海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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Red Shoes_1

指示された作業の対象アブノーマリティが収容されている場所は随分と遠いようだった。

私の配属場所が地下深くであり、向かっている収容室が地上に近いだけなのだけど。

ようやく着いた時はわりと足は疲れていた。対象アブノーマリティは〝赤い靴〟。作業は〝清掃。〟

ウエストバックの中から清掃道具を取り出して、最初にダニーさんに教えてもらったように収容室のロックを解除する。

深呼吸をして心を落ち着かせる。大丈夫。私はただ、掃除をすればいいだけ。

覚悟を決めて、扉を開けた。その先には。

 

「……?」

 

白い丸テーブルがある。背の高いそれはテーブルというよりは台座のようで、その上にちょこん、と何かが置いてあった。

もしかしなくてもそれは、靴だ。赤い靴。

靴はテーブルの上にクッションをひいて上品にそこに飾られていた。

辺りを見渡すも収容室内にはそれ以外何も無い。

これがアブノーマリティなのだろうか。こんな、ただの靴が?

思わずじっと見つめる。どこにでもあるような普通の靴。ううん違う。どこにでもあるようなじゃない。

この靴は、ただの靴じゃない。この光沢、ヒールとのバランス。何よりも鮮やかなこの赤!世界に一つだけの、特別な赤い靴。

―――履きたい!

履きたい!履きたい!この靴を私のものにしたい!あぁ、この靴で歩いたらどんなに素敵だろう!ヒールは心地よい音を刻んで、爪先は軽やかに地面を踏み、まるで踊るように私は歩くの!

私以外の誰が、この靴を履く?そんなの絶対に嫌だ!私が履くの!履いてしまえばもう、私のもの!

私は靴に手を伸ばす。爪先からも感じるその魅力に、私の身体は震える。その靴を、私の足に!

 

「っ!」

 

手は靴に触れる前に、私の首元へと行った。

首に熱を感じたからだ。一瞬だけじゅっ、って熱さ。でも後を引く痛みなどはなく、ただその一瞬だけであった。

何だったのだろうと首を傾げる。そう言えば大鳥の時も同じようなことがあったような。

 

――――履いて。

 

「え?」

 

――――履いて。

――――私を履いて。

――――ねぇ、履いて!履いて履いて履いて履いて履いて!

 

頭に流れ込んでくる言葉に私は戸惑った。履いて、とは。この靴が語りかけてきてるのだろうか。

先程まで素晴らしいと思っていた靴は、恐ろしいものに思えた。

美しい見た目も、上品な佇まいも変わらないけれど。その纏っている雰囲気は異質でやはりアブノーマリティなのだと感じる。

 

『ユリさん、聞こえますか?』

「アンジェラさん!はい、聞こえます。」

『モニターで見ているのですが、作業の手が止まっていたようで、何かありましたか?』

「すいません。アブノーマリティに語りかけられて、作業が止まってしまいました。直ぐに取り掛かります。」

『語りかけ……。アブノーマリティはユリさんに何を伝えてるのかわかりますか?』

「なんか、履いてって言ってます。」

『……履きたいですか?』

「嫌ですけど!?」

 

――――どうして?

――――履いてよ!

――――履いて!履いて!履いて履いて履いて履いて履いて履いて!

――――履け。

 

激しくなった言葉に頭痛がした。私の発言はアブノーマリティを怒らせてしまったみたいだ。

けれど人間の性というか。やれと言われるとやりたくなくなるものだ。履けと言われると履きたくない。嫌な予感がするし、対象がアブノーマリティということから、履いたらただでは済まないだろう。

 

『履いてみてください。』

 

インカムからアンジェラさんの声が聞こえると同時に、タブレットから通知音がした。

作業指示のようだ。〝対象:赤い靴(O-04-08-H) 作業内容:着用〟

正気か、と思った。馬鹿じゃないの、とも思った。

目の前の赤い靴はただそこにある。履かれることだけを待って、私に履けと語りかけてくる。

タブレットの作業指示と赤い靴を交互に見て、盛大にため息をついてしまったくらいは許して欲しい。

スーツに合わせた黒いパンプスを脱ぐ。端に揃えて置いて、テーブルの上の赤い靴に手を伸ばした。

赤い靴を床において、恐る恐る片足を履いてみる。すると先程までうるさかった声はピタリとやんで、静かになった。

もう片足も履いて、両足揃った。

 

「アンジェラさん、履きました。」

『何ともありませんか?』

「今のところは。」

 

