理桜、ややや、柊子、さなかは、小学校で遠足に行くことになった。
野﨑まど『パーフェクトフレンド』の2章と3章の間に挟まる二次創作です。

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Picnic friend

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「これでよし、と」

 理桜はリュックサックに詰め込んだものを確認し、ひとり頷いた。

 一通り読み返した手元の紙を最後に入れる。

 印刷された『遠足のしおり』という文字が、ファスナーの閉まる音とともに見えなくなった。

 

 四月も中旬に差し掛かり、新学期のあれやこれやもすっかり落ち着いてくる時期。いや、落ち着いてくるはずだった、と言い替えるべきだろう。敏腕クラス委員と称される理桜がいるというのに、クラスでは問題が頻発していた。

 天才少女、さなか。

 大学を飛び級で卒業し数学者として博士号も取得済みという異端児の来襲の波紋は、未だ収まりそうになく、そして。

 

『遠足の持ち物-汚れてもいい 校長先生』

 

 あの。

 

『水筒-中身は水か 校長先生』

 

 あの惨劇は。

 

『入るかあぁっ!!』

 

 まだ終わってはいなかった。

 

 

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「えーんっそくー、えーんっそくー!」

 バスの中で、やややが楽しげに自作の歌を口ずさんでいる。

 遠足のために井の頭西小学校を出発したバスは、四年生の子どもたちを乗せて森林公園へ向かっていた。バスの席順は、運良く希望が通ったため、理桜とやややと柊子は一番後ろの長い席に固まることができた。

「えーんっそくぅー!」

「ややちゃん、その歌なんの歌?」

「えへー、これはね、『遠足のうた』っていうんだよ!」

「へぇー。いい曲だね!」

 隣り合うやややと柊子が何だか微笑ましいような会話をしている。理桜はそんな無邪気な親友たちを見ると、自然と口元が綻ぶのであった。

「ああいった自作の曲が肥大化したJ○SRACに権利ごと奪われたら面白いですよね」

 綻んだ口元がすぐさまヘの字に曲がるのであった。

 理桜は、やややたちとは逆方向から聞こえてきた声の主を、横目で見る。

「いつもあんたは台無しにするわよね、さなか……」

 変人・さなかはいつもの眠たげな目で隣の理桜を見返していた。

 

 忌まわしき邂逅があり、さなかの初登校があり、そして図書館でのINO『アメリカの本』の解明があってから、二週間ほどが経っていた。相も変わらず、さなかは問題児としてクラスの平和を乱し続けている。暇さえあれば観察、観察、観察。悪気があってやっているというよりは研究のためなのだろうが、それはそれとして苦情を処理するのは理桜だ。

 正直、迷惑極まりない。

 そんな思いを込めてさなかの半開きの目を睨みつける。

 さなかは頬を染めた。

「やんっ」

「きもいから!! あんたきもいから!!」

 

 

     3

 

 

 森林公園に到着した一行は、開けた場所でとりあえず集まった。子どもたちは先生たちの話を聞く。

 この公園は、様々なアスレチックで遊ぶことができたり、広場でピクニックをすることができたりするレジャースポットである。森や、花畑や、人工ではあるが渓流もあり、豊かな自然を感じられる。

 理桜のクラスの担任、千里子先生の「さあ行きましょう」という言葉を合図に、子どもたちはアスレチックのほうへ走り出した。先陣を切るのは主にやややであった。柊子も困った顔をしながら、待ってよぉ~とついていく。

 一方、理桜はというと。

「アスレチックか……」

「あら、理桜さん? 珍しくやる気がなさそうだけど……」

「千里子先生。いえ、まあ、私も行きますよ。でも、小四にもなってローラー滑り台というのはどうなんでしょうか」

 理桜は賢い子であり、また大人っぽくもある子であった。

「理桜さん……。だめよ、今はわんぱくにならなくちゃ」

「わんぱくですか……」

 理桜はアスレチックのほうを見渡す。丸太渡りや、ハンモックネット、クライミングの壁なんかもあった。

 そのどれもが、理桜にとっては心躍るとはいかないものだった。

 しかし。

 そのどれもを、クラスメイトたちは楽しそうに遊んでいた。

 やややなどは、アスレチックの縄の網に足をとられて「へぶっ」と言いながら倒れている。

 柊子は、そのやややを助けようとして自分も転んでしまい、周囲のクラスメイトの笑いを誘っている。

 理桜も小さく笑った。

「……いってきます、千里子先生」

「はーい。いってらっしゃい」

 やややと柊子の名を呼びながら、理桜は駆けだした。

 

