本当は新年明けて直ぐに投稿する予定だったのですが、
間に合わなかったためにボツ予定でした。
中途半端に書きあがってはいたため思い切って完結させる事に。

ばいどるげん干支ものシリーズ第一弾、「戦士チキチキ。」
愛と友情に溢れたハートフルロボットアクション、開幕です(短編)



オープニングテーマ曲『ヨウ・チキ・ラッキョ』。
作詞/ばいどるげん



チェキ見て チキン見な ヨウ・チキ・ラッキョ。

Check it Out! Hey give me now! よろけて三歩!


雨の降る日にゃ 羽毛を濡らす。

(前見て歩けば 三歩で忘れる)

夜寝て朝鳴きゃ カスミが晴れる。

(羽もぎ冠かんもぎ ヒトサマたばかる)

WE GO! Ready GO! エンジン点火(Yeah!)

We need You! タメイゴゥ! 焼き鳥でっか?(Fire!)


チェキ見て チキン見な ヨウ・チキ・ラッキョ。

(Take it out! Viscera love me ハツ・モツ・キンカン)

チェキ見て チキン見な ヨウ・チキ・ラッキョ。

(Check it Out! Hey give me now! よろけて三歩!)


<< Yeah!!!! >>


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立ち上がりし熱き戦士

 豊かな水と青々とした自然に囲まれた惑星、キチュウ。

 幾万の生命と神秘を生むその世界はいつの日も光に包まれていた。

 

 しかし、光あるところに闇はあり。かつて数え切れぬほどの闇がキチュウを幾度と無く危機に訪れた。時に自然災害、時に宇宙人の来襲、果ては異種生物同士の醜い生存戦争が惑星全土を巻き込んだものだ。

 

 

 キチュウに住まう生物はその度に手を取り合い、そして最後は平和を掴み取ってきた。そんなキチュウの生物たちに、今一度新たな闇が迫ろうとしていた……!

 

 

 

 

 

 

「もう耐え切れねぇ! 俺は戦うぞ!!」

「よせ無頼案(ブライアン)、いくら何でも無茶だ!」

 

 キチュウ星ポンニツ生まれ、チキンなヤツは大体友達。そんなチキン一族の勇者無頼案(ブライアン)は葛藤していた。

 チキン一族の著名鶏(ちょめいじん)が集まる首脳会議(サミット)『チキン・ケバブ』――通称チキゲバ――では、重苦しい空気が鶏小屋(かいぎしつ)を支配している。誰もが顔を白くしているが、一体どうしたのであろうか。

 

「今まで一体どれほどのチキン族が犠牲になったと思っている!? 雄鶏(おとこ)だけではない、果ては雌鳥(おんな)(こども)、挙句には(あかご)まで命を奪われているのだぞ!」

「ぬしの気持ちは誰もが感じておる。しかし、駄目なのだ。もし我々が謀反を起こせば奴らとて黙っているはずが無い。そうなればいよいよ我々チキン一族は皆殺しにされる」

「しかし架韻(カイン)老子、俺たちは一生奴らの恐怖に怯えて過ごせと言うのですか……!」

 

 勇者無頼案(ブライアン)は翼を握り締め怒りを顕にする。彼の悲痛な叫びに、各首脳たちは悲痛な顔を背けるばかりだ。

 

「所詮、私たちなど『臆病者(チキン)』に過ぎないのだ……。奴らの支配からは逃れる事などできはせまい」

「そんな、そんな事は……!」

 

 無頼案(ブライアン)は目に涙を浮かべ、しかし恫喝したい衝動を抑えていた。今は草木も眠る丑三つ時、今ここで大声を上げれば異常を察した支配者たちが彼らの会議に気付いてしまう事であろう。

 結局この日、彼らの話し合いは無意義に終わってしまった。明日の犠牲は我が身かも知れない。そんな恐怖を抱きながら、真夏の夜を震えて眠る彼らであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コケコッコォォォォォォォオオオオオオオ!!!!!!』

 

 

 

 

 朝である。

 

 チキン一族の朝は早い。誰もが今日も無事に生きながらえた事を軍鶏神(しゃもしん)に感謝する。

 雄叫びを上げるのは若い雄鶏(おとこ)の仕事だ。生命力溢れる若い雄鶏(おとこ)の声は老若男女を勇気付ける喊声(かんせい)でもある。こうして彼らは朝日を拝み、今日も一日元気な卵を産み落とす。

 

架韻(カイン)老子、早朝から申し訳ありません」

「んん? おぬし誰じゃっけ」

「老子、またご冗談を。夕べの事についてお話を伺いたいのですが……」

 

 無頼案(ブライアン)は早朝から架韻(カイン)老子の元へと相談をしにきていた。どうやら彼は夕べの首脳会議(サミット)で思うところがあるようだ。その顔つきは新しい朝を迎えたにも関わらず、未だ険しい。

 

「その真剣な眼差し……羅撫嫌无(ラブイヤン)よ、一体どうしたと言うのだ?」

無頼案(ブライアン)です老子。実はですね…………夕べ遅く、私はどこかに出かけていたようなのですが、その記憶が無いのです」

「な、なんじゃと――」

 

 衝撃の事実に架韻(カイン)老子は開いたクチバシが閉じられない。一体どういう事なのだろうか。無頼案(ブライアン)に何が起きたのか……!?

 

「おぬし、昨夜どこかへ出かけていたのか? わしにはさっぱり記憶に無いのじゃが」

「そ、そうなのですか?」

「うむ。それにおぬしがわしに黙ってどこかに出かけるとも思えぬ。夢か何かと間違えたのだろう」

 

 何とこの老子、昨夜あれほど重大な会議を行なっていたにも関わらず何も覚えていないらしい! まさか、これは何か大きな組織の陰謀なのだろうか。

 

「言われてみるとそうですね。老子がそう仰るのであればそうなのでしょう」

 

 何事も無かったかのようにくっくどぅるーと言い放つ無頼案(ブライアン)。それで良いのかと問いたくなるが、彼がそれで良いのであれば何も言う事は無い。

 

 

 

 そう、恐るべき事に彼らチキン一族の民は非常に記憶力が弱いのである。よほどの事でなければ寝て起きるまでの間に忘れ去ってしまう。ましてや無関心の事となれば三つ歩く頃にメモリーがブレイクする事すらザラであった。

 そんな彼らが深く物事を考えられるはずも無く、故に強大な戦闘力を持ちうるにも関わらず非鶏道(ひじんどう)的な扱いを受け続けている。あらゆる生物が彼らを馬鹿にしており、彼らのヒエラルキーはクカレクーと言いたくなるほど低かった。

 

 チキン一族はまるで家畜のような扱いを受けていた。文化と言語の違いにより敵対種族と意思疎通が取れない事も大きな要因だったのだ。

 きっと彼らは生涯に渡り「奴ら」に怯えて暮らすのであろう。嗚呼、悲しやチキン一族。嗚呼、無常なりチキン一族。

 

 

 

「このままではいけない。決して、こんな事が許されてはいけないのだ」

 

 

 

 彼らのノンビリとした日常を陰から覗く存在が。その目付きはまるで鶏、地中より這い出たミミズを突っつく眼差しにクリソツだ。

 一羽(ひとり)雄鶏(おとこ)が呟く言には軍鶏(しゃも)の如き――否、コーチン鶏がらの如きオーラが滲み出ている。出汁だけに。

 この雄鶏(おとこ)、只のプリマスロックではない。闘鶏を凌駕する何かを秘めている。

 

「チキン一族の勇者ですらあの有様。やはり彼らの食料に一服盛られているに違いない」

 

 片瞼に傷を持つ(もの)、彼の名は孤高の戦士チキチキ・BOMB(ボン)! その名はチキン一族でも知る者ぞ知る影の勇者。世界中を千鳥足にかけてあらゆる猛獣を制してきた漢鶏(おとこ)の中の漢鶏(おとこ)

 

 決して(ひと)前に姿を表さない彼が何故このような場所に居るのか。それは数日前に遡る。

 

 

 

――

――――

―――――――

 

 

 

「チキチキは居るか」

 

 チキチキが根城にしている高層マンションの屋上に一人の来訪者が姿を見せる。その漆黒の羽毛は生ある者を嘲笑う堕天使のよう。太く黒光りするクチバシは彼の獰猛な性格を体現している。

 

「フッ、紅雀(コウジャン)か。久しいな」

 

 屋上に設けられた転落防止用の柵の向こう側にて、チキチキは一羽(ひとり)高層に吹く風を感じていた。風切羽(かぜきりばね)を揺らす不規則な突風は夏らしからぬ冷寒。高度の高いマンションの屋上は地上の気温に比べ遥かに低温なのだ。

 いや、それだけではない。チキチキの寝そべるそこは空を統べる者たちも距離を置く領域。恒温動物である彼らですら寒さによって凍える高さでは、翼の血流が衰え地上に叩きつけられる事すらありえる。辛うじて行き着けようとも帰る事はおろか再び飛ぶ事すらままならぬのだ。

 

 俯瞰した先では陸上を闊歩する猛者すら矮躯なる虫けらと化している。そのような極地で、飛行が不得手なチキン一族の彼は、何食わぬ顔で紅雀(コウジャン)へと笑いかけた。

 

