もう一つのネフィリムーエルバハー   作:赤い変態

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結局年明けになってようやく投稿できた次第です(汗)
誠に申し訳ありませんでした(汗)
今後もかなりゆっくり不定期な感じの投稿になると思いますが、何卒よろしくお願いします


理由と、感情と、矜持と

國次が目覚めたのは自宅のリビングにあるソファーの上だった。

この数週間で着実に寝床となりかけているソファーから身を起こし、軽く伸びをすると壁に掛けられている時計に目を向けると針はまだ夜明け前の午前四時を指していた。

 

「弁当作らなきゃ……って、今日は用意しなくてもいいんだったか……」

 

寝癖だらけの頭を掻きながら起き上がるも、弁当を用意するべき相手が今家に居ないことを思い出し呟く。

 

昨夜のノイズ対処後、誰にも見つからない様に森の中で一旦変身を解いた國次は、反動から全身に走る痛みに耐えて息を潜め、反動が治まると急いでバイクの元まで戻った。

ふと携帯を確認すると、メールが一通届いていることに気付く。

送り主はこれから迎えに行く妹であり、内容は「クラスの子の部屋に泊めて貰う事になった」と一言だけ。部屋、という表現からおそらく寮に住んでいる子だろうと予想をつけながら一応念のためにと妹に電話。

泊めてくれる子に迷惑をかけないようにと注意してから、そのまま自宅に戻ったのだった。

 

(で、そのあとは特にやることもなかったから飯食って借りた映画見てそのままソファーで寝たんだったか……)

 

とりあえずシャワーでも浴びて、さっさと『秋都』に行って店長たちの朝食の用意と開店の準備をしなければ。

今日の予定を確認しながら國次は寝起き直後の覚束無い、ふらふらとした足取りでバスルームへと足を運んだ。

さっと寝汗を洗い流し終え私服に着替えると、冷蔵庫から食パンを取り出し特売で買ったチーズをのせオーブントースターで二分半ほど焼く。

パンが焼けるまでの間にインスタントコーヒーをお湯で溶き、砂糖を大匙八杯入れてかき混ぜる。

『秋都』で居候していた時や実家で妹と一緒の時ではまずやらないような内容の朝食だが、自分一人だけの時はこういった手抜きで済ませるようになった。

昨夜なんてトマトジュースベースの簡易的なスープだけだが、一人だけの食事なら腹に詰め込む量もその程度で問題はない。

 

「でも、あんまり手抜きしていると習慣になりそうだし、一人の時でも凝った食事を用意するようにしないとなぁ」

 

一人、カリカリに焼けたトーストを齧りながら呟きテレビのリモコンに手を伸ばす。

この時間帯でニュースを放送しているチャンネルに合わせると、ちょうど昨日のノイズ出現についての報道が流れていた。

 

『昨夜、私立リディアン音楽院周辺の山岳地帯にてノイズが出現しましたが、自衛隊特異災害対策機動部による避難誘導は完了しており、被害は最小限に抑えられたとのことです。また、現場に噂の都市伝説「電飾怪人(イルミネイザー)」が現れていたという情報も入り―――』

 

「なんかいつの間にか都市伝説化しちゃったなぁ、僕。てか電飾怪人って……そんな変な名前で有名になるってのは複雑だなぁ」

 

というか別に有名になんかなりたくもないのになぁ、と愚痴りながら朝食を終え支度を調えねばと立ち上がった。

 

 

◆■◆■

 

 

ここ最近、『秋都』の開店直後の数時間はとにかく忙しい。

常連も多く評判が良かったのもあるが、三ヶ月前に雑誌の取材を受けたことで知名度もアップ。開店前から客が並ぶようになり、開店後も昼過ぎまで客足がまるで途切れない日々が続いていた。

幸い今はまだ店長と國次、それと他のバイト二人で現状どうにか上手く捌けているが、この状況がまだまだ続くのであれば新たにバイトを募集した方が良いかもしれない。

そしてこの日も開店前から並ぶ客や常連が多く訪れた『秋都』だったが、昼直前辺りで漸く客足も途絶え始め、交代で一息入れられるくらいには落ち着いていた。

 

