ある日の事。いつものごとく押しかけて来た友人、霧雨魔理沙に、アリス・マーガトロイドはあるイベントの事を聞かされる。

そのイベントとは――――――




myブログとのマルチ投稿しとりますです

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この短編は、某動画サイトに投稿されている作品、「幻草物語」に少ーし影響を受けています。
と言っても、カップリングやら店くらいですが。


東方恋人日

東方恋人日

 

「・・・・・・バレンタイン?」

 

「そういうイベントが、新聞によると明日にあるらしいんだぜ」

 

雪がまだまだ降る季節の二月。雪かきを昨日済ませ、昨夜は雪が降らなかった事もあって今日はのんびりと本でも読もうか・・・・・・と考えていた私、アリス・マーガトロイドは、いつものように突然家に押しかけ・・・・・・もとい、訪ねてきた友人、霧雨魔理沙の言葉に首を傾げた。

 

バレンタイン。確か、外界のイベントだっただろうか、と記憶を探る。去年の丁度今頃にブン屋の射命丸が配っていた新聞で、特集として載っていたような気がするので、恐らくは、時期的に守矢一家が幻想入りして少し経った頃に広めたのだろう。

 

「バレンタイン、ねぇ・・・・・・どんなイベントだったかしら」

 

名前こそ憶えてはいたが、新聞自体、ちらりと見かけたくらいで読んだ訳ではないのだ。射命丸文が発行している『文々。新聞』は、他の天狗が発行している新聞に比べて、比較的信頼性の高い情報が多い方だ。だが、あくまでも多い『方』であって、文々。新聞全体の記事で言えばゴシップ的な記事が多い。数少ないまともな記事は、例を上げるなら『博麗神社で開催される夏の宴会のお知らせ』『季節のスイーツ特集』や件のバレンタインなどイベント事など。他に上げるならば、異変が起こった際にその内容と顛末をまとめた記事だろうか。

 

要するに、面白い、或いはネタになる(と文が判断した)事件、珍事、イベントがあれば記事にまとめ、更に脚色した上で新聞にして発行する、というもの。イベントなどについて知るには便利なのだが、普段が面白おかしく脚色されたゴシップ記事ばかり。なので、ゴシップがあまり好きではない私は、購読していないのだ。

 

「友人や世話になっている相手に手作りのお菓子を渡す、っていうイベントらしいぜ?」

 

「手作りのお菓子を、友人や世話になっている人に?」

 

「ああ」

 

「・・・・・・私、もしかして魔理沙にお菓子を要求されてるのかしら」

 

ぼそりと呟くと、魔理沙が「ち、違うぜ!」と否定する。様子がいつものおちゃらけた否定とは少し違うので、とりあえずは様子を見ると、魔理沙は「まったく・・・・・・」と腕を組み、やれやれ、といった様子で続ける。

 

「あたしがそんなことする訳無いだろ?」

 

「むしろ、あなた以上にイベントを口実にして、お菓子を要求してきそうな相手はチルノとか以外は一人も思いつかないんだけど?」

 

何が「まったく」なんだか、と呟き、思わず溜め息を漏らす。

 

・・・・・・友人や世話になっている人にお菓子を、ね・・・・・・

 

魔理沙が言っていたバレンタインの内容を思い出し、誰にあげようかしら、と考えを巡らせたところで私はあることに気付き、思わず体の動きがピキッと止まった。

 

・・・・・・あれ?友人?

 

地元である魔界ならいざ知れず、知り合いならともかくとして幻想郷における私の友人と言える間柄の人物が、今私の目の前に居る魔理沙を除くと、博麗神社の巫女である博麗霊夢しか思い浮かばなかったのだ。・・・・・・この二人に、彼を加えてもたったの三人。

 

これは由々しき事態なのではないだろうか、と顎に手を添えながら考えていると、紅茶を飲みながらお茶菓子にするつもりで用意したクッキーを、無遠慮にもりもり食べていた魔理沙が声をかけてきた。

 

「で、アリスは誰にあげるつもりなんだ?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

選択肢が少ないのは選びやすくていいのだけれど、この選択肢が少ないのは切ないものがある。いや、私の交友範囲の狭さが問題ではあるのだけれど・・・・・・仕方ないじゃない、普段はこれで十分なんだもの。

 

「アリス?」

 

「・・・・・・まぁ、魔理沙と霊夢、かしらね」

 

「なんだ、あたしにもくれるのか?さっきはくれないような事を言ってたのに」

 

