ロウきゅーぶ!短編集   作:gajun

18 / 51
忍さんは心配性3(完)

「よし、こんなところかな」

 智花が泊まりに来るかもしれないため、始めた部屋の掃除もひと段落。

 もともと日ごろから頻繁に掃除もしてるし、机の上に散らばってるペンを戻したり本を棚に戻す程度でも大丈夫だろう。

 

「あとは俺が寝る布団を――いや、それは必要ないな」

――あぶないところだった。なんでまた俺と智花が一緒の部屋で寝るつもりになって準備してるんだよ。前は仕方ないにしたって、今回はそんな必要全然ないだろうに。

 

「昴くーん」

「なんだい。母さん――」

 不意にドアをノックする音共に俺を呼ぶ母の声にドアを開けながら返事をし固まる。

 直前まで俺も同じことを考えていたから、気持ちはわかる。でも、それなら俺と同じくここに来るまでに気づいてほしかった。

 

「はい。明日、智花ちゃんがお泊りに来るんでしょ。だからお布団持って来てあげたわよ」

「母さん、心遣いはありがたいんだけど、それはいらないだろ――」

 別にここで智花が寝るわけでもないのに。俺はただそう続けたかっただけなのに。

 

「え!? 二人とも、もうそんなとこまで進んじゃってたの!?」

「違う!! 何を勘違いしてるのかわからないけど、別に智花が俺の部屋で寝るわけじゃないから、布団は必要ないだろって言いたいだけだ!!」

 とんでもない誤解をされる前にしっかりと、その勘違いを否定しておく。なんの勘違いかは知らないけど。きっとろくでもないことだと思うから。

 

「えーでも、前は仲良く一緒に寝たんでしょ」

「一緒の部屋で別々にね!」

「だったら――」

「前は事情があったからだけど、今回は一緒の部屋で寝る理由はないだろっ」

 どれだけ俺の事を信用してくれてるのかは知らないけど、いくらなんでも人様の大切な一人娘を息子の部屋で一緒に寝せようと思わないでくれ。

 

「んー? でも、智花ちゃんが一緒に寝たいってお願いしてきたらどうするの?」

「その時はその時考えるけど、わざわざ俺の部屋で寝るように誘導する必要ないだろ」

 最初からここが智花の寝る場所だ。なんて、俺のベッドを提供しちゃったら、智花は断ることもできないだろう。

 きっと嫌なのを我慢して、俺と不安な一夜を共にすることになってしまう。

 間違っても手を出すことはしないけど、例えそう説明したところで、彼女が怖い思いをすることは避けられない。

 

「それもそうね。それじゃ、お布団は戻しておくから、これだけ受け取って智花ちゃんの所に入れてあげて」

「りょーかい」

 布団の上に重ねられていた数枚の衣類だけを受け取ると母さんはドアを締め、持ってきた布団を戻しに再び廊下を歩いていく。

 母さんから受け取った洗濯済みの衣類を何気なく広げると、ふと懐かしさを感じる。

 

「そういえば、お気に入りだったけなぁ~」

 小学生時代に愛用していた黄色を基調にしたタンクトップとバスケットボールの刺繍入りのハーフパンツ。

 

――この頃から、バスケにどっぷりハマっちゃってたんだよなぁ~

 

 あの事件のせいで一時的に止めてしまったけど、智花達と出会ってからは、また再開して毎日やってるロードワークとシュート練習だって、あの頃からずっと続けてきた。

 今の俺には、もう小さくて着れないけど、智花の練習着くらいには役立ってくれるだろう。

 雨や不測の事態で、万一服を汚してしまった時の臨時の着替えとして、智花の予備の着替えを一式預からせてもらってるし、こっちからも俺の古着を自由に使ってもらおうと貸し出している。

 俺自身、自分のお古を着せることに抵抗はある。でも、智花が嬉しそうにそれらを着てくれたことに気恥しさと同時に、俺のお気に入りの品々を智花も気に入ってくれたように感じられて嬉しさもある。

 本当は俺を立てるために嫌なのを無理しているんじゃないかと勘繰ってしまうこともあるが、うっかりその格好のまま帰ろうとしてしまって頬を染めている智花を見て、それも杞憂だったんじゃないかと思えた。

 まぁ、そんな感じで少しは俺も智花に恩返しができているといいのだけれど、ここで最大のミスを犯してしまったことに気づいた。

 

