戦闘訓練の始まりは、つつがなく……とはいかなかった。
——爆豪、飯田VS緑谷、麗日。
前日な爆豪の行動を間近で見ていた士郎からすれば、起こるべくして起こったものにも思えた。
私情でぶつかり合う二人の様子は、傍目に見ていても訓練に集中出来ているとは思えなかったが……何か、譲れないものがあったのだろう。茶化せるような代物ではなかった。
「しかし……あの戦闘の後だと、やり辛いな……」
いまいちパッとしない結果になりそうだ。
「……ところでお前……どうしたんだ? さっきから一言も喋らないけど」
「八百万と組みたかったなぁ……」
士郎と組むことになった小柄な男子生徒、峰田。自分と組むことが決まって以降、ずーっと八百万の方を見ている。
彼女の創造系の“個性”と相性が良いのだろうか?
「八百万ほど万能じゃないけど、俺も創造系の“個性”だ。お前の要望に応えられるかは分からないが、言ってくれれば出来る限り——」
「——馬鹿かてめぇは……!!」
ものすごい形相で睨みつけられた。
「え……。す、すまん? 何か……気に触ったのなら、謝るぞ?」
「てめぇの目は節穴か!——あの無限の可能性を秘めた胸部装甲を見て何とも思わねえなんて枯れてんのか!?」
「————」
こいつ……。
「そ、そんな理由かよ……」
「オイラにとっては死活問題なんだよっ!!! オイラがなんでヒーロー目指してるか分かるかよぉ、なあオイ……?」
もういい。なんか分かったからそれ以上言うな……士郎はそう思い止めようとしたのだが、構わず峰田は続けた。
「——女にモテたいからだよ……!!!!」
なんというべきか迷うが……ともかく、ささやくような叫び声であった。
魂から滲み出るような感じだ。
「まあ……いいや。峰田はどんな“個性”なんだ?」
「この野郎オイラの渾身のシャウトをあっさり聞き流しやがったな……!?」
「俺の“個性”、
「おい無視すんな」
「時間が無いんだから後にしろよ。ちょっとくらいなら聞いてやるから!」
「くっ……! で、そのやたら格好いい名前の“個性”はどこまで使えるんだよ?」
いまだ八百万から目を離さない辺りに、凄まじくねっとりとした執念が見え隠れしているが、本当にこいつどうしてくれようか。
試合中に八百万にセクハラでも仕掛けようものなら見捨てることも止むなしだろう。
「普通の剣なら大して消耗も無い。けど、色んな
設定はヴィランがアジトに核弾頭を隠しており、ヒーローはそれを処理しようとしている……という、単純なもの。ヒーローは核弾頭を回収するか、ヴィランを捕らえれば勝利。逆に、ヴィランは制限時間まで核弾頭を守るか、ヒーローを捕らえれば勝利。“確保テープ”を相手に巻きつければ捕縛扱いとなる。
なお、小型無線でパートナーと連絡を取り合うことが可能。
士郎と峰田はヒーロー側となる。そして、相手は……。
「八百万の“個性”はテストで見た限り、極めて万能だけど……攻撃力だけは俺が勝ってる。化かし合いみたいな勝負になるかもしれないが……何とかしてみせる。問題は、もう一人」
「タコか!」
「障子な!」
——八百万、障子チーム。
「障子の能力はまだ底が見えないけど、現時点でもあの複製腕は脅威だ。単純に馬力が違う。遮蔽物のある場所だと近接戦になったら勝てるか分からない」
「捕まったら余った腕のどれかで簡単にテープ巻かれちまうしな……」
「それで聞きたい、お前の“個性”であいつを抑えられないか?」
「無理」
「出来ればでいいんだが……っておい!? 早すぎるだろ?!」
あっさりと断言してみせた峰田は、頭に付いている玉のような物体をもぎ取ると、壁に貼り付けた。
「……超くっつく。オイラにはくっつかない。調子が良ければ一日中くっついてる。少なくとも授業中はずっとくっついてる」
「…………」
「お前いま、ショボいって思ったろ……?」
「思ってないって、すごい“個性”じゃないか!」
「嘘だ。つーかこれで分かったろ! こんな“個性”でどうやって握力540キロもある奴止めろって言うんだよ!!」
