【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
今日は大変な一日であったと、ベッドのなかで私は大きくため息をついた。
危険な仕事だと覚悟は決めていたけれど、実際に危険な目にあうと覚悟とか言ってる余裕が無い。
精神的にも身体的にも疲労はたまり、ベッドに沈む体がとても重く感じた。
目は自然と閉じるのに、頭は今日の出来事を引きずってぐるぐると回っている。
赤い靴がアネッサさんをKOした後、ダニーさんが呼んでくれた男性エージェントがタイミング悪く到着した。
倒れているアネッサさんと私を見てエージェントさんは状況が理解出来なかったようで、赤い靴を履いた私を取り押さえてきた。
強い力で拘束されながら必死に弁解する。自分は被害者であることを話している途中で、どういう原理か赤い靴が手品のようにパッと消えたのだった。
それを見たことと、私の話でようやくエージェントさんは退いてくれて、とりあえず2人でアネッサさんを医務室に運ぶこととなった。運ぶ間、沈黙の居心地の悪さを私は忘れないだろう。
どうやらエネルギーの生成はもう良いところまでいっていたようで、運ぶ途中に業務時間は終了となった。
『お疲れ様でした、ユリさん。災難でしたね。』
インカムの向こうでダニーさんに言われた言葉に「ほんとだよ」と返さなかった私は偉いと思う。
『今日はあまり教育係の役目を果たせず申し訳ありませんでした。私はこの後少しやることが残ってるので、このまま帰っていただいて大丈夫です。』
「え、残業ですか?」
『……まぁ、そんなところですね。ちょっとそれをやっておかないと、私の首が飛びそうなので。』
「そんな大事な仕事なんですか!?わ、わかりました。お先に失礼致します。頑張ってください。」
『ありがとうございます。……ところでユリさん、今日の赤い靴の事を考えると、ユリさんにはアブノーマリティの精神への攻撃に耐性を持っているように思うのですが、何か心当たりはありませんか?』
「えっ、無いですけど……。」
精神への攻撃に対しての、耐性?全く心当たりがなくて首を傾げた。
今日のアブノーマリティ、赤い靴は女性へ影響を与える。その影響を受けてなかったのは確かだけれど、私になにか特別な耐性があるような覚えはない。
陰陽師の血筋は受け継いでいるけれど、私は家族のように力なんてないのだから。
「家族にそういう耐性とか、力を持っている人はいるんですけど、私には全く無いんですよ。」
『ご家族に、特別な力を持ってる方がいるのですか?』
「はい。いる、と言うか私の親族は私以外の人間は何かしらの力は持ってますよ。強さ弱さはありますけど。」
『え、それはなにか特別な家系とか……?』
「あ、言ってなかったですか?私の家、陰陽師……こちらでいうエクソシストの家系なんですよね。でも私にはなんの力もないので、あんまり期待しないでください。」
『エクソシスト……!……ユリさんは、異常な程にアブノーマリティからの好感度が高いように思えるのですが、それがユリさんの力なのではないですか?』
「それが不思議なんですよね。私本当はそういう類のものにすごい嫌われやすいんです。なんの力もないのに何故か狙われるらしくて。日本に住んでたんですが、こちらに移住したのも逃げるためなんですよ。」
私がそう言うと、インカムの向こうのダニーさんは黙ってしまった。
また通信機の調子が悪くなったのかと思い、何度か呼んでみる。数回呼んだところで、返事が返ってきた。
『ユリさん、そのこと誰かに言いました?』
「ここに来てからはダニーさんに初めて言いました。すいません先に伝えるべきでしたか?」
『いえ、言ってないならこの事は誰にも言わないでください。特にAI……アンジェラには。』
「アンジェラさん?え、どうしてですか?」
どうして言ってはいけないのだろう。自分ではそこまで重要な情報とも思ってなかったから忘れていただけで。
本来の嫌われる体質も、何らかでその体質が発動した時の為に情報として伝えた方がいいように思えるが。
『アンジェラを、……この会社をあまり信用しない方がいいです。』
「え……?」
それは一体、どういうことだろう。
