これは、ある平和な夏の日に、守護龍の生贄にされた少女の復讐の物語。
これは、生贄にされた少女の
名も無き復讐の物語。
………
…
「…ふぁ…」
窓から差し込んできた日差しが私の顔を照らし、私を夢から醒まさせた。
情けない欠伸をしながら眼を擦り、壁にかかったカレンダーを見る。
「…そうだ、今日は…」
ベッドから起き上がり、窓を開けて外の景色を眺めた。目の前に広がる広大な海、夏をより一層感じさせるもくもくと大きな入道雲、心地良い海風の薫り。平和、という単語がよく似合う景色。
今日も平和だな、今日も…いや、これからも人々はこの平和な世界で釣りをしたり、冒険したり、魔物を討伐したり…自分のやりたいことをのびのびと出来て、のんびり生活が出来るんだ。
…ふと、鏡に映った自分が、外の平和とは正反対な暗い表情になっているのに気づいた。
「…笑わないと」
慌てて鏡に向かって笑う。歪な作り笑いをした滑稽な表情がそこに映った。
私は選ばれた。孤児であり村の人々から虐められ、疎まれていた私は、ついこの間この村の守護龍の生贄として選ばれた。
あの日、村長は私を呼び出し、私一人の犠牲で村の人々が良い生活を送れるから、と優しく諭すように言ってきた。深刻そうな表情で申し訳なさそうに言っていたが、そんな村長の本心は手に取るように解っていた。
私が邪魔なんだ。小さい頃に事件があり、両親を亡くして私自身も左手が動かなくなってしまった、そのせいで村の仕事も満足に出来ない私に愛想が尽きたんだろう。
それでも私は生贄を承諾する以外に道は無かった。嫌われて、理不尽に殴られたりしたことも何度もあった。
⋯とはいえ、私を14の年まで育ててくれたのは紛れもなく村長と、村人達だったからだ。それに断った所で引き下がってくれる筈もない。無理やり生贄にされるだけだろう。
そんな諦観の念が、私を生贄にするという話を承諾させた。
今の時間は午前8時。予定では9時に村長が私を迎えに来て、10時半頃にはもう守護竜の前に立っている事になる。この体を食らって貰い、その対価として村の繁栄を約束して頂く。
…あの時村長は、生贄に選ばれるのは光栄なことだと言っていた。最も気高き存在の御身体に触れることが許されるのだから、竜の前ではその顔が弾け飛び潰される瞬間まで目いっぱいの笑顔を振り撒けと言っていた。
「…光栄なこと、なんだよね」
仕事も出来ない役立たずな私が最初にして最後、ようやく役に立てるんだ。
気づけば、鏡には自然な笑顔を振り撒いている自分が映っていた。
笑顔の練習を続けていた時…、不意に背後からドアを開ける音が聞こえた。はっと振り返るとそこには村長が立っていた。
欠片も悪びれる様子もなく土足で部屋に入ってくると、その皺だらけの手で私の両肩を掴んだ。そのまま無表情で私の着ていた白いワンピースを一気に脱がし始める。その目は生贄になってほしいと持ち掛けてきたときのような作り物の申し訳なさすら無い。まるで当然であるかのように、私を全裸にしていく。
「きゃ…やめて下さい⋯」
「騒ぐな、能無し」
刺すような声が耳に響いた。たった数秒の言葉が、針のように私の脳を刺し貫いていく。今まで私は村人達にはゴミだの死ねだのと散々暴言を吐かれていたが、ただ一人⋯村長だけからはこんな言葉を直接言われたことは無かったのだ。
だから、もしかしたら…と心の何処かで期待していた自分がいた。今、そんな淡い期待はたった4文字の言葉で圧し潰された。
「ここまで育ててやったこと感謝しろ、そして、村のために死ね」
生贄用の白いローブに守護竜のネックレスを作業のように私に着せながら言った。
「はい」
私は村長に、自分の生きてきた意味に失望し、ただ頷くだけで精一杯だった。死ぬのが怖いとは思わない。むしろ、私が邪魔なのならさっさと死んでしまいたいとさえ思っていた。
…いや。
「行くぞ」
私の着替えを済ませ、村長は乱暴に私の右手を掴んで外へ出ようとする。
「待って下さい…一つだけ、気になるんです」
「…あん?」
迷った挙句⋯意を決してそう言った。村長は腕を掴んだまま、鬱陶しそうな表情でこちらを伺う。まるで虫か何かを見るような目で。
「私は⋯この為だけに今まで育てられてきたのでしょうか?私の価値は⋯これ以外に無いのでしょうか?」