「やはり戻っていたか。大荒野(サバンナ)の砂塵は堪えたろう」

「全くとんでもない所に向かわされたものだ。百獣の王なんぞより死肉を漁る鬣犬に遭遇したときの方が肝が冷えたぜ」

「カカカ、貴様の鉄肝はいつも冷めておろう。故に情けなど持たず、確実に標的を殺めて任務を完遂させる」

 

 コココ、カカカ。二つの異なる笑いが交じり合う。

 天使のような純白なる羽に身を包んだ雄鶏(おとこ)と堕天使のように黒き翼を羽ばたかす雄鴉(おとこ)。対極なる化身の性質はその実同じ祖を持つ兄弟の如く似通っている。

 

「それで今日は一体何の様だ。悪いが任務ならばお断りだ。三年ぶりに故郷に帰ったんだ、しばし郷愁に浸った心を払拭したいんでね」

「そうさせたいのは山々だが、残念ながらその故郷が失われる事態になるかもしれんぞ」

「なんだと」

 

 寝かせていた身体を勢い良く起こすと同時に一際強い風がチキチキを煽る。チキチキにとって暴風なぞそよ風と同義だったが、紅雀(コウジャン)の放った一言は少なくとも風以上に彼を揺さぶった。

 

 

 

―――――――

――――

――

 

 

 

紅雀(コウジャン)の言う事がいよいよ真実味を帯びてきやがったな」

 

 チキチキにヘソは無いが、彼は今臍を噛む思いであった。誇り高きチキン一族は堕落し、憎き仇敵に言い様にされている。それだけで無く自分が生まれ育った土地から一族が滅亡するかも知れないのだ。

 故郷の為に戦い、一族の名声を広めるために帆走した彼にとって、今事件は彼の存在意義を賭けた闘いであったのだ。

 

 

 紅雀(コウジャン)がチキチキに伝えた事、それは憎き旧世界の支配者『ニゲンン』(ニゲヌンとも)の再興であった。

 

 

 ニゲンンはかつてキチュウ全土を支配し数多の生物たちを絶滅に追い遣ってきた。勇ましき双角を持つウシサン一族、強靭な脚力を誇るウマサン一族、そしてナオン騎士なる高潔者を屈服させるほどの実力を誇り『ウ=ス異本』なる禁書物に『オーク』なるあざなを刻むブタチャン一族は、何とニゲンンに支配され奴隷にされてしまったのだ。

 そして嘆くべき事に勇猛なるチキン一族も彼らの魔の手に掛かり、一時はかの一族らと同様奴隷として、家畜として扱われていた。

 

 しかし来るべき瞬間(とき)、生きとし生ける者たちが手を取り合いニゲンン相手に死闘を繰り広げた。何十億対何十億と言う戦いは数十年に渡り続き、そしてとうとう憎きニゲンン族を滅ぼす事に成功したのだ。

 俗にキチュウ全土で『ワールドウォーZ∞(ズー)』と呼ばれる歴史的大事件である。

 

 

 

 そう、滅ぼしたと思われていたのだ。

 

 紅雀(コウジャン)によると彼らはわずかに生き延び、再びキチュウの頂点に返り咲く機会を伺っているらしい。

 かつての死闘はチキチキが生まれる以前の話である。しかしチキチキは世界中を旅しているとき、一度だけ奇妙な生物と相対した覚えがあった。

 

 その時の戦いをチキチキは今でも鮮明に覚えている。あらゆる生物にも当てはまらぬ奇妙な造形。纏う雰囲気が獣とはまるで性質が異なっていた。今まで見えた全ての生物よりも知能が高く、何と身体の一部を用いずに戦闘を行なうという邪道且つ革新的な戦術。

 それを思い出すたびに彼は震えるのだ。二度とあのような生物と闘うまいと誓った彼であったが……どうやら、紅雀(コウジャン)が言うにはその生物こそニゲンンだったと言うのだ。

 

「まさかあの化物がこの世界に生き残っていやがったとは。だが確かに、ここまで用意周到で陰湿な手口はあの化物ならばやりかねん」

 

 一度(こぶし)を交えた彼だからこそ、ニゲンンという存在の恐ろしさをこれ以上無いほど理解できていた。これ程までの計略を実行に移せる生物など、ニゲンンを置いて他にいるはずがなかった。

 

 だが、ここでチキチキに一つの疑問が生まれる。

 ニゲンンが存命している事は明らかだ。しかし奴らは強力な爪牙(ぶき)を持たない。一対一ではチキン一族にすら劣るかもしれ無いだろう。知能が高い奴らは勝てぬ戦いは決してしないと言われていた。

 奴らの本当の恐ろしさは高水準な知能を有し、高い連携力を生かした多対一による戦法である。生殖的な繁殖力に乏しく一度は滅ぼされかけたニゲンンが、この世界でそれほどまでに数を増やしているとは言い難い。

 

 

「……協力者がいるのか? あの危険極まりない奴らに?」

 

 

 「まさか」と一人否定しかけたチキチキであったが、そのまさかでは無いかを思わせるエピソードが存在した。

 

 戦争を知らないチキチキも一族の言い伝えで『ワールドウォーZ∞(ズー)』のあらましは聞いていた。動植物を含めたあらゆる生物がニゲンンと敵対したのだが、()()の動物がそうであったとは限らなかった。

 ニゲンン一族と懇意にし、自ら彼らの下へと下る事により長らく絶対なる安全領域を確保する事に成功した種族がいた。『ワールドウォーZ∞(ズー)』でも彼らはニゲンンと共に戦い、あらゆる生物たちをその歯牙で苦しめた。

 

 戦争後にその種族たちは表舞台より姿を眩ませたが……彼らはニゲンンと異なり滅亡を免れた種族。今一度ニゲンンと手を組み一族の復興を画策していると考えれば、この度の事件も不可能では無いのでは。

 

「ならば行くしかあるまい。奴らの聖地、隠れ里『オウウ』に――――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポンニツ列島の東北圏を縦断する巨大山脈、『オウウ』。この季節は北東より『ンホォイク怪奇団』と呼ばれる冷風が麓へと吹き降ろされる。山脈をなぞるように吹き荒ぶ風は、その一帯に暮らす生物たちにとって険しい存在だ。

 

 そこに住まう生物たちは過酷な環境により一般の生物たちよりも強靭な肉体を誇っている。地上界でも三強に数えられるクマプー一族も自らこの場に身を投じ、日夜世界最強を夢見て生存戦争を繰り広げている程だ。

 そんな極限の状況下に、かつてニゲンンに味方した一族は追い遣られていた。

 

「フッ、いつきてもここは変わらねぇ。どいつもコイツも The・KEMONO って目をしてやがる。血と汗と涙が一つになったかのような匂い……『スペースアジア』の野郎を思い出す」

 

 領域(ナワバリ)に足を踏み入れた瞬間、数多もの眼光がチキチキを見据えた! チキチキは動物(ひと)前には普段姿を見せぬため彼の姿を知る者は少ない。どうやら今回はそれが災いしたようだ。

 やれやれ。チキチキは微笑を浮かべて空を仰ぐ。雑魚にいくら構おうが彼らの数は(インフィニット)、こんな場所で体力を消耗している余裕など無い。

 

《グオオオオオオオ!!!》

 

 悪魔すら萎縮させるけたたましい雄叫びは、ドップラー効果を生み出すほどにの快速ぶりを見せる。それも一つ二つでは無い、四面楚歌を形にした飢えし獣の交響曲(シンフォニー)がチキチキを包み込む!

 

「……ッ! いない、ヤツはどこへ――」

 

 そう、()()()()()()()を生み出すほどの高速は自ら声を引き離していた。しかし周りを見れば同じく白い獲物を喰らわんとしていた同類のみ。突如姿を眩ませた獲物に、獣たちは困惑の色を隠せない。

 

「愚か者共が、皆殺しだ! ……と言いたいところだったが、命拾いしたな」

 

 なんと、チキチキは空を舞っていた!

 本来チキン一族は飛翔能力が高くない。彼らに出来るのはせいぜい数メートルを短時間のみ浮遊する程度である。彼らの翼は体温の低下を抑えるための外套代わりに過ぎないのだ。

 だがチキチキの鍛え上げたボディは翼に変化をもたらす。並々ならぬ努力と鍛錬を続けた結果、苛め抜かれた彼の翼は大空を割拠する権利を得たのだ!

