せめてXV最終回までには投稿したかったけども……(汗)
まあとにかく。短いかもですが、今回の、どうぞ。
そうして翌日。東の空が明け始めた午前四時過ぎ。
シフトも入っていない休日に、國次はのんびりと街中を歩いていた。そんな時間帯に出歩いているのは、別にジョギングという訳ではなく、先日『秋都』に置き忘れたバイクを回収する為だ。
……しかし、昨夜は家に帰った後が大変だったなぁ。
異形の姿に変身していた事や、ノイズを倒せていた事、そして有名アーティストである風鳴翼が同様に何故ノイズを相手に戦ってたのだとか、マシンガンの如く飛び出してくる質問を妹の奏音からぶつけられたことを思い出す。
流石に全て話す訳にもいかないし、二課側からは色々と口外しないで欲しいと事前に言われていたので、「今は言えないけれど、いつか絶対話せるように努力するから、待って欲しい」と説得し続け一時間、どうにか宥め渋々矛を収めて貰うに至った。
ただ代わりに色々と、一緒に買い物だとか、買って欲しいものがあるとかそういった約束事を取り付けられてしまったが、まあそのぐらいならお安い御用だと了承し、どうにかその場は丸く治まった。
……まあ買いたいモノの一覧を見せられて、僅かに今後
「まあそれはそれとして───
薄暗い舗道を街灯が疎らに照らしている中を歩きながら、昨夜の事を振り返るついでに二課でのことを思い出して呟き、息を吐く。
二課の司令である風鳴弦十郎から持ち掛けられた、二課への協力要請。相手の正体や目的、そして懸念していた解剖コースは無いと判ったのもあり、断る必要もないので了承の意は伝えてある。
ただ、問題が一つ。
自身の職場であるパン屋『秋都』での労働と、二課での活動がきちんと両立できるかどうか、だ。
『秋都』において製パン担当は自身を含め三人で、そのうちデザートなどの担当は自分と店長の二人だけ。接客などのフロア担当はアルバイト数名に任せているのが現状だ。
三ヵ月前までの『秋都』ならこれで一週間のシフトを、余裕をもって回していたが、最近は以前雑誌に載った影響で朝から長蛇の列が出来ることも珍しくない。
人気店となって嬉しい反面、カツカツの人手で辛うじて回している状況に悲鳴が出そうだ。
勿論、そんな日々の中でも、ノイズが出現する度に異形の姿となって夜の街(もちろん昼間も)を奔走し、解決してきた。そうやって日常と非日常の境界を飛び越える中、更に二課への協力、もとい所属する形になれば今後は必然的に、いつでも二課へ出向けるような状況や余裕を作っておかなければならない。
だが其方を優先し過ぎても、只でさえ現状人手がギリギリな『秋都』の営業に支障をきたしてしまうので……。
「『秋都』に迷惑掛けず、且つ二課への合流やノイズ出現時にある程度自由に行動できる方法、これがなぁ……」
これまでは何かと理由を付けて、営業中でも現場に向かう事は出来ていたが、さて今後はどういう方法を用意するべきかと腕を組み考える。
まず最低条件として業務をしつつ、ある程度自由に店外に出られるようにする必要があるのだが……。
はじめに思い浮かんだのは、現在『秋都』で行っている配達サービス。
「配達サービス……は、あまり長く出ているとかえって不自然になるかな。ノイズ出現時に限り注文するという形で呼び出して貰えるなら、まあ何とかなるかもしれない……。配達の時は基本車だけど。急ぎの時はバイク持っている僕が対応予定だから、現場に出るだけなら遅れる事は無い、か」
問題点はいくつか出るも、上手い事立ち回ればノイズ出現時に限り確実に『秋都』から離れる事が出来るという利点もある。
ただそれでも、『秋都』から長時間離れるのは店の盛況具合によっては難しいので、この案を採用する場合は二課側と話し合って妥協点を見つけるしかないだろう。
―――とりあえずこれを採用するのなら二課との話し合い次第、かな。
午後から二課に集まり、昨日の検査結果の報告があるとのことだから、その後にでも相談しておくとする。
次に思い浮かんだ案は移動販売。
例を挙げるなら、広場や公園でクレープやホットドッグなどの片手で食べられるものを売っている、車を利用した移動店舗。
配達サービスよりも長時間『秋都』から離れる事も出来、必要とあらばいつでも移動出来る点では有力候補。
「確か、店長が近々やってみたいとは言ってたなぁ……」
人材に関しても一人で済むし、『秋都』に来る客を分散する事も出来るから、『秋都』本店側の負担も多少減って、新作開発に必要な時間的余裕も捻出できる。
ただ、これも問題点が多く……。
「行政や保健所への申請や、必要となる資格と移動販売に使う車両に設備を整える費用と、検査とか……その他諸々必要な事をどうにかしないといけないらしいから、すぐには出来ないのがね……」
また、公園と道路上の両方で営業するにしても、申請する先が別々だったりその場所で営業する為の必須条件等もあるので、実をいうと自由に移動してどこでも売れるという訳でもなかったりする。
只移動するだけなら問題ないが、許可を得た場所以外での販売は出来ないので、正直微妙なところだ。