「うるせぇよ」
有無を言わさず、村長の冷たい腕が私の頬に勢いよく叩きつけられる。
「きゃ⋯!」
突然の痛みによろけ、尻餅を付いた。村長は面倒くさそうな表情で腕を掴み私を再び立ち上がらせる。
「当たり前だろそんな事。穀潰しに唯一の用があるとすれば、これしか無いだろ?分かりきった事をほざくな」
「⋯はい」
ジンジンと熱を帯びる頬を抑えながら呟くように返事をした。⋯確かに、確かに村長の言う通りだ。働けない私なんかに用があるとすれば、生贄しか無いのだから。
「俺も最期ぐらい手荒な真似はしたくねぇんだよ⋯だから黙っててくれねぇか」
露骨に苛立った声で手の骨を鳴らした。これ以上痛いのは嫌なので、もう黙って付いていくことにした。
「さ、出るぞ。最期に挨拶ぐらいしときな」
その言葉と同時に、私は村長に引き摺られるように家の外へと出た。 家の周りには沢山の村人が待ち構えている。それぞれが口々に騒いでいて何を言っているかは聞き取れなかったが、私の死を心から喜ぶように、騒ぎ立てていた者もいた。
「えー、静粛に村の者。彼女に注目してくれ。彼女こそ今回第1回目の生贄に選ばれた栄誉ある人間である。彼女が居なくなって悲しいかと思うが⋯これは仕方の無い事なのだ。この犠牲に感謝を」
話し終わった途端、群衆の一部から笑い声が聞こえる。それは私に感謝をしているから、などでは無い。悲しむ人はただの一人も居ない。不気味な笑みでこちらを見ている人か、まず興味が無く視線すら合わせない人で二分化した。
「はいはい静粛に、静粛に。5分時間をやる。最期に彼女に言いたい事がある者は挙手せよ」
その途端、群衆は熱が冷めるように静かになる。皆私が死ぬのは嬉しいが、私を哀れむような事は無いんだ。シン⋯と辺りは静まり返る。
「⋯無いようだな、それではこれから彼女を生贄に捧げに行ってくる」
質問が無いと判断した村長はそう言うと、私の手首に手錠のようなものを掛けた。そのまま群衆を掻き分けて前へと進んでいった。私は見失わないように急いで付いていく。
「いたっ⋯」
コツ、と後頭部に何かが当たり、それは乾いた音を立てたて地面に落ちた。振り返ると地面には空き缶が一つ転がっている。その空き缶から視界を上へ移すと男が立っていた。ニヤニヤと気味の悪い表情で両手に空き缶を持っている。
「余計な真似を⋯かまうな、足を止めず進め」
村長にそう言われるまでもなく、私には最初からかまうつもりも無かった。痛いのは最期の食べられる時だけでいいから。
それよりも、目指すは遠くに聳え立つ塔の頂上。その頂きに、守護龍は生贄を、私を待っている。私はただその時まで無心で歩けていればいい。
「⋯ついたぞ」
それから1時間後⋯私と村長は塔の頂へ続く最後の螺旋階段に立っていた。この階段を後数段登ればそこは頂上。その場所で、村長はポンと私の肩に手を置いた。
「俺はここまでだ。じゃ、守護龍様に失礼の無いようにな」
それだけいい、村長はさっさと階段を降りていった。
ただ独り、ポツンと取り残された私。
「⋯行こ」
意を決するのにあまり時間はかからなかった。太陽から判断して、時間はおよそ11時。予定より少し遅れてしまった、急がないと。
残り少ない階段を登り切り、頂上へ到着した。大理石で出来た平らで広い空間だ。その奥の方に黒い龍が⋯守護龍様が眠っていた。
その目前まで歩み寄り、私は龍のネックレスを右手で握り締めた。ぴく⋯と龍が微かに動いた。
「守護龍様、私は貴方の生贄としてここに来ました。どうか、私の身を喰らって下さい」
精一杯の笑顔でその言葉を言った途端、石のように眠っていた龍は起き上がり、私の数十倍もある大きな躰から見下ろすように私をじっと見据えた。
守護龍と目が合い、私の体が震える。やがて龍はその大きな口を開いた。剣のように鋭い牙が私の眼前に現れる。
(私⋯ここで死ぬんだ)
今更ながらにこう思った。⋯本当に今更だ。
私はこれからあの歯に全身を砕かれて死ぬ。死ぬこと自体は別にいいけど、あまり痛いのは嫌だな⋯。まぁ⋯今更思っても仕方ないか。
ただ一つ、心残りがあるとすれば⋯。
龍の口がこちらへ近づく。
(一度だけでも、誰かに優しくされてみたかったな⋯)
グシャッ⋯潰れる音が耳に響いた。
(⋯あれ?)
