もう一つのネフィリムーエルバハー   作:赤い変態

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大変お待たせしました、難産であったのとPC側のトラブルなどが重なりましたが、どうにか出来上がりました。
これにてプロローグの2年前編は終わります。

それでは、続きをどうぞ



その力は何の為に使うべきか

「……腹のど真ン中、丸っこいブツを中心に細い糸みたいなモンが全身に広がってやがる。流石に脳にまでは届いてねェみたいだが……何をどうすればこんな状態になるんだっての」

 

摘出するにしてもお手上げだ。そう言いたげな表情で純はモニターに表示されていMRI撮影による画像を横目で見ながら、対面に座る國次に問うた。

 

「オメェ検査前にさ、博物館でノイズに襲われた際に展示物の化石が背中から刺さって腹ン中に入ったって言ってたよな? だとしても辻褄が合わねェ……なーんでそんな状態の怪我が丸一日も経たずに塞がって、こんな状態になってやがるよ?」

 

云いながら、國次の腹部……ちょうど痣が出来ている辺りの指差し、正面の彼を見据える。

それに対し國次は「それは……」と言い淀み、どう答えたものかと悩む。

普通ならば正直に答えた所で、異形の姿に変身した辺りの件は流石に信じて貰えないだろうというのは目に見えている。が、この目の前にいる親友(変態)ならば信じてくれるのでは、という可能性もありそうな気がしてならない。

 

(けど、だからってどう説明すればいいんだ……)

 

いっそ目の前で異形に変身するか、等と言う考えが浮かぶもそもそもどうすればまた変身出来るのか、というか今も変身出来るのかすらわからないのだ。

もし、仮に変身出来て、それを証拠として信じて貰うとしても目の前の彼は、どう反応するのだろうか……。

そんな彼の心情を悟ったのか、それともだんまりを続けるその姿が見ていられなくなったのか。純は一度息を吐いて頭を掻きながら、「まぁ、そうさなぁ」と前置きを置いてから言葉を紡いだ。

 

「オメェが言いたくねぇのなら無理には訊かねぇさ、親しき仲にも礼儀ありっていうしな。けどよ、」

 

そこで一旦言葉を切り、國次を鋭い瞳で見据えた。釣られる様に國次も見つめ返す。時間にすれば僅か一瞬の事だったが、國次にはやけに長く感じられた。

 

「―――中二的な理由だったら今度の合コンでオメェの性癖ばらすからな」

「おい、今人が正直に打ち明けようかどうかと必死に迷っていたのに、おい」

 

本当に実行しそうで怖い。

 

「冗談だ―――半分はな」

「おい」

「とりあえず、この件に関しちゃオメェの方から言いたくなるまで待つさ。ま、それでも定期的には顔見せに来いよ。今は平気そうに見えっけど、体ン中に異物が広がってんだ……いつ異常が起きても可笑しかねぇ」 

 

そう云い再びモニターに視線を戻しキーボードに指を走らせる純を見ながら、國次は腹部の痣に手を当てる。

そこに埋まっているであろう例の化石のような物体に、それを中心として全身に根を張るように広がっている糸。後者が異形への変身によって生じたものなら、今後また変身してしまうようなことがあれば、その度にこの身は蝕まれていくのだろうか。

國次は視線をモニターに映る画像に移す。

今はまだ、根を張っているソレは十数本程度。そのうちの数本は首の途中あたりで進行を止めてはいるが、もしこれが脳にまで至ってしまったら……

 

自分は、()のままで居られるのだろうか?

 

 

■■■■

 

 

結局、正直に告白する事は叶わなかったが、純は何処か悟ったような表情と共に「ま、何かあったらすぐ駆け込んで来いよ、最優先で診てやる」と言いながら、國次を診察室から送り出した。気を遣わせてしまったか、と考えながら受付で会計を済まし外へ出ると駐輪スペースに停めてあるバイクの前に鏡花が待ち構えていた。

國次の姿を認めると手を振ってきた彼女の表情には、公園のベンチに座っていた時に比べ幾分か明るさが戻っている様に見える。

 

「その様子だと、大丈夫だったみたいかな」

「うん、一応」

 

シートの上に置いてあった二つあるメットの片方を鏡花に手渡し、何気なく聞いてみると「しばらく入院する必要はあるみたいだけれど、思ってたより元気そうで安心した」と云いながら頷いた。