「そういえば、今朝のニュース見ました?」

「あぁアレだねー、噂の電飾怪人がまた現れてノイズを倒したってやつ。でも本当なのかなー? なぁんか嘘っぽいんだよねぇ、化け物(ノイズ)を倒す怪人とか、特撮染みてさぁ」

「まあ実物見た人ってあんまりいないみたいですし、今出回っている写真とかも捏造っぽいのが多いですからねぇ」

 

丁度、店内に客が一人も居なくなったタイミングで、フロアを担当しているバイトの女子二人の声が厨房まで届いてきた。オーブンの前で午後用のパンが焼き上がるのを待っていた店長は、「すっかり人気の話題だねぇ、例の怪人くん」と呟く。

 

「最初の内はノイズの亜種だバケモノだ、UMAだ変態だなんて騒がれたけど、今じゃ闇夜に紛れて戦う正義の怪人って扱いだね。もし本当に存在するならぜひとも一度は見てみたいもんだ」

 

「ね? 國次君もそう思わない?」と目線だけをよこしてくる店長に、コロネの中心にチョコクリームを詰めていく作業をしていた國次は、それを聞いてぎこちなく「そ、そうですねー」と頷き返す。

 

(すんません、ここにそのモノホンいます)

 

内心そう返しながら、作業を終えるとエピやバタール、今しがた完成したチョココロネを載せた天板をもって厨房から出て陳列棚に並べていく。

 

(それにしても、なーんで(イルミネイザー)ばかりが話題に上がってコスプレチックな格好で戦う歌手(風鳴翼)の方が一切話題に上がらないんだろ)

 

パンを並べながら、割と疑問に思っていたことを考える。

思い返せば、初めて会ったときや昨夜の時も周りには特機部の面々が居たにもかかわらず、彼らは自分を見た時より、まったくという訳ではないが驚きがなかった。

 

(時折ヘリから降りてくることもあったし、やっぱり特機部の関係者なんだろうなぁ……)

 

彼女の事が一切表に出ないのも特機部辺りが手を回しているからだと考えれば、合点も行く。が、そうなるとまた別の疑問が浮かぶ。

何故、歌手である風鳴翼がノイズと戦う立場にいて、倒せる力を持つのか?

知りたければ、彼女の誘いに乗り連れて行かれるであろう場所で行けば分かるのだろう。そして恐らく、この体に起きている変化についても色々と分かるかもしれない。しかし、怪人に変身する人間なんて下手すりゃ解剖か研究の対象されそうな気がしそうで。

……体内にある謎の異物、異形化、ノイズに触れても炭化せず且つ倒すことが出来る力。

マッドな方々に見つかれば、モルモットコース直行が確実になるくらい十分材料が揃っている。悲しい事に。

故に彼女が特機部かそれに近しい組織に属するとしても、非人道的な事をされる可能性がないとは現状では断定出来ないので、

 

(気が乗らない……)

 

しかしいつまでも現状維持というわけにもいかないだろうという事は、十分分かっている。変身解除後の激痛を除けば害のある様な副作用は今の所無いから良いものの、少なくともこの身に宿る異物と異形の能力はこのまま放置で良いという訳にもいくまい。

一応定期的に医療機関で、というより個人的に知人(蒼井純)に診て貰っているがそれでも、それが限界だ。

その知人、というか主治医である純に先月一度診て貰っているのだが、「二年前から変化が全く起きていない」という事以外、全く分からないという結果が教えられている。

腹部に埋まっている遺物も、そしてソレから体中隅々へ蔦のように延ばされ複雑に絡み合っている紐状の物体も、一切の変化を見せず何の支障も見せていないというのが不気味過ぎて、摘出するのもお手上げのまま。

天板に乗せてあった数種のパンを半分ほど並び終え、ふいに天井を見やり一つ息を吐く。

 

(―――気は進まない、進まないけど……このままという訳にもいかないし、やっぱり一度きちんと彼女の所属するトコと接触するべきなのかなぁ?)