あえて彼の事を伏せて言うと、魔理沙は少し不思議そうに訊ねてきた。

 

「そりゃね。そういうイベントなんでしょ?友人に対してそこまでケチになった憶えはないわよ」

 

「やっぱりアリスは良いやつだな。それじゃ、明日は期待してるぜ!」

 

「へ?ちょ、ちょっと魔理沙!?」

 

「じゃあなー!」

 

呼び止めるのが聞こえなかったのか、聞こえないふりをしたのか。やけに素早く窓を開け放った魔理沙は窓枠に足をかけて外に飛び出し、手に持っていた箒にまたがって飛び去って行った。

 

「バレンタインについて、もう少し詳しく聞こうと思ったのに・・・・・・」

 

仕方ないか、と思い直し、窓を閉めようと椅子から立ち上がると、テーブルの上にふと視線が向いた。少し感じる違和感。なんだろうか、と少し前のテーブル上の様子を思い出し、

 

・・・・・・あ。

 

気付いた。

 

「魔ぁ理沙ぁぁぁっ!!本を返しなさぁぁいっ!!」

 

魔理沙がやってくる前に読んでいた本を、いつものごとく持って(かり)行か(ら)れた。空を見ても、森の木に視界を阻まれるのもあって魔理沙の姿は見つからず、

 

「はぁ・・・・・・仕方ない、後で回収に行くとしましょうか・・・・・・」

 

読み始めたばかりだったのに、というがっかりした気持ちになる反面、まあいつもの事だし、と納得してしまうことに何とも言えない気分になりながら、一先ず窓を閉めた。部屋が暖まってから少し経っていたので、そこまで室温は下がってはいないけれど、これ以上は寒くなって欲しくない。

 

「まずは、材料の確認かしら」

 

あげる相手が決まっても、材料が無いのでは何も始まらない。

 

「おいで、上海」

 

指先から魔法の糸を伸ばして手元に置いていた人形、『上海人形』・・・・・・通称上海につなげると、上海はふわふわと私の肩まで飛んできてちょこんと座る。

 

「上海、他の人形(こ)達にも糸をつなげるから、貯蔵庫にお菓子の材料になりそうなものはどのく

らいあるのか確認するのをみんなと一緒に手伝ってもらってもいい?」

 

指で軽く頭をなでながら言うと、上海は小さな手をピシっと上に上げ、『了解!』といった様子を見せた。

 

      ・・・・・・・・・・・

 

「小麦粉・・・・・・は十分有るわね。」

 

キッチンの奥にある食料の貯蔵庫に人形達と入り、材料の確認を始める。もし足りないものがあったら、まとめて一度に調達出来るようにし、外に出る回数を出来るだけ少なくする為だ。

 

「ドライフルーツ、ジャム・・・・・・は使わないかしら。砂糖、シナモンもあるわね。」

 

棚に置いてある壺や箱の中を人形に確認してもらい、中身が何かと残量を確認していく。牛乳などの乳製品や卵などの生ものは、鮮度の関係もあって貯蔵庫にはあまり無いけれど、お菓子の材料になるものは大体そろっていた。

 

「材料は牛乳とバター、卵を用意すればよし、と。ありがとね、上海」

 

気にしなくていい、と言わんばかりに手を振り、上海は私の肩にふわりと着地する。

 

・・・・・・問題は何を作るか、よね・・・・・・

 

お菓子なら何でもいいのかも知れないけれど、バレンタインで渡すお菓子としてメジャーなものがあるのならば、それにした方がいいだろう。だけど、一番聞きやすい魔理沙には逃げられてしまったし、文々。新聞もとっていないからその記事も見られない。

 

「仕方ない・・・・・・一度行きましょうか、守矢神社に」

 

どうせバレンタインについて聞くなら、射命丸よりも守矢一家の誰かに聞いた方がいいでしょうし。そう考えた私は、私室に戻って外に出かける準備を始める。人形達をベッドの上に置き、クローゼットからお気に入りの茶色のコートを出して羽織る。そして帽子掛けにかけている赤いマフラーを取って首元に巻き付けてから、上海を肩に載せた。

 

「じゃあ、行きましょうか、上海」

 

ぴょこっと手を上げる上海が目に入って思わず微笑み、ベッドの上に置いていた他の人形達にもう一度魔法の糸をつないで、私は自室、自宅を後にした。

 

      ・・・・・・・・・・・

 

「ふう・・・・・・やっぱり寒いわね、冬は。雪も面倒だし・・・・・・」

 