どうやら学校をサボらせてまでここ(病院)に連れて来た甲斐はあったようだ、と考えたながらバイクに跨ろうとしたところで不意に着信音が響いた。自分のモノは『秋都』の自室に置いたままだった筈。となると……、と國次は後ろのタンデムシートに跨ろうとしていた鏡花の方へと振り返る。

ちょっと待ってと手で制すと、鏡花は徐に携帯を取り出す。画面を覗き見ると、そこに表示されていた着信番号は鏡花の父親である店長のモノだった。

 

「お父さんからだ」

 

(……そういや、検査とかで連絡するのすっかり忘れてたな)

たらりと、頬に汗が伝う。公園で鏡花を拾ってから、ざっと一時間弱は経過している。流石に学校側から『秋都』へ連絡が行っててもおかしくはないだろう。

とりあえず、事前に考えてあった数通りの言い訳を脳裏に浮かべながら國次は、鏡花が電話に出るのを見守った。

 

「もしもし―――うん、一緒だよ。今病院で、お見舞いに……」

 

そう言いながら1分程度だろうか、いくらか言葉を交わしたのちスッと手に持っていた携帯を國次に差し出す。

 

「お父さんが話あるって」

「……まあ、娘を無断で学校サボらせて連れ回したわけだから、お叱りはあるよなあ当然」

 

差し出されたソレを受け取りながら國次は、恐る恐る電話に出た。

 

「……代わりました、國次です」

『國次君、とりあえずボクの言いたいことはわかるよね』

「あー、はい……」

 

聞こえてくるのはいつも通りの穏やかな声音。しかし、そこに込められている小さくとも確かな怒りの色を感じ、國次は、目の前にいる訳でもないのに姿勢を正し、僅かに頭を垂れる。

これは、言い訳できる感じじゃないなと考えながら耳を傾ける。

 

『まあ今回はね、焚きつけたボクにも非はある訳だけど、でもせめてサボらせるなら事前に連絡して欲しかったと思うんだ、うん』

「えぇ、まったくもってその通りですハイ」

『学校側から連絡がきた時点で、なんとなく察せたけど……まああの子を想ってのことってのはわかるけどね』

 

鏡花から大体のことは先に聞いたし、と言いながら店長はさらに言葉を続ける。

 

『とりあえず、言いたいことはそれだけ。学校の方には鏡花は体調不良で休ませたと連絡しておいたから、あと寄り道は……まああまり遅くならない程度にはしていいけど一緒に帰ってくること。いいね』

 

まるで出来の悪い生徒に対し言い聞かせる教師のようなやんわりとした口調で、けれど有無を言わせぬ雰囲気を僅かに滲ませた声音で返事を求める。

それに対し、國次が了承の言葉を返すと「じゃ、そういうことで」とだけ告げられ通話が切れた。

 

「怒られちゃった?」

「怒られちゃったねぇ、やっぱり……はぁ」

 

携帯を鏡花に返しながら、溜息交じりにそう云う。

その時ふと、手の甲に水滴が落ちてきたことに気付き空を見上げると、『秋都』を出た時と違って空はどんよりとした色に変わっていた。

 

(これは寄り道する暇もなく、一雨来るな)

 

「さて、それじゃあ急いで帰りますかね」

 

本格的に降り出す前に、そう考えると鏡花にヘルメットを被る事を促しながらシートに腰を下ろし、ハンドルを握った。

 

 

 

 

小雨が降りだし始めた中、軽快にバイクを街中で走らせて約二十数分。

『秋都』まであと残り数キロ程ときたところで視界の先にソレ(・・)が入り、思わずブレーキをかけてしまう。後ろの鏡花が首を傾げ、メットのバイザー越しに「どうしたの」と言いたげな視線を向けてくるが、彼女も國次が視線を向けている先にあるソレに気付く。

 

「―――博物館?」

 

ソレは、昨日二人がノイズに襲われ、そして國次が黒き異形へとその身を変え触れれば灰にされてしまうノイズを倒してしまった場所だった。

数年前に改修されたばかりだったその博物館は、昨日のノイズ発生による二次被害によって壁には穴が、窓は全て割れ、今にも崩れてしまいそうな無惨な有様。ここまで廃墟同然の形になってしまっては、元に戻すのも当分先になるのは簡単に見て取れる。

