―交換日記(SNS)―
まほまほ『もっかん、いまごろすばるんにおっぱいもませてんのかなー?』
ひ な た『おーおにーちゃんいいなーひなもおっぱいもみたいなー』
紗 季 『まだ明るいのにしてるわけないでしょ……きっと夜、一緒に寝る時にどさくさに紛れて
長谷川さんの手を……』
あ い り『ええ!? やっぱり智花ちゃんと長谷川さん一緒に寝ちゃうの!? …それに智花ちゃん
が自分から長谷川さんに……』
まほまほ『もっかんならそれくらいやりかねんな』
ひ な た『ねーあいりーこんどひなにあいりのおっぱいもませてー』
あ い り 『だ、ダメだよぉ……っていうか、いつも揉んでるよね?』
ひ な た『おーそうでしたー』
紗 季 『ま、本当に一緒に寝たり、胸を揉んでもらったかどうかは明日の朝にトモからしっかり
報告してもらいましょ』
湊 智花『だからそんなことしないって言ってるでしょーーーっ!?』
まほまほ『きししーついにもっかんがきづいたか』
紗 季 『今回は意外と早かったわね。まぁ、携帯がちゃんと手元にあれば気づくか』
ひ な た『おーついにともかにバレてしまいましたな』
湊 智花『もぅーっ。なんで私がいない時に私の話で勝手に盛り上がってるのっ!!
私も昴さんも絶対にそんなことしないってばっ!!』
あ い り『えへへ。智花ちゃん、ごめんね。でも、やっぱり少し気になっちゃって』
湊 智花『うぅ……気になって確認してみたら、こんなことになっていたなんて……』
紗 季 『ところでいいの? 長谷川さんが近くにいるんでしょうに私達と連絡しちゃって』
湊 智花『あ、うん。あんまり昴さんを待たせてしまってはいけないから、そろそろ行くね
……お願いだから、これ以上変な話を残さないでね?』
まほまほ『ほいほーい。もっかんもすばるんとたっぷりラブラブおとまりしてこいよー!!』
あ い り『ラブラブ……智花ちゃん、がんばってねっ!!』
ひ な た『ともかいいなーおにーちゃんに何回もオトナにしてもらえて』
紗 季 『……………………反応ないわね。普通に見ないで閉じちゃったのか……それとも逃げた
のかしら?』
まほまほ『もっかんケータイなのにレスめちゃくちゃはやかったな』
*
俺――長谷川昴は、目の前の湊智花という小学生の超絶技巧に驚愕していた。
携帯をしっかりと固定するために機体の背に回されている左右四本ずつの指は微動だにせず、
実質携帯を操作している彼女の二本の親指が、まるで精密機械さながらに超高速で彼女の携帯の表面を縦横無尽に動き回っていた。
文面を確認しているわけではないが、彼女の性格からして絶対にミスなく操作していることは間違いないだろう。
確かに人によってはパソコンを左右の計十指で操作するよりも、彼女の様に携帯を一、二本の指で操作する方が早い人がいるのも知っている。
だが、今の彼女の速さはかなり異質な領域に達しているのでは――
彼女が俺にこの超絶技巧を披露してくれるに至った経緯はこんな感じだ。
俺と一緒に買い物に松戸駅近くのスーパーを目指していた道中、彼女の携帯から頻りに短い振動音と可愛らしい音楽を鳴り響かせ続けていた。
彼女の携帯が何かを受信するたびに――おそらくそこに仕舞われているのでだろう上着のポケットにチラチラと視線を向けては、ハッとした表情になり俺の顔色を窺っている。
「なぁ智花……本当に俺に気にしないで携帯確認してもいいんだよ?」
「い、いぇ……昴さんがいらっしゃるのに、そんな失礼なこと……そ、その……すごく気になってしまってますが……」
すでに何度同じやり取りをしたのかもわからない。
確かに授業中に携帯が鳴ってしまったり、操作して居ようものなら担任によっては携帯そのものを没収されてしまうだろうけど、当然今は授業中でも病院の中でもない。
側に俺がいるだけの完全に彼女のプライベートな時間だ。
仮に着信なりメールを受信をしたのが俺の方だったら、彼女は間違いなく自分のことは気にせずに、俺に携帯の確認を勧めてくるだろうし、俺も特に気にせずに相手との簡単なやり取りくらいはさせてもらうことだろう。
相変わらず自分の礼節に厳しい――というか、少し厳しすぎやしないか?
