その昔、どこかの国で光る赤ん坊が生まれたのを皮切りに何らかの特異体質である“個性”を持つ人間が増え、今ではほぼすべての人間が“個性”を持っている。
『それって面白いよね』
彼は言った。
『だって、人によってそれだけ体質が違うなら、別の生き物みたいなものじゃない?』
確かに、異形型の“個性”持ちは人から外れた容姿の者が多い。しかし、ほぼ人である“個性”持ちも数多く存在する。
『おいおい、人の形だったら同族かい?肌の色が違うだけで対応がコロッと変わるような世界に住んでいてそこまで平和ボケができるなんて、まったく奇跡的だね。
僕に言わせればやっぱり多かれ少なかれ自分と違うものには恐怖を感じるってものさ』
私は口をつぐんだ。過去を思い返し、確かにそうかもしれないと一瞬思ってしまったのだ。
『そんな気持ちを懸命に押し隠して、健気に仲間面をして集まっているなんて、心底面白くって笑っちゃうぜ』
そう彼は締めくくった。
◆◆◆
皆さんこんにちは。今日は良い天気です。新たな門出にはぴったりと言えるでしょう!
『ああ!今日はなんて良い日なんだ!』
僕が今日という日に膝をついて感謝していると、周囲から人が遠ざかる。まったく、人が素直な感情を表しているだけだというのに失礼なものである。
……。
ついでに五体投地をしてみる。
「あ、あの。大丈夫?保健室いく?」
『……!』
顔を上げると、心配そうな顔の女子が僕の様子を伺っていた。
くりくりとした目に、ふわふわのボブカット。あまり高くない身長からは、どことなくちまっとした印象を受ける。かわいい。
かわいい女子に心配させたままいつまでもこうしていられない。僕は彼女の手を取り立ち上がると笑顔になった。
『いや、なあに!心配はいらないよ!僕は虫けらみたいな生命力の持ち主だって評判なんだ!
でもありがとう!その無駄な心配がとっても嬉しいよ!』
「え、あ、うん。えと、ちょっと近、というか手ぇ……」
『おっとごめんよ。えっと……お名前は?』
「あ、はい。麗日お茶子です」
『麗日お茶子……良い名前だね!さ、立ち話も何だし、歩きながら行こうか!』
「あ、ありがとう……?」
まったく、かわいいなあ麗日ちゃんは!
完全に流された対応がチョロそうでとっても良いね!
「えっと、本当に大丈夫?何か倒れてましたけど……」
『おいおい、敬語なんてやめてくれよ。僕と麗日ちゃんの仲じゃないか!』
「は、はぁ……」
『おっと、それで倒れていた理由だったね。それは雄英高校に入学できて嬉しくて、ついね』
「そっか、それで……。その気持ち、わかるなぁ。私も受かった時は本当に嬉しかった!」
『うんうん』
にこやかに会話をする僕と麗日ちゃん。ちなみに五体投地していたのはあわよくば通行人のパンツを拝見できないのかという下心からだ。
「でも倒れるのは行き過ぎだと思うけど……」
『HAHAHA!こりゃ一本取られたかな!』
ジョークも混ぜつつ仲良く歩いていると、下駄箱を越えた辺りで麗日ちゃんが立ち止まる。
『ん?どうしたんだい急に止まって』
「あ、うん。私こっちだから……」
『何だって!?絶対に同じクラスだと思ってたよ!』
「何その確信!?下駄箱の時点で別クラスだったやん!」
ツッコミもナイスだ!