さらに目を凝らすと周囲には立ち入り禁止を告げるテープが張り巡らされ、そのテープの内側の領域でノイズ被害の事後処理のためか特異災害対策機動部、通称「特機部」の一課と思われる人物たちが何人かいるのが確認できた。

大方、今回の被害調査の一環で訪れているのだろう。

 

「結局、あそこにはたったの六回くらいしか足を運べなかったなぁ……」

 

小声で残念そうに呟き國次は昨日のことを改めて思い出す。

 

ライブ会場の周辺で大量のノイズが突如発生し、その極彩色の死の波から逃れようと博物館の近くにいた人々が雪崩れ込み、自身も館内へと入り込んできたノイズから逃げようと奥へ奥へと進み、逃げ込んだ先で鏡花を見つけて……

 

(鏡花ちゃんを抱えてノイズを避けようとしたら、妙な化石が腹に刺さって、そして……)

 

……真っ黒な異形になって、ノイズをこの手で倒せてしまった(・・・・・・・)

結局あの姿は、なんだったのだろうか。少なくともあの日起きたことの大半は、夢でも幻でもないのは、視界の先にある崩れそうな博物館だったモノと、腹部にある痣が十分に物語っている。

 

「あれ?」

「……ん? どうしたの、鏡花ちゃん」

 

ふと、後ろに座っていた鏡花が忙しなく周囲を見回し、首を傾げているのに気付いた國次は振り向き尋ねる。「あのね」と前置きしてから、鏡花は不思議そうに、そして不安そうな表情をしながら続ける。

 

「この時間って、こんなに静かだったかなって……」

「――――――」

 

言われてみれば、と考えるや先ほどの鏡花と同じように周囲を見回すと、確かに周囲からはまるで人気が感じられない。雨が降っているから外に出ている人は少ないと思えば、等という考えも浮かんだがあまりにもこの場は静か過ぎ、視界の中にあるコンビニやファミレスなどを店内に目を向けるも人影が一つも見当たらなかった。

 

だが、代わりにソレらを見つけてしまう。

 

店員や客の代わりに店内を存在する、大小複数の黒い塊を。

歩道に目を向ければ不透明な、どす黒い水溜まりや泥が雨に流されていくのを。

 

まだ処理されていない、昨日の被害の一部だろうか? 等という考えが一瞬過るも、テーブルに置かれている料理からまだ湯気が立っていることから、炭素の塊になってからまだそんなに時間が経っていないのだろう。

 

(ということはまだこの辺りに―――ッ)

 

と、嫌な考えが浮かんだ時だった。

不穏な気配が背筋を撫でる。ちょうど視界に入っていたファミレスとコンビニの間の路地からずるりと、人型やカエルのような形をした極彩色(ノイズ)が這い出てくる。それも一つや二つではなく、七つ八つ……次第に十数体近くへと数を増やしていく。國次達の存在に気付いたそれらは、ゆっくりと近づき始める。

背後で鏡花が小さく「ひっ」と悲鳴を上げたのを聴きながら、國次は咄嗟にアクセルを吹かす。

急発進により前輪が浮き上がりそうになるが体重をかけてねじ伏せ、博物館が見える方向へと走りだした。

獲物が逃げ出そうとするを見てか、カエル型の極彩色は二人めがけて一斉に跳躍し飛び掛かってくるが、ギリギリ届かず後部のナンバープレートを掠め地面へとぶつかっていくだけに終わり、やがてバイクの速度についていけず、ノイズ達は急速に遠ざかっていく。

 

「どうするの!?」

「博物館の方にいた特機部の人達に、この事(ノイズがまた出た)を知らせて被害が増える前に避難誘導してもらう……ッ! あぁそれにしても、昨日といい今日といいッ、連日ノイズに出くわすなんて本当ツイてないなッ!」

 

もはや呪われているのかと疑いたくなる。

振り落とされまいと必死にしがみつく鏡花の問いに答えながら、尚も追跡を止めようとしない極彩色()から更に離れようとギアを上げグリップを捻る。その際に発したブォン、という低い唸りに気付いたのか、もう百数十メートルくらい先の博物館前に集まっていた特機部の面々は即座に行動を起こそうとして、

 