「いやメチャクチャうってつけの“個性”だろ!?」
「うるせぇ! 体格差どんだけあると思ってんだ怖いわ!! 投げる前に捕まるわ!!」
八百万と障子の“個性”が逆だったら嬉々として突貫しただろうに。どうやら並々ならぬエロスを原動力にしているらしいが、どうすればやる気になってくれるか……。
何せ、雄英に入学できるほどのエネルギーだ。きっと素晴らしい結果を出せるはずなのだが。
「なあ、頼むよ。俺一人じゃ勝てないんだ!」
「やだね。どうしてもっていうなら……はっ、女ぁ紹介してもらおうかぁ?」
「クソ野郎じゃないか!? いい加減にしとけよお前、時間がないんだって!」
「やかましいんすよぉ、女体のためならクソぐらい被ったるわぁ……!」
もう残り二分しかない。相手チームはとっくの昔に仮想アジトに入って作戦を練っているというのに。
「そんなに女子が良いなら、障子をどうにか出来たら八百万はお前が捕まえていいから! 捕らえるには身体にテープを巻かなきゃいけないから……あっ」
「あっ」
——つい、切羽詰まって言ってはならないことを言ってしまった。八百万には、今度何か贈り物をしよう。無論……お詫びの印である。
それくらいしなくては、士郎はきっとこの先、八百万の目を見て話せなくなってしまうだろう。
*****
「……入ってきたな。お前の言った通り、足音は一人分しか聞こえてこない」
「予想通りですわ。やることは分かってますね?」
「ああ、頭に入ってる」
衛宮士郎の“個性”は大雑把に言えば武器を作る能力のようだ。まだ何か隠された能力もあるのかもしれないが、それだけなら八百万にも出来る。特筆すべきは、やはり“個性”テストで使用した白と黒の双剣……そして、黒の大弓だ。
双剣を立ち幅跳びで使用した際、剣の材質を利用した動きには見えなかった。となれば、彼はあの剣に引き寄せ合うという“性質”を付与したと考えるのが正しいはず。
このことから、武器に関してはあちらの方が“創造力”は上と思った方が良い。
それに加え、テストの際に印象に残った……冴え渡る弓の腕前。恐らくは、増強型や異形型の“個性”を相手に優位を取るために磨いた技術だろう。彼自身は常人程度の身体能力しか持ち合わせてはいないのだから、近接戦で遅れを取るのは明白。
強力な武器作成能力を活かした戦法には、同じジレンマを抱える八百万としても共感できるものがあった。
八百万のパートナーである障子は異形型だ。彼の“個性”で複製した手や耳は普通の人体よりも強力な基礎能力を秘めている。
士郎は近接戦を避けるはず……となれば。
(屋外からの、窓を経由した奇襲が濃厚)
ターゲットである核のあるこの部屋だけは窓を埋めておいたが、通路や途中にある部屋は別だ。一部だけ、敢えて窓を取り払っている。
士郎の狙いを、障子が峰田を迎撃に向かうルートとは別の場所に誘導するために。
どうやら策は嵌ったようだ。障子の耳が捉えた足音は一つ。テストで見た限りでは、峰田の能力は外から作用できるものではない。十中八九……入ってきたのは峰田一人。
彼の能力は戦闘向きのようには見えなかった。士郎が障子を撃破出来ないとなれば、戦闘力の高い障子を彼が止められるとは思えない。
仮に突破できたとしても、“最後の切り札”も残っている。
(勝ちにいかせて貰いますわよ、衛宮さん……!)
『……八百万、聞こえるか』
——この読み合いにおいて、八百万のミスはただ一つ。
「障子さん、どうなさったのですか?」
『作戦は失敗だ。……読まれていた』
『——くくく……オイラ、知ってたんだよ。見てたからなぁ!』
障子の無線に拾われた声の主……峰田実の——飽くなき“性”への欲求を。
『障子は“個性”で複製した手の力をプラスして記録を出していた。でもそいつは単純に三倍とかそんなもんじゃねえ。——つまり、そいつで作った器官は元のカラダより強え!』
(まさか、予測された……!?)