『ま、いっか。じゃーね麗日ちゃん!また明日とか!』
「え、え~…………あ、名前は?」
◆◆◆
この世の中がおかしいということかな?私は言った。
もしも、彼にそういった思想犯的な部分があるなら見過ごすわけにはいかなかった。
『いやいや、今のはただの冗談だぜ?まさか真に受けるなんて思っていなかったなぁ。ごめんね!』
軽い調子で答える彼。
そうか、ならいいさ。
---答えた瞬間、私の体には大きな螺子が突き刺さっていた。
『おいおい』
いつ動いたのか、私の体に突き刺さった螺子に手をかけた姿勢のまま彼は言った。信じられないことに、彼は目にも止まらぬ速さで私に螺子を突き刺したらしい。
『人がこれだけ誠意をこめて謝っているってのに、それだけ?相手の誠意にはそれに見合っただけの態度ってものがあるだろう?』
先ほどまで常にあった口元の笑みが、いつの間にか消えていた。
彼は、思ったよりもヤバい奴のようだった。非常に不味いことに、沸点がどこにあるのかわからないタイプだ。
『しかしまあ、それを伝えられなかった僕の方にこそ問題があるのかもね』
そんな、馬鹿な。
意図しないつぶやきが口から漏れる。
つい一瞬前まで私を貫いていた螺子も、私の傷跡も、飛び散っていた血痕すらも、
『えい』
ぼきり。
呆然とする私の耳に木の棒が折れたような音が聞こえた。顔を上げる。
彼は片手を掴み、膝に床に叩きつけることで
『これでいいかな?うんうん。間違いには罰が必要だよね』
きみは、いったい---。
生理的な嫌悪感と共に私が問いかけると、彼はにこやかに返答した。
『そうそう、挨拶を忘れていたね。僕の名前は---』
◆◆◆
『---僕の名前は球磨川禊。仲良くしてね!』
良い挨拶だった。クラスの顔合わせの場としては会心的ですらある。
にも関わらず、起こる拍手はまばらである。歓迎されていないのは明らかだった。
『このことについてどう思う?心操くん』
教壇の上自己紹介を終え、席に戻ってから真後ろの席に座る心操くんに話しかけると顔をしかめられる。
面倒くさげに黙っている心操くんを諦めずに見続けていると、ため息を吐かれてしまった。
「……お前が入学式をサボって、ボロボロの格好でオリエンテーションに遅刻してきたからだろ」
『あ、なるほど。しかし心操くん。でも、遅れたのには理由があるんだよ』
「しらねーよ」
あの後、麗日ちゃんと別れたものの迷子になってしまい、ひょんなことから激しいバトルを繰り広げ、紆余曲折を経ながら教室に着く頃にはもう入学式は終わっていたのだ。雄英高校が広すぎるのがしょうがないね。
『まったく、時間があれば心操くんにもボリュームで言えば単行本一巻くらいある僕の大冒険を聞かせてやりたいぜ』
「へー」
僕が悔しがるも心操くんは全く信じていない様子。それどころかお前の話より自己紹介を聞いていたいと言わんばかりに前を向けとジェスチャーをしてきた。
「ほら、自己紹介聞けよ。そんで俺以外の奴らとしゃべってろ」
『え~。僕は心操くんがいいのに~』
「……なんだそりゃ。なんで俺に……」
『だって心操くんは、自分の嫌なところを受け入れて進もうとしてるじゃん』
「……っ!」
『自分の欠点をそのままに受け入れる姿勢、僕は好きだぜ』
目を見ればわかる。心操くんの目は、昔から鬱屈をした気持ちを抱え続けてきた人間の目だ。そして、それを受け入れようとしている目だ。
誰よりも欠点だらけと自負するこの僕だからこそ、そういった欠点はよくわかる。
「……そうかよ」
ぶっきらぼうに言う心操くん。まったく、そんな顔はツンデレかわいい女の子にこそやってほしいものだぜ。
「……そうかよ」
おっと、口が滑った。
