「
投影したのは白と黒の双剣、士郎が干将・莫耶だ。
「その……トレースオンというのは必要なものなんですの?」
「ああ、俺の
「身体機能とされる“個性”が精神性というのも何だかおかしな話ですね」
「頭の中にそういう器官があって、それが空想を現実に投影してる……らしい。誰も彼もお手上げって話だ」
「研究者泣かせの“個性”ですわね……」
「八百万の創造が脂質を消費し、知識力を元に生成するのに対し、俺の“個性”は精神力を消耗し、イメージを元に投影する。出来ることは近いけど、八百万は現実にある手段で物体を生成してるから壊れても消えない、俺のは空想が固まって出来てるから壊れれば消える。……なんて違いもある」
「根本的には全く異なる“個性”。……精神性だから概念を与えればそれに対応した武器が生まれるわけですか……?」
と、怪訝そうな……しかし興味深そうな顔で八百万は頷いた。
「……なあ、あいつら何か仲良すぎねえか……?」
「昨日の戦闘訓練の時に意気投合したらしいぜ……マイフレンドなんてのは幻想だったみてえだ衛宮あのヤロウ……!」
「お前の友情、あっさいなぁ……」
「友情より劣情って言葉を知らねえのか?」
「ねーよそんなコトワザ!」
男子高校生の会話など、何処から始まろうが大抵は馬鹿話で終わる。
峰田、上鳴両名とも女性に縁が無いためのやっかみであったが……峰田は性に、上鳴は可愛い女子にという具合に特定の誰かに向けたものではないため、執心はそれほど無かったのだ。
そして、傍目から見る女子生徒にしてみれば、彼らの様子は実に滑稽である。
「あの二人は全く……」
「でもでも、衛宮くんと八百万さんが仲良いのは本当だよね!」
「二人とも真面目だし、やっぱり似た“個性”だと話が合うんじゃないかしら?」
「そしていつしか、互いは惹かれあい……!」
「そういうのあると思うっ! ラブロマンス!」
「青春やねぇ……」
とはいえ、恋バナの類に興味があるのも事実。彼らの関係がそうでないのは見れば分かるが、それはそれ。
無い話をある風に膨らませて楽しむのは、方向性に違いはあれど男女ともに共通していることだ。
「……どうしたんだろ、みんなこっち見てるけど?」
「やはり、教室内で刃物は不味かったかもしれませんわね……」
もっとも、ズレた会話を交わす二人には、関係のないことであったが。
*****
「オールマイトさん」
戦闘訓練の翌日、相澤はその記録映像を確認していた。無論、彼が担任を務めるA組のものだ。
担当する生徒達の能力を把握するのは担任として当然と言えば当然のことだが、相澤には他にもいくつか気がかりがあった。
「やあ、相澤くん。君から声をかけてくれるなんて、珍しいじゃないか」
「用があれば声くらいかけます。それより、衛宮のことなんですが……」
「……衛宮くんかい? 彼がどうかしたのかな?」
気になっていたのは、緑谷と爆豪の軋轢。——そして、衛宮士郎の“今”だ。
「あいつには気をつけておいてください」
アレだけでは絶対とは言い難いが……相澤の見る限り、感じた限りでは——衛宮士郎は、“あの時”と一切変わっていなかった。
「あいつは……以前、あの“剣山”を作り出した少年です」
「——っ。彼がそうなのか!?」
オールマイトが気づかなかったのも無理はない。いま衛宮士郎が用いている、彼の制御下に置かれた
際限なく剣を吐き出し、使用者すらも喰らい尽くす暴走時のそれとはまるで印象が違っていた。
「幼少時、既にあいつは他人のために自分を捨てられる精神性を持っていた。——はっきり言って、異常なことです」
「……君の目には、今の彼もそう映るんだね?」