『彼女達は何を考えているかわかりません。今回の赤い靴は本来女性が作業指示を出されることはないんです。けれどユリさんはその指示を受けた。アンジェラは赤い靴の情報は持っているのに止めなかった。』
「……。」
『そして、アンジェラはAI。会社が作ったもの。今回のようなことはもうなかなか起こらないでしょうが、彼女も会社も、あまり信用しない方がいい。』
そんな事言われても、こちらはまだ入社して二日目。こんな初っ端から〝会社を信用するな〟なんて。
「……ダニーさんは、どうしてこの会社で働いてるんですか。」
声は少し低くなってしまった。こんな酷く言っておきながらどうしてダニーさんはここで働き続けるのか。こんな私を不安にさせることを言っておいて、どうして。
『……まだ、やることがあるんだ。』
「やること……?」
『私の話を信じるかは任せます。すいません、もう切りますね。まだ仕事が残ってるので。それではまた明日。お疲れ様でした。』
一気にまくし立てられて、通信はプツッと切れた。
信じるか信じないかは私に任せるなんて、そんな事言われても、どうしたらいいかなんてわからない。
暫く考えていたけれど、他のエージェントさん達の姿が無いことに気がついて慌てて帰り支度をはじめた。
ベットの中で考えるも、何だか色々ありすぎて頭の整理がつかない。
危険は覚悟して入った仕事だから、今日の事は事故だと思っていた。
けれど事故ではなかった?アンジェラさんは意図的に私を危険な目に合わせた?だとしたらどうしてそんなことをしたのだろう。
そしてダニーさんは、なんなんだろう。
lobotomy corporationの事をよく思ってないのにどうして働き続けるのだろう。やることって、何?どうして会社の事をそんなに悪く思ってるの?
どうして会社が悪いと決めつけるのだろう。情報があったとしても間違いとか、誤作動とかだって考えられる。
私の事を心配して怒ってくれたのだろう。けれどそれだけじゃない確かな嫌悪を感じた。それは何故?
今日の事は、結局事故なの?そうでないの?
「……わかんない。」
またため息をついた。考えても答えは出ないので、もう眠ることにする。
〝Face the Fear, Build the Future.〟その言葉を胸に頑張ろうと決めたのに。
〝未来を作る協力をしてほしい〟と。あの日アンジェラさんがそう言ってくれて、嬉しかったのに。
私は、決意したのに。
「…………あの日?」
あの日。入社を決めた日。小鳥を運んで、人形に会ったあの日。
―――では、私が貴女を守りましょう。
―――その心が壊れないように。
「あっ。」
精神への攻撃の耐性、心当たりある。
※※※
次の日出社すると、何故か管理人室に呼び出された。
タブレットで指示のメッセージが送られてきたので間違いないだろう。不思議に思いながらも身支度をしてそのまま管理人室に向かった。
管理人室で待っていたのはアンジェラさんだった。Xさんはどうしたのか聞くと、もう既に業務開始の準備をしている為、私への対応はアンジェラさんがしてくれるらしい。
「ユリさん、昨日はお疲れ様でした。」
「ありがとうございます。で、呼び出された理由は……?」
「ユリさんに少しお聞きしたいことがありまして。今までの様子から、ユリさんは研究対象のアブノーマリティに好かれる体質。そしてアブノーマリティの精神攻撃への耐性があるように思えますが、何かその理由に心当たりなどございますか?」
アンジェラさんにそう言われて、昨日のダニーさんとの話を思い出した。そう言えばXさんとアンジェラさんにも陰陽師の血筋のことは話していない。
―――アンジェラを、……この会社をあまり信用しない方がいいです。
そして、ダニーさんの言葉も一緒に思い出した。
「ユリさん?」
「……特に心当たりはありません。自分でも不思議なんです。」
ダニーさんの言葉を完全に信じた訳では無いけれど、引っかかるものは確かにあった。だからとりあえず、アンジェラさんには言わないことにした。
また必要そうであれば思い出した、と忘れていたふりをすればいいだろう。
「そうですか……。わかりました。」
アンジェラさんはあまり納得していないようだったけれど、それ以上の追及はなかった。
嘘は得意ではないので少し安心する。出来るだけそれを顔に出さないように気をつけた。