今の天候は曇りとは言え、あまり速く空を飛ぶと顔や手が余計に冷えてしまうので、あまり速度は出せない。と言うか、出したくない。魔理沙は雪の日も犬よろしく元気に走り回り、飛び回ってはいるけれど、私はどちらかと言えば猫派。寒い日は暖かい家の中でのんびりしているに限る。

 

「いつもより時間かかったわね、やっぱり。まぁ、ゆっくり飛んでるから仕方ないんだけど」

 

目的地である守矢神社は妖怪の山の頂上に位置している。普段でも空を飛んでいるとはいえちょっとした山登り感覚だと言うのに、ゆっくり向かったものだから、いつもの倍ほどの時間はかかっているだろう。

 

「よっ、と。境内は全部雪かきしてあるのね。私の家の庭より広いのに、早苗もよくやるわね・・・・・・」

 

「あれ、もしかしてアリスさんですか?ようこそ、守矢神社へ。珍しいですね、アリスさんがここに来るなんて」

 

丁度外に出て来ていたらしい守矢神社の巫女、東風谷早苗が、冬は流石に寒いのだろう、コート姿で声をかけてきた。

 

・・・・・・まぁ、実際、山に来ることなんて滅多にないものね。

 

人里になら食材や日用品の調達、人形劇をするためによく行くけれど、それ以外に出かける事と言えば魔法薬の素材集めと神社での宴会、紅魔館のヴワル魔法図書館など知り合い関係の場所に行くくらいしか殆どなく、精々散歩くらいのもの。早苗と会った事がある場所だって、人里か博麗神社くらいなのだし。

 

・・・・・・よくよく考えてみれば、そのせいで友人が少ないんじゃないかしら・・・・・・

 

「もう少し、外に出るようにしてみようかしらね・・・・・・」

 

「? どうかしましたか?」

 

「いえ、何でもないわ。ところで、一つ聞きたいことがあるんだけど、今は時間に余裕はあるかしら?」

 

「ええ、大丈夫です。なにかあったんですか?」

 

「来週、バレンタインってイベントがあるでしょう?どんなイベントかは分かったんだけど、どんなお菓子がメジャーなのかが分からなくてね。どんなものがいいのか、教えてくれないかしら?」

 

「バレンタイン、ですか?そうですね、日本ではチョコが一番メジャーだと思います」

 

手を頬に添えながら少し考えるようにして早苗が言った物が、家に残っていただろうか、と思い出す。チョコレート。チョコチップくらいなら少しはあったはずだけど、纏まった量は流石に持っていない。そもそも、幻想郷ではチョコレートは手に入りにくく、パッと用意出来るものではないのだ。

 

「どうしようかしら・・・・・・チョコは用意するのが難しいわよね、流石に。やっぱり、無難にクッキーかしら」

 

私がそう呟くと、早苗は笑顔でパンッと手を合わせ、言った。

 

「チョコがご入り用なら、丁度良いですし、よろしければ一緒に買いに行きませんか?」

 

「へ?」

 

今、確かにチョコを買いに、って言ったわよね?

 

幻想郷で手に入るチョコは、基本的に八雲 紫が気まぐれで外から仕入れて来たもの。バレンタインがもうすぐだから紫が用意したのだろうか?と一瞬考えたが、紫は冬の間は冬眠している事を思い出してそれは無い、と思い直す。ならば、何故チョコレートが売っているのか、と軽く首を傾げながら考えていると、そんな私の様子を見た早苗は、笑顔のまま続ける。

 

「アリスさんは、最近人里に開いた出雲屋というお店をご存じですか?」

 

噂でなら聞いたことがある。食べ物や飲み物、日用品など様々な物を売っている、外界で言うところのスーパーという店に近いものらしい・・・・・・が、売っているものは変な商品名のものばかり。にも関わらず、性能や使い心地はかなり良く、置いている日用品の使い勝手の(・・・・・・・・・)評判は割といい方。なのだけれど、食品・飲料関係においては変なものばかりという話を聞く。『シガレットチョコ・酢昆布味』や『危険者トーマスガム・塩鮭味』というような、名前だけでなく味もおかしいものが多く置かれている。普通のものもあるにはあるらしいが、出雲屋特有の頭がおかしい物の評判ばかりで、普通の食品関係がどんな品揃えだとかはあまり聞かない。そこそこ多いとは聞いた事があったような気がするけれど・・・・・・

 