痛みが無い。私は恐る恐る固く瞑っていた目を開いた。
「⋯え⋯⋯」
私は目を疑った。地面にさっきまで手錠だった鉄の塊が転がっているが、私には傷一つ無い。
「⋯貴様、どこから来た?」
守護龍は私にそう話しかけた。厳格な声質だが、その声には何故か殺意が無かった。
「⋯どうして?私は生贄なのに」
「生贄⋯?」
守護龍は怪訝そうに私を眺めた。
「我の守護は古来より無償よ、故に生贄など求めておらん。⋯さぁ、帰るがいい」
「えっ⋯」
予想外の返答に困惑する。私は生贄としてここに来たのに⋯なんで⋯。
「⋯む、それにしても貴様随分と細い腕だな。飯を食べていないのか?まったく⋯帰れと言ったが気が変わった、今用意してやるから少し待ってろ」
「え⋯いえ、そんな」
私が断るより早く、守護龍はどこかから見たこともない料理の入った鍋を置いた。
「さぁ、食すがいい。守護龍が直々に用意してやったんだ、まさか食わないなんて言わないだろう?」
「⋯⋯⋯」
目の前から薫ってくる美味しそうな匂い。
でも私はこの展開について行けず思考が固まったまま動かなかった。
「⋯どうした、遠慮しなくていいぞ?」
そう言って守護龍は私の頭を前足で撫でた。龍の皮膚が私の頭を優しく何度も往来する。
私は呆然としていたが⋯しばらくして私の中に今まで感じたことの無い暖かいものを感じて、何故か視界が滲んだ。
「というか貴様傷だらけじゃないか。喧嘩でもやったのか?飯は後だ、まず手当してや⋯む!?どうした!?腹痛なのか!?」
守護龍が、料理が、どんどん滲んでいく。やがてそれは私の目から溢れ出した。それでも体の奥から込み上げる暖かいなにかは止まらない。
「ひくっ⋯うぅ⋯⋯⋯」
とうとう耐えられず、その場にしゃがみ込んで泣いた。
「お、おい!?もしかして我が悪いのか!?」
おろおろと慌てふためく守護龍。
「違う⋯違うんです⋯⋯こんなに優しく⋯されたの⋯⋯初めてで⋯⋯」
私に初めて優しく接してくれたのは⋯守護龍だった。
「⋯そうか貴様⋯最初に生贄として自らを喰らえと言っていたな⋯あれは、村の者が貴様を排除する為だろう?」
「え⋯?」
突然のその言葉に私は驚いて顔を上げた。
「おいおい、涙で可愛らしい顔が台無しぞ」
「あ、わ、すいません⋯!」
恥ずかしさから慌てて右腕で顔を擦って涙を拭き取る。
「さて⋯話を戻そうか。我は守護龍。故にあの村で起きたことの全てを把握している。貴様は村長の男に親を殺され、孤児になった挙句村人共に打ち捨てられた。生贄というのも全てでっちあげよ。何故こうも愚かな人間が増えるのか、我には理解出来まいよ」
「え⋯?」
村長の男に親を殺された、その言葉に私は強く反応した。
「待ってください⋯私はあの時は小さくてあまり深くまでは覚えてないのですが⋯村長は、私の両親の死は村に突然現れた流れ者による犯行だって⋯!」
「⋯その流れ者は脅されていただけだ」
守護龍は私を宥めるように、静かに言った。
「真実を教えてやろう⋯まず流れ者だが、孤島であるこの村へ偶然漂流してきたのだ。それを見つけた長がこう脅したのだ。あのガキの両親を殺せば生活を保証する、と。半分飢餓状態にあった流れ者は長の言う通りに貴様の両親を殺した。それを⋯長は躊躇いなく殺した」
「⋯そんな⋯⋯嘘だよね⋯?」
そんな⋯村長は私に嘘をついていた?
邪魔者扱いされていたが、私を育ててくれた人が両親を手にかけていた?
