海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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オーケストラさん回です。








The Queen of Hatred_5

オーケストラさんの収容室に着いた時には、もう私の息は荒く不規則なものになっていた。

扉前で止まると心臓が煩く騒いでいるのを感じる。急に足を止めたせいかそれは痛みに変わって胸が苦しくなった。

電子パネルを操作してロックを解除する。ここの機械はよく出来ていてスムーズに動作すると思っているが、何故か今日は処理がとても遅く感じた。苛々する。

電子音。扉の鍵が開く音。液晶のOPENの表示をタッチすると機械仕掛けの扉が開く。完全に開くのを待てなかった私は開き掛けの隙間を通って中に入った。

 

収容室に、オーケストラさんはいた。

いつもと変わらない、人形の姿で。

 

私はその姿を見て、どうしてか動けないでいた。

いや、動く事は出来るのだ。ただどう動いていいか忘れてしまったようだった。

いつもの指示と内容は変わりない。部屋を掃除すればいい。だからほら、ウエストバッグから道具を取り出して。

こんにちはって挨拶のひとつでもすればオーケストラさんは応えてくれる。雑談でもしながら、音楽でもねだって作業を進めればいい。わかっている。わかっているはずなのに。

 

―――ユリさん?

 

立ち尽くす私を不思議に思ったのだろう。私の頭にオーケストラさんの声が響く。

それに大袈裟に私の身体は反応して、びくっと肩を揺らした。

それを合図に、私の胸から何かが込み上げてくる。それは波のように圧をかけながら、食道を通って、喉を通って、外に出ようとしてくる。

口を開けると喉から熱い息が零れた。

 

限界だった。

 

「……ふっ、」

 

辛い。

頭が痛くなる。グルグルと記憶の中のレナードさんの冷たい視線が、声が、言葉が回って私の心を刺してくる。

それを追いかけるように育ちに育った劣等感が私の中を駆け巡っては火をつけて火傷のような痛みを撒き散らす。

それが痛くて仕方なくて。身体中が熱を持ち始める。頭痛が内側から襲ってくる。視界が歪んで、前が見えなくなる。

 

―――ユリさん!?

 

「うっ、うううっ、ううううう。」

 

汚い呻き声を我慢することが出来ない。

情けなくも耐えきれず、私は子どものようにボロボロと涙を流したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいレナード。流石にあれは酷いだろう。」

 

憎しみの女王の収容室前。待機をしていた男性エージェントのレオンが同僚のレナードにそう声をかけた。

レナードは一瞬眉をひそめたが、直ぐに元に戻してわざとらしく返事をする。

 

「なんのことだ?」

「エージェントユリに対しての言葉だよ!彼女、泣いていたじゃないか!」

「あぁ……少し厳しく言っただけであぁも泣かれたら溜まったものではないな。 」

 

面倒くさそうにため息をつくレナード。その同僚の態度にレオンは思わず声を荒らげてしまう。

 

「レナード!その言い方はどうかと思うぞ!彼女、普通にちゃんと仕事をしているじゃないか!そんなに厳しくする必要があるか?お前は彼女の上司でもないだろう!」

「は?君は俺があの女より下だと言いたいのか!俺の方が長く働いているのに!!」

「そういうことを言ってるんじゃあない!!確かに長く働いているお前は彼女の先輩だ。ただエージェントに階級がないことはお前もわかってるだろう。彼女の教育係はダニーだぞ。彼女に目をかけるのは基本彼の役目だ。」

「だからなんだ?君もあの女を特別扱いするのか?ああいういい気になってる奴ほど危険なんだよ。俺は注意してやってるだけだ。」

 

ふんっ、とレナードは鼻を鳴らして男性を睨んだ。

その言動にレオンは呆れてため息を吐く。

 

「特別扱い?何を言ってるんだよ……。別に彼女、特別扱いされてるわけじゃないだろ。むしろあの静かなオーケストラの担当って可哀想だと思うぞ……。いい気になってるようにも見えないし、仮になってたとしても仕事を放り出されるよりいいだろ。」

「……お前みたいな奴がいるからあの女が付け上がるんだ。中央本部チームに入るのに、どれほどの経験が必要だと思う?あの女、たったの二日でこのチームに配属されたとか……明らかに贔屓だろ。」

「……レナード、お前、それを羨ましいと思ってるのか?」

「羨ましい?俺は不正が嫌いなだけだ!!」

「……俺は出来ることならいつまでも上層の情報チームにいたいけどね。あそこは安全だからな。コントロールチームから一日で配属が危険な中央本部になった彼女に俺は同情するよ。」

「っ、なんで!!」

 

あの女の肩をそんなに持つんだ。

そうレナードが言おうとした時、収容室の中から大きな音が聞こえた。それは人が倒れたような音で、レナードと男性は揃って収容室の扉を見た。

今中では一緒に待機していたもう一人のエージェントが作業をしている。

ずっと何かあった時のための配置されていた三人だったが、つい先程一人作業に当たって欲しいと指示があったのだ。

管理人からは憎しみの女王の状態がかなり回復したことを聞いていたのだが、今の音は。

 

「おい、レナード……今……。」

「あぁ……。っ……なにか、音が……。」

 

二人は、自身の所持する武器に手をかけた。

中から聞こえる、その重く引きずるような音。

彼らの身体に、緊張が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かなオーケストラの収容室では、泣きじゃくるユリと、それをどうにか宥めようとオロオロと空中をオーケストラの手が動き回る。そんな珍しい光景が繰り広げられていた。

 