「ええ、そうです。あいつは何一つ変わっちゃいない……いや、むしろ成長に伴って、より深刻になっている可能性すらある」
ヒーローは、得てして自分よりも他人を優先させることがある。
自己犠牲の精神がヒーローに必要なものの一つなのは確かなことだ。
——けれど、ヒーローだって人間だ。
時に怒り、時に悲しみ、時に恐怖する。命は惜しいし、本音を言えば……赤の他人より、自分の家族が大事だ。
それらの感情を超え、振り絞った勇気と決意で人々を救おうと奮起できる人間……それが、ヒーローなのだ。
「あいつは簡単に自分を捨てられる。あの訓練を見てそう感じた。……自分が大切じゃないんですよ、きっと」
貴方と同じで……相澤はその言葉を飲み込んだ。言おうとして、間違いだと気づいたからだ。
「彼の父母は善良だ。自分の子供を“そんな風”に育てるはずがない。だから、あいつのアレはきっと
“平和の象徴”として、後天的にそうなったオールマイトとは違う。
「オールマイトさん。あいつは正真正銘——生まれながらの“正義の味方”だ。精神性だけならまだマシだったが、場合によっては成し遂げてしまえるだけの素質がある」
それはおそらく、衛宮士郎にとっては幸せなことなのだろうが……相澤は、断じて認めるつもりはない。
「……きっとあいつは、誰彼構わず助けまくって、笑いながらくたばるでしょう。あのままプロになんてなったら、いつかそうなる。早いか遅いか……それだけの違いだ。——本当の自分の幸福なんて、求めもしない」
短い付き合いだが、衛宮士郎は相澤の生徒だ。見て見ぬふりなど、できるはずもない。
「あいつをそんな風にしちゃならない、絶対に。それが、あいつを預かる俺の責任なんです。……お願いします」
「頭を上げてくれ、相澤くん」
オールマイトはマッスルフォームへと身体を変化させ、今まで人々を救ってきた時と同じ笑顔を浮かべ、相澤の肩を叩く。
「彼は私にとっても生徒の一人。私が力になれることがあれば、なんだってするさ。無関係ってわけじゃないんだ、私にも一緒に背負わせてくれ!」
「……ありがとうございます」
そして、心の中で相澤はオールマイトに詫びた。
——ただでさえ過剰な荷物を背負う彼に、さらなる重圧をかけてしまったことを。
*****
「さて、急で悪いが今日は君らに——学級委員長を決めてもらう」
「本当に急に学校っぽいの来たぁ!!?」
それはまあ一応高校なのだから、学級委員長くらいは居るのだろう。
しかしここは雄英。普通高校とは違い、特別に向上心の高い生徒が揃っている。
「委員長! やりたいですソレ!!」
「はいはい、私も!!」
「オイラのマニフェストは女子全員膝上30センチ!!」
集団を導く力を養える委員長職は、トップヒーローの下地を鍛えられるものだ。
誰も彼もがなりたがるのは、当然だ。
士郎だって、なってみたい気持ちはある。
「静粛にしたまえ!!!」
「「「!」」」
「多を牽引する重要な仕事だぞ! やりたい者ではなく信頼を集める者が務めるべき聖務だ!!」
異をとなえるのは、飯田天哉。THE・真面目人間たる彼の手は……。
「民主主義に則り、真のリーダーをみんなで決めるというなら……これは投票で決める事案!!!」
「……大丈夫か、飯田。なんか、そびえ立ってるけど」
飯田もやりたいみたいだが、生来の人柄が盛大に邪魔しているようだ。
「日も浅いのに信頼もクソもないわ、飯田ちゃん」
「そんなんみんな自分に入れらぁ!」
「だからこそ複数票を獲った者こそがふさわしくないか!?——どうでしょうか先生!!!」
「時間内に決めてくれれば何でもいいよ」
相澤もまたテキトーであったため、話は早かった。さっそく投票タイムとなり。