 

 チキチキは獣たちを捨て置き目的の場所へと向かった。

 オウウの遥か奥深く。クマプー一族の大穴を越えた先にある彼らの聖地、『犬神玄奘(げんじょう)楼閣』へ――。

 

 

 

 

 

「ここが奴らの本拠地、『犬神玄奘楼閣』……」

 

 ()()()すら物ともしないチキチキは目的地へと辿り着く。しかしそこはただただ岩が積み重なっただけの見窄らしい小山のみ。乱雑に積み重なった小岩は巨大な城砦が崩落したようにも見える。

 野を駆け山を奔る彼らが、本当にこのような場所に存在するのであろうか。

 

「確かに出入り口らしき穴はあるが……あの中に入るしかないのか」

 

 思わず想定外の出来事に舌打ちを放つチキチキ。彼が眉をしかめるのも無理はない。彼らチキン一族は暗い空間が苦手だ。婦女子に至っては恐怖の余り()()()()を起こすものすらいる。

 チキチキは血反吐を吐くほどの鍛錬により他者に比べれば夜目が利く。それでも暗闇からの奇襲がいかに恐ろしいものかをチキチキはその身で嫌というほど味わってきた。

 

「あら、これはこれは珍しいワねぇ。まさか裏世界でも有名な生粋の戦士がお出ましとワ」

 

 チキチキが入るか否かを迷っていると、小山の頂に黒い影が姿を現した。太陽が後光を模し、姿を見せぬ黒き天女は右足(みぎて)に握った扇を口元に沿えチキチキを睥睨している。

 刃のような目つきをさらに尖らせながら、チキチキは天女の方へと仰いだ。

 

「貴様は、旧支配者に肩入れする種族の一人だな」

「ワフフん、そちはチキン一族の影の戦士チキチキね。その様子だと我々の計画に感づいたと見えるワん」

 

 天女がうっすらと微笑むと彼女の背後より複数の影が伸びる。それと同時にむせ返る程の殺気がチキチキへと押し寄せる。

 どうやら、敵は戦闘体勢に入っているらしい。

 

「我らは旧支配者ニゲンンの従族が(いち)、『ワンワン族』。そしてわらわこそ一族を仕切る長『みぃみぃ』じゃ!」

「ワンワン族の長、『みぃみぃ』……!」

 

 太陽が雲に隠されたその時、みぃみぃの全貌がチキチキの目にも明らかになる。『服』と呼ばれる紫色の布を胴に巻き、頭頂部から生えた右耳に白花の飾りを添えている。チキンを小ばかにするように見下ろす瞳は、チキチキたちとは異なり獲物を中心に見据える面構えだ。

 そして特徴的なのが服を纏わぬ部位から除かせる暑い毛皮。みぃみぃは一族を統べる長だけあり、手下の毛並みと比較するとキラキラと透き通るように美しい。

 

「愚かなりチキン一族。大人しく我らのエサに甘んじておけば、せめて苦しまずに一生を終えることが出来たと言うのにワん」

「やはりチキン一族が苦しんでいるのは貴様らの仕業だったか。ニゲンンの犬どもめが」

「っ! ゆ、許さぬ、我ら気高きワンワン一族にそのような侮辱を……!」

 

 チキチキの漏れ出る怒りが罵倒となって表れる。しかし意外にもその挑発は彼の予想以上にワンワン一族の怒りを買ったようだ。

 憤然なる態度のみぃみぃであったが()にした扇に力を込めると一転、その眼差しは羽をもがれた鳥を狩るときのように凍てつく眼差しへと移り変わる。

 

「決めたワん! 貴様は生きてここから帰さぬ。骨の髄までしゃぶりつくし、我らのカルシウムとしておいしく頂戴してやるのじゃ。もの共、や~っておしまい!」

『アラホラサッサ~!』

 

 ワンワン一族の豪胆なる戦士たちは一斉に城を駆け下りる。滑落する姿はまるで雷光。もしその場に対するものが蒼空を統べし猛禽の狩人だったとしても、地上を奔る雷電の前にはヤキトリパーティーと化していただろう。

 加えて粗暴さを隠そうともせぬ太木を砕く顎門(あぎと)が、白く軽量な鎧を突き破り喉笛を食いちぎらんと襲い掛かる。碌にお風呂も入らない故に垢で汚れた雑菌だらけの毒爪が、健康的な筋肉を引き裂かんと飛び咆える。

 標的とされたが最後、立つ者は悉くが怯え竦むに違いない。彼ら肉食の一族は生物の頂点に立つ器。草を食む生物にとって遺伝子に刻まれた畏怖と禁忌の象徴なのだ。

 

 

 絶体絶命のその瞬間、果たしてチキチキは構えない。

 一体どうしてしまったと言うのか? チキチキもまた本能的な恐怖に抗えず、その場から身を震わす事しかできないと言うのか?

 

 

 

 ガキィィィイ――――。

 鼓膜を震わす金属音は鉱物と鉱物が打ち合った時に生じるものか。聞きなれぬ音響はワンワン一族のヤリのような鋭き(まなこ)を丸々とさせる。

 

 

「やはりその程度か。避けるまでも無い」

 

 

 白き鎧に突き刺さった歯牙は一寸の迷い無くチキチキの筋肉を突き立てていた。しかしそこから滴るはずの鮮血は見当たらず、ぽろぽろ囁く落砂音が彼らの口元より聞こえるのみだ。

 

「GYAOOOOOO!」

 

 小さな崩壊の音に気付いた狂犬が吼える。よもや自慢の犬歯にヒビが入ろうとは夢にも思うまい。歯髄への刺激に涙を流してもだえるワンころどもは何が起きたかすら不明瞭だ。

 

 チキチキは生物界最強を目指し世界中を旅して回った。数多もの闘いを潜り抜けたチキチキの肉体は本来チキン一族に訪れる事のない変貌を遂げる。

 それは「筋肉の肥大化」。チキチキの身体を覆う巨大な筋肉は自らの動きを阻め、純粋に力だけを求めていた彼は己の未熟さに後悔せずにはいられなかった。

 

 それでも筋肉を捨てる事はパワーを失う事になる。筋力が肉食獣より劣るチキン一族の彼にとって、それは今後の闘いにおいて命取りとなる事は目に見えていた。

 彼は渇望する。パワーを失わず、しかしスマートで引き締まったチキン美学に基づく肉体を。誰もが垂涎する宝石の如き筋肉を……!

 

 そんな欲張りな彼がトサカが禿げ上がるほど苦労した末に手に入れたマッスル・オブ・ザ・マッスル。パワーを生み出すためだけに作られた筋肉は超圧縮され、ダイヤモンドのごとき強靭なる硬度を得たのだ!

 その名はずばり、『ダイヤ・マッスル』。しかしダイヤと異なりチキチキの筋肉は鳥肌が立つほどしなやかだ。

 

「ば、馬鹿な。我らワンワン一族の必殺技、『牙倒竜閃一殺斬(がとうりゅうせんいっさつざん)』が効かないだと……!」

「狼狽えるでないワん! 『獰頭猛犬陣(どうとうもうけんじん)』でミンチにしてやるのじゃ」

 

 うおォン! みぃみぃの指示に戦士たちは恫喝するかのように吼える。な、なんと、ワンワンたちが……! ワンワンたちが、どんどん、合体していく!

 

『くらえ、絶対必滅《獰頭猛犬陣(どうとうもうけんじん)》!!』

 

 ワンワン族の戦士たちが一所に集結し、まるで巨大なワンワン族のような姿に変貌する。おそらく何かしらのトリックがあるのだろう。それでも通常の生物ならばその異形と迫力に一目散に逃げ出すに違いない。

 

「フッ、わざわざ一まとめになってくれるとはな。闘う手間が省ける」

 

 だがここでもチキチキは動かない。否、正確には構えをだけを取った。あえて敵の正面へと立ったチキチキは真っ向勝負を挑む気である!

 

 獰頭猛犬陣(どうとうもうけんじん)を展開するワンワン族は合体した姿による巨大な噛み付き攻撃を繰り出す。只でさえ見れば身を強張らす牙であるが、チキチキに覆い被らんとするそれはまるで積乱雲である。ゴウゴウと轟く大影の内側では大牙が稲妻よろしく()り光る。

 

「然らば、俺の一撃をその身に刻め! 天地掌握・海空壊乱、空前絶後の豪壮巨魁! 雷雲を引き裂き海を割る真なる(けん)――!」

 

 チキチキの構えにワンワン族は並々ならぬ威圧を感じていた。だが今の身体は一人の物では無い。既に攻撃態勢に移行し引く事を許されない彼らも絶対の一撃に全てを込める。

 チキチキもその覚悟に敬意を込め、己の最高なる絶対を巨獣へと撃ち放つ!

 

「《鶏墜癇拿撃(グッドナイト・チキラッキョ)》!」

 

 あらゆる生命の強さを知りその全てを我が物としたチキチキの、敵を撃ち滅ぼすためだけに生まれた最強の(こぶし)。握る(こぶし)に秘められし力は空を割る爆裂音を伴い獰頭猛犬陣(どうとうもうけんじん)へと突き刺さる。

 

 ぶつかり合う技と技。

 しかし絶対と最強の行く末は一瞬に過ぎなかった。もの覚えの悪いチキチキの辞書に『絶対』など存在しない、彼のメモリーに刻まれているのはチキン一族の『勝利』と『栄光』のみである。

 

 

『GYAOOOOOO!』

 

 

 チキチキの技により吹き飛ばされるワンワン一族。あまりの衝撃にご自慢の技は崩壊し個々となった戦士たちが空中へと投げ出される。

 最後の一頭がドサリと音を立てるそこには、毛皮まみれの小さな犬神玄奘楼閣が出来上がっていた。

 

「命拾いしたな。貴様らと違い俺は無駄な殺生はしない。大人しく負けを認めろ」

「きぃいい~、悔しいワん! 我が勇猛なる戦士たちがこうもあっさりと……!」

 

 感情を隠せない天女は子悪党のように脚をバタつかせる。登場したときの様な威厳は既に見当たらず、悔しがる様子は母親に駄々をこねる子犬のように可愛らしい。

 癇癪の収まったみぃみぃはぜぇぜぇと息をしつつ呼吸を整える。そして堂々と見上げてくるチキチキの姿を睨み付けたかと思うと悪戯ぽくニィと笑った。

 

「……まさか、ここまでやるとは思わなかったワん。クマプー一族を退けて見せるほどのオウウの戦士が、このようなチキン一羽にこうもしてやられるとは」

 

 だが、戯れは終わりじゃ!