―――ユリさん、どうされたんですか。

 

「ううっ、ふっ、なんでも、ないっ……。」

 

―――ではどうして泣いていらっしゃるんですか。

 

「うううっ……。」

 

一度涙腺が壊れてしまうと、泣き止むことが難しく私はただただひたすらに泣くだけだった。

これを管理人室でXさんに見られていると思うと恥ずかしくて仕方ない。

ダニーさんが管理人室のモニターは声をインカムで拾って文字に起こしてると言っていたので、外している今この不細工な呻き声は拾われてないだろうが。

オーケストラさんが困ってるのが伝わってくる。申し訳ない。

いつも指揮棒を振る時だけ出てくるオーケストラさんの手がさっきから私の頭や肩を撫でては離れていく。どうしたらいいか迷っているんだろう。

でも泣いている理由を言う訳にもいかない。

オーケストラさんは優しいから、きっと私の為に怒ってくれる。それは有難いのだけど、そのせいでオーケストラさんが人を殺しでもしてまったら大変だ。

オーケストラさんは優しくて強いから。

……私とは違って。

 

「うううううううっ……。」

 

そんなこと考えたせいでまたよけいに泣いてしまう。

あぁもう大人なのに。こんな醜態を見せてはずかしい。

理由も言わないで、急に来て、ただ泣くだけなんてなんて面倒くさいのだろう。

こんなことでは、流石にオーケストラさんも怒ってしまうかもしれない。もしくは私を嫌ってしまうかもしれない。

それも仕方ないだろう。私だって、こんな私嫌いだ。

日本にいた頃はもう少し忍耐強かったはずなのに。劣等感なんてあるのが当たり前で、悪意のある、鋭い言葉だって聞き慣れていたはずだった。

それなのにこんなにも弱くなってしまった。情けない。自己嫌悪で、死にたくなってくる。

 

「ごめんなさいっ……ごめんなさい、オーケストラさん。」

 

こんな、私でごめんなさい。

慣れていたはずなのに。積み重なっていく誰かからの敵意も、気にしない振りも、一人で泣くのだって慣れていたはずなのに。

いざ甘えられるものがあると、直ぐに縋ってしまうほど私は弱い人間だったのか。

だってあの時、オーケストラさんがあんなことを言うから。

 

『他の人がどう言おうと、ユリさんが疑おうとも。』

『私にとって、ユリさんは他とは違う、大切な、特別です。』

 

あの言葉はあまりにも優しくて、甘美で。まるで夢のようだった。

だれもそんなこと言ってくれなかった。家族も、友達も、私自身すらそんなこと言ってくれない。

だから欲しがってしまう。浅ましい私は、オーケストラさんからの〝特別〟を、求めてしまう。

 

 

―――どうして謝るのですか?

 

「だって、こんなに泣いて、面倒臭いでしょう。」

 

―――面倒くさくなんてありませんよ。

―――今まで泣きたくても泣けなかったんですね。

―――貴女はいつも我慢をする。

 

「え……。」

 

―――もっと頼っていいんですよ。私はユリさんの味方になります。

 

「そんな、もっと、なんて。」

 

―――むしろ頼って欲しいです。

―――貴女は、私を呼んでくれないから。

 

「呼ぶ……?」

 

―――辛い時は、嫌な時は叫んでいいんです。

―――助けてって。

 

「助け……て。」

 

―――そうすれば、直ぐにでも助けるのに。

 

オーケストラさんはそう言いながら、私の頬の涙を拭った。

オーケストラさんの言葉に私の涙は止まった。意識が悲しみから外れて、少し考えてしまう。

 

 

助けてって叫んだら。

オーケストラさんは来てくれる。

 

 

「それは……ちょっと。」

 

いや、だいぶ危険かもしれない。

 

―――いつでも、呼んでくださいね。

 

オーケストラさんは優しくそう言ったけれど、私はなんて反応していいかわからなかった。

なのでその言葉に私は曖昧に笑って返す。

オーケストラさんは優しい。そしてとても強い。

オーケストラさんと初めて会ったあの日。まだ私がエージェントじゃなかった時。

オーケストラさんは人を操って、私を自身の元へ導いた。更にその人の身体を使ってダニーさんを襲ってもきたのだ。

オーケストラさんはいちばん危険なアブノーマリティとされるALEPHクラスに分類されているし、私の知っている以上にすごい力を持っているのだろう。

 

そんな、オーケストラさんが、私の一言で。

 

「……ははっ、」

 

なんだかおかしくて笑ってしまう。

想像がつかない。私の声がそんな力を持ってるなんて。

こんな、優しくて、強くて、すごいオーケストラさんが私なんかの為に動いてくれるなんて。

 

「随分頼もしい指揮者さんだなぁ。」

 

そう言うと私の涙を拭いてくれたオーケストラさんの手が離れて、グッと親指を立てた。それにまた笑ってしまう。

 

現状は何も変わっていない。

私はやっぱり弱く情けないままだし、レナードさんには会いたくないし、それなのにアイの収容室には戻らないといけないし。アイにも今はちょっと会いたくないし。

でも少し勇気が出た。こんなにも頼もしいオーケストラさんがいるのなら、一人じゃないのなら。

どんな私でも、味方でいると言ってくれる貴方がいるのなら。

 

私はもう少し、頑張れるかもしれない。

 

 

 

 

 







会話文多くて読みにくて申し訳ないです。
最近長くなるので区切って区切って書いてます。
憎しみの女王回は長くなる予定でしたが予想を上回る長さだぞ……。

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