障子の複製腕、元々備わっている腕とは別に二本の腕を持っている。その部分こそが彼の肝だ。
峰田の言う通り、複製腕で複製した器官は元々障子が持っているそれよりも高い能力を持っている。
しかしそれを、衛宮士郎ではなく峰田実に見破られたことこそが驚きだ。舐めているつもりは無かったが……それでも、予想以上という他ない。
『だったら入ったタイミングも入った人数も見破られる。——だからこその肩車だ!』
やられた……と、八百万は歯噛みする。これは完全に自分のミスだ。
『お前らは甘く見ていたのさ。——オイラ達の、エロスの力を!!』
『“達”って付けないでくれるか!?』
*****
正直、峰田が意外にも作戦立案能力を発揮した時は驚いた。
エロスが絡んでからの峰田は頭を煙が出るほどフル回転させ始め、たった二分の間に有効な作戦を立案してしまったのだ。
士郎が弓を使っているところは八百万なら見ていただろうし、外から狙撃する可能性も考慮するだろうとは士郎本人の談であった。しかし障子の“個性”を見抜き、たとえ外れても不利にはならない策を立てたのは正真正銘、彼の力だ。
彼の悲願を達成させるつもりはさらさらないが、口を滑らせてしまったこと自体は良い方向に向かっている。……八百万にとっては、厄日となりかねないが。
「悪いな、障子。ウチの相方は今日、冴え渡ってるみたいなんだ」
故意では無いとはいえ、焚きつけたなんて間違っても口には出せないが、結果は良好。不安要素は一つもない。
「こっちも勝ちにいかせて貰う。覚悟はいいか!」
「お手柔らかにして貰いたいものだがな……!」
障子はすぐさま士郎に飛びかかろうとするが、一歩遅い。
士郎は層射の際に足が止まるし、装填にも集中力を使うため無防備となるが……既に投影は準備してある。あとは、トリガーを引くだけだ。
「——
連続層射された剣の数は十にも満たない。動きながらでは時間をかけてもこの程度の数が待機させられる限界だが、この狭苦しい通路内でなら十分に効果を発揮する。なお、投影品は全て刃引きしたものだ。
「くっ……剣を空中に出現させ、発射することも出来るのか……!」
障子は来た道を引き返し、途中にある小部屋へと飛び込んで事なきを得るが……。
「かかったなぁ!」
それこそが峰田の狙いだ。閉鎖空間に追い込めれば、彼の力は格段に危険性を増す。
「もぎもぎ乱れ投げじゃああああ!!!」
袋小路。尚且つ飛び込んだ直後で体勢も整っていない状況ではとてもでは無いが避けきれない。
峰田の投げた玉は障子の身体を捉え、へばりついた。しかしこれだけでは足りない。あと一手必要だ。
「オラァァァァ!!?」
「なっ、コイツ……!!」
小さな身体を活かした超低空タックル。体格差が大きいだけに効力は絶大。バランスを崩して転倒させるだけの技だが、これで十分だ。
「は、離れない……! くっつく球を生み出す拘束系の“個性”か……!?」
「ぬっふっふ……これでお前は確保。ヤオヨロッパイまであと少しぃい……!!——って、あら?」
床に身体がくっついて動けなくなった障子の複製腕一つ一つに玉を投げ、磔にすると、テープを巻こうと彼に近づいた峰田。
しかし、気づけば何故だか……彼の身体にテープが巻かれていた。
「な、何故だ……!? そんな馬鹿なことが……はっ!?!?!」
「気づいたか? 俺の複製腕は、複製した器官も複製できる」
封じたと思って油断していた峰田は、あっさりと捕まってしまったのだ。
「そ、そんな馬鹿なぁぁぁああ!!!!!??!!」
男、峰田実。魂の叫び声と共にリタイア。
「……もっとも、一度見せてしまえばなんてこと無い。手の届かないところにテープを巻けばいいだけだからな。道連れは一人だけか」
「いや、ファインプレーだと思うぞ……?」
「なんで少し笑顔なんだ?」
「気にしないでくれ、心配事が一つ減っただけだ」
そうしてテープを巻きつけようとすると、最後に障子は……。
「——衛宮は剣を飛ばす際、“足が止まる”」
「!?……お前、まさか!」
「ただでは倒れんということだ」
声高に自分達の能力を叫んでいたのはそういうことだったのか。士郎は彼の口を塞がなかった迂闊に歯噛みした。
「油断はお互いさまだったか……!」
八百万の策は峰田が破ってみせたが、障子が自身が捕まった後のことまで考えて行動しているとは考えていなかった。
勝ち目を前に、違和感に気づけなかった士郎達。その隙を突かれる形となってしまったようだ。
「最後は、出たとこ勝負になっちまったか。まあ仕方ない。峰田、お前のぶんまで勝ってくる」
「ああ……マイフレンド衛宮……! 必ず……必ずヤオヨロッパイを……!」
「……そうだな。お前ってそういう奴だった」
気力の大部分を削がれかけたが、再度引き締めていこう。
敵もこちらも一人ずつ。おそらくは、核弾頭のある場所に八百万は陣を敷いている。
互いに作る“個性”の使い手。——“創造力”の高さが、決め手となるだろう。