 みぃみぃが叫ぶと同時に地面が音を立てて揺れる。地上に立っていたチキチキも流石に驚き、急いで空中へと避難する。

 

「これはいつの日か、我らワンワン一族が失われた権威を取り戻すまで秘密にしておくつもりであったが……。ここまでされては黙ってはいられないワん。このような所で恥を晒すくらいならば、全てを持って貴様を潰してやるのじゃ!」

「な、何だ、犬神玄奘楼閣が……!」

 

 破城のガレキがゴロゴロと、一つ、また一つと崩れていく。その中から除かせる、明らかに城とは材質の異なった、規則性を持つ黒鉄(くろがね)の塊。地響きと共鳴する城の小岩がより激しく崩れ去り、少しずつその正体が明らかになる。

 

 

「あれは……前、脚……?」

 

 

 それは、巨大な鍵爪であった。黒光りする三刃の根元には銀色が美しい丸まった塊が地面より生えている。

 止まぬ地響きは次第に銀塊の周辺に地割れを起こす。それに呼応し黒き三刃と銀塊は太陽を目指す植物のように天へと突き進んで行く。

 盛り上がる土が砂埃を巻き上げ、かつて類を見ぬほど巨大な生物が大地に降臨する。全身を銀と白色の甲殻が覆い、頭部と思わしき箇所は一対の立ち耳が凛と張っている。まるで感情を感じさせぬ冷ややかな目は、昆虫の複眼を思わせる無機質さだ。

 

 チキチキは大海原でクジィーラと呼ばれる巨大生物と出会った事がある。しかし目の前に君臨するそれは威圧感だけならば彼らを凌駕するであろう。

 クマプー一族を思わせる巨大な前足と黒爪は命を刈り取る形をしている。巨大な全身を支える二脚の後ろ足にも太く鋭利な爪が伸びていた。

 

 己の実力に絶大な信頼を寄せるチキチキも目の前に表れた光沢のワンワン族には警戒せざるを得なかった。

 これはただのワンころたちの玩具では無い。得体の知れぬ邪悪な気配。皮肉にもチキチキは似た感覚を一度だけ感じた事があった。

 

「まさか――これが紅雀(コウジャン)の言っていた『負の遺産』だと言うのか!」

 

 紅雀(コウジャン)は今事件にニゲンンが関わっていると知ったときから調べ続けていた事がある。それは未だニゲンンがキチュウの支配者に座する時分、力も爪牙(ぶき)も持たぬ彼らは如何様にしてその地位を築き上げたかだ。

 

 かつてニゲンンがキチュウ生物界の頂点足りえていたのは、彼らの有する並外れた思考回路にあった。

 ある種サイエンス・フィクションがかった発想力は利便・有害問わずありとあらゆる道具として形となった。その中には他種の生物だけでなく自らの種族を滅ぼし兼ねない物すら存在したと言われている。

 その狂気の産物こそ『ウェポーン』『ロ・ボット』などと呼称される鉱物の結集。全身凶器と呼ばれる生物すらをいとも容易く殺めてみせるそれらは、ニゲンンが没落した後に『負の遺産』として後世に語り継がれていた。

 

 『ワールドウォーZ∞(ズー)』を知らないチキチキにはいくらなんでも誇張された創作話としか思えなかった。しかしこうして視界に捉え相対している以上、それらの黒き伝説が真である事の証明に他ならない。

 

「我らの先祖はその昔、ニゲンンが栄えた事により古くからの権威を失ったワん。誇り高きワンワン一族の信頼は地に落ち、ニゲンンに取り入るまでは泥水を啜って生きながらえるほどであったと言う……」

 

 みぃみぃはいとも容易く負の遺産の頭部へと駆け上る。頂辺(てっぺん)に上った彼女は真剣な眼差しでチキチキを見下ろした。馬鹿と煙は何とやら、とは語学研究科であるMr.アホウドリ氏の言である。

 

「ニゲンンに取り入ったその後も辛うじて残った誇りは失せ、ワンワン一族はイデオロギーを失ったワん。ただひたすらニゲンン媚びへつらい従順な『犬』として生きながらえているに過ぎなかった。……しかしそれはもうじき終わるっ! この『負の遺産』を以って我らワンワン族の尊厳を取り戻して見せるのじゃ!」

 

 みぃみぃの足元に円形の切れ目が入り、物々しい音と共に全身がゆっくりと沈んでいく。みぃみぃを取り込んだ狂気の遺物が双眸を黄色く光らせる。木々をなぎ倒しながらやおら立ち上がるその姿は一種の高層な遺跡にすら見える。

 

「戦士チキチキ! 貴様は我らワンワン一族復興の礎となるが良いワん!」

 

 「起動せよ、犬神玄奘楼閣《D.O.G.》!」みぃみぃの号令に従い負の遺産『D.O.G.』が動き出す。獰猛と言う言葉すら生易しい殺戮の前足がチキチキを目掛けて振り下ろされた。

 圧倒的な質量を辛うじて躱すチキチキ。しかしその爪痕はメキメキと音を立てて大地を抉る。地上に連なる樹齢100年以上の巨木たちが物の数秒で命を散していく。

 

「《鶏墜癇拿撃(グッドナイト・チキラッキョ)》!」

 

 空からの強襲、遥か遠くの宇宙から降り注ぐ白き流星。チキチキの加速を伴った《鶏墜癇拿撃(グッドナイト・チキラッキョ)》がD.O.G.のボディを打ち据える! 鶏体(じんたい)と金属が衝突したとは思えぬ爆音は、しかしてD.O.G.の身体にカスリ傷を付与するのがやっとだ。

 

「ワフフん、その程度の攻撃ではD.O.G.は倒れぬ。圧倒的な破壊力の前にそぼろになるが良いワん」

「何という破壊力と防御力だ……。これでは流石の俺も分が悪いぞ」

 

 そして今一度、チキチキを叩き潰さんと鋼鉄の肉球が振り下ろされる。現在チキチキが陣取る場所からではD.O.G.の攻撃を避けることは非常に困難である。憐れチキチキ、彼はこのままオウウの新名物チキンそぼろとなってしまうのか!

 

 鋼球がチキチキを叩き落とさんとする、刹那!

 放物線を描く乳白色の弾丸が白雲を突き抜けD.O.G.へと降り注ぐ。キチュウ星動物の動体視力ですら見切れぬ速度を有した二機の飛来物は、鋼鉄の前脚を弾き飛ばし巨躯の態勢をよろめかした。

 

「連れないなチキチキ。まさかこれほどの大物、一人で楽しもうってのかい」

「な、何奴!」

 

 虚空を見つめるみぃみぃ…………否、D.O.G.のセンサーアイは蒼穹を貫きし天使の衣を捉えていた!

 積雲の真上を陣取る天使は、ハヤブサのごとき急降下で巨大な獲物を逃がさぬと言わんばかりに飛び込んでくる。距離を詰められたD.O.G.が前脚を掲げ黒爪を射出すると、今度はツバメ以上に優雅な旋回で避けてみせた。

 

 徐々に速度を落とし、白銀(しろがね)の翼が地上に降り立つ。

 来訪者の姿に二人は目を見張った。色は違えど、それはチキン一族の翼と瓜二つ。金色の脚は見るものを萎縮させ、天指すぼんじりと地を突く(くち)が左胸に刻印された「唯鶏独尊」を全身を持って体現する!