「……なあ、お前、何つったっけ?」
『うん?なん---?』
あれ?意識が---。
◆◆◆
腕の手当てをと提案した私だったが、彼は断った。曰く、『手当てをするならその分早く帰って漫画を読みたい』らしい。
『それで、何だっけ?』
なんてことのないように彼は言った。どうやら、彼のこれまでの異常な行動はすべて日常の範疇を出ないようだった。
気を取り直し、入試のことだと私は言った。
『ああ!もしかして合格ですか!?』
現金にもいきなり敬語になった彼に、もちろん違うと私は言う。続けて、合格できると思っていたのかと尋ねたところ、彼はすぐに頷いた。
『もちろん、僕だけが仮想敵とやらを行動停止にしていたし、これで不合格になる理由がわからないくらいさ』
驚くべき事に、彼はあんな事をしておいて、それが特筆すべき事ではないと思っているようだった。
鮮やかな手並みだった。いきなりのスタート合図に受験生たちが戸惑い、行動を起こそうとする瞬間を的確に突き、すべての受験生は螺子付せられた。
地面へと巨大な螺子で突き刺され縫い付けられた受験生の中には重度のトラウマを抱えてしまった者も少なくなかった。体を貫かれたことを思えば当たり前の話である。
しかし、救助された受験者たちの体には、
その異様さは彼の入試時にも表れている。仮想敵のロボットは、入試用ということでわざとスペックに穴を空けている。彼の攻撃はすべてがその穴を突いていた。行動アルゴリズムの穴、装甲のもろい部分、構造上の欠陥。知らないはずのそれらを的確にである。
そして、彼は
彼の“個性”届けには『螺子作成』と記載されている。しかし先ほど体感してわかった、彼の個性はそれではない。どこからともなく表れる螺子は本質ではなく、あくまで福次効果なのではないだろうか。
そんなことを考えつつも表情に出さないように気をつけながら、彼に君は筆記が悪すぎるからヒーロー科に合格は無理だと述べた。
◆◆◆
『……はっ!』
僕が気がつき辺りを見回すと、なんと教室には誰もいなくなっていた。
いや、一人だけいた。
「……よぅ」
僕の真後ろの席に座る心操人使くんである。
『う~ん。これはもしかしなくても心操くんの仕業かい?』
「ご名答。で、どうだい気分は」
『ん?何が?』
「……気づいてねぇのか?俺の“個性”で洗脳されてたんだよ、お前」
『あ、そうなの?で、それが何?』
悪い顔で笑っていた心操くんだったが、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になる。
「なんだよ、気にしてないってか!そんなわけないだろ!いきなり洗脳されて、そんな---!」
『気にしてないよ?』
心操くんの言葉が止まる。状況は良くわからないが、これだけは言える。
『なんだ、そんなことを気に病んでいたのかい?別に構わないぜ。
助けられても、害されても、好かれても、嫌われても、愛されても、憎まれても。
何もかもを受け入れる。
僕がその程度のことをできないと思われていたなんて、心外だぜ』
「……そうかよ。その、悪かったな」
『別にいいよ!じゃ、親睦を深めるってことでカラオケにでも行かない?』
「ああ、いいぜ。つってもここら辺のカラオケ屋知らねえんだよな……。お前知ってるか?」
『残念ながら知らないね。まあ、若者らしく足で探すことにしようか!』
まあ、今言ったのはもちろん冗談なんだけど……。心操くんが嬉しそうだから良いか!
◆◆◆
それはそうと。
『はい、なんでしょうか?』
どこかコミカルな動作で落ち込んでいる彼を観察しつつ話の核心に入る。
雄英高校普通科の受験生が何人か試験に来られなかった事件について何か知らないかい?
