「トモ、長谷川さんが抱いてくれるって」
「ふぇぇぇぇぇ!?」
二人っきりになったタイミングを見計らって、余計な話は挟まず単刀直入に伝えてみたら、予想通りの反応をしてくれた。
突然の一言に驚き固まっているが、どこか怪訝そうな表情をしてこちらを見ている。
「だから、長谷川さんがトモのこと抱いて下さるって言ってたわよ」
「……昴さんがそんなこと言うわけないし……絶対に真帆か紗季の仕業だよね?」
「正解。今回は私の提案」
「もぅ…昴さんにご迷惑掛けないでって言ってるのに……少し前から昴さんが少し変な気がしたのは紗季のせいだったんだね…」
むくれちゃってるけど、満更でもなさそうね。
そりゃ当然か。たとえ冗談だと思っても、好きな人が自分を抱いてくれる。なんて話聞いてたら嬉しいに決まってるし。
「……で、どうする。もう少し私の話聞いてみる?」
「うぅ……お願いします」
また自分をからかうつもりではないかと、疑ってるみたいだけど、やっぱり気になるらしく、渋々頭を下げてくる。
よし、掴みは上々ね。あとはじっくり切り崩して行くとしますか。
やっぱトモや長谷川さんにバスケ教えてもらって本当に良かったなぁ。
こうやって少しずつ相手を自分のペースに持っていく方法を考えるのが、こんなに楽しいなんて。
元々クラス委員長もやってるし、好き勝手騒ぐ子達はともかく、トモみたいな良い子を相手に怒ったり、威圧的な態度で従わせる必要なんてほとんどないのよね。
欲しい物を目の前でぶら下げて興味を引いてから、ほんの少し背中を押してあげれば、引っ込み思案な子でも勇気を持って、私の提案を実行してくれる。
こういうおせっかいをするからには、私もちゃんと責任を果たさないといけないけどね。
「前に部活が終わった後に、長谷川さんに話があるからって、少し残ってたことがあるでしょ? あの時にトモのこと抱いて欲しいって頼んでみたの」
「ど、どうしてそんなこと言ったの!? 昴さんだって、そんなこと言われたら、驚いちゃうし…ご、ご迷惑でしょ!!」
「ええ。驚いてたし、トモにそんなことしたら傷つけてしまうんじゃないかって、すごく心配してたわよ」
「当たり前でしょっ もうっ……あとでちゃんと昴さんに謝らなきゃ……」
怒ってる様子から一転して、すぐに長谷川さんへの謝罪の言葉を考え始めたのか、小さく俯いて口元に指先を当てながら、ブツブツと呟き出す。
ここまで勝手なことしてるんだから、もっと私を怒ってもいいのに……本当に甘いんだから。
ま、だからこそ私もトモの事を応援したくなっちゃんだけどね。
「――でもね、もしトモが自分から抱いて欲しいって言ってくれたら、いつでもいくらでも構わない。とも言ってたわよ」
「ふぇぇぇぇ!? え!? ……え!? さ、さすがに……じょ、冗談……だよ……ね?」
私の言葉が耳に届くと同時に、今まで考えていたことが吹き飛んでしまったかのように、俯いていた顔を一気に上げると同時にこちらを見る。
「ううん。本当よ。長谷川さんからは、トモに無理強いするような言い方はしちゃダメだ。って言われたから強制はできないけど、トモが勇気を出してお願いできたら、いくらでも長谷川さんが抱いてくれるわよ」
「で、でも……やっぱりご迷惑なんじゃ……うぅ……」
ふふ。迷ってるわね。でも、間違いなくどうやってお願いしよう。って考え始めてる感じよね。
「トモは、もうちょっとわがままになってもいいんじゃない?」
「そんなことないよっ。私、いっぱいわがまま言っちゃってるし、みんなや昴さんにだって、たくさんご迷惑を――」
「誰も迷惑だなんて思ってないわよ。大切な友達なんだから。長谷川さんだって、自分がトモを抱いて嫌われないかって心配してただけで、迷惑だなんて思ってなかったわよ」
「だけど……」
もぅ、言葉に詰まってまで必死に遠慮する理由なんか考える必要なんてないのに。バスケ以外になると愛莉以上に引っ込み事案なんだから。
「トモ……今この機会を逃したら、次はもうないかも知れないんだよ」
「!!」
トモの体がビクりと震えた。
「私達が長谷川さんと一緒にいられる時間も、もうあんまりないんだよ。そりゃ、たまには会えるかもしれないけど、今まで見たいにお休みの時に一緒に遊びに行ったり、合宿にお付き合いして頂けるとは限らないし、もう無いかも知れないんだよ」
これは強制になっちゃうかもしれないけど、事実なんだし仕方ない。私だって、長谷川さんと会えなくなるのは寂しいし、あんまり考えたくない。
だけど、いつか来ることだってことくらい、みんなわかってる。
「それなら、今の内に自分の正直な気持ちをしっかり伝えた方がすっきりするんじゃない?」
「さ、紗季はどうなの? 紗季だって本当は昴さんのことを……」
「それは……少しはあるけど……ここまで本気のトモを応援したいっていう気持ちの方が強いかな」