 

「その声、まさか――紅雀(コウジャン)か!」

「元気そうで何よりだ。どうやら、お楽しみを邪魔したようだったかな」

「フッ、丁度人手が欲しかった所だ。相変わらずお前はニクいやつだぜ」

 

「……コウジャン? まさか、『血塗れの影(ブラッディ・シャドウ)』の紅雀(コウジャン)か!」

「ほう、この俺の()()()を知るか」

 

 D.O.G.が警戒するように後ずさる。どうやらみぃみぃもチキチキと同じく紅雀(コウジャン)を知っているらしい。

 

 紅雀(コウジャン)はチキチキと異なり世界に名を轟かすほどの戦士である。だがその()()()は世間で言われる英雄などとは正反対の意味を持っていた。

 

 孤高の戦士チキチキは専ら強者との戦闘を好んだ。それ故闘いの世界に身を置かない大衆は彼の存在を知らない。だが紅雀(コウジャン)は彼とは逆の道を辿っていた。異なる種族の者たちと徒党を組み様々な生物同士の抗争へ自ら飛び込み、無辜な民を守るために惜しみなくその力を振るうのだ。

 しかしそれが必ずしも戦士相手とは限らなかった。平安維持のためには尊い犠牲を出す事を厭わない。己の信ずる正義の為ならば躊躇い無く力なき者たちを切り伏せてきた。

 

 徒党を組む事と非情とも取れる姿勢が災いし、彼と彼の仲間は闘いを知らぬ民たちにすらその名を知られる事となった。彼の過去は血塗られた歴史で溢れ、弱者(スズメ)の血に身を染めると言う風聞から、世界各地で『紅雀(コウジャン)』の名で畏れられている。

 現在は徒党を解散し一人平和のために暗躍する彼であるが、未だにその名の影響力は大きい。

 

「血塗られた雄鴉(おとこ)紅雀(コウジャン)。一線から身を引いたと聞いていたが、今更どういうつもりだワん」

「俺は親友(とも)を助けに来たに過ぎん。その片手間に世界平和の貢献をするだけさ」

 

 D.O.G.が射出した爪が内側より充填され、続けざまに銀翼の巨大チキンへ切りかかった。紅雀(コウジャン)は巧みな操作によりテールフェザーで受け止め、勢い良くでん部を振って弾き返す。

 弾き飛ばされたD.O.G.の爪は黒きに入り混じる白線が刻まれていた。良く見れば尾羽の端が刃になっている。鍔迫り合った際にD.O.G.の爪に傷が入ったのであろう。

 

 D.O.G.が距離を離した隙に巨大チキンが態勢を低くし肛門を差し向ける。本来排泄口の存在するはずのそこはらせん状の開閉口が設置されている。渦状の扉が開かれた直後、凄まじい勢いで幾つ物の弾丸がD.O.G.へと放たれる。

 チキチキはその弾丸に見覚えがあった。なだらかな曲線を描く乳白色は、生けるチキンが誰しもお世話になった揺りかご。後方を点火するミサイルは間違いなく、先ほど自身の窮地を救った母の愛を模った物だ。

 

 卵ミサイルはD.O.G.へぶつかると爆発する。D.O.G.本体へのダメージは軽微であるが、操縦者のみぃみぃには無視できぬ程度の衝撃が及ぶ。揺さぶられるコックピットで歯噛みするも、みぃみぃは攻撃が収まるのを耐えるしかない。

 

「チキチキ! 奴が怯んでいる隙に(くち)から中へ入れ!」

 

 紅雀(コウジャン)の指示に従い射出口の真反対へと向かうチキチキ。地面に接するか否かの距離で巨大チキンが彼の搭乗を待ち望んでいた。チキチキは物言わぬ巨大な同士に吸収され、紅雀(コウジャン)の待つコックピットへと赴く。

 

「俺が出来るのはここまでだ。後はお前が全てを終わらせろ」

「馬鹿な、俺は操作方法を知らんぞ!」

「いいや、お前ならできる。……違うな、お前だからできるのだ。かつて我々を陥れた『負の遺産』ではあるが、今のこいつはお前と共に一族に平和をもたらす同士。その熱い思いに応えられるのは他でもない、チキン一族の戦士チキチキだけなのだ!」

 

 普段冷ややかな紅雀(コウジャン)の目に熱き魂の炎を見た。ならば、唯一無二の親友(とも)期待に応える事こそ、彼の親友(とも)である己の役目!

 

 覚悟はいいか。答えは“愚問”!

 一族の為、我が信念の為、そして親友(とも)の魂に応える為。孤高の戦士は闘志を燃やす、共鳴する同士が命を滾らす。

 貴様の魂散すまで、我が生命の灯火は燻る事を許さず!

 

 紅雀(コウジャン)に変り操縦席に腰を下ろすチキチキは、満を持して操作レバーを握る。意識が研ぎ澄まされていく。巨大チキンの操縦方法が大自然の摂理のように脳へと刻み込まれていく。

 「俺は動かし方を知っている」。初めて触れるはずの感覚はまるで己の身体の様に神経に馴染んでいる。紅雀(コウジャン)が確信を持って言い放った言葉の意味が、チキチキには鮮明に理解できていた。

 

 チキチキの熱き鼓動に刺激された巨大チキンの瞳は、今、キチュウに蔓延る闇を照らす。

 頭頂部の赤き鶏冠(とさか)が真っ赤に燃える! 魂の雄叫びが轟き叫ぶ! 空に揺らめく単冠(たんかん)と垂れ下がる紅色の肉髯(にくぜん)はチキンの王者に相応しきかな。

 

 

「高らかに叫べ、その名は『C.H.I.King(チキング)』ッ!!」

 

 

 紅雀(コウジャン)に追随しチキチキが定められしその名を叫ぶ。怒号にも似た雄叫びに呼応するように、チキングのコックピット内は色を帯びていく。白一色であった内部を血流めかしい暖かみが満たす。僅かな振動と共にうな垂れていたチキングが顔を上げた。

 チキチキの操縦にコンマ秒のラグも無く、彼の意図した通りの構えを取る。右翼(みぎうで)を前方に左翼(ひだりうで)を腰だめに構える様は、戦士チキチキが武人として立ち回る姿そのものだ。

 

「待たせたなみぃみぃ。第二ラウンドの始まりだ!」

「おのれ、付け焼刃の操縦でっ!」

 

 仕切りなおしの合図と共にみぃみぃとD.O.G.が先手を取る。一歩踏み出し両足(うで)を前に突き出す。()()()部より先が射出され、銀の羽すら切り裂く悪しき六枚刃がチキングへと放たれる。チキングは冷静に両足(うで)の軌道を見極め、刃を避けつつ(こぶし)で上手く叩き落とす。

 ダチョウ以上の脚力を以ってチキングがD.O.G.へと急速接近する。右腕を後ろへ引き、加速を突けてD.O.G.の腹部を打つ。弾ける轟音と共にかすかに身体を浮かせ、砂埃を立てながら巨体が後ずさる。

 

「くぅ……。だが、この程度ではこのD.O.G.やられはしないワん!」

「接触する直前に後方に跳んで威力を殺したか。やるな!」

 

 射出した前足(うで)をワイヤーで回収したD.O.G.。次の行動は全速全身! 遠距離武器を持ちながら自ら接近戦を仕掛けると言うのか。チキングは固く身を構える。

 

 二足歩行で走り寄るD.O.G.は爪の有効射程があと僅かと言う所で跳躍する。鉱物の自重を物ともしない脅威の脚力にチキチキも驚きを隠せない。

 「これは受けられるか!?」太陽を背に取るD.O.G.が四肢を下方へと向け黒爪を放つ。計十二枚の凶刃が銀の衣を引き裂かんと一直線に降り注ぐ。

 

 それでもチキチキは焦りを見せない。逃げ場を奪うように放たれた刃は全てがチキング本体に向けられているわけではない。動かざる(ゴッド)、チキンの如し。ならばその場を動かず、迫る爪のみをいなせば良い。

 

「シャッ!」

 

 気合の喝と共に繰り出された銀の羽が金切る音と立てて黒爪へと衝突する。軌道を反らされた数枚はチキングの身体を避けるように地面へと突き刺さる。敵の攻撃をいなしたチキングの目に、空中で尾を突き立てるD.O.G.の姿が飛び込む。

 

「テイル・ランス!」

 

 D.O.G.が先の窄まった西洋槍めかしい尾を火を吹かして撃つ。爪以上の質量と速度を持つ槍は、頑丈なチキングの装甲を以ってしても優に貫く威力だろう。先ほどの爪は全てがブラフ、本命は大質量の鉄杭による一撃必殺だ。

 

「せりゃあ!」

 

 身体を回転させたチキングが迫る鉄杭に合わせてでん部を振るう。悪を断罪する銀の尾羽が槍の横腹を見事に捕らえ、尾っぽは標的を貫く事無く爆発した。黒煙がチキングの姿を隠すも、D.O.G.の身体を目掛けて自ら空中へと全身を投げ出す!

 

「《丸焼鶏落打(バーニング・チキフォール)》!」

 

 空中を縦回転するチキングの身体を燃える鶏冠が包容する。金色の脚に生えた鋭利な(けづめ)が、熱を帯びたブレードとなりD.O.G.の身体を切り裂く。

 『鶏落打(チキフォール)』はチキチキが闘いで用いる技の一つ。この一瞬の攻防の最中、戦闘センスの塊であるチキチキは自身の技を応用し、チキングの新たな技を生み出していた!