背後に音も無く現れた、芋虫とも怪獣とも取れるような見た目の極彩色(ノイズ)二体に気付く間もなく、その片方に押し潰されながら黒い粉塵へとその身を変えていった。

 

その光景を見て思わず「タイミングでも狙ってんのか連中は?!」と悪態を吐きそうになるが、残されたもう一体の芋虫のような大型は國次達に脇目も振らず、國次達のいる方向とは真反対の方向へと向かって真っすぐ移動し始める。もう目と鼻の先だというのに、なぜこちらに向かってこない? と一瞬疑問が浮かぶが、その進行方向に視線を向けたことでその疑問が解ける。

大型の進行方向の先に、鏡花と同い年くらいの男児と女児二人を抱えながら走る特機部の生き残りと思しき男性の後姿が見えたからだ。

 

(狙ってるのはあっちかッ)

 

此方に向かって来ないことに思わず安堵し博物館だった廃墟の手前で一時停止してしまうが、同時にまだ自分達の後方に迫りつつある極彩色が健在なのを振り返り確認する。

人型の方は十分に距離を開けてはいるが、カエル型の方はというと跳躍しながらどんどん距離を詰めてきていた。このままではすぐに追いつかれるが、だからといってこのまま道を進んで行けばあの大型の標的にされかねない。

後方と前方との間を保ちつつ逃げるか、それとも大型が彼らに夢中になっている間に脇をすり抜け一気に離脱するか。

前者は大型に追われている三人が無事な限り、後者は危険過ぎるがまだ生還する確率は多少上がるだろう。

だがそれはどちらも、必死に逃げ生き延びようとしている彼らを見捨てる事を前提としている。

 

その時、ふいに特機部の男性に抱えられていた子供達と一瞬、視線が合った気がした。

距離は離れているとはいえ、その四つの瞳には生きたいと、死にたくないという意思が確かに見えた。

その瞳に、思わず國次は昨日の博物館での惨劇を思い出す。

―――あの日自分は、同じ様に生きたいと願う人々の怒号、悲鳴、叫び、懇願などを耳にしながら自分より若い命が、か弱い者が塵へと消えていくのを見ていながら、生き延びようと逃げた。

鏡花を見つけ一緒に隠れた際も、忍び寄る(ノイズ)への恐怖に耐えられず飛び出した彼女を見捨てて生き延びようという考えすら思い浮かんだ事もあった。

 

(……けれど、)

 

ふと、腹部に手を当てる。

其処に宿る遺物によって得られたであろう異形の姿とノイズすら斃せる力で、あの時自分は、鏡花を守れたと。あの瞬間この()の届く場所にあった、生きたいと願う命を確かに救えた事を思い出す。

ならば、と腹部に当てた手を握り、強く願った。

 

―――もし、あの姿を……もう一度あの力を使えるというのなら、

 

病院でのことを思い出す。

もし今後変身を続けていくようなことになって、その結果人でなくなるかもしれないのでは? という漠然とした不安感。

確かに怖い。けれど、もしそれで誰かを、手を伸ばせる範囲だけでも後悔せずに済むのなら。

 

 

だから、まだこの手が届くであろうあの命たちを、せめて……

 

「助けさせてくれッ!!」

 

腹部を中心に全身へ熱い何かが駆け巡っていく感覚が走ると同時に、初めて異形へとその姿を変えた時と同じく視界が光に包まれていく。

 

《その願いを、是とする》

 

そしてまた、胸の内からあの声が聞こえた気がした。

後ろで鏡花が「この光って、國次お兄ちゃんまさか……ッ」と叫んだような気がしたが、その声を気にせず、國次は意識を集中させた。

あの時、自分が異形化した際の感覚と、その時抱いた想いを思い出すように。

 

 

■■■■

 

 

「おじさんが絶対助っからなッ、だから諦めんなよッ!」

 

芋虫のような大型ノイズがゆったりと、しかし確実に距離を詰めながら迫る中、小学生の男女を抱え逃げる特機部所属の彼は、今にも泣きだしそうな二人を励ましながら別の班が待機しているであろう方面へと必死に逃げ続けていた。

 

(迷子の相手をさせられていたと思ったら、ノイズの群れを引き攣れたバイクが出てくるわ、それに気付いた同じ班の連中は突然後ろに現れたデカブツに押しつぶされ全滅、おまけに残ったもう一体のデカブツと追いかけっこなんて、なんつう日だ全くッ)

