海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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The Queen of Hatred_6

結局いつもより掃除は遅く、雑になってしまって。けれどオーケストラさんは怒ったりはしなかった。

それどころか作業中ずっと音楽を流してくれた。それは前に私が好きと言った、けど名前も知らないオーケストラさんの曲。

 

やっぱりオーケストラさんは優しい。

 

オーケストラさんの力は恐ろしいものだろう。というより、アブノーマリティという未知数の存在は私達人間にとって脅威だ。

けれどやっぱり私はオーケストラさんが好き。

彼らを友達なんて言ったら変な目で見られるだろう。人はきっと離れていく。おかしいことを言ってるのは自覚している。

でもね、それでも。大切なんだよ。

 

作業を終えて私はオーケストラさんに手を振った。「泣いちゃってごめんね」と言ってから、外していたインカムを耳につける。

するとオーケストラさんはとても優しい声で、とても優しい言葉で私を見送ってくれた。私にしか聞こえない、オーケストラさんの声で。

 

 

 

 

収容室を出ると、インカムからXさんの声が聞こえた。

泣いている姿をモニターで見ていたのだろう。

心配の声や状況説明を求められる声に私はちょっと苦笑いしてしまう。

言えない。慰めてもらってた、なんて。

直ぐにいい言い訳が出てこなくて、私は後で説明すると返した。

その答えにXさんは考えたような間をあけて。

 

『同じチームの、レナードのせい?』

 

と聞かれたのには驚いた。

どうしてXさんからレナードさんの名前が出てきたのか。

 

「あ……。」

 

そうか。インカム。外してなかった。

レナードさんが憎しみの女王の収容室の前で私を引き止めた時。私もレナードさんもインカムを外してなかった。

会話は全て聞かれていたのだ。その事実にちょっと気まずくなる。

ここで「そうですレナードさんのせいです。」とは流石に言えない。

 

「……なんでもないですよ。大丈夫です。」

『本当?……静かなオーケストラにも何も変化はなかった?』

 

Xさんの言葉に私はまた笑って返す。

そうなのだ。さっきからインカムで聞いているとXさんが心配しているのは私自身というより、私が泣いたことでのオーケストラさんの影響で。

見え隠れするその本音はあまりいい気のするものではなくて、直ぐに会話を終えたかった。

それは仕方ないことだろう。アブノーマリティの機嫌一つでこの研究所の状況は大きく変わる。だからXさんの心配は最もだ。

でもちょっとくらい、私を信頼して欲しいんだけどなぁ。

何も言わない私にXさんは最後、諦めたようにため息をついて会話は終わった。

通信の途絶えたインカムの無音を聴きながら、私は小さく呟いた。

 

「なんかやっぱり、Xさん変わりましたね。」

 

前はもっと優しかったです、と。

この声は拾われて、文字として管理モニターに表示されるのだろうか。

知られたくない気がするし、知られたい気がする。どちらでも良いし、どちらでも良くない。

そんなことを思っていると、タブレットに通知が来た。

 

〝対象:憎しみの女王(O-01-15-w) 作業内容:交信〟。

 

その表示を見て、思わずため息をついてしまった。

アイへの作業をしなければいけないことはわかってはいたけれど、レナードさんのことを思い出すとやはりあまり戻りたくない。

けれど仕事だ。仕方なく私は長い廊下を歩き出す。

 

「……ユリさん?」

 

と、そこでダニーさんに声をかけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しだけ時間は遡って。

憎しみの女王の作業を指示されたエージェントアンドレは一人ため息をついた。

任されたのがどうして自分だったのだろう。彼は憎しみの女王の収容室の前で待機していた一人で、内心作業するのは残りの二人どちらかでもいいじゃないかと言ちていた。

アブノーマリティへの作業はいつも恐怖と隣合わせで。しかも憎しみの女王はエージェントを殺した経緯がある。そんなアブノーマリティへの作業など、たまったものでは無い。

緊張しながら中に入ると、憎しみの女王は立っていた。

その姿はなんだかフラフラと頼りなく。けれどアンドレに気がついた憎しみの女王は無理矢理に笑ってみせた。

 

