海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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One Sin and Hundreds of Good Deeds_4

管理人室でXは焦っていた。

液晶越しに見えるユリの姿。明らかに様子がおかしい。

途中まではよかった。そう、途中までは。

今回ユリに頼んだ仕事は〝たった一つの罪と何百もの善〟への作業。このアブノーマリティは安全(といってもアブノーマリティの中では比較的、だが)であると研究所内では有名で、場合によっては作業者に良い影響を与えるものであった。

〝妖精の祭典〟の件でショックを受けたユリにこの作業を指示したのはその良い影響を期待してのもので。

決してこんなつもりではなかった。画面越しの彼女の姿は苦しそうにしている。

すぐさま作業中止の指示を送ろうとXはパソコンに手を伸ばす。が、動かない。マウスを動かしても、キーボードを叩いても何も反応しない。

一瞬混乱したXだったが、直ぐに気が付いて自身の背後を見た。

そこにはいつも通りの、映像だけの彼のパートナーが立っている。

 

「少し様子を見ましょう。」

 

画面のユリを視線に、そのパートナー、アンジェラはそう言った。その声のなんと楽しそうなことか。

 

 

 

 

 

 

 

〝たった一つの罪と何百もの善〟。その収容室で、ユリはついにうずくまってしまった。

自身の口に手を当てる。「嘘つき」と声が聞こえた。「どうしてあんなことしたの」とも。それは確かに姉の声だった。けれど発していたのは自分の口だった。

その声が引き金のように、記憶が頭に溢れてくる。それは忘れてしまいたいと都合よく奥の奥に押し込めていたもの。

 

会いたくなんてない

「違うっ、」

あんな家に生まれたくなかった

「違うっ、」

あれは本心

「違うっ、」

羨ましい

「ち……が……」

羨ましい

「羨ま……」

ずるい、なんで?羨ましい。羨ましい。

「ちが……、」

ずるい、ずるい、ずるい、羨ましい、羨ましい!

「もうやめてっ!!」

 

頭が痛い。気分が悪い。

耳元で声が聞こえる。なのに、声は私の口から出ている。訳が分からない。

ずっと隠していたものを暴かれている。その辛さに耐えられなくなる。

これ以上は、潰されてしまう。心が、壊れてしまう。

 

 

―――懺悔を。

 

 

「ざん……げ……、」

 

顔を上げるとそこには罪善が。

どこまでも続く髑髏の黒い瞳が、私の言葉を待っているようだった。

懺悔。その言葉を繰り返す。

そうすれば、楽になるのだろうか。この辛さは、無くなるのだろうか。

 

ねぇ、どこから話す?

 

そんな声が聞こえた。

それは先程とは違って穏やかで、何か期待しているような、どこか幼い声だった。

そうだ、これは私の声だ。まだ子供の声。幼い私の声。

 

「……そう、だね。」

 

まずは。ずっと昔の、私の家族の話から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日を私は忘れられない。

なんてことない日だった。天気は普通によかったし、休日でいつも通り家族揃っていたし、特別出かけるわけでもなかった。

いつも通りのなんてことない日が、忘れられない日になったのは母のあの一言のせいだ。

私には兄と姉がいる。私の家系は陰陽師の血筋なので、幼い頃から兄妹揃って陰陽師としての練習があった。

陰陽師の力についての勉強、御札を作ったり、精神統一したり。

その練習が私はあんまり好きではなかった。面倒臭いし、そんな事をするよりも好きなアニメを見てる方がよっぽど楽しかった。

でもそれは、この家系に生まれて力を持つ者は必ずしなければいけない。そう教えられていた。

習い事のように思っていたのでちゃんと真面目に取り組んでいた。私なりに。

だから、あの言葉を私は忘れられない。

 

『ユリちゃん。』

 

練習中、母が私だけを呼んだ。

それに応えて母に近付く。傍まで来ると母は私と目線を合わせるべく屈んで、不自然な程に優しく笑う。

そして、私に言った。

 

『もう、練習しなくていいわ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……意味が、わからなかった。」

 

―――悲しかった?

 

「いや……その時は、全然理解してなくて……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、全然理解出来なかった。

でもその日から本当に練習はなくなって、その時間代わりにアニメを観ていても、絵本を読んでいても何も言われなかった。

けれど兄と姉はずっと練習していて、面倒臭いと思っていたものも一人だけやらないとなると除け者にされた気分になる。

兄と姉の練習を見て、私も私もと母にせがんだ。けれど母は苦く笑うだけであった。

そんな母の態度に私は拗ねて、一人こもってテレビアニメを観ていた。別にいい。こっちの方が楽しくて好きだし、練習なんて面倒臭いし。と。

その時よく観ていたのは子供向けの、魔法少女が戦うアニメだった。

テレビの中はキラキラしている。普通のかわいい女の子が、魔法の世界から助けを求められる。選ばれた女の子は魔法少女に変身してこの世の悪いものと戦うのだ。

特別な選ばれた女の子に私は魅了された。女の子の使う魔法のステッキが欲しくて、魔法が使いたくて。雨傘を玄関から持ってきてはそれを振り回して呪文を唱えた。勿論何も起こらない。でも、もしかしたら。万が一、奇跡が起こってしまうかもしれない。

そんな事を思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結局、魔法は使えなかった。」

 

「私には才能が、なかったから。」

 

―――才能?

 

「そう。……なかったの。才能が。私だけ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

『こんなにも力がない子は……珍しいな。』

 

それはお正月に、遠い親戚のおじさんに言われた一言だ。

私達の家系は必ず正月に集まる風習があって、年始はいつも〝本家〟と呼ばれる広い家に出かけていた。

そのおじさんは初めて見る顔だったが、父と母は知り合いのようで少し話をしていた。おじさんはまだ幼い私の頭を撫でて、びっくりしたようだった。

驚きに歪むおじさんの顔を変に思いながら、言葉の意味がわからなくて困惑する。〝力がない〟?とはどういうことなのだろう。

 

『……お母さん、どういうこと?』

 

わからなかった私は素直に母に尋ねた。

母は私の質問に困った表情をして、口を噤んだ。

 

『私、力がないの?』

 

自分の手を見ながら母に再度聞く。確かに重いものは持てないし、そんなに強くはないかもしれない。

確認するように手をグーパー繰り返す。その手を、母が急に掴んだ。

驚いて母を見上げると、何故か泣きそうな顔をしていた。そして私の頭を優しく撫でて、こう、言ったのだ。

 

『ユリちゃん、そうなの。ユリちゃんには、陰陽師の力がないの。……でもね、そんなこと気にしなくていいのよ。ユリちゃんは、ユリちゃんらしくいてくれればいいの。』

『 え?』

 

陰陽師の、力が、ない?

 

だって、それは皆あるものだって教えてもらった。

お母さんも、お父さんも。お兄ちゃんも、お姉ちゃんも。親戚の皆も。

皆、持ってるって。

私だけ?

 

辺りを見渡す。

ここにいる皆は、みんな陰陽師の力を持っている人達。

練習の最初に教えて貰った。私達は〝特別〟なんだって。他の人にはない力があるんだって。

でも、私には。

私は、特別じゃない。

そう気付いたのは、確かまだ、六歳の頃だった。

 

 

 

 

 

 

「まだ子どもだったけど、すごいショックだった。」

 

―――悲しかった?

 

「……すごく。」

「そこからはもう、積み重なっていくだけだった。」

 

―――積み重なる?

 

「……劣等感が、ね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









大丈夫やでユリちゃん
人(外)に好かれるのも才能やで。

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