「実は、あそこのお店にチョコも売ってるんです。私もその内買いに行くつもりでしたし、もしよろしければ、ですけど」

 

「じゃあ、よろしくお願いしようかしら」

 

「はい!」

 

出雲屋にも、一度行ってみたいと思っていたし。正直、噂を聞いているだけではどんな魔窟なのか、と変な想像ばかり先走ってしまって、一人では行きづらかったから丁度よかった。そう考えた私は、早苗の申し出を受け入れたのだった。

 

      ・・・・・・・・・・・

 

「何というか、凄く・・・・・・独特な店だったわね。まさか、店員まであそこまで変だったなんて」

 

「楽しいお店ですよね、ここ!」

 

「そう・・・・・・?私にはちょっとついていけないわね。と言うか、ついていけたくない」

 

出雲屋は、何というか、噂を聞いて想像した以上に異常だった。異常、というよりは変態的と言うべきか。まともに付き合うのが大変なレベルの変態ばかり。商品の殆どを彼らが作っていると聞いて、あのネーミングが「あぁ、なるほど・・・・・・」と素直に納得出来てしまうような、そんな連中。何よ『女教師わくわく禁煙ガム』って。聞くまでも無いけど、頭沸いてるんじゃないかしら。後は、洗濯板『こすっちゃらめぇ!』なんてものもあったわね。いったいどう使えっていうのよ、いったい。

 

「まぁ、取り敢えずチョコレートは手に入った事だし、よしとしましょうか」

 

ちなみに、今持っている『IAI幻想郷支店』と書かれた袋の中に入っているチョコレートの商品名は「リア充大爆発チョコ」だった。リア充と言うのが何かはよく分からないけれど、会計の時に店員がやけに不穏な雰囲気を感じさせていたので深く考えることはやめておくことにする。

 

「じゃ、案内してくれてありがとね、早苗。楽しかったわ」

 

「こちらこそ、一緒にお買い物が出来て楽しかったです。」

 

「私も、まぁ・・・・・・楽しかったわ。今度は、もう少し普通のお店に一緒に買い物しに行きましょう」

 

「はい、喜んで!アリスさん、頑張ってくださいね!」

 

「? ええ、ありがとう。じゃあ、私はそろそろ失礼するわね」

 

頑張る、という意味はよく分からないまま、まぁいいか、と頭の隅にその疑問を押しやり、笑顔で手を振る早苗に手を振り返して、私は家に真っ直ぐ向かった。早苗との買い物は楽しかったけれど、寒くてこれ以上はあまり外に居たくない。

 

「早く帰って、紅茶でも飲みましょうか・・・・・・」

 

お茶菓子は、と考えたところで、今朝、魔理沙が殆ど食べてしまったのを思い出し、思わず溜め息がこぼれる。

 

「紅茶を飲んで暖まったら、チョコを作ってしまいましょうか・・・・・・」

 

今の内に作り、気温が低い貯蔵庫にしまっておけば明日にはいい感じに冷えているはず。どちらにせよ、今日中に作っておかないとチョコを冷やすのが間に合わないかも知れないし、まぁ・・・・・・丁度いいかしらね。

 

      ・・・・・・・・・・・

 

次の日、バレンタイン当日。

 

「よし、ちゃんと冷えてるわね」

 

上海を連れて、作っておいた小さめの12個のチョコがしっかりと冷えて固まっているかを確認しに来た私は、ちゃんと出来ているのを見て、思わず満足した笑みが浮かんでしまう。

 

「今の内に包んで、早めに渡して来ようかしら」

 

今の時間は大体9時。みんな朝食は食べ終わっているくらいの時間で、のんびり一休みしている頃だろうから渡しに行くには丁度いい、と考えた私は、昨日チョコと一緒に出雲屋で買ってきたピンクの包み紙と赤いリボンを用意し、チョコを包み始める。

 

「よし、と・・・・・・」

 

包む作業を手早く済ませ、出来るだけきれいな形にリボンを結び、完成。

 

「じゃあ、配って来るとしましょう」

 

運ぶ途中に体温で溶け始めないように、三つの包みを上海に持たせて家を出る。

先ず向かうのは、博麗神社。霊夢が居る、というのももちろんだが、あちこちへふらふらと歩き(飛び?)回っている魔理沙が居る確率が高い場所だからだ。

 

「魔理沙、居るかしら」

 