 

昨日起きた惨事の事後処理と被害調査として今日駆り出されていた彼は、今日己が身に降りかかっている不幸を呪いながらも、三十代半ばに差し掛かり体力の衰えが見え始めている足腰を懸命に動かす。

学生の頃は長距離走で常にトップだったのに三十半ばでこれとか、年取りたくねえなぁと本気で思う中、ふいに雨に濡れたマンホールの上で足を滑らせてしまう。

 

(やばッ)

 

思わずバランスを崩し転びそうになるが即座に反対側の足を前に出すことで持ち直し、どうにかスピードをほぼ落とさずに済む。

しかし、そんな一瞬を見せたのが不味かったのか。背後に迫りつつあった大型ノイズは、芋虫のようなその身を震わせるやいなや、口から小型のノイズを彼らの前方に向かって吐き出していく。

数体などと甘い数ではなく、十数、いや三十近い数の小型のノイズ達が道を塞ぎ行く手を阻んでしまったのを見て、流石の彼も足を止めてしまう。

そりゃ反則だろノイズさんよと零しそうになるのを抑え、即座に逃げ道を探すため周囲を見渡すが、ご丁寧な事に、僅かな路地にすら大型ノイズは次々に小型ノイズを吐き出し退路を塞いでいく。

 

「おいおい、職務に忠実なのは結構な事だが、やりすぎだろ……」

 

あまりにも笑えない状況に、もはや呆れた声しか出ない。

抱きかかえた子供二人の頬に涙が伝うのを見て、強く抱きしめ小さくスマンと謝りながら周囲を取り囲む極彩色の群れから後退り、建物の壁に背を押し付けた。

もはや逃げ場を無くした彼らに、覆い被さる様に大型ノイズがその身を傾け始め、同様に小型ノイズも一目散に三人へ向かってトコトコと駆け出す。

その光景を見た子供達は顔を伏せ、男ももはやここまでかと瞼をきつく閉じ、二人を抱きしめる腕に力を込めた。

 

(あぁくそ、せめて二課の装者(・・・・・)が、この場に来てくれたら……ッ)

 

せめてこの腕の中で震える子供達だけでも救える方法が今この瞬間、ヒーローのように颯爽と現れてくれればいいのに。

そんな切なる願いを胸に抱きながらも、もうすぐ訪れる死の瞬間に彼はその身を一層固くするしかなかった。

 

 

 

 

「……あぇ?」

 

しかし、その瞬間()はいくら待っても来なかった。

不審に思い薄く目を開けると、先ほどまで自分達に覆い被さろうとしていた大型を含めノイズ達は皆、自分達ではなく別の、今まで走ってきた道の方へと体を向けていた。

一体何が、と戸惑っていると、ノイズ達が向いている方からブゥオンという音が聞こえ、釣られる様に顔をそちらへと向けた。

そこには、

 

『――――』

 

黒い、ノイズとはまた別の異様な存在感を放つ異形(ヒーロー)が、バイクに跨りながら青い目を光らせていた。

 

 

■■■■

 

 

どうにか、間に合った。

大量のノイズの隙間から三人の姿が見え、まだ無事であることを確認した國次(異形)は安堵の息を零し変身直後(数分前)のこと思い出した。

 

 

光が収まると同時に再び異形に変身出来た國次は、早速三人を追いかける大型ノイズを追いかけようとしたが、もう数m後ろにまで迫っていたノイズを先に対処した。

鏡花が後ろに居たから、というのもあるが、ここでほったらかしたらまだ近くに居るかもしれない誰かが危険に晒されるかもしれないと考えたからだ。

初めての時と同様、力加減が出来すアスファルトごとノイズ達を吹き飛ばしてしまったが返ってそれが幸いしたのか、その際の衝撃波で粗方一掃出来てしまった。

殆ど時間を掛けずに済んだのは良かった事だが、これではある意味ノイズより被害を出してしまったような気がしてならない。

 

(流石にもうちょっと加減出来ないと、下手すりゃノイズの二次被害より惨状生み出してるよねコレ……)

 