 

 勢い良く地面へと叩きつけられるD.O.G.だがすぐさま身体を起こして身構える。やはり一筋縄では行かない。そう感じつつも流れは確実にチキチキたちへと傾いている。

 

「くぅ……チ、チキンの癖に炎を纏うか」

「流石はワンワン族を取り仕切る長だ。この技を受けて立っていられるとは大したものだ」

「ほざけっ!」

 

 見下されたと勘違いしたみぃみぃがD.O.G.の両前足(りょううで)を展開させてチキングへと駆ける。その速度は流石はワンワン族を模した物、電光石火と言う言葉が相応しいほど巨体に見合わぬ動きで接近する。

 しかしみぃみぃは些か冷静さを欠いていた。今のチキングの身体はまさにチキチキ自身そのもの。動きで翻弄しようとも(ひと)並み外れた動体視力を有するチキチキには、まるでコマ送りのように全てが視えていた。

 

「頭に血が上ったか、そんな事でこの俺は倒せんぞ!」

 

 D.O.G.の目一杯に叩きつけられた両足(りょううで)を銀の両翼(りょううで)でガードする。押さえつけられる態勢から卵の殻を破るように押し返し、怯んだD.O.G.へとラッシュをかける。再び押され気味のD.O.G.も、態勢を立て直し(こぶし)の雨から身を防ぐ。

 

「くっ……! 《エクリン流動波》!」

 

 ラッシュの隙を突いたD.O.G.が両足(うで)をチキングへと向けた。合わせ鏡のように向けられた肉球と肉球の間へ白き流動体が集まりだす。蝸牛の模様を描く波は、衝撃音と共にチキングの身体を吹き飛ばした。

 

「ちぃ、あんな芸当までやってのけるか。流石はニゲンンの生み出した『負の遺産』か」

 

 衝撃に当てられたチキングの全身が脂光る。どうやらD.O.G.より放たれたそれはただの水では無さそうだ。綿のように軽くサイの様に頑丈な羽毛は水気を帯びて重くなってしまっている。

 無機物的な見た目からは想像できない生物的な攻撃。負の遺産のまだ底知れぬ性能にチキチキも警戒せざるを得ない。

 

「ワフフん……さしもの貴様も驚いただろう。我らワンワン一族に伝わる古武術、D.O.G.はそれすらも一寸の違い無く再現して見せるのじゃ」

 

 「このまま一気に叩かせてもらうワん!」両手を前にD.O.G.が迫る! 蹠球(しょきゅう)に今と同じ渦を宿し、チキングの胴を目掛け()()打ちを放つ。

 チキングは当てられる寸前に全身を翻し避けて見せる。何に衝突したわけでも無い肉球からは、先ほどチキングが受けたときと同じ衝撃音を発していた。チキチキはこの衝撃音に僅かな違和感を覚える。

 

(この音、空気を震わせている……? 違うな、おそらく()を突き出すと同時に何か放ってやがる。先ほどはやつの両前足(しょうてい)を受けたためと思っていたが、秘密がありそうだ)

 

 ワンワン一族の古武術はチキチキも知るところだ。彼とて伊達に世界を放浪していたわけではない。彼らの戦い方は既に学習済みでありその弱点も知れたもの。

 牙と爪が特徴的なワンワン一族であるが、彼らに伝わる拳法「八拳伝」は実に異な物であった。衝撃を殺す為に存在する肉球を武器へと転化させ、殴打の際に伝わる衝撃で内臓器官への恒常的な損傷を与えるのだ。

 自然的でない何かの目的に特化した戦い方は古くより『武術』と呼ばれる。しかし未だにそれがニゲンンより派生したものである事は、チキチキを含め存じぬ者は多いだろう。

 

 全身を海洋生物の如く揺らめかしチキチキを翻弄せんとD.O.G.は踊る。狗らしからぬ長虫のうねりがチキングに構えを取らせた。攻防一体を蔵する古武術に無闇矢鱈に攻撃を仕掛けるほどチキチキは自惚れていない。

 

「先ほどまでの威勢はどうした? 来ぬのならこっちから行くワん!」

 

 (もた)げていた鎌首が食らいつくようにD.O.G.が全身を躍動させチキングへと飛び掛る。放たれた前足(しょうてい)を弾き距離を計る。「焦るな、未だヤツの攻撃圏内だ」胸の奥で一人呟き反撃したい衝動を抑える。

 一見隙だらけな攻撃を繰り出しているように見えるがそれこそが「八拳伝」の常套手段。あえて敵の攻撃を誘い反撃してきたところに死角より手痛い一撃を与える。どこから攻撃されたのかすら理解が及ばない、まるで四方八方から打ち込まれるそれが「八拳」の由来だ。

 

(やはりD.O.G.の()に何かが垣間見える。あれを受けてからチキングの動きが重い。掠らせるだけでもこちらが不利か)

 

 チキチキの鶏冠が警鐘を鳴らす。D.O.G.が操る水流はチキチキ――チキングの武器である俊敏さを奪うにはうってつけの様だ。

 流石は一族の長か。みぃみぃの操るD.O.G.の八拳伝の所作は達人のそれであった。不用意な接近はチキチキと言えど危うい。しかし根本にある武術の動きとそれほど変わる訳ではない。チキチキは僅かな隙を突き川蝉(かわせみ)の要領で急接近する!

 

(……むっ!?)

 

 ――が、打突を打ち込む寸前に思いとどまった。水を吸い重くなった体を全力で後退させる。チキングが奇妙な動きを見せるも、みぃみぃは以前として悠然と構えている。

 

「ワフフん。どうした戦士チキチキ、貴様ともあろう者がこの程度で怖気づくか」

(今確かに俺の第六感(とさか)が「行くな」と呼び止めた。やられたぜ、俺ともあろう者が敵の『術中』に見事嵌められていたか)

 

 チキチキはD.O.G.の動きからみぃみぃが八拳伝の達狗(たつじん)である事を見抜いた。にも関わらず『僅かな隙がある』なとと判断したのは愚の骨頂であった。

 そう、それこそがみぃみぃの罠であったのだ。みぃみぃはチキチキの実力を買い被ってなどいない。誘いうけこそ八拳伝の極意、達人級の業前であるみぃみぃはほんの僅かな隙を見せることでチキチキの攻撃を誘っていたのだ。

 

(流石だな、先ほどまでとは空気の質が違う。これこそヤツの本領発揮て所か。さぁて、どう攻めるべきか……)

「ワフん。どうやらわらわは随分と貴様を過大評価していたようだ。少しばかり本気を見せてやればこの様とは……やはり貴様もその他大勢のチキン共と変わりはしないワん」

 

 「なんだと」思考を巡らせていたチキチキはみぃみぃの言葉に耳を傾ける。チキングの鶏冠の盛り上がりが彼の怒りを体現する。紅き肉髯(にくぜん)がパンパンに脹らみ、色は次第に赤黒く変色する。

 

「何度でも言ってやるワん! 臆病者(チキン)の名に相応しき逃げ腰の白饅頭め。貴様らなど所詮我ら一族の腹を満たすためだけに生まれてきたようなもの! 闘う事も出来ぬ臆病者(チキン)共など救う価値などありはしないだろう?」

「――チキン一族を、馬鹿にするなぁああああ!!」

 

 チキングの瞳が赤く光を放つ。一族を貶された彼の怒りが目に見える形となる。愛嬌すら感じさせる流線型のボディが張り詰めた筋肉を纏った。肉厚でジューシィそうなその身姿はかつて力に溺れたチキチキと瓜二つだ。

 チキチキにとって一族の繁栄こそこの身の全て。自身の命よりも大切な物を貶された時、(ひと)は我を忘れ憤怒がその身を支配する。

 

「ガアアアアアアア!!!」

 

 それはチキチキの声か、はたまたチキングの叫びか。白き隆盛がD.O.G.へと飛び掛る。衝撃を殺す肉球がチキングの(こぶし)をいなし、続いて振り下ろされる幾度もの殴打を流して見せた。

 

 どうやら先のチキチキの推測は正しかったようだ。いくら衝撃を殺す蹠球(しょきゅう)と言えど、暴走状態であるチキングの攻撃を正面から受け止めるのは不可能だ。前足()から分泌させる水とは異なる液体『エクリン』が潤滑油のような役割を果たす事により、チキングの(こぶし)がD.O.G.の表面を滑り威力が減衰しているのである。

 一度はそれに気付いたはずのチキチキは、しかし既に怒りに自我を乗っ取られている。ああ、何と哀れなチキンであろうか。自分に全力を出させるほどに追い詰めた相手の無様な姿に、みぃみぃはどこか憂いを覚えた。

 

(所詮はこの程度なのだワん……。チキン如きに我らは倒せぬ。我らを倒せぬ者にニゲンンは倒せぬ……。やはり全てを終わらせるのは我らワンワン一族の他には居らぬ)

 

 D.O.G.がチキングを突き飛ばす。鸚哥(インコ)よろしく地面を転がり回ったチキングは見るも無残な姿であった。全身に纏った肌理細かい羽毛は泥に塗れ、激情に駆られた表情でハシビロコウの様にD.O.G.を睨む。脚部にダメージを負ったのか、両翼(りょうて)を杖に態勢を立て直すのがやっとの様だ。

 

「もう良い、貴様には失望した。わらわに全力を出させた相手は父を除いて貴様が初めてであったが、所詮はわらわの相手では無かったのだ。情け無い姿をこれ以上晒さぬよう、せめて苦しまず一撃で葬ってやるわ」

 

 最後の一撃を放つべくD.O.G.は両足(りょうて)にエクリンを溜める。おそらくチキングの全てを粉砕する算段なのだろう。中に居るチキチキを葬るべく、負の遺産の恐怖を世界に知らしめるが如く。

 

「安らかに眠るが良い、戦士チキチキ!!」

 

 ゴゥと走り寄る白銀の巨体が虫の息であるチキングへと前脚(うで)を振りかざした。

 衝突の以前より轟音を放つ腕が河馬の大顎(あぎと)縦令(たとえ)チキングを噛み砕く――。みぃみぃの目には、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「待ってたぜ、貴様が近づいてくるのをな」

 

