海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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The Queen of Hatred_4

次の日。朝、アラームが始業時間を告げると同時に、ティファレトさん達がメインルームに入ってきた。

 

「貴方達の上司になるティファレトよ。よろしく。」

「ティファレトです。よろしく。」

 

その挨拶に皆はやはり驚いたようだった。

聞きたいことや疑問が沢山あるだろう。けれどティファレトさん達は私達に有無を言わせる気もないようで、淡々とした挨拶をした後は「じゃあよろしく」でメインルームを出ていってしまった。

しかし出ていく時に、男の子のティファレトさんが私を見てパチンとウインクをした。

その時は首を傾げたけれど、ウインクの意味は直ぐにわかった。

 

「あ……!」

 

〝対象:憎しみの女王(O-01-15-w) 作業内容:交信〟

タブレットの液晶には確かにそう文字がある。

掛け合ってくれたんだ。ティファレトさん。

心の中で感謝しながら、私は早足でアイの収容室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

収容室に着くと、違和感があった。

本来アブノーマリティは一体につき一人のエージェントが担当する。勿論場合によって例外もあるが。

アイの収容室の前にはレナードさんを含む3人のエージェントがいた。

 

「あの……なにか、あったんですか?」

 

私がエージェントさん達にそう尋ねると、その中のレナードさんが前に出てきて私を睨んだ。

 

「お喋りは余計だ。自分の持ち場に戻れ。」

「持ち場がここなんです!私は憎しみの女王の作業指示をもらって……。」

「何?」

 

レナードさんは私の言葉に眉間に皺を寄せて、インカムでなにか話し出した。

レナードさんの口が動くのと、眉間のシワが深くなっていくのが比例する。彼はインカムで話せば話すほど不機嫌に顔を歪め、最後には大きなため息をついて会話を止めたようだった。

 

「……エージェントユリ。君がここの作業を任されたのはわかった。しかし、今この中のアブノーマリティは非常に不安定で危険な状態だ。」

「不安定で、危険?」

「あぁ。アブノーマリティは気分が落ち込んでいて、私達の話を聞かない。やっと受け答えが出来るようになっても懐疑的な態度だ。」

「懐疑的って……。」

「いいか、気を引き締めろ。絶対に油断するな。私達は憎しみの女王が起こす事件を未然に防ぐ為に割り当てられた特別なエージェントだ。そしてそれは俺達が最初ではない。以前割り当てられたエージェントは殺された。アブノーマリティに。」

「殺された!?」

「あぁ。アブノーマリティに殺されたんだ。アブノーマリティ本体がそう言っていた。〝私がやった〟と。」

「そんな……。」

「君の特異体質は聞いている。それを利用するのはいいがそれに自惚れるな。相手がどんなに好意を向けてきても所詮はアブノーマリティ。化け物なんだからな。俺達はどんな手を使ってでも、その化け物を収容し管理しなければならない。」

 

レナードさんはそう言って、前をどいた。

収容室の扉はもうすぐそこ。しかし入る前に私はレナードさんの横顔を見てしまう。

……心配、してくれたのだろうか。そう思ってしまうのは少し頭がお花畑すぎるだろうか。

私は扉に向かった。深呼吸をする。

レナードさんの〝気を引き締めろ〟を頭に入れて、収容室に入った。

 

「……っ、」

 

収容室の中は、何だか前よりも空気が悪く感じる。

目の前にはアイがいた。けれど聞いていた通り、様子がおかしい。

前は可愛らしい笑顔で出迎えてくれたのに、彼女は私に気がついていなかった。

床にその細い身体を伏せて、四つん這いの状態で頭を下げている。

彼女のアイスブルーの髪は相変わらず美しいのに、その隙間から見えている表情は影のせいかとても暗く見えた。

そしてブツブツと何か言っている。小さな声なものだから、単語しか聞き取れない。〝いらない〟。〝イヤ〟。〝声〟。〝平和〟。〝対価〟。

 

「アイ……?」

 

私が声をかけるとアイは顔を上げた。

勢いよく上げたせいでアイの髪は乱れる。見えた瞳は相変わらず綺麗な色をしているのに疲労のせいか輝きを失ってしまっていた。

私に気がついたアイは床を這って私に近付いてくる。彼女の姿に動揺してしまった私はその場で動けないでいた。

 

「ユリ……。ユリなの……?」

 

足元まで来たアイは低い声で私の名前を呼んだ。

それでようやく私は身体を動かす事が出来て、アイの顔の高さに合わせるようその場でしゃがむ。

アイは重そうに床についていた腕を私に伸ばして、私の肩に触れた。そのまま強く掴まれて、少し痛い。

 

「来て……くれたのね……、ユリ。」

「アイ……どうしたの?具合悪い?元気ないみたいだけど……。」

「……わからなく、なったの。」

「わからない?なにが?」

 