「あぁ、そうだ。ユリさんに言わなければいけないことがあったんです。」
「なんですか?」
「エージェント・ダニーをあまり信じないでください。」
「……え?」
予想してなかった言葉に驚きで声が出た。
「ど、どうして。」
「ダニーはこの会社を恨んでいる。きっとこの会社を潰そうとしているんです。彼は何をするかわからないから、気をつけてください。」
「恨み……?」
「……数年前、彼の友人がアブノーマリティによって殺されました。そのショックが大きかったようで、彼は友人を殺したアブノーマリティと、そのアブノーマリティへの作業を命じたこの会社を恨んでいるんです。」
「お友達を、亡くされてたんですね。」
「はい。……とても悲しい事故でした。ダニーはそれを引きずってるんです。会社を潰すためなら何でもするでしょう。ユリさんを、利用することも。 」
「……ダニーさんが、そんなことするでしょうか。」
だってダニーさんは助けてくれた。『絶対助けます』って、言ってくれた。
今こうして怪我なくここにいるのだって、ダニーさんのおかげなのに。
「私を信じてください。ユリさん。」
その言葉を受け止められない私は、アンジェラさんの顔が見れない。
「私の目を見てください。ユリさん。」
そんなこと、言われたって。
「……アンジェラさんは、助けてくれなかったのに。」
自分の口から零れた言葉に吃驚した。
慌てて口を抑える。顔を上げるとアンジェラさんは目を見開いていて、私は顔から血の気を引くのを感じた。
私、上司になんてことを言ったのだろう……!
「ち、ちがうんです。こんなこと言うつもりは、その……、」
「……すいません、色々話して混乱させてしまいましたよね。話は以上なので、もう行ってくださっていいですよ。」
「わ、わかりました……。アンジェラさん、本当に申し訳ありませんでした!」
深くお辞儀をして退室した。アンジェラさんの表情は見えなかった。
自分の不甲斐なさに頭を痛めながら廊下を歩く。
本当になんであんなことを言ってしまったんだろう。通信機の調子は悪かった。アンジェラさんのせいじゃない。すごく失礼な事をしてしまった。
「……考えても仕方ない。」
してしまったことはもうどうしようもない。業務開始時間は迫っているのだからと私は足を早めた。
何とか業務開始直前に配属場所につけた。ちなみにここは中央本部2と呼ばれていて、このlobotomy corporationでも特に地下の部分になるらしい。
距離を感じる挨拶も早々に直ぐに各自指示された作業にうつる。昨日とはちがってダニーさんと通信は繋がっていないようだけれど。
私も仕事をしようとタブレットに目を移す。作業指示のメッセージを見た瞬間、驚いた。
〝対象:静かなオーケストラ 作業内容:清掃〟
これはチャンスだと思った。
恐らく私の精神攻撃への耐性はこのアブノーマリティが関係してきてる。
このアブノーマリティはテレパシーではあるが言葉は通じた。自分で考えるより直接聞いた方が早いだろう。
急ぎ足で収容室に向かい、扉を開ける。
そこにはやはり見たことのある人形が立っていた。
私が一歩中に入ると、頭に言葉が流れてきた。
―――あぁ!来てくださったんですね!
―――貴女の歓迎コンサートがまだだったので、良かったです。
楽しそうな感覚が頭に流れてくる。
あの時と同じように人形の周りがキラキラと輝きだし、宙にタクトを持った白い手が現れた。
「ま、まって!」
指揮を始めようとするので、慌てて止めた。
その前に聞きたいことがあるのだ。
――――どうしました?
「えっと、……あ、ちょっと待って。」
本題に入る前に、インカムを外してウエストバックに入れる。そうして収容室の隅にバックごと置いておいた。
インカムなんてしてたらアブノーマリティとの会話が丸聞こえだ。それは避けたい。
この収容室は監視されていることも考えて、人形の傍にできるだけ寄った。嫌がられたら離れようとも思ったのだが、そんなことは無く人形と体との距離はもう数10センチ程であった。
できるだけ小さな声を意識して話す。ここなら声が小さくても人形に届くだろう。
「私に、何かした?その、精神攻撃に強くなってたんだけど。」
――――?守るとお伝えしましたよね?