「……こんにちは。」

 

声に元気はないが、憎しみの女王は確かにアンドレに挨拶した。

その様子にアンドレは驚いた。聞いていた話よりも、憎しみの女王は正常な意志を持っているように見えたからだ。

 

「貴方は……えっと、ごめんなさい。あまり物覚えがよくなくて……。誰だったかしら……。」

「わ、私は初めて貴女とお会いします。なので知らなくて当然です。」

「そう……?なら、よかった。これから覚えればいいわね……。」

 

力なく笑う憎しみの女王に、アンドレは拍子抜けしてしまう。なんだ、いいアブノーマリティではないかと。

アンドレは憎しみの女王に一歩近づき、声をかけ続けた。彼の指示された作業は〝交信〟であったからだ。

 

「調子はいかがですか?」

「調子……そう、ね。最悪ではないわ……。」

 

そうは言うものの、憎しみの女王は気分が悪そうに頭を抑えた。

そして立ちくらみを起こしたのかフラフラと後ろの壁に寄りかかる。

アンドレは慌てて憎しみの女王に駆け寄った。

 

「あの、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫……大丈夫、よ。早く元気にならなきゃね……。こんなんじゃ、悪者が来た時に頼りないわ……。」

 

憎しみの女王のその言葉に、アンドレの心が少し揺れた。

アブノーマリティと言えど、憎しみの女王の外見はただの可愛らしい少女だ。丸い顔に長い足。細い腕。そんな身体で、こんな体調で彼女は自分以外を心配しているのか。

その心優しさに、アンドレの胸が小さな熱を持つ。それは同情であり、感動であり。

だから彼は、憎しみの女王を慰める為の言葉をかけた。

 

「大丈夫ですよ。ここには悪者なんていません。」

「……え?」

「貴方が倒さねばならない悪なんて存在しないんです。だから、安心して休むといい。」

 

アンドレの言葉に憎しみの女王はその大きな目を見開いた。

アンドレは少しでも安心させよう綺麗に笑ってみせる。しかしそれに反比例し、憎しみの女王から笑顔が消えていく。

 

「うそ、でしょ?」

 

憎しみの女王が、ずるずると壁沿いに倒れていく。

 

「うそよ、そんなの。」

 

イエローダイヤモンドの瞳に、涙が溜まっていく。

 

「だって……そしたら……。」

「ど、どうしたんですか?」

 

その様子にアンドレは不安になり、しゃがみこんだ憎しみの女王に目線を合わせた。

しかし、その瞳にアンドレは映らない。

 

「私は……私は……!!」

「っ……う、わっ!?」

 

突然憎しみの女王の身体を強い風が覆った。その風に押されて、アンドレは後ろに押されて尻もちをつく。

ぐったりとした憎しみの女王の身体が浮き上がる。彼女は何かをブツブツと唱えているようだった。

浮き上がった身体を取り囲むように、どこからかいくつもの青い光が現れる。それは鋭く細く、槍のようで。

その光が、憎しみの女王の心臓を貫いた。

衝撃に彼女は痛みのあまりかピンと手足が伸び、大の字になる。その顔は酷く辛そうに歪んでいる。

彼女の体勢は的のようだった。その的を狙うかのように、憎しみの女王の杖が勝手に動く。

杖はハートの先を彼女の身体に向ける。

 

そして、まるでとどめを刺すように、憎しみの女王の心臓を貫いた。

 

強い光が憎しみの女王の身体を覆う。

アンドレはその眩しさに目をつぶった。でないと彼の瞳は焼き付いてしまったかもしれない。

その光は凶器のような鋭さと熱を持っていて、アンドレの身体に焼けるような痛みが走った。

その痛みにアンドレは歯を食いしばる。何が起こっているのか彼は把握ができなかった。憎しみの女王はどうなったのか?

