『正義の味方』の原材料   作:Wbook

7 / 13
突貫!

「障子さん……!」

 

 

 自身のミスをパートナーに救ってもらう形となった。訓練の形式上は正しい摂理なのかもしれないが、八百万は自分の立てた作戦で障子を捕縛されてしまったことに責任を感じてしまっている。

 

 優等生……何をやっても優秀な反面、躓いてからの立ち直りにタイムラグを要するのが彼女の弱点であった。

 

 

「——いけない、落ち込んでる場合ではありませんわ」

 

 

 もう既に遅れをとっている。

 彼女が立ち直るまでの間、そのぶんだけ士郎は核弾頭のあるこの部屋まで足を進めているのだから。

 

 

(生み出した剣を撃ち出す能力まであるなんて……)

 

 

 これで理解した。士郎の“個性”は、単純な威力ではなく攻撃性能という面に関しては自身の完全な上位互換だ。生成速度も然ることながら、残している切り札をきったとしても……まともな撃ち合いでは“質量”の差で潰される。

 そのうえ士郎は純粋な身体能力だけで言えば、高校生トップクラスの爆豪に匹敵するほど高い。きっと、近接戦になったら勝てないだろう。

 

 ——障子が散り際に残してくれた言葉が無ければ、危なかったかもしれない。

 

 

(でも、そのためには先手を取らないといけない)

 

 

 それ以外のピースは揃っている。なのにそこだけがどうしても思いつかない。

 ほんの少しでも出遅れれば間に合わないというのに……。

 

 

(直接戦闘ではこちらが不利……。核弾頭だけじゃなく自分の身も守らないと……。待って、核弾頭?)

 

 

 ——そうだ。この戦闘訓練でヴィラン側が守るのは“核弾頭”なのだ。

 

 

(……いけますわ。これなら!)

 

 

 抜け落ちていたピースが、ようやく出揃った。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 障子を捕縛した後、士郎は核弾頭のある階層を目指して走っていた。途中、八百万が“個性”を使って仕掛けたらしいトラップや障害物を攻略しているうちに、予想外に時間を取られた。

 真正面からヨーイドンでやり合うなら勝機はこちらにあるが、時間を掛けてしまうと汎用性の高い八百万の“個性”に絡め取られてしまう。

 

 彼女に迎撃のための準備をさせてしまうのは最悪手だ。下手をすれば返り討ち……そうでなくとも、この訓練には制限時間が設けられている。

 

 同じ系統の“個性”でも、士郎は面攻撃や狙撃による高い攻撃性能を持ち、創造に掛かる時間も八百万より少ない。逆に八百万は多面性を活かし、攻性にも防性にも秀でているが、頭の中で準備を進める士郎とは異なり、リアルでの時間を必要とするため、どちらかと言えば準備に時間を掛けられる防衛戦に向いていた。

 

 お互いの得意な部分のぶつけ合いとなるこの戦闘訓練では、直接的な戦闘力で優っていたとしても油断は出来ない。

 

 

(最短で決める……!)

 

 

 最大量の“ソードバレル”によって搦め手ごと制圧。核弾頭を取りに行くにしろ、八百万を捕らえるにしろ……戦闘は免れない。

 ならば、速攻で何か策を弄される前に仕留めにいくのが道理。

 

 如何なる罠も、発動さえさせなければ無意味に終わる。

 

 

投影、開始(トレース オン)

 

 

 愛刀たる干将・莫耶を構え、脳内で投影を待機。引き金に手をかけ、次の瞬間には放てるようにセットする。

 建物の構造上、最上階にある広間の他には核弾頭を置いておける場所は無い。士郎が目の前の扉を開けば、間違いなく八百万が待ち構えている。

 

 しかし、何があろうと斬り破るのみ。士郎は扉を蹴破り、中へ飛び込んだ。

 

 

「——ごきげんよう、衛宮さん! 少々ヒーローには不似合いな出迎えですが、こうまでさせた貴方が悪いのですよ?」

「お、まえ……そんなことまで出来るのかよ……!?」

 

 

 広間であるはずのそこは、何故か一本道の核弾頭の前に八百万が立ち塞がる形で立っていた。

 そして、彼女の前に鎮座する鉄の塊には覚えがあった。

 

 旧式“ガトリングガン”。

 