⋯嫌だ、そんなの信じたくない。
信じたくない。信じたく⋯⋯
「どうして⋯⋯!」
悔しい。その気持ちが脳内を支配する。真実を知った私は、村長に対する憎悪と、冷たい感情だけがふつふつと込上がった。
「⋯そろそろ全てを終わらせる時、か」
守護龍は溜息混じりにそういい、立ち上がった。漆黒の翼をはためかせ、宙へと浮き上がる。
「乗れ、全てを終わらせに行く」
守護龍は恐ろしい口調でそう言い切った。
「終わらせるって⋯もしかして」
「あぁ、我はこれより、あの村の全てを破壊しに行く。我は大昔、あの村を作った英雄と、とある契約を交わしたのだ。もし村人達が余りにも傲慢な態度を取るようになれば、全てを終わらせてくれ、とな」
全てを破壊⋯。
「⋯どうした、乗ってくれ」
「⋯はい」
迷ったが⋯結局私は守護龍の背中に乗った。村人達に⋯いや、村長に復讐したい、そんな気が私の中に現れたからかもしれない。
「さぁて⋯飛ばすぞ、しっかりつかまっていろ」
その言葉が合図となり、守護龍は翼を動かす速度を早め、 どんどん高度を上げていく。そしてある程度その場で高く浮き上がった後、村へ向かって凄いスピードで飛行を始めた。こんなスピードが出ていれば普通なら振り落とされる筈だか、何故か私自身には風があまり当たらない。身を乗り出して景色を眺める余裕さえあったが、守護龍に怒られそうなので止めておいた。
午前11時半。
太陽がほぼ真上から降り注ぐ中、一人の男が畑仕事に従事していた。後30分で休憩時間になり、俄然気合が入る。いや、男の気合いの源は、休憩時間が近いという理由だけでは無い。
(いやぁ、今頃あのクソ女も細切れになってるんだろなぁ、仕事もろくにやらないゴミはもっと早くあぁなるべきだったんだよ)
そんな事を思いながら額に浮かんだ汗を拭き取り、今日も平和だと空を見上げた時、それの存在に気づいた。
「なっ⋯なんだあれは⋯?」
見上げれば空高くを移動している黒い物体がある。敵かと驚いた村人は槍を手に持ってそれに向かって勢いよく投げつけた。しかし高度を飛んでいるそれに当たる筈もなく、あえなく地面へ突き刺さる。
「おい、何仕事さぼって遊んでんだお前?」
男の妙な行動を不審に思い、別の村人が数人集まってきた。
「いや⋯あれを見てくれよ」
男が指さした方向には黒い物体が飛んでいる。あれは一体何かと珍しさからぞろぞろと人々が集まってた。皆同じ場所を見ては驚いている。
「ん⋯?」
まるで人数が集まってきたのを待っていたかのように、黒い物体から赤い何かが投下された。それは風を切り、素早く地面へ落下する。
⋯その瞬間。それは激しく弾け飛び、瞬く間にして10メートルを超える炎の柱が出来上がった。運悪く近くにいた者は声を上げる猶予も無く灰と化した。
「うっ⋯うわぁぁぁ!?」
驚いた村人達は逃げ惑う。黒い物体⋯今や邪龍と化した守護龍は容赦なく火弾を連射する。五発も放っただけで瞬く間に大地が火の海になった。
「村長!大変です⋯!」
村に訪れた惨状を見た若い男が、村に帰ってきたばかりの村長の家へ転がり込むようにして入ってきた。
「どうした、そんなに慌てて⋯」
「あの守護龍が⋯村を襲っています!」
「な⋯なんだと!?それは本当か!?」
コーヒーの入ったマグカップを投げ捨て、村長は外へと飛び出した。見れば辺りは火の海になっている。自らの家ももう長くないだろう。見上げればかつて守護龍だった邪龍が、誰かを乗せて暴れ回っていた。
「⋯まさかあいつは⋯!」
「村長!?危険です!」
既に家の中にも火の手が回り始めていたが、かまわず家の中へ舞い戻る。引き出しから双眼鏡を手に取り、再び外へ脱出した。
「⋯間違いない、あいつは⋯⋯」
双眼鏡を使い、村長の疑問は確信へと変わる。守護龍の背中に乗っている者⋯間違いなく生贄にした筈のあの少女だ。
「村長⋯まさかこれは言い伝えにある破滅の契約では⋯!」
「くそっ!取り敢えず逃げるぞ!こっちだ!」
村長は若い男の手首を掴んで走り出した。
爆音と灼熱の中、村長はひたすら走る。走りながら自らの行いに後悔したがもう全てが遅かった。
(ん⋯?)