その光は徐々に弱いものに変わっていき、なんとか彼の体は焼けずに済む。

ようやく光が落ち着いたところで、アンドレはそうっと、目を開いた。

 

「あ……、え……?」

 

開いた目に映ったのは。

 

次の瞬間、アンドレの身体が思いっきり壁に叩きつけられた。

彼は頭を、背中を強く打ち、その衝撃に身体の空気が押し出され歪な音が出た。

打った頭は痛みだけを理解し、彼は逃げる事など出来ない。

だから、彼は避けることが出来ずに死ぬ。

動けないでいるアンドレの身体を、憎しみの女王の青い尻尾が叩き潰した。べちっと音を立てて潰されたアンドレの身体から、血が飛び散って壁を汚す。

憎しみの女王は、その少女の姿から青い大蛇へと変化していた。

この時、アンドレはもう既に死んでいただろう。けれど形残る身体が気に入らないのか、または遊んでいるのか憎しみの女王は何度も尻尾を叩きつける。

長い尻尾を引き摺っては持ち上げ、叩きつけて―――アンドレの身体をすり潰していく。

その姿はかつて彼女が自身の対照として欲したもの。

悪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろから声をかけられて振り返ると、そこにはダニーさんさんがいた。

珍しいその姿に私は驚いてしまう。実はダニーさんと仕事中廊下で会うことがほとんどない。

一度それを本人に言ったことがあるが、ダニーさんと私の担当しているアブノーマリティの収容室が正反対にある事が原因らしい。

それなのに何故今日は会ったのだろう。

 

「ダニーさんと会うなんて珍しいですね。」

「そうですね、実は憎しみの女王の収容室前待機を命じられまして。」

「憎しみの女王!!私も今から憎しみの女王の作業に行くんですよ!」

 

待機、ということはレナードさん達と同じ指示をうけたのだろうか。

ダニーさんが居てくれることを知って少し安心した。敵意のない知り合いがそばにいてくれるのは、やはり精神的に楽だ。

目的地が同じなので、二人揃って廊下を歩く。ダニーさんの足は私より早くて、置いて行かれないように早足で着いていく。

 

「そういえばレナードがユリさんにきつく言っているそうですね。私からも注意しておきます。」

「え、なんで……。」

 

なんでダニーさんが知っているのだろう。

そう思ったことが顔に出たのか、ダニーさんは言葉を続けた。

 

「Xから聞きました。いや……元からレナードがユリさんにいい態度をしていないのは勘づいていましたが、そこまであからさまだったのには気付いてなくて……。すいません。」

「いや!ダニーさんが謝ることじゃないですよ!!」

「私はユリさんの教育係です。貴女のことを気にかけるのが仕事だ。だから今回のことは私にも非があります。」

 

ダニーさんの謝る声は真剣で、なんだかこっちの方が申し訳なく思ってしまう。

その反面嬉しいとも思ってしまった。私はここで頼れる家族も友達もいないから、ダニーさんのように考えてくれる人は貴重だ。たとえ仕事だからと言っても。

 

「ただ、レナードの言うことはあまり気にしたい方がいい。あんなのただの嫉妬でしょう。」

「し、嫉妬って。」

「ユリさんがアブノーマリティへの作業をスムーズに終えられることが羨ましいんですよ。それを理屈っぽく正論づけてユリさんにぶつけているだけです。だから気にしない方がいい。」

「でも……、」

「そうやってなんでも受け止めるのは良くないですよ。貴女のいい所でもあるが……、レナードみたいなのを受け止めていたら疲れるでしょう。」

 

ダニーさんの言い方は随分レナードさんに冷たかった。

気にしない方がいい。それはわかっているのだけれど、私はレナードさんの気持ちも少しわかるのだ。

レナードさんはやはり私が一部のアブノーマリティから好かれていることがずるいと思っているのだろう。私だけ安全で、ずるいと。

誰かを羨ましく思う気持ちを、私は知っている。

 

「……あの、ダニーさん。」

「なんですか?」

「ダニーさんは、私をずるいって思いますか。」

 

思わずそう聞いてしまった。

言った後に後悔が襲ってくる。こんな質問意味が無い。

この流れでこの質問は、慰めてくださいって言っているようなものじゃないか。

頭を抱えたくなる。しかしダニーさんから返ってきた言葉は予想外のものだった。

 

「いえ、全く。ずるいとも羨ましいとも思いませんよ。」

「え。」

 

