ロウきゅーぶ!短編集   作:gajun

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ラストインターバル

「俺はスパッツがいいと思うな」

「……お前はいったい何を言っているんだ?」

 俺の素直な考えを伝えたというのに何故か呆れた顔をする万里。

 そもそも最初に意見を求めてきたのはお前だろうに。

 

「何って、みんなへの進学祝いのプレゼントの話だろ」

 先日、彼女たちはついに卒業式を迎え慧心学園初等部を卒業し、数日後には新たな舞台となる中等部への入学式を控えている身だ。

 彼女たちが卒業した時点ですでに俺は彼女たちのコーチの任と解かれ、現在はバスケと小学生が大好きなごく普通の高校生に戻っている。

 立場上は、彼女たちとの関係は終わってしまっているのだが、心優しい少女たちは変わらずに俺をコーチとして扱ってくれているようで、数日後に開催される愛莉の誕生日会へのお誘いを届けてくれたのだ。

 

 ちなみに愛莉個人への誕生日プレゼントは例によって智花の助力のもと、準備が完了しているが、この進学祝いは今度こそ彼女にも秘密で進行中の計画だ。

 さすがにホワイトデーのミスを繰り返すようなことはしない。うっかり口が滑りそうになったけど、今回は俺だけじゃなくて万里もかんでいるのだから、迷惑はかけられないしな。

 

 俺の方はただ学年が一つ上がるだけだが、彼女たちは中等部への進学だ。

 今の彼女たちは小学生でも、中学生でもない。いわば奇跡のような存在となっているのだ。

 そんな中で、今までとは全く異なる、新たな環境に刻々と近づいているのだから、期待や不安で胸がいっぱいになっていることだろう。

 もしかしたら、ふとした拍子に小学生の頃を思い出し、心細さや寂しさを感じてしまうかもしれない……いや、それは大丈夫か。彼女たち五人の友情はきっといつまでも変わらないことは、近くでみんなの成長を見守らせてもらった俺が知っている。

 

「それで、お前は進学祝いにスパッツを贈られてみんなが喜ぶと本気で思っているのか?」

 確かに万里の指摘はもっともだと思う。

 俺の大切な小学生たち――数日後には中学生になる五人の中でひなたちゃんだけはブルマ派だ。

 できるだけみんなとお揃いがいいとは思うが、だからといって中学生になった途端、慣れ親しんだブルマからスパッツになることを強要するのは良くないことだろう。

 いくら友達同士だからといって――むしろ友達同士だからこそ、お互いの好みや意志は尊重されて然るべきはずだ。

 みんながそれぞれの慣れ親しんだ格好になる分には問題ないが、俺がみんなにプレゼントをするのに、四人にはスパッツ、一人だけブルマをプレゼントするというのもなんか違う気もする。

 せっかくみんなにプレゼントするんだから、これからも五人の友情が変わることなく育まれることを願う意味も込めて、同じ物をそれぞれに贈りたい。

 

「とりあえず、長谷川。お前に一言だけ言っておく」

「ん? なんかいい案でも浮かんだのか?」

 もしかしたら俺以上に悩み過ぎてしまっているのか、心なしか怒っているような厳しい表情になっている。

 

「もしお前が本気で愛莉の誕生日会で愛莉たちにスパッツを渡すつもりなら、俺は殴ってでも本気でお前を止めなくてはならない。……言ってる意味わかるな?」

「……おーけい。再考の余地ありだな」

 どうやら勘違いではなく本気で怒りを露わにしていたようだ。

 そうだな。俺もどうかしていたよ。

 

――やっぱひなたちゃん一人だけブルマをプレゼントするのはダメだよな。なにより慧心学園中等部の学校指定物となると、そもそも入手自体が困難を極めそうだ。

 

 彼女たちが中学生になってからは、俺もほとんど会うことができなくなってしまうだろうが、それでも俺は今後も彼女たちが願ってくれている限りは、心の中では変わらずに彼女たちのコーチでありたい。

 せめて俺がいない間も俺の代わりに少女たちのすぐ側で見守ってやりたい。そんな想いがあっての提案だったのだが、さすが万里だ。俺の考えの甘さをすぐに見抜いてきたか。

 とはいえ、なかなか難しいんだよなぁ。

 

「リストバンドは以前、智花が初めて俺を抜きそうになった時の記念であげちゃったしな」

「……バスケだよな? いや、わかってるんだが、一応な。湊さんがお前を抜きそうになったの」

「それ以外に何があるんだ?」

「いや、なんでもない……」

 なんか微妙な顔してるけど、何か気になることでもあったのだろうか? まぁ、万里はたまによくわからんし、別に気にすることでもないか。

 残念ながらギリギリで未遂だったけど、あとほんの少しだけ深いところまで入れてれば、間違いなく俺と智花の記念すべき初体験となっていただろう。

 