アイは苦しそうに言葉を続ける。

 

「私は、なんのためにいるの?」

「何の……って。」

「ここは、平和だわ。それはとてもいい事。素敵なこと……。でも、平和すぎる。平和すぎるのよ。」

「アイ……?」

 

言葉が段々と独り言のようになっていく。私は声をかけるけれど、アイに届いてはくれない。

彼女の言葉は自問自答で、まるで私の存在を忘れているように、ひたすらに一人で話しを続ける。

 

「どうしてこんなに平和なの?私は世界を救う為……邪悪な悪者と戦うために選ばれたの……。でも、こんなに平和だと……。この世界には善と悪があって、私は善で。……なら、悪は?悪はどこにあるの?だって、私は悪と戦う為にいるなら……悪は、必要でしょ?これじゃあ私、まるで、いらないみたいじゃない?」

 

私の言葉に肩に添えられているアイの手の力が、少しずつ強くなる。

痛い。

けど、彼女の言葉の方がよっぽど痛かった。

アイの声が、気持ちが耳から入ってきて、私の頭に染み込んでいく。

知ってる。その気持ちを、感情を私は知ってる。

〝まるでいらないみたいじゃない?〟それはずっと私の中にあった言葉だ。

あまり思い出さないようにしていた記憶が溢れてくる。

陰陽師の血筋。退魔の力を持つ家族。その中でなにも出来ない、なんの力もなかった私。

 

『妹さん……は、力がないですよね。ご両親か……それかお兄さんかお姉さんでもいいです。電話、かわっていただけますか。』

『ご両親はいとこ同士の結婚だろう?それなのに何故君は……。まぁ、お姉さんとお兄さんがいるから跡継ぎは問題ないが。』

 

そんなの

まるで

いらないみたいじゃない?

 

「ねぇユリ……私は、何故ここにいるの?」

 

アイの声にはっとする。

アイの瞳には私が映っている。彼女の声は縋るように私に問いかけて、答えを待っている。

何故ここにいるか。

〝エネルギー生成の為〟とは言えない。

なんて言えばいい。なんて言えば、彼女は救われる?

……あぁ、でも。

これは、簡単じゃあないか。

 

「アイはね。いるだけでいいんだよ。」

「いる……だけ?」

「そう。だって、アイがいるだけで、私達は安心出来る。」

 

言葉はすごく簡単に出てきた。

私は自分のスマホケースについているキーホルダーを思い出す。小さい頃、魔法少女が実在すると信じていた頃の私。その時の気持ちを彼女に伝えればいい。

 

「〝悪〟ってね。目の前にあるだけが悪じゃあないの。私達の想像の中にもそれはいる。例えば〝夜お化けが出たらどうしよう〟とか、〝明日街で怪獣が暴れたらどうしよう〟とか。そういうまだ起こっていない未来の想像をして、私達を怖がせる悪もあるの。

でも、そういう時にアイがいることを思い出せば、それは希望になる。」

「希望……?私が……?」

「そう。何が起こっても、どんな悪がやってきても〝アイがいるから大丈夫〟。そう思えるの。今は平和だけど、明日がどうかなんてわからない。その不安に立ち向かう力を、アイはくれてるんだよ。」

 

そう言いきって、私は笑った。出来るだけ彼女を安心させるように。

アイの目が見開かれていく。その大きな瞳に涙が溜まっていく。キラキラしていて本当の宝石みたいだ。

肩からアイの手が離れた。強く掴まれていたそこにはじんとした痛みが残る。

けれどその痛みを気にする前に、アイが私に抱き着いてきた。

 

「わっ。」

 

勢いよく抱き着かれて少しよろけてしまう。けれどなんとかバランスをとった。

アイは私の肩に顔をうずめる。耳元で嗚咽が聞こえた。泣いているようだった。

動きにくさを感じながら私はアイの頭を撫でる。こうしていると彼女はただの女の子で、アブノーマリティということなんて忘れてしまいそうだ。

〝自分の存在意義〟なんて、特別な彼女も考えるのか。もしかしたら私の姉も兄もそういうことがあったのだろうか。

そんな必要ないのに。と思う。本当に。

 

そんな必要ないのに。

私と違って、特別なんだから。

 

アイを慰めるのなんて簡単だった。彼女の悩みは事実を言ってあげるだけで解決する。

私と違って。

何故自分と彼女を、一瞬でも重ねてしまったのだろう。知ってる、なんて。同じ、なんて。

 

そもそもが違うのに。

言ってしまえばアイは……彼女は私の家族と同じ側にいるのに。

 

アイの頭を撫でながら、私は気分が落ちていくのを感じていた。

〝いらないみたいじゃない?〟

その言葉への、私への慰めを、私は見つけられないでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイの気分がだいぶ落ち着いたようなので、私は収容室を出た。

