを落とさず戦い抜くタフネスは素晴らしい」

 

 

 そして七位は、敵P0のまま救助Pのみで雄英入試の狭き門を突破した、異端の少年。

 レクリエーションでは明かさなかった救助P。それだけで合格したというのだから、人間性に関してはかなり期待を持てる。

 

 

「七位は救助Pに関して言えば素晴らしいが、あのピーキーな“個性”をどうにかしないとこの先厳しいんじゃないか?」

「“個性”のコントロールが課題とは……まるで発現したての幼児だな」

「いいじゃねえか!ますます面白え!俺はあいつ気に入ったよ!!」

 

 

 様々な論争が飛び交い、お祭り騒ぎの様相を呈してきた会議場。そこを、煩わしげに睥睨する男が一人。

 

 

(衛宮士郎……あの時の少年か……)

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 ——“個性”の暴走。

 

 それは、発現したてで精神的にも未熟な幼児期に起こりやすい症状だ。ただでさえコントロールし切れてない時期……暴走などせずとも自らの能力で怪我をするのは珍しくもないのだが、制御を完全に手放してしまった場合はさらに厄介極まる。

 

 たとえば……殺傷能力の高い“個性”ならば、ヒーローやヴィランのように鍛え抜いたものでなくとも、自他の命を奪いかねない災害へと発展してしまう。

 

 しかし幸いなことに、そのような非常事態に最も適した対応を取れるヒーローが存在した。

 本人のメディア嫌い——正確に言うなら順序は逆であり、仕事に差し支えるためメディアへの露出を嫌っているのだが——も、暴走を起こしてしまった少年少女を“マスゴミ”の手から守ることに繋がり、うってつけと言える……“個性”を消す“個性”を持つプロヒーロー。

 

 ——抹消ヒーロー、イレイザーヘッド。本名、相澤消太。

 

 異形型の“個性”は対象外だが、それ以外であれば視るだけで“個性”を抹消し、目を閉じるまでその効果を持続することが出来る。

 彼の“個性”を使えば、どれほど質の悪い能力であろうと問答無用で停止できるため、被害者の少年少女が“加害者”になる前に取り押さえられるうえ、彼ら彼女らを傷つける必要もない。

 

 何処までも暴走事件との相性の良い相澤は、それが起きた時まず真っ先に声が掛かる。そのため、相澤のメディア嫌いを考慮して声高に叫ぶことはないが……彼は、一部の界隈では凄まじい人気を誇っていた。

 一部というのは、彼に助けられたことのある子供達や、その家族である。それほど相澤の対応は優れており、隠れファン——ファンであるが故に相澤の主張を尊重し、口を固く閉ざしているのだが——も多い。

 

 ——衛宮士郎もまた、相澤が助けた子供達の一人であった。

 

 士郎は知らないだろうが、彼はA組に配属される。そして、A組の担任は相澤だ。奇縁だと、彼は思う。

 衛宮士郎は、相澤にとっても特に印象に残る少年であった。

 

 士郎の暴走に関しては、どの事件と比べても異質なもので、鮮烈な記憶として刻み込まれている。彼の“個性”……“無限の剣製”(アンリミテッドブレイドワークス)は、他のどの“個性”とも違う特殊なものだ。

 

 曰く——精神性の“個性”。

 

 医師たちが匙を投げた士郎のカルテと本人への問診、カウンセリングから、“個性”研究の専門家が導き出した答えだ。彼の人体は脳の一部が常人とは異なるという点以外、特段変わったものではない。その“違い”に関しても、違うという点を除けば何一つとして解明できていないのだ。それが彼の“個性”の肝であるという以外は。

 

 故に、消去法と……本人がよく口にする“イメージ”という単語から推測された結果、その特性を言語化するに至った。

 

 士郎は自分の精神の内側に、一つの世界を持っている。彼のイマジネーションが生み出した、空想の世界だ。もちろん、現実にはそのような世界は存在していない。

 

 しかし士郎は、存在しないはずの世界を現実に“投影”することが可能なのだ。

 

 “無限の剣製”(アンリミテッドブレイドワークス)とは言うものの、その汎用性は剣だけに留まるものではなく。士郎が剣を生み出すことに長けているのは、彼の持つ世界が“剣”という概念を表したものだからで、本来彼はどのような道具であれ再現することが出来る。代償は“精神力”、所謂MPのようなものが消費される

 

 特異な“個性”。それ以上に、イメージさえ確立させることが出来ればあらゆるものを作り出せるその力は、極めて価値の高いものだ。——無論、ヴィラン達にとっても。

 

 士郎の能力を知り、彼の誘拐を企んだヴィランが現れたのだ。

 年端もいかぬ士郎は成す術なく拐われてしまったのだが……ここから話は妙な方向へ動き始めた。

 それは、応援要請に応えた相澤が現場に到着した時に酷く混乱し、事態が中々飲み込めなかったほどのことで。

 

 彼は特異な“個性”を持つ子供がヴィランに誘拐された際に、ショックで“個性”を暴走させたと聞いていたのだが。

 

 ——現実には、崩落するビルの真向かいで、“溢れ出る無数の剣”が、それを押し返そうとしている……理解し難い光景が広がっていた。

 

 先に到着していたヒーローたちは、剣の軍勢……その中心に少年が居ると言う。少年を誘拐したヴィランはヒーローに追い詰められ、少年を投げ捨てると、苦し紛れにビルの根元を叩き砕いていったらしい。

 