ふと、若い男を引っ張る力が急激に軽くなった気がした。立ち止まり、恐る恐る後ろを振り向く。
「⋯⋯ッ!!!」
そこには男の姿は無かった。代わりにあったのは千切れた男の腕。腕の関節から千切られており、遠くでかつて人間だった肉が炎に包まれて焼けていた。
「くそっ⋯!!この村ももう⋯終わりだ⋯!」
村長はその場に座り込むと、刀を取り出した。それを腹に充てがうと、ゆっくりと⋯。
「させぬ!」
低空を飛んでいた守護龍がその刀を弾き飛ばす。驚いて腰の抜けた村長の目の前で、守護龍は着地した。
「あ⋯ぁ⋯⋯」
腰が抜けながらも必死に両手を使って後退する。それを見た守護龍は後方に火弾を発射し、僅かな逃亡の希望を叩き潰した。
「⋯傲慢なる者よ。全ての民を等しく扱うという約束を忘れたか!」
「し⋯⋯守護龍様⋯どうかお見逃しを⋯」
村長は土下座をして守護龍に詫びる。守護龍はフンと鼻を鳴らした。
「全ての決定権は彼女にある⋯さ、降りよ」
そう言い、守護龍の背中から降りた少女。少女の手には龍の骨から作られた長刀が握られている。
少女は黙って、ゆっくりと村長へ近づいた。
「待て!来るな!!お前をそこまで育てたのは誰だと思っておる!」
村長は顔を上げて必死に抵抗する。少女は一瞬立ち止まったが、すぐに足を進めた。やがて、村長にその刃が届く範囲まで歩み寄った。
「⋯村長さん、今までありがとうございました」
無様に震える村長を目の前にして、少女は呟くように言った。
「私をここまで育ててくれたのは、間違いなく村長さんのお陰です。ですが⋯発端は貴方ですよね」
一瞬、少女の目に光が走る。
「⋯何が言いたいんだ⋯?」
「何がって、分かってるでしょう」
少女は悲しい目をしながら、ただ淡々と機械のように呟き、刀を振り上げた。
「守護龍さんから聞きました。私の両親を殺したのは⋯貴方なんでしょう?」
「なっ⋯何を言うか!そ、その龍が嘘をついている可能性だってあるだろう!?」
少女は、ちらっと後ろに居る守護龍の方へ振り向いた。
しばしの時間が経過した後、少女は村長へ向き直る。
「なっ⋯お前⋯」
少女は、笑っていた。
「私は守護龍さんを信じてます。だって⋯」
再び刀を振り上げる。
「待て⋯頼む、待ってくれ⋯!」
「守護龍さんは⋯初めて私に優しくしてくれたんです」
その言葉の直後、刀は村長に向かって振り下ろされる。
肉が斬られる音と断末魔。飛び散る血飛沫の音、赤に染まる刀。
全身に返り血を浴びながら、その少女は男を粛清した。
「⋯終わったな」
炎の消えた後の村には、もう何も残されてはいなかった。家も、教会も、人も等しく物言わぬ灰へ代わり、風に吹かれて消えてゆく。かつての村の面影は、もう無い。
「⋯ねぇ、守護龍さん」
そんな光景を眺めながら、少女はあの時と同じように、呟くように言った。
「私のやったことって、本当に正しかったのかな」
「正しいさ」
守護龍は優しく言い、前足で少女の髪の毛をくしゃっと撫でた。
「そうだよね⋯正しかったんだよね」
少女は暫く灰を眺めていたが、やがて見ていられなくなり反対方向を向いた。そこには海が、唯一これまでと変わらない海がそこにあった。
「⋯守護龍さんはこれからどうするの?」
いつの間にか守護龍も体の向きを変え、海を眺めている。しばらく無言が続いた後、少女は言った。
「村が無くなっちゃったから⋯もう守護龍なんて言えないよ?」
「そういやそうだな⋯」
守護龍はしばらく考え⋯突然少女を背中に乗せた。
「きゃっ!?」
「貴様専属の守護龍ってのも悪くない」
守護龍はそう言って笑って見せた。
「ふふ⋯ありがとう」
少女も守護龍に笑い返した。少女にとってはこれが生まれて初めての、心の底からの笑顔だった。
「さて、こんな場所さっさと離れて新しい地を、貴様の恋人が見つかるような地に行こうぞ」
冗談めいた風に守護龍は言うと、翼をはためかせる。大地に大風が吹き、灰の山を吹き飛ばした。
1人と1匹は、そのまま空の彼方へと飛んでいった。
⋯こうしてこの島には誰もいなくなった。
だが、海はいつまでも穏やかな波を立てていた。
ここまで読んでくれた方
ありがとうございました(〃・д・) -д-))ペコリン