「僕、三票ぉぉおおおおっ!?!?」
緑谷三票、八百万二票で委員長と副委員長が決定。言い出しっぺの飯田はと言えば、一票という結果に終わった。
「一票……! くっ、及ばなかったが……それでも入れてくれた人が居るというのは感慨深い……!!」
「自分には入れなかったのね……」
「入れてれば八百万と並んでたのになぁ……」
ちなみに、入れたのは士郎だ。
緑谷にしても八百万にしても不満のある人物ではないが、誰より真面目なのが短い期間でも理解できた。そんな飯田だからこそ士郎は彼を推したのだが、こればっかりは士郎一人には決められないことだ。
*****
「なに!? 衛宮くんが僕に入れてくれたのか!?」
「あ、ああ……というか、“僕”?」
昼食時。緑谷、麗日、飯田とともに食事を取っていた士郎。
話題は自然、投票のことに移り。委員長に選ばれた緑谷が口にした不安に対し、太鼓判を押した飯田は、自身が緑谷に投じたことを明かした。
それに便乗するように、士郎も彼に入れたことを教えたところ……ボロが出た。
「ちょっと思ってたけど飯田くんて……坊ちゃん?!」
「坊っ!!」
「そう言われるのが嫌で一人称を変えてたんだが……ぬかった……!」
聞けば、飯田の家は代々ヒーロー一家らしく、彼はその次男だと言う。真面目な人柄も、その環境が育てたようだ。
「そういえば衛宮くんは、何故俺に入れたんだ?」
「あー、そうだな……。やっぱり飯田が一番真面目で公平だったからかな。普通、多数決なんて意見なかなか出せないと思うし」
「そ、そうだろうか。ヒーロー科である以上他者のことを考えるのは当然——」
その時突然、警報が鳴り響いた。直後に流れたアナウンスによれば、セキュリティ3が突破されたという。生徒への避難通告が行われた。
セキュリティ3とは、校舎内へ侵入者が現れた時の警報だ。
「流石は雄英、非常時の対応も迅速だな……っ!」
「迅速すぎてパニックに……!?」
既に緑谷と麗日は群衆に飲まれ、行方知れず。
士郎と飯田は体格もあって多少は耐えられているが……それでも数の暴力には敵わない。
「——衛宮くん、アレを見ろ!」
「アレは……マスコミか! なんで雄英の中に!?」
鬱陶しいことこの上ない連中だが、直接的な危険のある連中ではない。何とかしてこの危険を伝えなければならないが……この大パニックの中ではそれも難しい。
「麗日くんが居れば話は早かったんだが……!」
出口へ向かって群がる生徒たちを止めるには、彼らの視線の集まる場所へ行き、簡潔で分かりやすい言葉による誘導がベターな選択肢。
麗日の“個性”を使えば簡単に行えたのだが、彼女はもう見える範囲には居ないようだ。
「何だか分からないが……飯田、考えがあるのかっ?」
「ああ、だが今の状況では難しい。何とかして出口の案内板まで飛べれば……!」
「——あそこへ行ければ良いんだな、だったら話は早いっ!
士郎は、空中……飯田の頭上に一本の剣を投影させた。
「掴まれ、飯田!」
「……そ、そういうことか! 了解した、お手柔らかに頼むぞ!」
「保証はできないな……!
狙うは出口の真上、壁は傷つけてしまうが……非常時だ、後で謝れば許してもらえるだろう。
「おぉおおおっ!?」
勢いよく発射された剣は見事に壁に突き刺さり、飯田は出口の案内板へと非常口のような格好で張り付いた。
「——皆さん……大丈ー夫!!!!!」
騒ぎは飯田の活躍により、大きな怪我を負う者が出る前に収束され。この件も含め、元々彼を評価していた緑谷の意思で委員長の座は飯田へと譲り渡されることとなった。
不満を述べる者も出なかったことを考えれば、収まるところに収まった……というのが正しいだろう。