即答されて、間抜けな声が出てしまった。

流石にその答えは予想して無かった。

 

「むしろ……、あ、いや、なんでもないです。」

 

言いかけられた言葉が気になって、私はそれを追及する。

なんでもないですとダニーさんは言い張っていたが、私がしつこく聞くとやがて折れて渋々と口を開いた。

 

「……むしろ可哀想だと思います。」

「可哀想……?」

「あんな化け物に好かれるなんて、可哀想でしょう。」

「化け……物。」

 

それは、レナードさんも言っていたことだった。

化け物。アブノーマリティが、化け物。

悪印象なその言葉が私の心に引っかかる。

いや、仕方の無いことだ。ダニーさん達にとってアブノーマリティは危険で恐ろしい化け物だろう。多くの被害をうけているのだから。

そうわかっていても、私の脳裏にチラつくのはオーケストラさんの姿だった。

 

 

「……ダニーさん達にとって、アブノーマリティが化け物でも。」

 

止めろと私の理性が言っている。

けれど、口を止めることが出来ない。

 

「アブノーマリティ達にとって、ダニーさん達がただの人間だとしても。私にとってはどちらも仲間です。」

 

だって、私すらアブノーマリティを化け物なんて言ったら。

誰が彼らの味方になるのだろう。

 

「……仲間……。」

「そんなの綺麗事かもしれないけど……。でも、本心です。実際、彼らからエネルギーをもらってる訳ですしね。」

「……私達も、仲間なんですか。」

「え?」

「私も、アネッサも、レナードも、Xも?」

「そうですよ?リナリアさんも、アンジェラさんも、ティファレトさん達も。」

「なか……ま。」

 

ダニーさんはすこし考えこんでしまった。

どうしたんだろう。先程の会話でつっこまれるのは、どちらかと言うとアブノーマリティを仲間と言った方だと思っていたのだけど。

どうしてダニーさん達のことをきいてきたのただろうか。

暫くして、ダニーさんは重く口を開いた。

 

「その……今みたいなことは、あまり他の人には言わない方がいいかもしれないです。」

 

言いにくそうに口を動かすダニーさんが、何を言うかと思えば。私は思わず笑ってしまう。

こんな、綺麗事で、危ない目にあっているエージェントの怒りを買うような言葉、誰にでも言うと思っているのだろうか。

 

「こんなこと、ダニーさんにしか言いませんよ。」

 

だってダニーさんは、私の事嫌いにも好きにもならない。それをわかっているから。

私の言葉にダニーさんは目を見開いた。驚いているようだ。私がこんなことを言うなんて予想してなかったのだろう。

笑う私を見て、ダニーさんは口を動かした。けれど声を聞く前に、大きな音で掻き消されてしまう。

 

【警告】【警告】

 

「!」

「警報……!」

 

 

【アブノーマリティが逃げだしました。】【エージェントは管理人の指示に従い直ちに鎮圧作業を実行してください。】

 

耳の痛くなる警報に、私の体に不安と焦りが込み上げてくる。

ダニーさんは息を飲んで、警告の続きを待っているようだった。

 

【脱走したアブノーマリティが特定されました。】

 

続く言葉に、今度は私が目を見開いた。

 

【アブノーマリティネーム〝憎しみの女王〟。】

 

「え……。」

 

どうして。

 

 

 

 

 

 




区切ろうと思ったんですがいい加減憎しみの女王に収容違反して欲しかったんです。

次回「レナードやらかす」デュエルスタンバイ!


追記

何人かの方からご指摘があった誤字について。
いつも誤字指摘ありがとうございます。まじ間違い探しですいません。いつも助かってます。

その姿はかつて彼女が自身の対照として欲したもの。

何名の方から〝対照〟じゃなくて〝対象〟じゃね?ってご指摘を頂いてるのですが。
実はわっかりにくい仕様です。
対象でも文章的に全然通じるんですけど、正義の対照としての悪として〝対照〟表示にしてます。
ややこしやー、ややこしやー。
いや本当変なこだわりで申し訳ない。

誤字指摘本当に助かってます。このことで見限らずに今後ともお力をかしていただけると嬉しいです。




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