……まあ最悪、商品を二課にノルマ分全部買い取って貰えれば、その日の殆どはもう自由に出来るだろうから、実現出来れば候補としては配達よりマシだろう。
「実現するには時間は掛かるだろうけど、その分二課側に費やす時間は増やせる。……でも、これは当分保留かな」
すぐ実行出来る訳でもないし、新たに車両を用意し改造費用なども必要となるので、それならまだ配達サービスの方で上手く遣り繰りしていった方がいい。
結構難しいものだと頭を掻きながら、次の案は無いかと考えるが、パン屋として出来る事の範囲では意外と良い方法は思いつかない。
「リディアンの地下にあるんだから、リディアンの学食向けにパンの配送……いや、そもそも向こうの厨房スタッフが全部作ってるって、パンフレットにあったな確か……」
政財界からの寄付金もあるそうで、私立高の割に学費が安く抑えられているどころか学食もプロを雇っている程だというのだから、かなりの額を寄付しているのだろう。
……まあ、地下にあれだけの規模の施設があるのだから、それを維持する資金も含めての寄付額なのだと容易に想像がつく。
「しっかし、パン屋をしながらじゃ色々と無理があるとなると―――」
言葉を切り、立ち止まる。
思いついたもう一つの案、それを口にするのを躊躇う。
しかし、ノイズを相手にいつでも駆け付けられる万全の状態で、且つ長時間二課本部に待機していられるようにする案は、それくらいしか思いつかない。
……『秋都』を辞め、二課への協力を優先する。
ノイズへの対応を最優先とするなら、確かにそれは『正解』だ。
人類にとって絶対的天敵であるノイズを相手にする機関に所属するのであれば、当然それ相応の給金も出るだろうし、万一死んでしまったとしても、遺族への補償もあるだろう。
しかし、『秋都』での労働を含めた今の生活を、日常を捨て、本来非日常であるノイズへの対応に徹し切れるかと問われれば……。
「出来ない、かなぁ、ちょっと……」
『秋都』には、学生時代から世話になっている。
此方の高校に通う為に下宿先として居候させて貰いながら、家賃代わりに店の手伝いや家事を担当し、卒業後はそのまま就職させて貰った恩もある。
もう八年もの付き合いになり、もはや家族同然の中である『秋都』の秋宮親子。そして何かと相談に乗ってくれたアルバイトの子達。
最も忙しく、稼ぎ時である今、自分の都合で恩ある彼らから勝手に離れるのは一番やってはいけない事だ。
……だからって、二課やノイズに、このまま中途半端に関わる訳にもいかない。
国の特殊機関、それもノイズに対処出来るほどの装備を持つ部署。そんなところへ、ずっと中途半端な距離感で関わり続けるのは、土台無理な話だ。
それに何より、ノイズという、理不尽そのものである存在によって誰かの当たり前が失われるのを、無視する事は出来ない。
関わってしまった以上、いつかは選択を迫られるだろう。
覚悟も決めず、今まで通りこのまま中途半端に関わり続けるか。
『秋都』を始めとした日常から離れ、二課と共に非日常であるノイズとの戦いに身を投じるか。
……でも、今すぐには決められないよ……。
けれど。
けれど、もし叶うならば。
我儘が、許されるならば。
「今の日常を、当たり前の日々を、手放したくはないなぁ……」
だがそれを実現させるには、やはりどこかで妥協点を見つけるか、もしくは先に挙げた案のうちの一つ。一番自由に行動しやすい、車両を利用した移動店舗の案をどうにか実現させるかだ。
それまではシフト調整や、配達サービスで上手くやっていくしかないだろう。
また幸いな事に店長は、シフトの変更希望は割と簡単に承諾してくれるので、当分は午前中のみのシフトにして貰うなりで調整していけばいい。
後は、二課側とも要相談していくしかないだろう。
「……とりあえず、これ以上悩んだ所で良い案は出ないだろうし、今出来る範囲でやっていくならそれが無難かな」
正直、問題の先延ばし同然だが、当面の間はこれでやっていくしかないし、長々と悩んだって一人で思いつく事にも限界がある。
……非日常関係で相談出来そうな身近な人物として鏡花の顔がチラつくが、彼女は守るべき日常側の人間だ。偶に愚痴る事はあれど、今後は二課含めガッツリ関わっていく事を考えると、そう簡単に相談出来はしない。何より二課側からは情報規制や『万が一』の時を考え、無暗に厄介事へ巻き込まない為にも、口外しないようにと昨夜の内に釘を刺されている。
……ただまあ、女の勘というのか、それとも察しがいいのか。この二年間の間、非日常側で何かあった時は何も聞かずに気遣ってくれることが何度もあったので、多分今回も何かあったんだろうと察するかもしれない。
まあ、それか自分が気付かずに顔に色々出しているから、バレているのかもしれないという疑念もあるのだが……。
まあバレたらバレたで、その時は二課関係に触れない程度で相談してみるとしようと、國次は再び歩き出した。
ただ少し、悩みながら歩いていた時よりは、僅かに軽くなった足取りで。