「どうしようこれ……」

 

 俺の手の中には俺の古着が数点。それは全く問題ない。俺のなんだし。

 でも、それをしまう場所が致命的だった。

 俺のタンスの一角。そこを智花専用スペースとしている。

 何着かは俺の古着がすでに何枚か入っていると思う――実際に開けて見たことなんてないんだから、思うとしか言えない。

 ただ、それ以外は全て智花が自宅から持ってきた、智花自身の私物なのだ。

 手元にある古着をタンスにしまうためには、当然タンスを開けなくてはならないわけで、収納されている智花の数々のプレシャスを目にしてしまう可能性が極めて高いと予想される。

 

――そう。俺は本来、例え自分の物であろうと、母さんからこの古着を絶対に受け取ってはいけなかったのだ。

 あの時取るべき最善の手は、俺が布団を戻す役割を担い、代わりに母さんに智花専用スペースに俺の古着を入れてもらうべきだったのだ。

 

「なにが『ここは智花ちゃんの専用スペースだから昴君は開けちゃダメよ』だっ! 言い出した本人がやらかしてんじゃねーか!!」

 とはいえ、今更後の祭りだ。どうする……俺はどうしたらいい。

 手元には昔の俺の一番のお気に入り。できることなら、これを智花にも是非とも使ってもらいたい。これを着てくれた智花を見たい。

 ゴメン。智花、一度だけ俺は過ちを犯す。自分の欲望を抑えきれない俺を許してくれ!

 

――そして俺は自らの欲望のままに智花の秘密の場所をこじ開け全てを曝け出させてしまった。

 

 機能性を重視し俺との激しい運動に適した体操服もあれば、やっぱり智花が一番好きな色なのか薄桃色を基調にしたレース素材を使用している、とてもかわいらしいワンピース等々がとても丁寧に畳まれてしまわれていた。

 実際に智花が着ているところを見たいものだな。間違いなく似合うだろうし。

 

――って、何一つ一つ確認してんだ俺は!?

 

 今までの記憶を抹消するように激しくかぶりを振り、本来の目的の遂行を再開する。

 

「えーと、俺のお古をしまってるところは――」

――何気なく視線を隅の方へ動かした先で奴と目が合ってしまった。

 

 時に白、時に薄桃色と多種多様な配色形体持ち、またある時はその身の一部にクマの化身を宿し、有事には常に肌身離れず智花の聖域を護り続けている、あのお方がいらっしゃった。

 どうやら今は智花を守護するという任を解かれ、この場でしばしの休息をされておられるようだ。

 

――智花。本当にゴメン。すぐに記憶から抹消するし、智花は不思議に思うかもしれないけど、絶対にこの埋め合わせを必ずするから。

 反対側の隅を確認したところで、ようやく俺が安心して目を休めることができる安全地帯を発見した。

 そこに目的のブツを捻じ込むと、今まで曝け出させてしまっていた智花の秘密の場所をぴったりと閉じる。

 

 

「はぁ~~~任務完了」

 長い溜息を吐きながら、全て終わったという実感が湧いてくる。

 すっかり脱力していたところで、急に携帯が鳴り響く。

 

「!? と、とも……か?」

 画面に映し出される発信者の名前に、自分が直前までやっていた行為への罪悪感が戻ってくる。

 俺が逡巡している間も彼女が俺を呼ぶコール音が鳴り続けている。

 

「――と、何してんだ俺は……ゴメン智花。お待たせっ」

『きゃっ……あ! す、すみません。夜遅くにお電話してしまって』

 慌てて電話取り、そのままの勢いで話してしまい、電話の向こうの智花を驚かせてしまったようだ。

 

「驚かせちゃってごめんね。俺に用事だよね?」

『は、はい。その明日なんですが――』

「うん……」

 どっちだ。電話越しの智花の様子からは、まだ判断できない。

 

『ご、ご迷惑でなければ、どうかよろしくお願いしますっ!!』

「よっしゃっ!!」

『はぅ!? ……えへへ』

 おっと、喜びのあまり思わず叫んでしまったら、また智花を驚かせてしまったが、嬉しそうな笑い声も聞こえてくる。

 