気持ちの強さもだし、初めてお会いした時、長谷川さんは真っ先にトモに興味示したんだし、
それから先も、ほとんど二人っきりで過ごしてる時間がどんどん増えてきてるんだし、敵うわけないよ。
「でも、紗季やみんなが本当は昴さんのことが好きだってわかってるのに……みんなの気持ちを無視してまで昴さんに告白するなんて……そんなこと絶対にできないよ!!」
「へ~? トモは、もう自分が長谷川さんと付き合えると思っちゃってるのかな?」
ちょっとイジワルな言い方だとは思ったけど、トモの本心をしっかり確認させてもらう。
「そうじゃないよっ! 昴さんのことだって好きだけど、それよりも、みんなの方が私は大切なんだもん!!」
予想以上に力強い声で、トモらしい嬉しい答えが返ってきてくれた。
「まったく……トモは本当に私たちに甘いんだから」
「だって、みんなは私の本当に大切な友達だもんっ。一人ぼっちだった私の事を優しく受け入れてくれた……」
「そう言えるトモだから、私達は本気で応援できるんだよ」
ごめんね。イジワル言っちゃって。そんな想いを込めて、小さく震えながら今にも泣き出してしまいそうなトモを抱きしめる。
きっと長谷川さんだったら、もっと上手く、優しく声をかけてあげられたり、抱きしめてあげられるんだろうな。
ほんと……トモが羨ましいな……
「――ところで、なんで長谷川さんが抱いてくれるって話から、トモが長谷川さんに告白するって話になってるのかしら?」
「ふぇぇ!? だ、だって、昴さんにそういうことをして頂けるってことは……そ、その……こ、恋人さん同士になるってことじゃ……」
「別に抱いたり、抱きしめたりなんて真帆やひなたはしょっちゅうやってるし、私達だって、たまについしちゃうことだってあったでしょ?」
長谷川さんじゃないけど、今も私としてるし。そう言いながら、恥ずかしそうにしてるトモを解放する。
やっぱ人との触れ合いって、とても温かくて安心できるし……意外といいかも。
私も自分からはあまりやらないけどね。
「でも、やっぱり恥ずかしいよぉ……」
まぁ、いきなり抱いて下さい。って言うのは恥ずかしいし、すごい誤解をされちゃうかもね。
それなら、それで、トモと長谷川さんの関係が一気に進展して二人の雰囲気が変わった様子を見てみたくも……いやいや、長谷川さんに注意されてしまったんだし、これ以上はいけないわね。
「そこは勇気を持ちなさい。抱いて下さい。が恥ずかしくて言えないなら、少しだけ甘えさせてください。でもいいし」
「う……うん。それくらいなら……でも甘えん坊なのって昴さん嫌じゃないかな?」
「面倒見が良い長谷川さんなら、むしろ喜びそうだと思うけど? トモだって昴さんが甘えん坊だったら嫌だったりする?」
「ううん。それならいっぱいギュってしてあげて、大丈夫ですよ。って安心させてあげたいな……って私に何を言わせようとしてるの!?」
いやあんたが勝手に言ったことでしょうが。
「多分、長谷川さんも同じ考えだと思うわよ。二人ともどこか似てるところあるし」
「それは、紗季だって同じでしょ。特に今とか、紗季にすごい誘導されてる気がするし……」
「長谷川さんと同じポジションなんだから、いっぱい長谷川さんの考え方を参考にさせて頂いてるからね」
「昴さんと同じ……ちょっと羨ましいな」
トモが羨ましそうな眼差しでこちらを見ている――けど、私はそれ以上にトモが羨ましいとは、多分気づいてないんだろうな。
長谷川さんの隣に立てるのがトモなら、せめて私は尊敬している長谷川さんと同じようになりたい。
人や流れを良く見て感じて、より良い方向に導けるような存在。
長谷川さんがトモより私の方が向いていると言ってくれたこと――だから、これだけは譲れないし、トモにだって絶対に負けられない。
「私だってトモのこと羨ましいと思ってるんだし、お互い様よっ」
「えへへ。うんっありがとう。紗季」
「それじゃ、そろそろみんなのとこ行こっか。真帆に勘付かれる厄介なことになるわよ」
「あ、あはは……」
もし、真帆が混ざっていたら、もっと場をかき回されてたかもしれないけど、結果的には私より上手くトモを誘導できてた気もするけどね。
なんだかんだ言ったって、あいつも本当に友達想いなんだし。
「ねぇ紗季……」
「ん? なに?」
一緒に歩き出した少女が不意に自分を呼ぶ。
「わがままだとは思うんだけど……これからもいっぱい相談したり頼らせてもらってもいい?」
「もちろんっ。でも、私に相談するからには、ちゃんと頑張りなさいよ」
トモの手を強く握ると困ったように苦笑を浮かべながらも、しっかりと握り返してくれた。
うん。これなら大丈夫そうね。
それじゃ、トモからの結果報告を楽しみにさせて頂くとしようかしら。