 

等と自問するが、これまでの投降という名のお誘い(実力行使五秒前)に対し全て断り続けてきた奴がいきなり素直について行くと答えたところで、返って怪しまれるのは想像に難くない。

 

……少し考え方を変えよう。まず彼女の所属する組織に行ったと仮定して、こちらにどれくらいメリットとデメリットがあるかどうか……。

現状考えられるメリットは精々、この身に宿る異物と異形か、力の正体を知ることくらいだろう。だがこれは相手に優秀な研究者が居たらの場合で、確実性は薄いが。

そしてデメリットについてだが……まず行動の制限と研究対象になるのは確実、解剖まで行くとは考えたくないが無いとは断言出来ないし、モルモットコースは十分あり得る。あと、行動の制限をされた場合今後『秋都』で働き続けるのは無理、退職を迫られるだろう。

他に考えられるとしたら、一緒に生活している妹や自身の身近な人々の事もある。もし非協力的な態度をとれば、彼ら彼女らに何をされるかわかったものじゃない。

 

次に視点を変えて、彼女(風鳴翼)側の組織のメリットとデメリットを考えてみよう。

まずあちらのメリットとして、彼女側の目的は今までの観察からしてノイズの処理がメインであるのは明白なので、自分(イルミネイザー)を手の内に置けば対ノイズの戦力として大変魅力的だろう。それに研究対象にすれば、対ノイズの札を増やせるかもしれない。

それに対しデメリットは、ほぼ無いといってもいい。デメリットになるような事をされる前に『首輪』を付けて抑えれば良いだけなのだから。

 

(向こうのがメリットだらけで、此方はほぼデメリット。ついて行ったところで損しかしない、か……)

 

かなり悪い方向寄りに考えてしまったが、それでもあり得ない話ではない。今の生活を続けたいのなら、せめて此方のデメリットを減らし且つメリットを最大限引き出し向こうと交渉し、此方の要求を通らせるでもしない限り無理だろう。

今のまま交渉しても、あちらの手札は豊富で此方の札は、正直言ってこの身一つだけ。交渉どころか話にすらならない。

相手と同じ土俵にすら立てない……これでどうすればよいというのだろうか?

 

「あのー、国津さん? 急にボーっとしてどうしたんですか?」

 

ふとレジで待機していた眼鏡をかけた小柄なバイトの女子が、心配そうな顔をして國次に声をかけてきた。

それに続くように、先程まで彼女と電飾怪人について会話していたもう一人バイト、髪を金髪に染めた胸の平らな、國次的には惜しいと言わざるを得ない糸目の女子が「どったのクニちん、お疲れモード?」と珍しげに見てきていた。

どうやら思いの外長考していたらしい。

「いや、なんでもないよ」といって誤魔化そう、と考えるがふとある考えが過った。

ゲームか漫画などに例える形で、他の人の意見を聞いてみるのはどうか、と。

まああまり期待出来るわけではないが、試さないよりはマシだろうと思い、口を開いた。

 

「あぁうん、ちょっと考え事をね。最近買った小説で主人公が重要な場面をどう切り抜けるかってなるところまで読んでさ、もし自分ならどう切り抜けるか、なんて考えてね」

「ふーん、あたしはあんまり小説読まないからわからないけど……その主人公はどんな状況なの?」

 

と、切り出した途端糸目の子が食い付く。

意外だなと思いつつも國次は異形(自身)や翼等を主人公と敵ではないが重要な組織等に例え、関わる事によるデメリットやメリット、交渉するための手札をどうするかなどと語っていった。

そして主人公が考えた範囲で考えられる札が身一つしかなく、自分だったらこの場面をどう切り抜けるかといった所まで語るとずっと黙って聞いてた眼鏡の子が口を開いた。

 