「無事許可もらえたみたいだねっすごい嬉しいよっ」

『明日のいつもの朝練の時間にお伺いしますので、一日中お世話になってしまいますが、大丈夫でしょうか? ……もしご迷惑でしたら、午後からでも』

「うちはいつでも大丈夫だよ。朝からずっと智花と一緒にいたいくらいだっ」

『ありがとうございますっ!! 私も朝から昴さんとご一緒にいられるのすごく楽しみですっ』

 人の事言えないけど、電話越しでもわかるくらい智花もテンション上がっちゃってるな。本当にお泊りを楽しみにしてくれているみたいで何より。

 

「よし、それじゃ、智花が気持ちよく過ごせるようにしっかり準備しておくから楽しみにしててね」

『あ……すみません、私のために準備して頂いていたのに、手を止めさせてしまって……それでは明日よろしくお願いします。失礼しますねっ』

「おやすみ。智花」

『おやすみなさいですっ昴さん』

 電話を終え、智花との会話の余韻に心地よく浸りながら再び作業を再開し、ほどなくして終わった。

 

――あれ? もしかして今俺がしまわなくても、智花が来た時に手渡しすれば良かったんじゃ……うん。すんだことだし忘れよう。俺は何も見てないし、何もしてない。

 

「明日は朝からずっと智花と一緒にいられるんだし、早めに寝ないとな」

 ワクワクする気持ちを強引に抑えて眠りにつくことにした。

 

                      *

 

「思ったより寝つきも良かったし、寝覚めもばっちりだな」

 心なしかいつも以上に清々しい気分で目が覚めた気がする。

 

「よしっまずはロードワーク行ってくるか」

 帰ってきたら、きっと智花が出迎えてくれる。そして今日はずっと一緒にいられるんだ。

 いつも以上に気合が入ってしまっている気がする。

 最後の角を曲がったところで、家の玄関の前でショートヘアを片結びにしている少女がこちらに向かって手を振ってくれているのを見つけた。

 

「昴さんっ」

「智花っ」

 ほんの少しだけ速度を速め、近づいてきたところでゆっくりと速度を緩めて、手前で停止。

 夏祭りの時みたいに、勢いそのまま抱きしめてしまいそうになるようなミスは犯さない。

 智花も同じことを思い出していたのか照れながら目を細めて微笑んでいた。

 

「すみません、我慢できなくて、いつもよりちょっとだけ早く着てしまいました」

「構わないよ。っていうか、俺も智花と早く会いたかったし、ちょうどよかった」

「えへへ」

「それじゃ、さっそく俺の部屋に行こうか。今日はいっぱい楽しもうな」

 二人で笑いながら家の玄関に向かって歩き出そうと振り返ると――

 

――今まさに振り上げた拳を俺に向かって叩きつけようする怒りに満ちた目をした忍さんの姿があった

 

「!?」

 今何が起こったんだ……

 

「昴さん!! お父さんなんてことするの!!」

 倒れた俺に駆け寄り起こすと、今まで一度も見たことがないくらいに怒りを露わにして父親を睨んでいた。

 そこでようやく俺は自分が忍さんに殴り飛ばされたことに気づいた。

 強い衝撃と殴られた頬の痛みを体が少しずつ自覚し始める。

 以前万里に殴られた時に比べれば威力そのものは低いが、どこか心に響く重さがあった。

 きっと智花に対する父親の想いの重さって奴なんだろうな。

 

「いきなりすまないな。そのニヤついた顔でふざけたことを抜かしていたから我慢ができなくなってしまったよ。――だが、貴様が今までに智花にしてきた仕打ちに比べれば全然たいしたことないだろう?」

 いかん俺の呼び方が変わるくらいにマジ切れしていらっしゃる。

 加えて智花まで険悪な空気になってしまっている。どうする?

 

「智花。今すぐその男から離れなさい。これ以上智花をこんな男の近くになんぞ置いておけるか」

「お父さんいい加減にして!! 何を言ってるのか全然わからないよ!」

 俺が自分の行動をどうするか決められずにいる間にも、どんどんと深刻な事態へと進んでしまっていく。

 

「今はわからなくてもいい。俺を嫌っても構わない。だが父親の俺には智花を守る義務がある。だから今回ばかりは絶対に引けん」

「わかった………これ以上お父さんが昴さんにご迷惑をお掛けするなら、お父さんの事を絶対に許さない。お父さんなんか大嫌い!!」

 智花の一言に一瞬だけど、忍さんが悲痛な表情に変わってしまったのを見逃さなかった。

 智花がここまで感情を剥き出しにして怒りをぶつけたのはおそらく初めてだったのだろう。何よりこれ以上ないくらいはっきりとした拒絶の言葉を言われたことに対してのショックも相当なものだろう。