本当はもう少しだけ作業をする時間は残っていたのだけど、今は出来るだけ早くその場を去りたかった。

収容室を出ると待機していたレナードさん達がいた。

なんだか目を合わせたくなくて避けるようにした。

しかしレナードさんが私のことを呼び止めるものだから。私はその場で立ち止まらなくてはいけなくなった。

 

「エージェントユリ、憎しみの女王の様子はどうだった。」

「……落ち込んでいましたけど、少し回復したみたいですよ。」

「回復?本当か?なにか余計なことはしていないだろうな。」

 

余計なことって、なんだ。

 

「君は自分の体質を自覚してない所があるからな。君のその好かれる?体質は便利だが、その分君の言葉の影響力をちゃんと考えろ。」

「……わかってます。」

「……本当にわかっているのか?相手は化け物だ。化け物に好かれる体質だからって、いい気になってるんじゃないぞ。」

 

レナードさんの言葉に、私は胸が熱くなるのを感じた。

いい気にってなんだ。

私は歯をくいしばる。怒りが声に出てしまいそうで、それを必死に飲み込んだ。

すると今度は目尻が熱くなってくる。それをレナードさんは見逃してくれずに、はぁ、とため息をつかれた。

 

「そうやって泣けばいいと思ってるのか。……特別扱いされて、随分甘えたなエージェントが育ってしまったものだな。」

 

……なにそれ。

なんで、そんなこと言われなきゃいけないの。

 

心の揺さぶりに耐えきれなくなった私は深くお辞儀をしてから早足でその場を立ち去った。

行く宛も考えず、ただ廊下を、出来るだけ遠くを目指して歩き進める。

零れてくる涙を袖で強く拭う。悔しい。言い返したかった。けれど言い返したらきっと私は感情的に怒鳴ってしまう。仕事場で喧嘩なんてしたくない。

怒りと悲しみが私の中で暴れて、それが酷く苦しくて、呼吸ができなくて、もうその場にしゃがみこみたくなる。

 

「……会いたい。」

 

……オーケストラさんに、会いたい。

 

その時、インカムから声が聞こえた。

 

『黒井さん?聞こえる?』

 

Xさんだ。

私は立ち止まって、深く深呼吸をした。

出来るだけ気持ちを落ち着かせて、応対する。

 

「はい。聞こえます。なんですか?」

『憎しみの女王の作業お疲れ様。ありがとう。黒井さんが作業した後、憎しみの女王の気分がかなりよくなったみたいだ。』

「……なら、よかったです。」

『それで、今日一日憎しみの女王の作業の担当をお願いできないかな?』

「え……一日、ずっとですか?」

『そう。もしかしたら今後も担当になってもらうかもしれないけど……とりあえず、今日一日様子が見たいんだ。まだ憎しみの女王の気分も完全に回復してないみたいだし。』

 

私は来た廊下を振り返る。

……戻らなければいけない?

 

「……わかりました。」

『ありがとう!じゃあ指示を送るね。』

「でも、私からも一つお願いがあって。」

『お願い?』

「静かなオーケストラの作業を一度行ってからでいいですか。昨日オーケストラの作業をしてる時にまた明日って言ってしまったんです。約束を破ることになってしまうので……。」

『わかった。あれの気分が下がるのは避けたいからね……。黒井さんが行くまでの間、べつのエージェントに様子を見させるよ。』

 

そこで会話は終わり、代わりにタブレットに指示が飛んできた。

 

〝作業対象:静かなオーケストラ(T-01-31-A)作業内容:清掃〟

 

それを確認して、私は廊下を急いで歩く。

 

実はXさんに嘘をついた。約束なんてしていない。

更に言えばオーケストラさんは私が約束を破っても許してくれるだろう。

むしろ心配すらしてくれる。オーケストラさんは私に優しいから。

早く、会いたい。オーケストラさんはきっと私を慰めてくれるから。そんな邪な気持ちを抱えて私は収容室に向かう。

どうか、慰めて。優しくして。

私すら慰め方のわからない私を、どうか。

 

 

 

 

 

 

 







4話にして中間地点です。
あと半分くらいで終わるかな。
次のアブノーマリティどうするかなーと考えてます。ネタがわりと沢山ある。
予定では魔弾さんか1.76MHzです。いや未定ですが。
このアブノーマリティ見たいってあったらアンケート代わりに活動報告を作ってるので、良ければ書き込みください。完全消化じゃなくて申し訳ないです。
でも参考にはしてます。本当に!!

書く時にwikiを見返し見返しして書いてるんですがその度にこりゃあ全部のアブノーマリティは書けんな……と絶望します。
量もだけどどうしてもネタが思いつかないのが多い……。
とりあえずハゲをどうするか考えましょう。毛根死滅ヒロインの需要について……。

そして閲覧、評価、コメント、お気に入り本当にありがとうございます。
定期的にお礼言わないと気が済まないくらい喜んでます。感謝しかない。


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