 しばらくして。丸太、ネット、滑り台、ブランコ滑車(ターザンみたいなことができる遊具)などを制覇した理桜の興味は、難しそうなクライミングの壁に移っていた。

「理桜ちゃん、これやるの!?」

「や……やめたほうがいいよぉ……」

「いいえ……私は登ってみせる。なぜなら、そこに壁があるからよ!」

 やり始めると意外とノリノリな理桜であった。

 やややと柊子がゴクリと唾をのむ。

 その時、理桜の視界の端に、何かイラつくものが映った。

 ロッククライマーを自らに降霊させていた理桜は一瞬自我を取り戻し、何かのほうを向く。

 さなかがいた。

「あれ? そういえばあんた、アスレチックやってなくない?」

「はい。今はアスレチックで遊ぶサンプルたちを観察する絶好の機会なので」

「あんたねえ……!」

 そこで理桜は気づく。これはチャンスだ。

「あんたはやっぱり、なんにもわかってない!」

「……?」

「あんたは友達を知るため、社会勉強のために学校へ通い始めた。それはいいわ、いいとしましょう。でもね。学校の役割はそれだけじゃないんだから! あんたが知らないもうひとつの役割、それは、体力と健康の増進。学校は運動に親しみを持ち、習慣づけるための機関でもあるのよ!」

「体力。運動……」

「わかった? わかったらついてきなさい! 一緒にこの壁を登るわよ!」

 どこかで負けていると思っていた。いや、実のところ頭脳では格下だろう。だが体力ならば、と理桜は考えた。さなかの肩書きは数学者。学問に傾倒していたとなれば、ろくに運動していないに違いない。理桜は、体力ならばさなかに勝てると確信していた。

 啖呵を切られたさなかは、壁を一秒眺めると、壁の突起に手をかけた。

 

 先に突起の位置を俯瞰することで負担なく登れるような道筋を事前に考え、かじったことがあるという運動生理学の知識を用い、登りながら指の力加減等を学習しつつひょいひょいと頂に達したさなかは、理桜を見下ろしながらイラつく踊りを舞った。とにかくイラつく踊りであった。理桜は血涙を流しながら五秒遅れで登り切ったのであった。

 

 

     4

 

 

「「「いただきまーす!」」」

 アスレチックタイムを終えた井の西小の四年生たちは、草っぱら広場でシートを敷き、それぞれのお弁当を広げていた。理桜たち四人も同じレジャーシートに座り、向き合っている。

「むっふっふ……」

 やややが何やら意味深な笑みをこぼした。

「どうしたのよややや」

「ややのお弁当はすごいのだよ……!」

 口調を崩壊させながらやややは大きめの弁当箱を開ける。するとそこには、大量のタコさんウインナーが入っていた。

「じゃーん! これぞ、『タコさんウインナーいっぱい大事件弁当』!」

「あっ……わたしのも、おかあさんに作ってもらったパピュー弁当なんだぁー」

 柊子も嬉しそうに『まほうつかいパピューシリーズ』のパピューのキャラ弁を開ける。やややが「おお~」と感嘆した。そして彼女が次に目を向けるのは、理桜。

「理桜ちゃんは!?」

「期待されても困るんだけど……。お母さんが普通に作ってくれたお弁当よ」

「なんだぁ……つまんないの……」

 しゅんとするややや。いや落ち込まれても、と思う理桜。ため息をつくさなか。

「つまんないですね……」

「あんたは落ち込むな!! というか、そっちは面白いお弁当だっていうの?!」

「もちろんです」

「出してみなさいよ!」

 さなかはてりやきマックバーガーセット(Sサイズ)を取り出した。

「先生――――――ッ! さなかが――――――!!」

 理桜の叫びを聞きつけ、千里子先生が歩いてくる。

「どうしたの理桜さん、血相変えて……あらっ! さなかちゃん? 遠足ではお弁当を食べるというルールがあります。先生怒りますよ? それは没収しま」

「先生」

「ん?」

「このレジャーシートの周りに生えている草の和名をご存知ですか?」

「い、いえ、知らないけれど……なんて名前なの?」

 さなかは無表情のまま言った。

「コンキノガシです」

 