 それだけ俺の事を大切に想ってくれていたのは、とても嬉しかった―――だけど、心優しい少女が彼女にとって本当に大切な存在に対して、そんな言葉を表情を向けてしまうことに耐えられなかった。

 

「智花!! そんなこと言っちゃダメだ!!」

 

 俺は無意識に叫び出してしまっていた。

 予想外の方向から大きな声で自分を非難する声に智花はビクりと体を震わせた。

 

「え……す、昴……さん?」

 怯えた様子の智花を見て、自分が今とても怖い顔をしていると気づき、慌てて表情を崩す。

 

「怖がらせちゃってごめんな智花。……でも、智花の事を本当に大切に想ってくれてる忍さんに……お父さんにそんなこと絶対言っちゃダメだよ」

「で、でも! お父さんは昴さんに……」

「智花を大切に思うあまり、ちょっと誤解しちゃっただけなんだよ。大丈夫。すぐに仲直りできるからさ。ちょっとだけ家の中で待っててくれないか?」

「だけど……私……昴さんがひどいことされるの、もう嫌だよぉ……」

 俺がまた殴られるのではないかと心配してくれてるんだな。

 

「大丈夫だよ。話し終わったら、俺と忍さんで二人で笑顔で家に入るって約束するから」

 優しく撫でながら、説得をすると心配そうに俺の様子を見るように何度か振り返りながらも家に入ってくれた。

 

 

「すみません。俺もまだまだ子供ですが、それ以上に子供の智花には聞かせられないと思いますので。少しだけ俺の話を聞いてください。」

「いいだろう。いや、もしかしたら、実は本当に私の勘違いで君を無意味に傷つけてしまったのではないかと思っていたところだ――もしそうだとするなら、私を安心させて欲しい」

 

 誤解が解けることを願いながら、できる限り語弊なく自分の考えがはっきりと伝わるように丁寧に伝えていく。

 お風呂の背中流しは親睦を深めるためという智花の友人からの提案であること。

 もっとも、それに乗った俺も俺だけど、その時は不甲斐ないことに自分のことで余裕がなく、それを心配してくれた智花の好意を無碍にしたくなったという想いがあったこと。

 智花が不可抗力で不本意に肌を晒してしまうことがあったのは事実だけど、できる限り彼女の心を傷つけないように配慮した対応をしているつもりだ。

 たまに頭を撫でたり手を繋いだり、思わず肩を抱きしめてしまったことは認めるがそれ以上のことは絶対にしていない。

――智花が寝ている布団に潜りこんでしまったことはさすがに言えなかったが。

 

 そして、智花がいる場面では絶対に口に出せない単語を交えつつ、最後の決定的な証言をした。

 

「と、智花はその……俗にいう綺麗な体のまま……です――と、当然それに類似するようなことも一切してません」

 忍さんが絶対に確認したいことだとは思うけど、自分の口からこんなことを言うのは本気で恥ずかしかった。

 こればっかりは信じてもらうしか確認手段はないが、事実だ。とりあえず、今までの説明をしてきた上で、この直接的な釈明をすれば、多分大丈夫だろう。

 もっとも開幕からこんなこと口走ったら、明らかに怒りを煽ってしまいそうな雰囲気だったが。

 

 俺の必死の釈明会見にずっと無言を通してきた忍さんが突然その場に座り込む――そして、地面に頭をこすり付けるように深く土下座を始めた。

 目上の方が突然、地べたで俺に向かって土下座を始める様子に思わず言葉を失う。

 

「昴君。本当に申し訳なかった!! 確かに一部不本意なところもあったが、間違いなく君は智花のことを大切に扱ってくれている。その事実は間違いないと確信できた!! 本当に申し訳ないことをしてしまった!!」

「ちょ……か、顔を上げてください!!」

 自分の行動で明らかに俺が動揺してしまっていることに気づいてくれたのか、ゆっくりと顔を上げてくれた。

 