 およそ人間に対して用いれば、間違いなくオーバーキル。実弾では無いのだろうが、それでも威力は計り知れない。

 それも一本道で用いたなら……。そこで、士郎は気づく。壁の一部が粗雑なものとなっていることに。導き出される結論は一つだ。……この空間は彼女が作り出した、後付けの袋小路。——彼女はガトリングガンだけでなく、元々あった支柱に合わせて“壁”を作っていたのだ。

 本物の壁や支柱に比べれば強度も厚みも無いのだろうが……それでも、すぐに破れるものでも無いのだろう。

 

 完全に八百万のマッチメイクに嵌ってしまった。油断はしていないつもりだったが……それでも構想の段階で競り負けている。

 

 しかし——。

 

 

「そんなもんで俺が止まるかよ!!」

 

 

 読み合いでは負けたが、それでもなお……手回し式のガトリングガンなどより士郎の投影の方が速度は速く、重い。

 確実に先手を取れる。アレを破壊して、一気にケリをつける。

 

 

「いいんですか?」

「なに……?」

「——私の後ろにあるのは、“核弾頭”なんですよ?」

 

 

 何を言っている?……そう思ったのは束の間のこと。その言葉の真意を、士郎はすぐに気がついた。

 この訓練はヴィランの持つ核弾頭をヒーローが処理するという設定で行われているのだ。つまり……疑似的ではあっても、ターゲットは核弾頭という扱いをしなければならない。

 

 ——核弾頭に向かって剣を投げつけるヒーローなど、いるわけがない。

 

 

「くそっったれ……!」

「これで……チェックメイトです!」

 

 

 放たれる弾丸の雨を前に、待機させていた投影……その全てを自身の眼前に射出し、盾の代わりとして突き立てた。しかし咄嗟のことで疎らなうえ、射出するためにチューンした刀身の強度ではいつまで保つか分からない。

 

 徐々に壁を突き破り始めた弾丸に、士郎は。

 

 

「——ぉぉおおおおおおおっ!!!」

 

 

 突貫。

 

 下がればこの場で負けることは無いのかもしれないが、制限時間には間に合わない。

 弾切れを待とうにも時間がそれを許してくれないのだ。既にストックしていた投影は使い切っている。あるのは干将・莫耶のみ。

 

 ——それだけあれば、諦めない理由には十分だ。わずかな“チャンス”にかける価値はある。

 

 地力だけで足りぬなら、気力で保たせよう。弾丸といっても実弾では無いのだ。威力も弾速も鋼の弾丸には遠く及ばない。これならば……斬り捨てられる。

 しかし全ては無理だ。今の衛宮士郎にそれほどの技量はない。故に、頭部と急所以外は全て無視。

 

 絶え間なく振るわれる中華剣は、その実……放たれたそれの半分も落とせてはいない。

 

 腕や足、腹を弾丸が打ちつける度に激痛が走るが、衛宮士郎の精神はその痛みに耐えられるように出来ている。“機能”さえ保てるなら、構うことはない。いくらでも、痛めつけるがいい。

 

 その間にも、距離は確実に潰していく。

 

 

「なんて人……っ! いくらなんでも無茶が過ぎますわよ!?」

「無理でも無茶でも通すのがヒーローだろう……! 余力があるうちに諦めるのは筋違いだ……!!」

 

 

 士郎の言。聞く者によっては、勇気がある、気力に満ちていると褒め称えるだろう。その……何かを決定的に間違えた精神性を知らなければの話だが。

 

 ——所詮は無謀でしかない。終わりは唐突に訪れる。

 

 

「がぁっ!?」

 

 

 取りこぼした弾丸が脳天を捉える。一瞬のブラックアウト……その後、一部でも防げていた弾幕の全てが士郎の五体を強かに打ちつけた。

 傍目から見るなら、とっくにゲームオーバーだ。

 

 しかし……それでもなお、士郎は倒れなかった。

 

 士郎の“個性”は、彼の精神に左右される。それは一概に強さだけを指したものではなかったのだが、士郎が最初に鍛え始めたのはまさにその強さであった。

 弓の技量はその過程で得たもので。知られれば間違いなく止められる常軌を逸した精神鍛錬——もっとも彼本人は、それを問題だとは思っていない——が、弓の心得に通じたものであったからだ。

 

 意識さえ守り通すことが出来たなら、彼は立ち続けるだろう。

 

 

「あと、一歩……!!」

 

 

 そこへ踏み出せたなら——勝利のシナリオは完成するのだから。

 

 

「ぜぇぇぁあああ!!」

 

 