 少年が……衛宮士郎が暴走したのは、まさにその瞬間だ。

 

 衛宮士郎が凄まじい悲鳴をあげるとともに、彼の身体から剣が零れ落ちた。一つ、また一つと彼の身体を突き破りながら、延々と刃は増え続け——いつの間にか、巨大な山と化していた。

 

 幸いにも剣軍はビルに留められる形となり、逆にビルは剣軍に抑えられる形となったことで、周囲への被害は出ていないと先着のヒーロー達は説明した。

 ビルをどうにか出来る“個性”を持つ者はまだ到着していないが、“個性”を消すことが出来る相澤が居れば話は早くなる。士郎の“個性”を消失させ、入れ替わるようにビルの倒壊を防ぐことで被害は最小限に抑えられるだろう……と、彼らは至極真っ当な判断を下した。

 

 しかし、相澤は。

 

 

(——“幸いにも”、だと。そうじゃないだろ……)

 

 

 今日日、ヒーローの情報など知る機会は幾らでもある。それこそ、子供にだって。いや……むしろ、ヒーローに憧れる子供なら大人以上に詳しいはずだ。

 ならば……この場に崩れ落ちようとするビルを安全に処理し、かつ周囲に被害を出さないような真似が出来るヒーローが居ないことを、衛宮士郎が理解出来た可能性はゼロではない。

 

 相澤はこの時既に、直感的に結論を下していた。——衛宮士郎は、“個性”の制御をわざと手放し、暴走することでこの場を守ったのだと。野次馬や周囲の人々を助けるべく、自身を捨てたのだと。

 

 幼い少年が示した、唾棄すべき……しかし、尊く気高い、自己犠牲の精神なのだと。

 

 ——死ぬ気で抑えろ。

 

 そう短くヒーロー達に警告すると、相澤消太——イレイザーヘッドは、衛宮士郎に視線を向けた。

 

 当然、剣軍は消失し、ビルは再び崩落を始める。

 野次馬達は悲鳴をあげながら逃げ惑い、他人事のように素通りしていた人々が、危機をようやく正しく認識した。パニックを起こしたことに罪悪感が無かった訳ではないが、幼い少年の献身を笑いながら見物する姿は、少々腹に据えかねていた。

 

 それに、勝算もあったのだ。

 

 

「——私が来た!!!!」

 

 

 少しの間でも持ち堪えることが出来たなら……彼が来ると。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 雄英入試からしばらく後。入学生にとっては待ちに待った高校生活初日。相澤もまた、担任を受け持つ関係でこの日まで忙しい日々を過ごしてきた。今後はもっと忙しくなるだろう、と……徹底した合理主義者である相澤は、寝袋に包まり、芋虫のような形態のままで心の中で呟いた。

 

 

(あの無茶な少年が、果たしてどうなったか……)

 

 

 実力をつけたのは間違いないだろう。雄英の実技試験で一位を取るというのは、生半可なことではない。

 

 しかしあの時のような過剰な自己犠牲をまだ表に出すようなら、矯正しなければならない。

 そうでなければ生き残れない。衛宮士郎はトッププロにまで上り詰める潜在能力を秘めているが、無茶をやめさせなければその前に命を落とす。

 

 相澤の仕事は生徒達を一流のヒーローに仕上げること。相澤の知る一流は、安易に命を捨てたりはしない。

 

 そんな風に士郎に、いや……自身の受け持つ生徒全てに向けた決意を頭の中で独白していた相澤の携帯に、なんの脈絡もない着信が入る。

 

 

「……はい、相澤です」

「ああ、相澤くん。おはよう!」

「おはようございます、校長。ご用件は?」

「ははは、相変わらずせっかちだね! 実は君に連絡があったんだけどみんな忙しいみたいだから私、校長先生が代わりにね!」

「ご用件は?」

「君のクラスの衛宮士郎くんから連絡だよ! 予鈴には間に合わないかもしれないってさ! ところで今度校長室に来ないかい、たまには私の教育論講座に付き合っ——」

「遠慮します。わざわざのご連絡ありがとうございます。それでは失礼します」

 

 

 ぶつんッ。

 

 相澤は早々に校長の長話を切り捨てると。

 

 

「……いい度胸だな、衛宮士郎」

 

 

 不穏な空気を発しながら、口端を吊り上げるのであった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「ごめんねぇ、お兄さん。わざわざ運んでもらって……」

「いや、気にしないでくださいよ。俺、ヒーロー志望なんです。困ってる人を置いていくなんて、ヒーローのやることじゃないでしょう?」

「ああ……ありがたい話だねぇ。でも、今日学校じゃないのかい? 遅刻させちゃって何だか悪いねぇ……」

 

 

 通学途中、大きな荷物を運んでいる途中で腰を痛めて歩けなくなり、困り果てていたおばあちゃんを見かけ、放っておけずに声を掛け。彼女と彼女の持っていた荷物を背負い、家まで送ってあげていたのだ。

 

 絵に描いたような、わざとらしいくらいの好青年さを醸し出しながら、衛宮士郎は顔を青くした。

 

 

「あー、割りと不味いかもしれないかな……」

「じゃあ早く行きな、お兄さん。ホントにありがとね、応援してるよ。頑張りなよ」

「はい、ありがとうございます。それじゃ、急がないと!」

 

 

 どう急いでも間に合わないが、それでも最後の希望は捨てないでおこう。とりあえず学校に連絡して……。

 

 あとは、全力で走るのみだ。




詳細とか細かい部分は本編でちょこちょこと出していきます

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