「でも、智花一人にあげちゃったのは少し失敗だったかなぁ。すごい大事に扱ってくれてるのは嬉しいんだけど、あまり使ってくれなくてな」

 軽い気持ちで渡したのに彼女は『俺の力を本当に借りたい時だけ使わせてもらう』というその言葉通り、俺にとっても彼女たちにとっても大切な試合の時には、それを着けてくれているのだが、まだ数回しかその姿を見せてもらったことがない。

 それだけ大切な物として扱ってくれてることに不満はないのだが、できればもっと気軽に普段から使ってくれた方が良かったな。という気持ちがあるのも事実だ。

 

「だからと言って、今更みんなにお揃いのリストバンドを改めてプレゼントしたところで、智花に最初にあげたやつは余計使われなくなってしまうかもしれない」

 みんなが仲良くお揃いの物を使ってくれるのなら、それが一番だとは思うんだけど、それはそれでちょっと悲しい。俺と智花の初めての記念だし。

 激しい練習に必死に耐え、辛い時も苦しい時も、仲間たちと励まし合う最中、五人が揃った時にふと俺を思い出してもらえるような、そんなアイテムはないだろうか? ――できるだけ彼女たちの肌に密着できるやつで。

 

 そんな考えの末に辿り着いた答えがスパッツだった。

 リストバンドのようにバスケで大切な手首の保護をするように、スポーツ全般で基本であり、もっとも重要な足腰を保護する意味でも、やはり彼女たちを守る役目としてこれは非常に有効なアイテムだろう。

 

「……つーか、お前は女の子にスパッツを渡すのに抵抗とか羞恥心はないのかよっ!?」

「……? 別にパンツじゃないから恥ずかしくないだろ?」

「それ、荻山にも言ってみる勇気あるか?」

「さっきから言ってる意味がよくわからないんだが……まぁこの際、葵にも相談してみた方がいいかもな。――じゃ、ちょっと聞いてくる」

 

 

「バッカじゃないのっ!! 女の子にそんなこと言うなんて、いくらなんでもデリカシーなさすぎでしょーがっ!!」

 メチャクチャ怒られたうえ、思いっきり蹴り飛ばされた。

 もしかして葵も本当はブルマ派だったのだろうか?

 

 

 その後、男二人で悶々としていたところに、何故か俺だけを憐れむような目で見てくる葵も加わってくれたおかげで、一気に捗った。

 やはりこういうことはむさ苦しい男同士よりも、女の子一人いるだけで全然違うな。

 

「そこまで部活で使って欲しいなら、あんたの大好きなタオルでもいいでしょうが。なんでよりによって、そんなものを女の子に送りつけようとすんのよ」

「そうかっ!! なんで気づかなかったんだ俺は。すまん葵、マジでどうかしてたよっ」

 どうやら俺は、『彼女たちに身に着けてもらうことで俺の代わりにすぐ側で見守りたい』という考えに固執し過ぎてしまっていたようだ。

 答えはすでにあの時――俺の誕生日に葵が教えてくれていたんだな。

 

 激しい運動に火照った少女たちの体を柔らかな素材で優しく包み込み、抑えきれない程に溢れ出る玉のような汗の悉くを吸い尽くし、癒してあげることができるんだ。

 むしろこれはタオルにしかできない。間違っても俺がやるわけには絶対に行かない。特に彼女たちの汗を吸い尽くすあたりが。

 

 そして、何より俺の提案に致命的な欠陥があったことに気づいたのだ。

 彼女たちは成長期なのだから、たとえ今はジャストフィットしたとしても、すぐにサイズが合わなくなってしまう可能性が極めて高いのだ。

 下手をするとひと月も持たずに使ってもらえなくなってしまうかもしれないし、サイズの合ってない物を無理に履こうとして体を壊してしまっては元も子もない。

 少しでも彼女たちと離れずにいたいという無意識の欲求が、危うく俺に取り返しのつかないミスを冒させようとしていたことに気づくと、思わず背筋がゾッとした。

 

 なんにしても、これで決まりだな。

 

「ありがとう葵。相談に乗ってくれて本当に助かったよ! やっぱり今治タオルは最高だぜっ」

「そんな感謝のされ方、初めてされたわよ……っていうか、万里君ももう少し頑張りなさいよね。危うく愛莉ちゃんにまで変なものを昴に押し付けられそうだったのよ」

「面目ない……荻山が来てくれて本当に良かった」

 

 無事、数日後に控えた愛莉の誕生日会の時に、中等部に進学するみんなへのサプライズ計画が完成したことに安堵するのだった。


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