居れば手間が省けるし、居なかったら居なかったで、魔理沙の家と彼の所を訪ねればほぼ間違いないのだけれど・・・・・・出来れば、彼の所には居てほしくない。魔理沙が居る所で彼に渡すのは、恥ずかしいし。そうこうしているうちに、博麗神社に到着。昨夜も今日も雪は降っていないにも関わらず、雪が沢山残っているのは早苗と違って雪かきをしなかったからだろう。

 

「相変わらずのぐーたら生活ね・・・・・・霊夢、居るー?」

 

「そりゃいるわよ、こんな寒いのに出かけるなんて馬鹿馬鹿しい・・・・・・入っていいわよ、アリス」

 

本殿の中、いつも霊夢が居る部屋に向けて声を掛けると、無気力そうな返事が返ってくる。

部屋に入ると、巫女服を着た少女・・・・・・博麗霊夢が、こたつに入ってぐてっとしながらみかんをちまちまと食べていた。

 

「貴女がここまで来るなんて珍しいじゃない。どうしたのよ」

 

「今日は、友人や世話になっている人にお菓子をあげるバレンタインって日なんですって。だから、はい、霊夢」

 

「なに、これ?」

 

「チョコレートよ。バレンタインのお菓子としては、これが一番メジャーみたいだから」

 

「チョコレート・・・・・・?ふぅん、よく分からないけど、ありがと。くれるって言うならもらっとくわ」

 

「くれるって言うなら、か。貴女らしい言葉ね、本当」

 

 と言うか、「よく分からない」って、バレンタインの方かチョコレートの方か、どっちなのかしら・・・・・・?

 

バレンタインなら、私も昨日まで知らなかった事だし何とも言えないけれど、チョコレートを知らない、というのはどういうことなのだろうか。そう思って少し考えると、すぐに答えが出た。紫が外からチョコを仕入れて来ることは少ないし、仕入れて来たにしても値段は少し高めになる。参拝客が少なく、お賽銭の量は言うまでもない状態の博麗神社。妖怪退治の報酬でもお金は入るとしても、今の幻想郷では、収入はあまり多くない。

 

そこに住んでいる霊夢の金銭状況もまた、言わずもがな。食料や茶葉などを買うだけで、少しでも値が張るお菓子などは、手を出すどころか見すらしないのかも知れない。もちろん、単に存在を知らなかったのかも知れないけれど。

 

「そうだ、魔理沙はまだ来てない?」

 

「今日はまだ来てないわね。これ、魔理沙にも渡すの?」

 

「ええ、まあ。居ないのならいいわ、帰るついでに家に向かうし」

 

「そ、分かったわ。魔理沙が来たら伝えとくわね。寒かったでしょ、お茶とお煎餅くらいなら出すわよ?」

 

「せっかくのお誘いだけど遠慮しとくわ。まだ行くところがあるしね」

 

「ふぅん・・・・・・ま、いいわ。」

 

相変わらず無気力、というよりは、むしろどうでもよさげな様子で新しいみかんを剥きだす霊夢。何時でもあんまりやる気がある子ではないけれど、冬には輪をかけてやる気を出さない。春の時期になったにも関わらず雪が降り続けた異変、『妖雪異変』の時すら、「冬が長引いてるだけ」と言い張ってこたつに潜り続け、結果、他の異変に比べて解決が遅れてしまう、ということが起こってしまったくらいには、霊夢は冬が好きではないのだ。

 

「・・・・・・用事があるんでしょ? 早めに済ませちゃった方が良いんじゃないの?」

 

「なんだか言い方が気になるけど・・・・・・確かにそうね。じゃあ、魔理沙にはよろしくね」

 

「ええ、まかせなさい」

 

      ・・・・・・・・・・・

 

「バレンタイン、ね・・・・・・」

 

アリスから渡された、チョコレートが入った包みを眺めながら呟く。

 

「バレンタインって、確か文の新聞に書いてあった恋人の日よね・・・・・・?」

 

確かに友人や世話になっている人にお菓子をあげる事もある、というような事も書いてあった気がするけれど、そこの記憶は正直あやふやで憶えていない。そもそも、恋人なんてものは居ない上に、居たとしてもこんなものを送れる程のお金も持っていない。だからこそ憶える気も無かったし、アリスにしても新聞は買っていないはずだから、その記事にあった友人云々の内容を読んだとは考えにくい。

 

なら、何故割と何かしらの形で目につきやすい恋人同士の日、というものでは無く、友人に~というものだと思っていたのか、だけれど・・・・・・

 