「智花が俺との時間を大切に想ってくれてるのは嬉しいんだけど、智花にとって大切な友達とのやり取りだって蔑にはできないことじゃないのかな?」
「そ、それはそうなんですが……うぅ……」
少しベクトルを変えてみての説得に、やや手ごたえを感じるものがあった。この感じでもうひと押しだな。
「智花が礼儀正しい良い子だって言うのを俺は知ってるし、それなら大切な友達のためにちょっとくらいわがままを言ってもいいと思うよ?」
「うぅ……昴さんのお気遣い本当にありがとうございますっ――で、では申し訳ありませんが、ほんの少しだけ確認させてくださいっ」
俺に一度だけ深く頭を下げてから、いそいそと嬉しそうな笑顔を浮かべながら自分の携帯を手に取り始めた。
こんなこと全然『わがまま』の内に入らないんだけどな。
彼女にとってこれが『わがまま』だったり、『はしたないこと』になるんだったら、
もっと『わがまま』を言ってくれたり、彼女の言うすごく『はしたない姿』を見せて欲しいんだけどな。
そんなことを考えながら、俺の目の前で晒されている、彼女のはしたない姿を思う存分堪能させてもらおうと視線を向けると、
彼女は携帯を開いていたまま固まっていた。
ほんの数秒前までの年相応の可愛らしい笑顔も表情はそのままだが、完全に凍り付いてしまっていた。
果たしてそれを彼女の笑顔と言っていいものかは少し疑問を感じるが、
わずかな間の後に体をぷるぷると震わせながら「な……な……」とか「はぅぅ……」とか、声が零れてしまっている。
彼女の全身の震えがぴたっと止まった(顔は恥ずかしさか怒りで真っ赤になってる)かと思うと、先に話した彼女の超絶技巧が俺の目の前で展開され始めたのだ。
何度か彼女が携帯を操作しているのを見たことはあるし、たまに操作速度が急上昇すること――反対に突然停止してしまうこともあるけど、ここまで速くなったのは見たことがない。
やがて二本の指の高速移動が終わったかと思うと、まるで何かから逃げる様に慌てた様子で携帯を閉じてしまった。
「……………………もぅ、私も昴さんもそんなことしないってばぁ……うぅ……」
おそらく無意識に彼女の口から零れてしまった言葉については、これまでの経験上、聞かなかったことにした方が良さそうだな。
「……あ、足を止めさせてしまいまして、すみませんでしたっ。確認も終わりましたので、もう大丈夫ですっ」
そう言いながら、彼女の小さな体が前進を開始したので、その隣に並ぶように俺も歩き出す。
「別にそんなに慌てないで、俺の事なんか気にしないせずにゆっくり話してて良かったんだよ?」
「あ、あはは……その……い、色々あって慌てて書き込んでいたら紗季から私達じゃなくて目の前の昴さんの相手をしなさい。って言われてしまいまして……」
「なんか智花の押し付け合いみたいになっちゃったかな? ごめんね。俺も、もちろんみんなだって、そんなこと全然思ってないからね」
「はい。昴さんもみんなも私を本当に大切に扱ってくれてるのがすごく伝わってきてます。それがとても温かくて嬉しいんですが、私だけこんなに気を掛けられてしまっていいのかな? って、少し不安になってしまうことがあるんです」
昔ちょっと失敗しちゃって孤立してしまった事の不安や恐怖が、今も智花の心の深いところで根付いてしまっているんだろうな。
「大丈夫だよ。智花」
「あ……」
嬉しさと不安が混ざってしまっているような、どこか儚げな表情をしている少女の頭をできるだけ優しく撫でてやる。
「智花がみんなの事を同じくらい大切に想ってる限りは、絶対にみんな智花を一人になんかさせないよ」
「はい。みんなすごく優しいです……でも、私自身がどこかでまた失敗してしまわないかと思うと、やっぱり不安なんです」
「それも大丈夫だよ。智花が何か間違いをしそうになったら、みんなが止めてくれるし、俺だって絶対に放っておかない」
「あ……えへへ。前に真帆達も同じことを言ってくれました。もし私がみんなに無理なことを強要しそうになったら、その時は昴さんが絶対に止めて下さる。って」
少しずつだけど、彼女の笑顔に影を落としていた物が取り払われつつある様に感じた。
今はまだ完全には取り去ってあげることはできないだろうけど、