 不思議なことにお咎めなしだったさなかは悠然と花畑を歩いており、理桜はいかにしてこの自由人に制裁を与えようかを悶々と考えていた。しかしすぐに妙案が浮かぶはずもない。理桜はひたすら煩悶していた。

 今は四年生たちは花畑を鑑賞する時間だった。なだらかな坂一面に広がるネモフィラの青い絨毯に、やややも柊子も感動して思わず歩きが令嬢のようにお淑やかになっていた。

 だが、千里子先生の「はーい、記念写真を撮りますよー」の声を聞くと、やややと柊子はパァッと顔を輝かせ、少女に戻っていくのであった。

「理桜ちゃん、おとなりー」

「わ、わたしもややちゃんのおとなりー」

「バレないよう罠を仕掛けて……いやあいつのことだからそれも予測される……ならばいっそ……」

 理桜は物騒なことをブツブツ呟く危ない人になっていた。

「り、理桜ちゃんどうしたの……?」

「写真なんだから笑顔じゃないとだめだよ!」

「えっ? ああ、そうね。ごめんね、ややや、ひぃ。……あんまり気にしすぎても、しょうがないか」

 カメラマンがカメラを構える。表情が硬い子のために、その脇で千里子先生が笑わせようと頑張ってくれている。

 理桜はその姿を見て、自然に微笑んだ。

 

 何枚か撮ってから、カメラマンが「よし、今度はもーっとたくさん笑ってみようか!」と声をかける。

「これで最後の一枚! 最高の笑顔になってみよう!」

「理桜さん」

 横からさなかの声。いつの間に隣にいたらしい。

「なによ」

「遠足というと、出会った時を思い出しますね」

 理桜は怪訝な顔でさなかを横目に見た。

 さなかは相変わらずぼんやりとした表情で、言った。

「そういえば、汚れてもいい校長先生は持参してきましたか?」

 

 その一枚に写った四年生たちの笑顔は、カメラマンや引率の先生たちのお墨付きをもらうほどの、最高の笑顔だった。

 

 

     5

 

 

 小学校へ帰るべく、バスが森林公園を出発した。

 やややはバスに乗るまで元気に騒いでいたが、乗った途端に爆睡。座席のシートの柔らかさが、溜まった疲れに気づかせたのだろう。柊子もまた同じように、すぅすぅと寝息を立て始めた。

 理桜は窓の外を眺めていた。

 結局さなかを見返すことはできなかった。これからも激闘の日々は続くだろう。相当なダメージは覚悟せねばなるまい。

 どうして私にばかり攻撃してくるのか、ということをたまに思う。もちろん『観察』を受けて疲弊するクラスメイトは何人も見てきた。だが最も被害を受けているのは明らかに理桜である。

 そして、そんなことを思うたびに導かれる答えはいつも決まっていた。おそらくは、ニッポニア・ニッポンにまつわるあの極めて高度なツッコミ合戦から。いや、あるいはそれよりも前、『水筒-中身は水か 校長先生』に『入るかあぁっ!!』とツッコんでしまった瞬間からかもしれない。あれをきっかけに、良質なツッコミをかましてくれるいい相方、とか思われ始めたのだろう。

「……こっちはいい迷惑よ」

 思わず声が漏れた。聞かれて困ることではないが、反射的に隣を見る。

 そこには、

 だらしなく涎を垂らして爆睡するやややと、

 儚げに寝息を立てて眠る柊子と、

 そのふたりに両脇からもたれかかられ、うつらうつらしているさなかの姿。

 

 そうしていれば、いくらか可愛いのに。

 そう思った後で理桜は、ないないないない! と頭を振って打ち消した。

 

 小学校に帰るバスは、ようやく吉祥寺に差し掛かる。

 春の空は徐々に藍色に移り変わっていく。

 見慣れた街の風景がバスの窓に流れるのを見ながら、理桜は思った。

 

 でもまあ、今日は楽しかった、かな。

 


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