「まぁ、間違いなく魔理沙が言ったんでしょうね・・・・・・どういう意図で(・・・・・・・)、なのかは分からないけれど」

 

単にアリスが作ったお菓子が食べたかったのかも知れないし、いい加減にアリスと彼をくっつけたかったのかも知れない。彼は文から直接新聞を買っている珍しい人物だし、バレンタインについては間違いなく知っている。そこからの何かしらの進展を狙ったのかも・・・・・・

 

「それは無いわね」

 

自分で考えておいてなんだけど、そこまでは考えにくい。どうせ、お菓子目当てだろう。何より、魔理沙のキャラじゃない。

 

「頑張んなさい、アリス。生ぬるーく、少し離れたところから心の中で応援してあげるわ。」

 

      ・・・・・・・・・・・

 

「落ち着きなさい、落ち着くのよ、私・・・・・・ただ渡すだけ、ただ渡すだけ・・・・・・」

 

私や魔理沙が住んでいる魔法の森。その入り口付近にある建物に向かいながら、私は呟いていた。

建物の中から外の入り口周りにかけて、統一性の無い物が雑然と並んでいるその建物の名は、香霖堂。店長である森近霖之助が趣味で開いているものであり、出雲屋(へんたいたち)が幻想郷に来るまでは、紫が仕入れた物を置いていた店以外では唯一、外界の物を売っていた雑貨屋だ。

 

「霖之助さんには普段お世話になってるし、そのお礼に渡すだけなんだから・・・・・・」

 

上海から包みを受け取り、いざ目の前まで来はしたものの、どうにも緊張してしまって私に行けない。そんな時、

 

「・・・・・・? アリス、どうかしたのかい?」

 

「ひゃっ!? り、霖之助さん? ど、どうして外に?」

 

「いや、店の前でずっとグルグルと歩き回られたら、流石に気にもなるさ」

 

「う・・・・・・」

 

どうやら、気付かない内に同じところを歩き続けていたらしい。変な姿を見られ、恥ずかしくなって思わず顔を伏せると、彼は続ける。

 

「君がそこを回り続けた回数は11回、 歩数にしておよそ704歩、距離にして337メートル・・・・・・と

いったところかな。それで、どうしたんだい?何か困りごとでもあるなら、僕でよければ話し相手になるよ?」

 

「11回!?」

 

何時の間にそんなに歩いていたのか、と驚いていると、彼は可笑しそうに笑った。

 

「ハハッ、冗談だよ、冗談。僕が君を見つけたのはついさっきだから、君がどのくらい歩いたかは分からないさ。でもまぁ、困りごとなり用事なりがあるからここに居たんだろう?

取り敢えず店に入るといい。ずっとここに居ると体が冷えてしまう」

 

上着を私の肩にかけ、彼は先に店の中に入っていくのを見ながら上着を触ると、上着に残った彼の体温が暖かく、外で歩いているうちに体が冷え切っていたことに気が付く。

 

・・・・・・暖かい、わね・・・・・・

 

なんだか、さっきの会話とこの暖かさで緊張がほぐれた。

今なら、きっと自然に渡せる。

 

「霖之助さん」

 

店の扉に手をかけ、中に入ろうとしたところを呼び止め、小走りで彼の元に向かう。

 

「うん?」

 

白い息を吐きながらどうしたのか、とこちらを振り向いた彼に、上海に持ってもらっていた包みのうち一つ、彼の分として用意したものを差し出す。

 

「これ・・・・・・受け取ってもらえる?」

 

「これは・・・・・・?」

 

「お菓子、よ。ほら、今日はバレンタインでしょう? だから・・・・・・」

 

驚いたとも戸惑ったとも見える様子で、彼は少しの間動きを止めた。

 

・・・・・・だめ、かしら・・・・・・

 

不安と緊張が、また戻って来る。

今日は一度帰って、後で出直そう。

 

そう思い、「ごめんなさい、お邪魔しました」と一言謝ってこの場を離れようとしたとき、彼が口を開いた。

 

「僕に、くれるのか?」

 

「え、ええ。もし嫌なら、断ってくれていいし――――」

 

「いや・・・・・・嬉しいよ、アリス」

 

ありがとう、そう彼が続けたのを聞いた私は、思わず気が抜けてしまってぺたりと薄く残る雪の上に座り込んでしまった。

 

「だ、大丈夫かい!?」

 

「大丈夫、安心して気が抜けちゃっただけ・・・・・・」

 