今後また変身するかもしれない場合を考えながら、次からちゃんと力をセーブするよう心掛けた國次は、自身に釘付けとなって動ない目の前の大型ノイズや小型の群れを睨んだまま、タンデムシートに跨り僅かに震えている鏡花にそっと話しかけた。

 

『鏡花ちゃん、無理に着いて来なくてもよかったんだよ?』

 

國次の心配そうな声に鏡花はきゅっと口元を引き締め、フルフルと首を振った。

 

「あそこに残されるより、國次お兄ちゃんの近くに居た方がまだ安全……だから、心配しなくて大丈夫だよ」

 

そういいながらも、震える手でぎゅっと國次を背中から抱きしめるその健気な姿に硬質な殻の内側にある頬を緩ませながら「そっか」と呟く。

 

『……なら、絶対に守らないとね』

 

この手の届く範囲内なんだから。

そう心の中で付け加え、グリップを捻り威嚇代わりにエンジンを吹かす。

 

遠目にとはいえ、芋虫のような大型ノイズが小型を吐き出していたのは既に確認済みだった。今この場において最優先で倒さないといけないのは、あの芋虫型の大物一体のみ。あとの小型は、数が多い事だけが面倒ではあるが、増やされる前に大型を倒してしまえば後はもう纏めて一掃していくだけでいいだろう。

けれど、鏡花とノイズに取り囲まれている三人を守りながらそれが出来るかと問われれば、

 

(流石に無理があるよね……悔しいけど)

 

戦闘技術を持っている訳でもなく、武術を嗜んだ事すらない國次にとってそこまで上手く立ち回るのは到底無理だ。

だから今出来る範囲で、三人を救い出し、鏡花も無事に連れ帰るには……

 

(一点突破あるのみ……ッ!)

 

『鏡花ちゃん、今からかなり荒いことするから、目、瞑っててね』

「大丈夫、怖くないもん」

『……お強いことで』

 

歳の割に肝の据わった発言に苦笑しながら國次はアクセルを一気に吹かし、前輪を浮かせながらバイクを急発進させた。

それを見て、今まで動かなかったノイズ達は大型を先頭にして特機部の男と子供二人を尻目に、一斉に異形(國次)が駆るバイクへ向かって動き始めた。

 

うわモテモテだなこりゃ、とのんきな考えが浮かぶも國次はさらにギアを上げ加速を続けさせる。そして先頭の大型とぶつかる一歩手前の距離まで走らせたところで、ハンドルから手を放し、一瞬のうちに後ろに座らせていた鏡花を抱きかかえバイクから飛び上がると、異形化により強化された脚力に物言わせ大型の頭上にまで跳んだ。そして始まる落下の中、見上げてくる大型が口を大きく広げ待ち構えるているのを見て、國次は鏡花を抱えたままごく自然な動きで飛び蹴りの体制に移る。

その光景を見ていた特機部の男が「喰われるぞ……ッ」と叫ぶが、気にせず國次(異形)は落下の勢いを乗せたキックを大口広げて待ち構える大型のノイズに向けて突き刺すようにぶつけた。

衝突の瞬間、大気を震わせるほどの振動が周囲に広がり大型ノイズは動きをぴたりと止めて、そのまま動きを止めた大型を足場にしてくるりと一回転しながら鏡花を抱きしめたまま大型の周囲に群がっていた小型を踏みつけながら無事に三人の目の前に辿り着いた。

そして即座に、唖然としている特機部の男の襟元を掴むと國次は三人纏めて片手でぶら下げたまま一気に男が背を預けていたビルの屋上へと跳躍し着地した。

そしてその数秒遅れで鈍い音を響かせながら衝撃波が大型ノイズを中心として周囲へと広がり、大型のノイズは破裂した風船のように破裂し、その身を黒い粉塵へと変えながら掻き消えてしまった。そして以前と同様、周囲の小型ノイズもその衝撃波に巻き込まれ半分は大型と同様に黒い塵となり消え、残りの半分は周囲の建物の壁に無惨にも叩き付けられていった。

それを屋上から見下ろし確認した異形は『いやいやいやいや』と引き気味な声をあげる。

『……加減したつもりなのにむしろ範囲と威力に時間差と、なんかとんでもないことに……』

「……連鎖?」

『んなパズルゲーじゃないんだから……飛び上がってのキックはもうやらないでおこうっと……』

 