 

 「ハッ!?」みぃみぃが気付いたときには遅かった。大顎を構えたD.O.G.の両足(りょうて)はしっかりと地面に齧り付いていたのだ。目の前から聞こえるはずの「ミシリ」と言う破砕音は、代わりに自身の腹部より発せられていた。

 チキングの右翼(うで)はD.O.G.の腹部の芯を捉えていた。《鶏墜癇拿撃(グッドナイト・チキラッキョ)》が直撃した腹は大きくへこみ、装甲を繋ぎとめるボルトが外れたのか内部の部品が露になっている箇所も見受けられる。

 

「ぐぅううう!? ば、馬鹿な……貴様いつの間に自我を!」

「誤解されては困る。俺は()()()()正気だぜ」

 

 そう。全てはチキチキの演技だった。

 みぃみぃの挑発はチキチキに攻撃を誘発させるものであった。無論チキチキとてそれを理解していたが、彼はその程度の安い挑発に乗るような漢ではない。自らその挑発を受けるかのように振舞う事により、敵を一見優位にさせ本当の『隙』を作り出したというわけだ。

 

「相手を挑発する場合何が効果的か。それは間違いなく相手の自尊心を傷つける言葉が最適と言える。だが貴様は俺と言う動物(じんぶつ)がどんな性格なのかを知らない。相手がどんな動物(じんぶつ)か分からないならば、自分が言われて怒りを覚える言葉を口に出すのが次点で有効と考えるのが常だ。……貴様は先ほど俺に一族を馬鹿にされた事に怒りを覚え、その教訓から俺の一族を貶す事こそ有効であると考えたんだろう」

「くっ……」

 

 まるで森の賢者(フクロウ)のような見事な推理だ。図星をつかれたみぃみぃは苦々しくも閉口する。

 チキングの攻撃を受けたD.O.G.が追撃を避けるために後ろへと下がる。しかし損傷は小さくなく、その足取りは後足のみで立ち上がるプードルのようだ。それでも戦闘の意思は未だ健在。チキングとて損傷しているのだ、まだ勝機はある。

 

「わらわを策に嵌めるとは見事だワん。しかし貴様の動きも読めてきた。同じ手は通用しないワん!」

「確かに、本気になった貴様に同じ手は通用しないだろう」

 

 チキチキは呟くように言うとチキングに構えを取らせる。だが先ほどまでとは違う、自ら突撃するかのような格好は、敵の攻撃を待ち構えるD.O.G.にとっては格好の餌食に思えた。

 

「だが、次で最後だ」

「良い度胸だワん。死ぬ覚悟が出来たか?」

「覚悟するのは……」

 

 「貴様だ!」今再びチキングが迫る。その速度はダチョウの如く――否、その迫力は太古に地上を蹂躙した巨鳥ジャイアント・モアのようだ。土埃を巻き上げながら突貫する白塊を、D.O.G.は真っ向から征する覚悟を決めた。

 

「愚か者が! ()()()と成るが良いワん!」

 

 D.O.G.の両前脚(りょううで)から鋼鉄爪が放たれる。駆けるチキングの進路を引き裂くように放たれた爪は、チキングのテールフェザーで打ち落とされた。振り向きなおし再度走る。チキングが止まる事をこの男(チキチキ)は許さない。

 

「リード・イヤー!」

 

 頭頂部をチキングへ向けると耳介部が射出された。スラスターから噴出す炎の後ろには銀色のフックワイヤーが伸びている。左右に展開されたワイヤーがチキングの背後へと回り込み、スラスターの制御によって反転、チキングに巻き付かんとする。

 (あしゆび)に力を込め地面を蹴る。ワイヤーはチキングをすり抜け空振りに終わる。しかし自動追尾機能が内蔵されているのか、上空へと跳んだチキングを銀の蝦蟇舌が追い立てる。

 

「《羽毟凱旋風(チキニング・ハリケーン)》!!」

 

 身体を回転させ始めたチキングの周囲に旋風が発生する。次第に風力は強まり辺りの木々すら巻き込み始め、倒木や大中小の岩々が空を舞い始めた。

 気付けば大旋風へと成り代わった竜巻にワイヤーの制御が利かなくなる。強力な吸引力にD.O.G.の身体が引きずり込まれそうだ。

 みぃみぃは瞬時にワイヤーを切り離す。支え(リード)を失った耳介は上昇する風と共に行方を晦ます。空より降りてきたのはただの一体、チキングだけだった。

 

「行くぞ、みぃみぃ!!」

 

 オオオオオ!! 怒声交じりの雄叫びを伴いチキングが()()。その速度と威圧は大した物だが八拳伝の構えを取るD.O.G.の前には何の脅威にもならない。チキングの動きにあわせ肉球を差し出し衝突のタイミングにあわせて受け流すだけのこと。

 

(そのまま地面に打ち付けてやるワん!)

 

 そのままの勢いで地面に打ち付けられればチキングとてひとたまりもない。勢いをつけて殴りかかればエクリンにより摺動(しょうどう)する事無くD.O.G.のボディに当てられると思ったのだろう。みぃみぃはほくそ笑む。その程度の考えでエクリン流動波を破ったつもりとは、浅はかと言わざるを得ないと。

 しかしみぃみぃは失念していたのだ。エクリン塗れのチキングが、油断していたといえど何故D.O.G.に一撃入れることが出来たのかを。

 

 触れる(こぶし)前脚(こぶし)。みぃみぃの思惑通り、肉球に触れたチキングの(こぶし)は軌道を逸れ流されるように方位を変える。

 向かった先は、再び()()。二度目の弱点への衝撃にD.O.G.が苦悶の軋みをあげる。内部に居座るみぃみぃも思わず飛び跳ねた。

 

(ば、――馬鹿な! な、何故攻撃を地面へと逸らせない!?)

「貴様が気持ち良く俺の攻撃をいなし続けていたとき、ずっと貴様の良いようにやられていただけと思っていたのか!」

 

 先ほどの演技の最中、チキングは攻撃の度にD.O.G.に突き飛ばされ転げまわっていた。幾ら頑丈な造りと言えど何度も大地に転がされては損傷は免れない。油断させるためとは言え自身を危機に追い遣るような真似をするチキチキでは無い。

 彼はチキングを地面に這わせる事で「土」を纏っていたのだ。脂のような液体のエクリンではあったが、チキングの綿毛に沁みこむ事から親水性の高さを伺わせた。森林の土もまた水気を多く含む腐葉土であり水分を吸収しやすい。チキチキは身体にその土を纏う事によりエクリンを吸わせ即席の「滑り止め」としたのである!

 

 「これでトドメだ!」両翼(りょううで)を左右に開き止めの一撃を繰り出さんと足を踏み込んだ。D.O.G.は這う這うの体ながら来るべき衝撃に身構えた。

 このままやられてなるものか。チキングが撃ち放つより速くD.O.G.が正面へと両足(りょうて)を構える。一際巨大な渦が二体に挟まれる形で現れる。

 

「《エクリン流撃狗破》っ!!」

 

 彼女にとって正に奥の手と言える最後の攻撃。チキチキだからこそ捉えられていた僅かなエクリン流動波の流れは、今ここに来て瀑布となりて牙を剥く。対してチキングは攻撃のタイミングを早め白き装甲で打ち破らんとする。幾らチキチキの動体視力を以ってしても超至近距離からの攻撃を躱す事は出来ないようだ。

 みぃみぃはその瞬間勝利を確信した。D.O.G.に内蔵された全てのエクリンを解放したそれはテッポウウオの比では無い。水より重いエクリンを高速かつ大質量で打ち放ったその威力は最早光学兵器に近しい破壊力を有していた。

 

 みぃみぃもまたチキチキがこちらの手を読んでいることを知っていた。故に確実に止めを刺しに来るその時まで、自身が絶体絶命に陥るまではこの技を封印していたのだ。絶対の捕食者である自分が窮鼠猫をかむような状況に陥る事などありはしないと思っていただけに、今この状況下は歯を軋まさずには居られなかっただろう。

 だが、それすらも終わった! 何鶏(なんぴと)足りともこの攻撃からは逃げる事など不可能。実践でこれを使用したのは初めてだったとは言え、みぃみぃは自身の最大奥義に絶対の自信があった。

 

 

「――然らば、俺の一撃をその身に刻め、」

 

 

 聴覚の優れたみぃみぃ故か。もしくはD.O.G.の優れた集音機能の賜物か。視界を奪うほどの瀑布の向こうから響いたそれは、彼女の尾毛を逆立てるには十分だった。

 

「天地掌握・海空壊乱、空前絶後の豪壮巨魁――」

(馬鹿な、――まさか、まだ立っているとでも……)

 

 エクリン流撃狗破が勢いを失い、見えた先には白い()()が……。

 

(やられた! 奴はこちらの手の内を完全に読んでいたんだワん!!)