あはは、と軽く笑みを浮かべる。チョコを彼に渡すだけで、いったいどれだけ緊張をしているのだろうか、と思うと、少し可笑しく感じた。

でも、それよりも彼が受け取ってくれたということの喜びと嬉しさのほうが、ずっと大きい。

 

「ほら、立てるかい?」

 

「ありがとう」

 

霖之助さんが差し出してくれた手に触れると、一瞬、大きく胸が高鳴った。少し顔が熱くなるのを感じながら、彼の手を取って立ち上がる。そこまでいってから、ようやく私は雪で服が濡れてしまったことに気が付いた。

 

「中で暖を取りながら、少し乾かしていくといい。お礼というには少しもの足りないだろうけれど、お茶くらいは出そう」

 

「・・・・・・ごちそうになるわ」

 

少し気恥ずかしくなって彼の手を離し、服についている雪を叩き落としてから、私は彼の後に続いて香霖堂の中に入っていった。

 

      ・・・・・・・・・・・

 

「アリスさーん、いらっしゃいますかー?」

 

次の日の朝、窓の外からやけに明るい声で呼ばれたのが聞こえて目が覚めた。

昨日の夜に、彼にチョコを渡した時のことを思い出してよく眠れず、少し起きるのが遅くなってしまったらしい。

 

「アリスさーん? いらっしゃいませんかー?」と呼びかけ続ける文の声がうるさく感じて来て、寝起きの気だるさを我慢しながら体を起こして窓を開けると、声の主、射命丸 文が笑顔でそこにいた。

 

「・・・・・・何よ、文」

 

「あややや? 何やら機嫌があまりよろしくないようですが・・・・・・もしかして、まだ寝ていらっしゃいましたか?」

 

「・・・・・・まあね」

 

怪訝そうな表情の文に、やや不機嫌そうな表情になっているであろう状態で返事をする。

 

「あやや、それは失礼しました。また後で来た方がよろしいですか?」

 

「別にいいわ。それで? 用件は何?」

 

「では。実はですね、アリスさんにもぜひ読んでいただきたい記事がありまして・・・・・・はい、これです」

 

その文の言葉を聞いて、急に不安が押し寄せて来る。

 

文の新聞を、文自身が「読んでほしい」と言ってくるということは、ほぼ確実に言われた本人が記事にされている、ということなのだ。不安以外がどうして浮かんで来ようか。

嫌々ながらもちらりと一面に目を向けると、

 

「・・・・・・え?」

 

昨日、香霖堂前で彼にチョコを渡した時の写真が描かれていた。

バッ、と文の方を見るも、そこは既にもぬけの殻。

やられた! という気持ちのまま、新聞に目を通していく。

 

「え・・・・・・?」

 

二度目の驚きは、その記事の内容。予想外なことに、その記事はいつもの文々。新聞のような茶化したゴシップじみたものではなかった事。そしてなにより、見出しに書かれたタイトル。

 

『バレンタインに出来たカップル特集』

 

「はぁっ!?」

 

内容は割とまともなのに、タイトルはゴシップ臭しかしなかった。いや、それより、

 

「カップル・・・・・・」

 

カップル。つまり恋人同士。

私と霖之助さんが?

恋人?

 

「・・・・・・ふふ」

 

「いやあ、喜んでいただけたようで何よりです」

 

「っ! 文!? 貴女、どこかに行ったんじゃ!!」

 

すこし嬉しくなって笑みを浮かべると、また、文が外から窓枠に腕を乗せて楽しそうに声を掛けて来た。驚いて思わずビクっと反応してしまった私を見て笑いながら、文が続ける。

 

「今回の新聞は驚きましたか?いつもの私の新聞とは少し違かったでしょう?」

 

「ええ、まぁ・・・・・・普段からこうなら、私も買おうかと思うくらいには違かったわね。

って、そうじゃないわよ! これは何!? カップルって何の事!?」

 

「あやや? アリスさんは、バレンタインについてご存じだったのでは?」

 

「友達とか、お世話になっている人にお菓子をあげる日、よね?」

 

「あー・・・・・・ええ、まぁ間違ってはいませんね。・・・・・・なるほど、それで行動に踏み切れた訳ですか・・・・・・」

 

「間違ってはいない、って、どういう事?」

 

あやや、と苦笑いをしながら人差し指で頬をかく文に訊ねると、文は腰に巻き付けたポーチに手を入れ、一枚の紙を取り出す。それを受け取って目を向けると、今手元にある物と同じように見えるそれは、どうやらバレンタインについて紹介している記事のようだった。

 