そんないきなりの出来事に、襟元を解放された男は目を瞬かせ、思わず自分の頬をつねり目の前の出来事が現実であると認識するが、それ以上に今自分たちを救った黒い異形が少女を担いだままゆっくりと動き出したところで我に返り、子供を抱えたままとはいえ咄嗟に身構えようとする。が、ノイズに囲まれ絶対絶命という極度の緊張状態から解放されたせいか、身構えようとするも腰が抜け、「あ、あれ?」と力のない声を上げながらその場に力なく座り込んでしまった。

それを見た異形は、手を伸ばそうとするが誤解を招くかもしれないと考え寸でで引っ込め『えっと……』と口籠りながら、

 

『と、とりあえず残りはこっちで片しておくんで、今の内にその子達の救護の為に応援でも呼んでてください……っと、これでいいのかな』

「……え、しゃべッ」

『あ、それでは……よっと』

 

唖然としたままの子供二人を抱きしめ、異形が普通に喋ったことやなんで助けてくれたのか理解が追い付かないまま特機部の男は、少女を担いだまま一礼して屋上から飛び降りていった黒い異形を、ただ見送る事しかできなかった。

 

「なんなんだよ、一体……」

 

直後、何かが破裂するような音が何回か響き、完全に静かになったところで男は異形によって全てが片付けられたことを察し、とりあえず、どう報告したものかと放心気味に無線を取り出した。

 

 

■■■■

 

 

今度こそはと加減しながらノイズを倒し切った異形(國次)は、鏡花を担いだまま人目につかないよう急いで『秋都』からある程度近所にあるデパートの屋上に着地した。

本当ならバイクで帰るつもりだったが、先ほどの戦闘の際に発生させてしまった衝撃波によって無惨にも大破していたのと、また変身解除後にあの激痛に見舞われたらどうしようという不安に駆られた結果、こうして多少大声上げても平気そうな場所且つ『秋都』に近い人気のない場所を探すことになった。

 

途中から抱きかかえてた状態から肩に担ぐ形となっていた鏡花を下ろすと、また全身を引き裂かれ捻じ切られる様なあの激痛を味わなければならないかもしれないという事に、國次は若干ナーバスになりながら少し気持ちが落ち着く――というより覚悟決まるまで――までベンチに座ることにした。

気のせいか、胸の発光器官も弱々しく光るに留まっているように見える。

ふぅ、と疲れ気味の溜息を吐いていると、鏡花がちょこんとその隣に腰を下ろし心配げにヒーローというよりむしろ強敵系怪人にありがちなイイ部類の顔を覗いた。

 

「えっと、大丈夫?」

『この後の痛みを考えると、ちょっと心折れそうです』

「そ、そう……」

『……まあ、でも』

 

両膝をパンッと叩き立ち上がると、既に雨が止んで空にうっすらと虹が掛かっているその方面へと体を向ける。その方向にはちょうど、今日ノイズに出くわした付近と崩れかけの博物館が遠目にとはいえ確認出来た。

表情の見えない硬質な顔面に、僅かながら達成感を浮かべながら國次(異形)は苦笑気味に頬を指先で掻き、視線をまっすぐ向けたまま言葉を続けた。

 

『病院で悩んじゃってたけど、ちょっとはこの体にも、力にも向き合えるかもって。もうちょっと手を伸ばすことが出来そうかなって、思えたからさ……少しは我慢できるかなーって』

 

いやなに言ってるんだろうね、僕。と恥ずかし気に俯き、再びストンとベンチに座り込んだ。

しかし鏡花はそれを笑わず、そっか、とだけ呟くとポンと彼の背中をその小さな手で叩いた。

その行為に、頑張れってことかなと、年下なのに敵わないなあ等と考えながら國次は仮面の下の顔をくしゃりとさせた。

 

 

 

 

 




これにて漸くプロローグは終了、次回から2年後の本編が始まります。
ただまあ、主人公の戦う理由がこれでいいのか、という感じが拭えない(汗)

一応、今後のストーリーを経て戦う理由をもうちょっとキチンとしたものに整えていくようにしたいけれど……温かい目で見守っていただければ幸いです(汗)


さて次回更新予定についてですが、暫し忙しくなりそうなのでまた期間が空きそうです。それまで気長に待っていただければ……(汗)

では、また次回でお会いしましょう

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