「すまないな。一度信じると言った君を疑い、また大変な迷惑を掛けてしまった」

「そんなことないですよ。誤解が解けて俺も安心しました」

「しかし………これで本当に智花に合わせる顔がなくなってしまったな」

「俺は忍さんの味方です。種類は違いますが大切な物を守るために必死になるのは俺も智花も同じですし、忍さんも同じ気持ちだったんですよね」

「そう言ってもらえると助かる。君からの口添えは非常にありがたいのだが、君に借りを作ってしまうと将来がつらいかもしれないな」

「それじゃ、その時が来たら今回の一発分は免除してください」

 笑いながらドアを開け玄関に入ると同時に――

 

「お父さんごめんなさい!! 私、お父さんにとてもヒドいことを言ってしまいました!! 本当にごめんなさい!!」

 

――飛び出してきた少女は泣きながら父親を強く抱きしめ謝罪の言葉を口にする。

 

 俺に叱られて、きっと智花も気づいてくれたんだと思う。

 俺の事も大切だけど、同じくらい忍さんのことだって大切なんだと。

 泣きじゃくる智花を優しく抱きしめ返す忍さん。

 

「智花。謝るのは私の方だ。勝手に勘違いし、智花の大切な物を傷つけてしまったのだから」

「……ううん。わかってくれたんだったらいいよ。お父さんも私の事を大切に想ってくれてるから、私みたいについ熱くなっちゃったんだよね」

 

 その日は結局、智花はお泊りを中止して自分の家に帰ることになった。

 

「ご、ごめんなさい! 私の勝手で何度も予定を変えてしまって、ご迷惑をお掛けしましたっ」

「気にしなくていいって。お泊りはいつでもできるんだし、いい機会だから、前の俺との時みたいに、いっぱい忍さんといろんな話をしてみるといいと思うよ」

「この度は大変な粗相をしてしまいました。大切なご子息を傷つけてしまったこと深くお詫び申し上げます。私を許して頂けないのは承知の上ですが、どうか智花だけはこれまで通りに扱ってやっては頂けませんか?」

「あらあら。ちょっとびっくりはしましたけど、これくらいでどうにかなるような息子じゃありませんので、お気になさらないでください。忍さんの心中お察し致しますわ」

 子供同士、親同士でしっかりと和解が成立したところで、俺は忍さんに呼び出された。

 

「申し訳ないが、以前君の学校のことを調べさせてもらった……なぜ智花に手を出さなかった? 昴君に相当懐いているし、器量だって悪くはないだろ?」

「全てのバスケ部の人間がそういう人間だとは思わないで下さいよ」

「そうだったな。すまない」

「智花は俺を大切な場所を護ってくれた恩人だって言ってくれてますけど、俺はそれ以上に智花に救われたと思っているんです。だから、彼女も彼女の大切な人も場所も手の届く限りは絶対に護りたいんです。最初にそういう約束をしましたし、後悔もしてません」

 しっかりと視線を交わらせたところで、忍さんが困った様な苦笑を浮かべ表情を崩した。

 

「最終的には昴君が一番危なくなるのは間違いないみたいだが、今はまだ君のそばが一番安全みたいだな。それまでは改めて娘をよろしくお願いします」

「はい! 俺だって智花のことを大切に想う気持ちは忍さんにだって負けるつもりはありませんからっ」

「ほぅ……父である私よりも智花を大切に想っていると……」

 ヤバい、せっかく丸く収まっていたところで、また不穏な空気が……

 

「す、すみません。言葉が過ぎました。忍さんよりもなんて、自意識過剰でしたっ」

「いや……今はおそらくそうなのだろう。君の方が智花をよく理解していると思う。それでは、今日はこれで失礼する」

 家に帰ろうとしている仲の良い父娘の後姿を見ながら、心の底から安堵する。

――仲直りできて本当によかった。俺のせいで二人が険悪になったら、花織さんに合わせる顔がなくなるところだった。

 

 

 その日の夜、俺はいつも以上にウズウズしていた。

 智花が俺のために準備してくれていたことを早く試したい。

 

「さて、それじゃそろそろいい時間だし床上手を自称した智花の腕前を確認させてもらうとするかな」

 帰る前に智花がシーツを敷いて整えてくれた俺のベッドに入る。

 うん。これはなかなかいい感じだな。まるで本当にすぐ側に智花がいてくれてるみたいな心地良さを感じる――ってのはさすがに言い過ぎか。

 

 でも、これで今日もいい夢が見られそうだ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。