『さあ?案外ジャンプに熱中しすぎて遅刻したんじゃないですか?』
……そうか。
彼はどうやら何も知らないようだった。どれだけ嘘をつきなれていても、体の反応は隠せない。今までの会話で彼の癖を見ていた以上、ほぼ確実に嘘はついていない。
雄英高校ヒーロー科は入試倍率が例年100倍を超え、普通科もそれに準じて入試倍率は高い。しかし、今年は違った。
入試倍率0.5倍。
これが今年の雄英高校普通科の受験倍率である。
受験希望者はいた。願書も数多く来ていた。しかし、当日になって彼らは現れなかった。
この異常事態には警察も動員され、捜査が行われたがその結果として手に入れたのは彼らが全員、雄英高校を受験することを
このことは今、『事件』の呼び方で世間を騒がせていた。
もちろん雄英高校側もこの事件への対応へ追われている。彼を始めとする普通科の受験者(定員割れを起こしたので全員が合格者である)への聞き取りもその一貫だ。
雄英側ではこの事件で定員割れが起き、本来なら得点が足りなかったため合格できなかったところを合格できた彼を(ヒーロー科の入試態度も加味して)疑ってもいたのだが、どうやら無関係のようだった。
『じゃ、話も終わったみたいだし、僕は帰るよ』
ああ、さようなら。
彼は折れた腕のまま、私に『証拠もないのに生徒を疑った』という後味の悪さを残して去っていったのだった。
◆◆◆
雄英高校の校長室。夕陽が差し込む中で根津と相澤は向き合っていた。校長室らしく品のいい調度品が並べられ、窓からは夕陽が差し込んでいる。
根津はようやく普通科の合格者全員への面談を終え、相澤は隠し撮りしていたその映像を見終えた直後のことである。
「校長、録画ビデオを見ましたが……球磨川禊、こいつは危険です。入学を取り消すべきでしょう」
「ふむ、君らしくもない非合理的な意見だね。結論から言えばそれは出来ない。彼は、今の時点では素行の悪いだけのただの生徒さ」
「しかし……」
顔を曇らせる相澤に、根津は諭すような口調になった。
「まあ君の言いたいこともわからなくはないさ。僕も彼を野放しにするのは危険だと思うよ。まあでも、そこは彼の担任に任せることにしよう」
「……そうですね」
根津は座っていた椅子を回転させて窓の外を向くと、どこか納得のいかない様子の相澤に努めて明るく声をかけた。
「まあ、なんにせよ普通科の受験者に被害を出してしまったのは僕たち雄英側の落ち度さ。なら、すべきことは犯人探しではなく来年以降の予防策を探ることじゃないかい?」
「……そうですね。少なくとも、ヒーロー科以外の受験生たちに対しても警備を増すべきでしょう」
「ああ、去年まではヒーロー科を重視した警備だったが、それが仇になってしまったようだからね」
「……校長は彼が『事件』を起こしたと?」
「確証はないが、僕はそう思ってる。動機はおそらく、入学したかったからとかじゃないかな?」
「しかし、それだけの理由であのような……いや」
思案顔になる相澤。思い返しているのは映像で見た球磨川の言動である。
「
「……否定できませんね」
「ま、ただの推論さ。意味はないよ」
「はい。証拠がない以上。我々は彼を見守るしかない……」
「そういうこと」
「……わかりました。それでは私はここで。……失礼します」
相澤が校長室を辞する。
扉の外から気配が遠ざかると、根津は机の引き出しから球磨川の資料を取り出して広げた。名前、年齢、周囲からの評価など簡単な情報が記載されている。今回の『事件』を受けて雄英が独自に調査した資料だ。
「しかし……あの躊躇いのなさ、行動は危ういが、調査によれば普段は奇行が目立つものの素行は悪くない、むしろ良いという矛盾……気になるねえ」
根津はまた、得体の知れない少年に対し考えを巡らせるのであった。
続きを書くのは、あなただ(書く気0)
裏設定
主人公:球磨川禊
『めだかボックス』の球磨川禊とは同姓同名で容姿がよく似ているだけの別人。他人の空似というやつ。
本気でヒーローになりたいと思っているが、自分がヒーローになるためには雄英高校レベルの教育を受けなければ厳しいと思っている。
持っている“個性”は『大嘘憑き』。『めだかボックス』の『大嘘憑き』とほぼ同様。使用すると干渉した因果の大きさに比例して過負荷化する。つまり性格がやさぐれ、行動の結果が自らの意図した目的とは違う結果になりやすくなる。元の状態に直るのには時間がかかる。
ひねくれた対応や軽いノリは1つのことに『こうしたい』と強く思っているほどそれが実現しなくなるから。
なお、『事件』は“個性”を使いすぎて過負荷化したこいつがやった。しかし、犯行後に自分の記憶すら無かったことにしているため、本人も気がついていない。