――――私と同じような存在から貴女を守る呪いをかけました。
――――そのお優しい、繊細な心が傷つかないように。
「……やっぱり、したんだ。……もしかして首が熱かったのって、そのせい? 」
――――力が発動する際に、熱を発したのかもしれません。
――――熱かったですか?申し訳ありません。
「ううん、全然それは大丈夫。」
やはり人形が関係していたのか。
どこまで守りの力が通じるかわからないけれど、とりあえず赤い靴で私が無事だったのはこのアブノーマリティのおかげなのだろう。 有難い。
これは、誰かに知らせるべきだろうか。情報の一つとして報告はするべきかもしれない。
けど、誰に?
〝アンジェラを、……この会社をあまり信用しない方がいいです。〟
〝エージェント・ダニーをあまり信じないでください。〟
ダニーさんとアンジェラさんの言葉がぐるぐるぐるぐる。
どうすればいいんだろう。急に言われたって、わからない。
「……私は、」
だってまだ出会って三日目。それなのに信じる信じないなんて。
「誰を、信じればいいんだろう。」
――――私を信じてください。
「え……。」
――――私は絶対に貴女を裏切らない。
――――だから私を信じればいい。
頭に流れてきた言葉にポカンとしてしまう。
信じる、アブノーマリティを。誰でもなくこの人形を。
「……ははっ、それいいかも。」
考えてもなかった提案に笑ってしまった。
そうね、いいかもしれない。
考えても私には他人のことなんてわからない。それを信じる信じないで悩むくらいなら、今確実に守ってくれているこのアブノーマリティを信じるのもいいかもしれない。
アンジェラさんとダニーさんには申し訳ないけれど、この人形が守ってくれてることは少しの間秘密にしておこう。
また必要そうであれば言えばいい。言うと言わないとので、何かが大きく変わることの想像もつかないし。
「ありがとう。静かなオーケストラさん。」
そう笑うと人形は、オーケストラさんは満足したように、大きくタクトを振り始めた。
きらきらと光の粒が立ち込めて、宙に音符が舞う。
私だけのためのコンサートは、とても美しく、とても優しい楽曲で始まった。
「ユリさん。」
作業を終えて廊下を歩いていると、ダニーさんに声をかけられた。
「なんですか?」
「これ、ユリさんのですよね?」
そう言って渡されたのは昨日まで履いてた黒いパンプス。赤い靴の部屋に起きてきてしまったものだ。
だが何だかおかしい。確かに私のものだけど、二足であったそれは何故か四つに別れている。
「え、なんで、真っ二つに。」
「……そういえば、アブノーマリティ赤い靴は、本来斧とセットなんですよ。」
「斧?そんなの無かったですけど……。」
「気が付かなかっただけでしょう。赤い靴は女性を魅了し、その魅了した女性の為にどこからともなく斧を出現させます。その斧を使って操られた女性は人を攻撃するんです。斧、赤い靴の収容室にありましたよ。床に刺さってました。 」
「え……じゃあ、パンプスが真っ二つなのって、」
「床に丁度転がってて、その上に斧が出現し、靴の上に刺さってました。」
「……それって、偶然、ですよね?」
「さぁ?でもすごい確率ですよね。たまたまユリさんが斧に気が付かなくて、たまたま床に転がったユリさんのパンプスの上に刺さるなんて。」
赤い靴を履いた時、あの黒いパンプスを蹴られたのを思い出す。
その時二足は全く別々の場所に散らばった訳では無いけれど、綺麗に揃ったわけもなかった。
けれどパンプスは二つとも綺麗に真っ二つだ。
「奇跡のような偶然か、赤い靴が意図的にやったか……。」
出来れば、前者であってほしい。
Red shoes_〝彼女は踊らない。〟
赤い靴
参考:https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/Red_Shoes
【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】
なんか履いたら追いかけられた。
【ダニーさんのひと言】
女性を対象に魅了するアブノーマリティ。
女性は作業ダメ・絶対。
履いた女性は斧を振り回して周りの女性を魅了状態にしながら無双する。このアブノーマリティのおかげで女性を殴る(正気に戻す)ことに抵抗がなくなった。