バレンタインは、本当はどんなものなのかを確認するために、記事をざっと確認していく。

 

「・・・・・・へ? 」

 

確かに、友人にお菓子をあげる、という日でもあった。そこは、確かに間違ってはいない。

しかし、外界・・・・・・早苗の生まれ育った所では、バレンタインは『女の子が好意を感じている男の子にチョコレートをあげる』というイベントなのだそうだ。そして、早苗と文が幻想郷に広めようとしていたのもこちら。それは、この記事を読んでも明らかだった。

 

「なるほど・・・・・・だから、早苗は『頑張ってください』なんて言ったのね・・・・・・」

 

「アリスさんの交友関係を鑑みるに、アリスさんにバレンタインについて話したのは魔理沙さんでしょうか。魔理沙さんなら、お菓子目当てな部分も大いにあるとは思いますが、恐らくはアリスさんの事も考えての事でしょう。」

 

「私の事を? どういう事?」

 

「だって、『友人にお菓子をあげる日』とでも言わないと、恥ずかしがって香霖さんに何かをあげる、なんてことしないでしょう? アリスさんは」

 

「なっ・・・・・・! な、なんで霖之助さんが出てくるのよ!?」

 

思わず叫んだ私に、文は今朝の新聞に載った写真を見せて黙らせる。

 

「実際、盗み見ていてなんなんですけど、ようやく距離が縮まりましたか、といった気分ですし。多分、幻想郷の住人の殆どが同じような感想を言うと思いますよ?」

 

それに、

 

「どうせ、私の新聞です。みんな、話半分くらいで面白がって読んでるでしょうし、ね。それなら心配ないでしょう?」

 

今回は真面目に書いたつもりなんですけどねぇ、と、文は続けた。

 

幻想郷中のみんなにそう思われていた、ということに、恥ずかしさとも何とも言えない気持ちにさせられると同時に、

 

「・・・・・・ありがと」

 

いままで文に対してあまり感じた事のない、感謝を感じていた。記事の内容も、あまりふざけたものではなく、いつもと同じようで、事情を知っている者が読むとまともに感じる書き方。よくやったものだ、としか思いようがない。

 

「えぇ、どういたしまして。大変だったんですよ? この書き方は」

 

「難しいのは察するし、感謝もするけど、そういう言い方されると・・・・・・」

 

恩着せがましい、というか・・・・・・まぁ、文らしいと言えば文らしいのだけれど。

 

「あやや? もうこんな時間でしたか。それでは、アリスさんにも気に入っていただけたようですし、この新聞を他の方達にも届けて来るとしますね」

 

私の部屋の壁にかかっている時計を見た文は、「では!」と言って空に飛び出して行く。

 

・・・・・・まぁ、丁度いいかしら。

 

時計を見ると、九時半を回ったところ。いきなり起こされたとは言え、もういい時間だ。さっきの新聞などのこともあって眠気も飛んだし、そろそろ起きた方がいいわね、と呟いてパジャマから私服に着替え、リビングに向かうついでに、まず家のドアにかかっている鍵を開ける。

 

その途端、

 

「ようアリス! 遊びに来たぜー!」

 

そのドアが開かれた。

 

「・・・・・・待ち構えてたの? 貴女も暇ね、魔理沙」

 

「お前だって暇だろ? だから、相手をしようと思ってな!」

 

「私は、そこまで暇な訳ではないのだけれどね・・・・・・まぁいいわ、上がりなさい。寒いでしょ? お茶とお菓子くらい出すわ」

 

「おう!」

 

魔理沙を中に入れてからドアを閉める。昨日、気を紛らわせるために作ったクッキーもあるし、昨日霖之助さんから新しい紅茶の茶葉も買ってきた。昨日の事の借りもあることだし、

 

・・・・・・今日くらいは、歓迎してあげるとしましょうか。

 

お調子者でお節介な友人が待つリビングへ、私は歩き出した。

 




魔理沙は、何を思ってアリスにバレンタインについて教えたのか。
霖之助は、アリスからのチョコに対して何を思い、受け取ったのか。
そんなお話ですかね。
霊夢は、割と人付き合いが適当な印象だし、冬なんでこんな感じなのかなぁ、と。
何だか霊夢が少しかっこよく見えるのは気のせいか・・・・・・

好きな人にプレゼントを渡すのは、きっととても緊張する事。
描写不足感はありますが、まぁ、そこそこ程度にはアリスの様子を可愛く描けたのではないかな、と思います。


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