例え俺には無理だとしても、これからもみんなと楽しい日々を過ごし続けられるのなら、いつかきっと――
「――ところで、智花の方だって、いくら大切な友達からの提案だからって律儀に何でも乗らなくてもいいんだよ? 無理な事やできないことはちゃんと怒って断らないと」
「は、はい……その……本当に無理なことはちゃんと断ってますけど……た、たまにできるか、できないか本当にギリギリの所を攻められてしまうと……」
さすがにみんなも弁えるべきところはしっかりしてるか。
智花に本当に無茶なお願いはしないだろうし、俺が絶対に智花に変な事をしない。っていうくらいには信用してくれてるんだろうな。
……でもそれだと、智花にとって二人っきりで俺の部屋で一緒に寝ることや、風呂で背中を流すのはギリギリできるこ――いや、ダメだ。これ以上はやめておこう。
あの時はお互いに余裕がなかったんだし、今回のお泊りの件だって、ただバスケを通じて二人の親睦を深めるだけだ。うん。
気づくとスーパーはもう目と鼻の先というところまで来ていた。
「さて、それじゃさっそく智花の力を頼らせてもらおうかな。食材選びお願いね」
「はいっ。七夕さんや昴さんのご期待に応えられるよう精いっぱい選ばさせて頂きますっ」
胸の前で両手をぎゅっと握って応えてくれている彼女の気合の入りように、昼食もまだだというのに、もう今晩の夕食が楽しみで仕方なくなってしまった。
俺も手伝わないとな――といっても俺にできることはカートを押すことくらいだが。
まぁ、そのカートの主導権すらも危うく智花に奪われてしまいそうになったが、それすらも彼女に任せてしまえば、
本当に自分がここにいる意味が消失してしまうのでは? という危惧から必死の懇願によりなんとか得られた権利だったりする。
「う~ん……どっちがいいかなぁ? あまりお金は掛けられないけど、でもこっちの方が昴さんお好きだし……」
智花はすでに母さんから預かったメモを一度開いたきり、それ以来見ていない。
と言うのも、母さんのメモがあまりにも智花に頼り切った内容でしかなかったためだった。
献立くらいしか書かれていないようなメモを頼りに、彼女は母さんの無茶振りに対して、その信頼に応えようと真摯な姿勢で臨んでいた。
そんなわけで、この良くできた小さな嫁の邪魔をしないようにと、真剣な表情で食材を選んでいる姿を眺めているつもりだったのだが、俺を気遣ってなのか頻りに確認を求めてくれている。
せっかく俺に意見を求めてくれている彼女に「智花に任せる」の一言で済ませてしまうのは、彼女に頼り過ぎというよりも、どこか突き放してしまっている印象を与えてしまうかもしれない。
「そこまでお金の事を気にしなくていいよ。俺も母さんも智花の判断を信頼してるから、自由に選んでもらっていいよ――あ、強いて言うなら」
「は、はいっ! なんでもおっしゃってくださいっ」
「俺の好みを重視してくれるのはすごく嬉しいけど、ちゃんと自分が好きな物も選ばないとダメだよ?」
「はい。私も……その……一緒にお食事を頂いてる内に、す……昴さんと好みが似てきたと思いますので……」
ほぼ毎朝一緒に朝飯を食べてるんだし……まぁそうなるよな。
結局、終始智花に頼り切りで買い物を終えたわけだが――レジ袋はしっかりと俺がキープさせてもらった。
「……え、えへへ……い、色々とおまけして頂けましたね……」
「ま、まぁ結果的には良かったんだと思うことにしよっか……」
互いに恥ずかしい気持ちを誤魔化すような笑みを浮かべる。
俺達の――主に智花の行動が、新婚の新妻が健気に夫を立てているソレに見えるという人間が多かったようで……
幼な妻という単語を当てはめようにも、さすがに幼すぎるだろうに……
周囲から新婚や幼な妻と言った言葉で囃し立てられる度に、頬を赤らめ恥ずかしそうにはしているが、嫌がってる様子ではないのが唯一幸いな事だったのかもしれない。
やっぱお嫁さんって女の子の憧れなんだな。
隣にいるのが俺なのが彼女にとって少しかわいそうな事ではあるが。
俺の嫁がこんなに可愛いわけがないしねっ。
――せっかく嬉しそうにしてくれてるんだし、わざわざ水を差すような事を言う必要はないか。
他愛のない会話を繰り返しながら、行きと同様に帰りも二人で仲良く並んで帰るのだった。