 

 みぃみぃの見た光景は、確かにチキングの装甲を担う白い羽毛だった。しかしそれがチキングの胴体から切り離されたものとは気付けなかったようだ。

 今このときほどみぃみぃがワンワン族の視力の悪さを恨んだ事はないだろう。しかし今はそんな事を気にしている場合では無い。すぐさま反撃しなければ……。

 

「雷雲を引き裂き海を割る真なる(けん)ッ!」

「でっ、デス狗狼(クロー)アームッ!!」

 

 両脚(うで)から振り下ろされる六枚の黒刃が白き隔壁を切り裂かんと迫る。しかし全てが遅かった。チキングは自ら切り離した羽を即席の盾とし、盾ごと自ら絶対必滅の最強の拳を撃ち放つ!!

 

「受けよ、《魁傑・鶏墜癇拿震撃(グレイテスト・グッドナイト・チキラッキョ)》!!!」

 

 D.O.G.のボディを中心にトゥーテンコーと響き渡る爆砕の嵐。ひしゃげた装甲はキキリキーと悲鳴を上げ衝撃により前脚部(わんぶ)マニュピレーターがトイトイトーイと吹き飛んでいった。

 崩れ往く犬神玄奘楼閣の中、みぃみぃは全てを諦め自身の滅び行く運命を悟った。「どうやら、わらわの負けのようじゃな。もの共よ、済まぬ。先に逝くぞ」。

 

 ワンワン族を統べる者として敗北は許されなかった。万が一に負けでもし生きながらえようものならば、それは一族の恥さらしであり死ぬまで「負け犬」の烙印を押される事になる。

 しかしそんな事よりも、何よりも彼女が心残りなのは一族の期待に答えることが出来なかった事だった。彼らを裏切った挙句無様に生きながらえるなどどうして出来ようか。一族の長としての最後の矜持がみぃみぃの逃げ道を塞いでいた。

 

「いつの日か。我ら一族が嘗ての威厳を取り戻せる時が来る事を切に願うぞ。誰でも良い、あの憎き『ニゲンン』を、どうか――」

 

 

「崇高な目的があるのならば、果たすまで生にしがみ付いて見せろ!!」

 

 ザグリとの音と共に自らの身体がふわりと浮く。突然室内に響いた声と訪れた浮遊感に仰向けにされた羊よろしく呆けるみぃみぃ。数瞬後に訪れた尻餅の痛さにより我に返る。D.O.G.のモニターに広がったのは無残に爆発四散するD.O.G.の首より下の悉くだった。

 

「チキチキ、何ゆえわらわを助けた」

「言っただろう。俺は無駄な殺生はしないと」

「馬鹿な、我々はお前たち一族に危害を……」

「果たして、本当にお前たちの仕業かどうかは怪しいところがある。疑わしきは罰せず、だ。それに聞きたい事もあるのでな」

 

 

 

 

 

 激しい闘いの後、みぃみぃを地上に降ろすとワンワン一族たちがチキングを取り囲んだ。あれほどこっ酷くチキチキに伸されたにも関わらず闘争心が未だ衰えていない。チキチキは彼らの精神力に感心した。

 

「お、お嬢! 御無事でしたか!!」

「良かった……お嬢が御無事で、本当に良かったぁ!!」

 

 みぃみぃの無事を見るやワンワン族たちの戦士は涙を流して喜んだ。初見の印象では我がまま女王様にしか見えなかった彼女もそれなりのカリスマを備えているらしい。

 チキングから降りたチキチキがみぃみぃを見る。戦士たちは彼女を守るべく率先して前に立ちはだかる。一触即発も斯くやな雰囲気に、みぃみぃはため息交じりに彼らを制止した。

 

「やめよお前たち。お前たちが適う相手ではないワん」

「しかし、お嬢!」

「もうこやつにも争う気は無い。そうであろう、チキチキ?」

 

 無言で肯定するチキチキ。ワンワン族の戦士たちは未だ訝しむが長の言う事には逆らえないのだろう。静かに一歩ずつみぃみぃとチキチキの間から距離を離す。

 

「貴様に一つ聞きたい事がある。貴様らは『ニゲンン』と未だ関わりがあるのか。一体貴様らは何を考えている」

「……ニゲンンの従属である我らが、それについて話すとでも?」

「今更白を切るのは辞めろ。貴様らはニゲンンを恨んでいるのだろう」

 

 みぃみぃを含め、ワンワン族の誰もが押し黙った。その様子に何かを感じたチキチキは、彼らが口を噤まなければならない事情があると踏む。

 

「……答えられぬのならばそれでも構わん。俺は一族のためにも奴らを完全に滅ぼすまで。邪魔をするのであれば次は容赦しない。それだけは覚えておけ」

 

 チキチキがチキングに乗り込もうと後ろを向いた。「待て、戦士チキチキ!」みぃみぃがすかさず呼び止める。彼女は静かに彼へと歩み寄ると、服の内側に隠し持っていた一枚の小さな羊皮紙を手渡した。

 

「今はそちの問いには答えられぬ。しかし何れその答えを聞かせよう。そちがわれらに力を貸してくれると言うのならば」

 

 近眼のチキチキはみぃみぃから渡されたメモをじろりと見た。すぐさまその意味を理解するなり「フッ」と誰にでもなく笑いかける。そのメモを知らない周囲の戦士たちは不思議そうな顔を浮かべていた。

 

「冗談を抜かせ。俺が貴様らに力を貸すのではない。貴様らが俺に力を貸すのだ。媚び(へつら)う犬のようにな」

「何、貴様――ッ!!」

「ワフフん、確かにその通りかも知れぬな」

 

 チキチキに食い付こうとする手下を前脚(うで)を差し伸べ辞めさせる。チキチキはそれ以上何も言う事は無く、踵を返しチキングの中へと戻っていった。

 

「さて、目的は果たした一先ず退却するか。……おい、紅雀(コウジャン)!?」

 

 チキチキがチキング内部へと戻るとそこにはうな垂れぴくりともしない紅雀(コウジャン)の姿があった。まさか今の僅かな話し合いの時間に何かあったのだろうか。

 自分にも気付かない何者かが彼を襲ったのであろうか。チキチキは焦りを押さえ紅雀(コウジャン)を仰向けに抱える。傷は浅いようだ。鮮血らしきものは見当たらない。目を閉じ続ける紅雀(コウジャン)を揺さぶり意識の覚醒を試みる。

 

紅雀(コウジャン)、しっかりしろ!! 傷は浅いぞ! おい――」

「オロロロロロロロ」

 

 ゲロブシャー、と吐き出された黄色い吐瀉物(としゃぶつ)がチキチキの視界を占領する。黄色い羽から滴り落ちる胃液のミックスジュース。嗅覚の優れたチキン一族にはつーんとする臭いは厳しい物があった。

 打って変わり無表情で紅雀(コウジャン)を見つめるチキチキ。彼はげっそりとした表情で静かな怒りを内包するチキチキを見返した。

 

「ち、チキチキか……。どうやら勝ったようだな」

「よう紅雀(コウジャン)、気分はどうだ? 随分と暗い顔色じゃないか」

「ふ、ふふ……俺としたことが酔っ払っちまったようでな。それより何があった。随分と主張する臭いを放っているじゃないか。敵の攻撃を受けたのか?」

「……」

 

 チキチキは何も言わず彼をその場に降ろした。ぬちゃりと言う感触と鼻につく異臭に自分の胃から逆流したエキスだと気付くのにそう時間は掛からなかった。

 

「それで、何か得られたのか」

「ああ。これを見ろ」

「これは……簡素な地図と、地域の名か? しかし、この方角は……」

「ワンワン族の一頭(ひとり)が寄越した。『奴ら』に近づくための次の手がかりだ」

 

 羊皮紙に書かれたそれはポンニツ列島を超えた海の先であった。どうやらそこに描かれた地図に二羽(ふたり)が追う『ニゲンン』の手がかりがあるらしい。紅雀(コウジャン)にはワンワン族がどうしてチキチキにそれを手渡したのかは理解が及ばなかった。しかし気高い魂を持つ戦士チキチキには惹かれる物がある。彼らもチキチキに何かを感じたのかもしれない。

 

「チキングの速度ならばこの場所まで数日でたどり着く事ができる。まずは入念に準備を整えるとしよう」

「ああ、分かったぜ。俺もまずは行水をしたい気分だよ」

 

 蒼穹を行く白銀の(おおとり)を輝かしき太陽が照らす。眼下の動物たちは日光を遮る影に気付くとこぞって上を見上げる。制空を往くチキングはハヤブサより速くオオワシ以上に優雅だ。

 

 彼らの次の目的地は『AMA・ZONE(アマゾーン)』。野生を超えた野生が群雄割拠する無法地帯。かつてニゲンンですら支配下におく事が出来なかった禁断の地の一角に、奴らに関する手がかりがあるのだと言う。

 されどチキチキたちは止まらない。世界のためなどと言うつもりは無い。ただ彼は一族の誇りと名誉のために。かつての栄光に縋ろうとする外道な生物を倒すまでは、彼らの羽ばたきが止む事は無いのだ。

 

 

 

 戦え、戦士チキチキ。その(もの)の闘う様はヒクイドリの様に鮮やかに、孔雀のように煌びやかに、ヒョウメンシチメンチョウの様に美しいだろう。

 一族の為、我が信念の為、そして親友(とも)の魂に応える為。孤高の戦士は闘志を燃やす、共鳴する同士が命を滾らす。

 貴様の魂散すまで、我が生命の灯火は燻る事を許さず!

 

 

 

End..



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