 眼前に全力を以って投げつける干将・莫耶。唯一の武器を手放すその行為に、八百万だけでなくモニターで試合を見守る者たちも呆然とする。ガトリングガンの射線上は避けたものの……ただ腕の延長線上に真っ直ぐ投げただけのそれは、何一つとして捉えることが出来ていない。

 

 だが、これでいい。干将・莫耶の性質はお互いに引き合うこと……それを、この場でできる限り最大限に利用した戦術。八百万の真横を通り過ぎようとするその瞬間。夫婦剣のカラクリに彼女が気づいた。

 しかし、既に反応するには遅すぎる。

 

 ——干将・莫耶の柄に結び付けられた“確保テープ”。それは八百万の背後で夫婦剣が出会うと同時に、彼女の身体を縛り上げた。

 

 

『ヒーローチーム……WIIIIN!!!』

 

 

 オールマイトのアナウンスが鳴り響いた。勝負が決した証だ。

 

 

「ま、さか……このために……!」

「当たり前だ。俺だって……いつっ……! 好き好んで、痛い思いをしたい訳じゃないさ……。チャンスを見つけたから、身体を張れたんだよ」

 

 

 チャンスがあったからこそ、それに賭けた。それだけの話。……それでも、実行に移すには相応の覚悟がいる作戦だった。あまりに自然な物言いに八百万はつい気を緩めてしまったが……士郎の言葉が意味するのは他でもない。

 

 ——本当に命の掛かる場面でも、同じことを行えるということだ。

 

 

「しかし……結局根性で奪い取る形になっちまったか……。やるな、八百万」

「負けてしまっては意味もありませんわ……貴方こそ、筋金入りの頑固者のようですね。実弾ではないとはいえ、ガトリングガンにむかってくるなんて……」

「あれは、正直反則だろ……って思ったよ」

 

 

 士郎の精神性を間近で垣間見た八百万ですら、彼の本性にまだ感づいてはいない。

 この訓練を監督しているオールマイトも、無茶をする生徒程度にしか思ってはいなかった。

 過去、士郎の暴走に関わった経緯のあるオールマイトだが、理性的に用いる無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)は、暴走時のそれとはまるで違う印象を与える。……相澤から多少の事情は聞いていたが、直接関わったために被害者のプロフィールを知ることが出来た彼とは異なり、オールマイトはあの日の“剣山”を士郎と結びつけることが出来なかった。

 

 

「それに、峰田が頑張って障子を止めてくれたんだ。俺だって根性出さないと悪いだろ?」

「お友達のために頑張るのも良いことだとは思います。でも、無茶し過ぎです。途中何度も手を止めそうになりましたわ。……ちょっと、泣きそうになりました」

「え……!? い、いや……すまん。全然見えなかった……!」

 

 

 視界がボヤけた状態では気づかなかったが……もしそれを士郎が八百万の表情を見ていたなら、峰田には悪いと思いつつもすぐさま降参を宣言しただろう。

 事実、八百万の目尻には今も少し涙が浮かんでいる。

 

 

「もう……いいですわ。それよりも、はやく保健室に——へっ?」

 

 

 肩を貸そうとした八百万の目尻を、痛みに震える指先で……優しく拭う。

 

 

「本当にすまん……。お前にこんな顔させるつもりはなかったんだ。八百万はいつもみたいに……っていうには日は浅いけど、凛とした顔をしてる方が、格好いいからな」

「は……はい……」

 

 

 男性に涙を拭ってもらう。……そんな少女漫画のようなシチュエーションに突然見舞われた八百万は、にわかに思考を停止させる。

 涙が出てたから拭いてあげた程度の意味しかないのだが、何かしらの真意があるのではと考えた瞬間、彼女の頭は考えるのをやめていた。

 

 が、別に何も始まらない。何故なら。

 

 

「——おーい、衛宮ぁ! どうだ、守備の方は! ヤオヨロッパイは手中に収めたかぁ!!」

 

 

 勝利などはなからオマケでしかないこの男が現れるからだ。タイミングで言えば最悪に近い。セリフも間違いなく最悪だ。

 八百万と士郎の距離は50センチも離れていない。そうでなくとも満身創痍、逃げられるはずもなく……逃げたとて、後が恐ろしい。

 

 

「——衛宮さん」

「……あい」

「お話……聞かせていただけますわよね?」

「…………あい」

 

 

 授業の後に行われた折檻は、それはそれは恐ろしいもので。

 何故だか峰田よりもキツく絞られた件だけを不服に思いながら……記憶を心の奥底へと封じ込めるのであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。