嫌な予感に反して、不自然な程に何も無かった。

靴はただ履きやすいだけで、身体に異変はない。それどころか履きなれないパンプスに負担を感じていた足は軽くなったようだった。

こういう足を綺麗に見せるデザインのヒールは疲れやすいものなのに、不思議だ。これもアブノーマリティの力なのだろうか。

しゃがんで履いた靴を見てみる。やはり恐いほどに綺麗な靴だ。皮を撫でても指紋はつかず、光沢は変わらない。

 

「いい靴ね。」

 

そう言うと、なんだか靴から嬉しそうな雰囲気が伝わってくる。

素直な感想だった。綺麗で履きやすいなんて、女性なら誰もが欲しがるだろう。

名前を〝赤い靴〟から〝履きやすい靴〟に変えてもいいのではないか。そんな阿呆らしい事を考えるくらいにはいい靴だと思った。

 

『……ユリさん、そのまま収容室外を少し歩いてみましょう。』

「えっ、いいんですか?収容室の外にアブノーマリティ出しちゃっても……。」

『私の監視内なので大丈夫です。』

「……わかりました。」

 

些か不安はあるが、身体に異常もないし大丈夫だろう。

歩き心地を確かめるために数歩歩いてみると、やはりそれも抜群に良かった。歩きやすい、と言うと靴はまた喜んだようで、何となくだが身体が動かしやすくなったようだった。

 

「ちょっと一緒に散歩してくれる?」

 

靴にそう問いかけると、返事はないが足から楽しそうな感情が流れてくる。今更ながら物品と言ってもアブノーマリティ。楽しんだりもするんだなぁと思った。

脱いだパンプスを持っていこうと手を伸ばすと、足が勝手に動いてパンプスを蹴った。えええ。

部屋の隅に飛ばされたパンプスを呆然と見ていると、足先がなんだかむずむずする。

急かされているように感じて、私は苦笑いした。黒のパンプスは諦めることにする。

収容室を出ながら思ったのは、今のって、嫉妬か何かだったのだろうかと考えた。

アブノーマリティの靴が、普通の靴に嫉妬。言葉にすると滑稽で、足元の赤い靴が可愛く思えた。

 

 

 

 

暫く歩くも、特に違和感はない。むしろ歩けば歩くほど、元気になっていってる気がする。

たまたまなのか、ほかのエージェントの姿が見当たらない。みんな収容室内で作業しているのだろうか。

初日のコントロールルームに近い事もあって、挨拶していこうと思う。作業指示は〝着用して歩く〟だけなので、どこに行けとは指示されてないし。

 

「あっ!」

 

少し先に、見たことのある女性の姿が見えた。

初日、コントロールチームに温かく迎えてくれた内の一人であった。

嬉しくなって、思わず駆け寄る。こんにちは、と挨拶しようと、手を挙げた。

 

 

※※※

 

 

指示された作業を終え、彼女はふぅ、と一息ついた。

彼女は最近このlobotomy corporationにエージェントとして入社し、ようやく仕事にも慣れてきた時であった。

異型とコミュニケーションをとるこの仕事は、やはり今までしていた他の仕事とは比べ物にならない危険と隣り合わせであった。

初めの頃を思い出して、ここまでよく続いたなぁと自画自賛する。何度やめようと思ったことか。

そう言えば、先日入社してきたユリさんはどうなったろう。

ユリさんとは、先日彼女の所属するコントロールチームに配属された日本人女性であった。

彼女は特異体質を持っているようで、初日、一言でアブノーマリティ質の機嫌を取りわずか6分で業務終了させたという伝説を叩き出したのであった。

その日コントロールチームの興奮は最高潮に達したけれど、他のチームは違ったらしい。

彼女の存在を〝異質〟と判断し、警戒と期待の間で揺らぎ、一定の距離を保つようにしたようだった。

更衣室で皆に遠巻きに見られていたユリさんは、とても哀しそうだった。

ユリさん、大丈夫かな。

次の日彼女が出社すると、コントロールチームにユリの姿は無かった。

上司に聞くと、他のチームに配属されたらしい。しかも、結構危険なチームに。

初日の笑顔を思い出して、胸が痛くなった。今度会ったら、また声をかけてみよう。

と、そんなことを考えていたからだろうか。

廊下の向こう側から、ユリが彼女に駆け寄ってきたのだ。

嬉しそうに手を振ってくるユリに、彼女もまた笑顔で手を挙げた。―――が、直ぐにその表情は崩れる。

 

―――その靴は。

 

どうして、ユリさんがその靴を履いてるの。その靴の作業は、女性エージェントには指示されないはずなのに。

冷静な思考はその一瞬だけ続き、直ぐに消えた。

彼女の視線はユリの足元の真っ赤な靴に集まる。彼女は思った。なんて、素敵な靴なのだろう。

何故、履いているのが私でないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 


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