「ちょっと思ったんですけど、別に同じ土俵に立って交渉する必要はないと思いますよ、その主人公さん」

「どうして?」

「ワザワザ不利な土俵で交渉するよりも、有利になる土俵に引き摺り落して主人公さんのペースになるように巻き込んでしまえばいいんですよ。その組織さんは政府関係で、情報統制もある程度出来るという事は、情報こそが価値の高い札です。ならその札の意味が、価値が無くなればいいんです」

 

例えば、と言いながら指を立てる。

 

「話を聞く限り、その組織さんによって主人公さんの存在は公にされる事も無く噂程度の存在にされている可能性があるんですよね。 これ、結構重要です」

「ん? どの辺が重要なの?」

 

糸目の子が合の手を入れると「いいですか?」と続ける。

 

「つまりコレ、主人公さんの存在が公になると困ると組織さんが自ら宣言しているようなものなんです。もし主人公さんの存在が民衆に知られて有名になってしまえば手が出しづらくなって、放置した方が都合良いんですよ、この場合」

「え、それだけで?」

「それだけでいいんです、国に属する情報機関にとって民衆や世論の反応ほど怖いものってありませんからねー。で、あとは主人公さんに公の場で活躍することに対して吹っ切れてヒーローっぽく活躍して貰えばOKです。それとその後の事も考えるならその組織さんの戦士のピンチを助けるなり共闘するなりしていけば、まあいい関係性に持っていけるでしょうね」

 

まあ私が考えるならこんなもんですかね、と言いながら眼鏡をクイッと上げる。

……なんとなくで相談してみたら、あっという間に片付いてしまったことに國次は少々驚きながら「おー」と言いながら糸目の子と共に拍手を送っていた。

 

「アっちゃん頭良いー」

「あとは主人公さんが吹っ切れるかどうかですね。というか気になったんですけど、国津さん。なんでその主人公さんはあまり人目につかないように戦ったんです?」

 

それを聞かれ、國次は思わず息を詰まらせた。今までノイズと戦ったのはいつも人気が少ない時間や場所が多かったが、この二年で一般人が全くいない場所で戦ったという事は一度も無いわけではなかった。ただ、出来るだけ人目に付かないよう隠れるように戦っていたが……。

今でこそ人気な噂の怪人(イルミネイザー)だが、噂が流れ始めた最初の頃は不気味だのなんだのとニュースやネットなどで言われていた。当時はそこまで気にしないようにしてたが、やはり無意識にそれを重く考えていたのだろう。

思った以上に自分は精神的にヘタレなのかもしれないと、少々落ち込み半分呆れ半分でアっちゃんと呼ばれた眼鏡の子の問いに苦笑しながら答える。

 

「怪人みたいな見た目ってのもあったけど、最初の頃の噂で不気味だとか言われたの原因だって書いてあったね」

「ヘタレですね」

 

……もう少しオブラートに包んで欲しいと思うのは、贅沢だろうか?

 

「いっそ戦うと決めた理由や感情……譲れない矜持なんかの原点に当たる思いを刺激して吹っ切れさせればもうちょっとヒーローらしくなると思うんですけどね」

「感情や理由、矜持の原点となる思い……」

「案外馬鹿にできませんよ、そういうのって。物語の人物じゃなくても、現実でも十分そういうのは重要な要素ですから。どんな状況下でも、前向きでいられたり、立ち上がる原動力になるもんですから」

 

◆■◆■

 

その後、適当に話を切上げ厨房に引っ込んだ國次はシフト終了の一六時まで、メガネの子が言った言葉を脳内で反芻しながら今までの事を振り返っていた。

最初に異形になりノイズと戦ったあの日の理由(意思)は、目の前にある生きて欲しいと願う命を救いたいと。その次に戦った時の感情(願い)は手の届く範囲だけでも誰かを助けたいと。

では、矜持は? その譲れない原点は?

 

―――自分の戦う理由や感情、矜持の始まりである原点(ルーツ)は、どこで始まったのだろうか?

 


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