【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
※あとやっぱりエセ百合注意
―――なにが、起こった?
銃声が、響いた。そして?
目の前の光景が、ダニーの目にスローモーションに動く。
ユリの身体が倒れる。受身をとらなかった身体は変な体勢で床に打ち付けられ、豪快に音を立てた。
そのすぐ後にもう二発、発砲音が聞こえた。
その音でダニーはようやく身体を動かすことを思い出す。倒れたユリに駆け寄り、力ない彼女を抱き起こした。
「ユリさん!ユリさん!!」
ダニーが名前を呼ぶと、ユリは瞳を動かす。生きていることに安堵するも、彼はその傷口を見て血の気が引いた。
傷から溢れる血がユリの制服を汚す。赤いシミはどんどん大きくなっていって、慌ててダニーは彼女の服をたくしあげた。
傷の位置は、腰。しかもだいぶ中心から離れている。急所は外れている。
次に確認しなければいけないのは、傷に異物が入っていないかだ。菌が繁殖したらそれこそ大変なことになる。
しかし傷口からは血が溢れてきていて、その赤にまみれて異物の確認が出来ない。
焦りに舌打ちをする。これだと止血が先か。ダニーは自身のウエストバッグから救急セットを取り出した。
膝と片手でユリを支えながらもう片手で布を取り出す。そのやりにくさに彼は苛立ちを感じた。
「……鎮圧、完了。」
そんなダニーの耳に入ったのは、小さな呟きだった。
その声にダニーは腹の底から怒りが込み上げるのを感じ、それを抑えるつもりもなく声の主を睨む。
その視線の先には、銃を下ろしたレナードが立っていた。
「……なんで、撃った。」
「なんでって、鎮圧するのには対象を撃たないといけないだろう?」
そう言ってレナードはダニーの後ろを指さす。
そう、レナードは二発の銃弾を大蛇の頭に撃ち込んだ。それは急所だったのか、たった二発でも大きなダメージを憎しみの女王に与えた。
大蛇はその巨体を地面に伏せ、ぐったりとしている。
そして次の瞬間、大蛇の足元に巨大なピンクの魔法陣が現れ、大蛇が光を放った。二人は眩しさに目をつぶる。次に目を開けた時、大蛇は少女の姿に戻り、床に倒れていた。
「ほら、鎮圧成功だ。」
「なんで……なんでユリさんを撃ったんだ。」
そんなレナードの態度にダニーは余計に怒りを燃やし、ユリの傷口を布で強く抑えながらレナードを怒鳴る。
しかしレナードは全く動じずにダニーを見据える。そうしてゆっくりと口を開いた。
「必要だったから撃った。それだけだ。」
「必要だった?彼女を撃つことが!?」
「あぁ。憎しみの女王はエージェントユリに顔を近づけていた。絶好のチャンスだったろう?じっとして、頭を下げて。……けど、的の前に立っていたその女が邪魔だった。だから仕方なく。」
「伏せろって言うことは出来ただろう!!」
「あのな……そんな声を出して憎しみの女王が動いてしまったらどうする?せっかくのチャンスを逃すことになるだろ?」
「……だから、撃って退かしたって言うのか。」
「なんでそんな感情的になってるんだよ。被害を抑える為にしょうがなかったんだよ。お前ならわかるだろ?」
「わからない。わかりたくねぇよ。」
「……その女だからか?」
「は?」
「言っとくけどな、俺はそこにいたのがその女でも、別の人間でも同じことをした。他の奴と違って俺は贔屓なんてしないんだよ。だから撃ったんだ。」
「……。」
睨むダニーにレナードは呆れてため息を吐いた。
そしてユリとダニーに近付き、2人に目線を合わせしゃがむ。ウエストバッグから自分の分の救急セットを取り出した。
「とりあえず処置するぞ。これくらいなら死なないだろ。」
レナードは床を見渡す。そして彼は転がっている銃弾を見つけた。
どうやら弾はユリの身体を貫通していたようで、それに安心したレナードは息を吐いた。
銃弾をスーツのポケットにしまうと、レナードも布を取り出した。
「当て布を取り替える。合図で離せ。」
レナードは傷口を見ながらダニーにそう言った。ダニーはレナードの行動に驚いて顔を見ていたのだが。レナードは気付かずか、それか無視をしたのか一切ダニーを見なかった。
「いくぞ。3、2、」
1、でダニーは布を外し、血が溢れる前にレナードが新しい布を当てる。
「ダニーは包帯を頼む。俺のも使ってくれ。」
「……わかった。」
ダニーは自身とレナードの救急セットから包帯を取り出した。腰周りに頑丈にまくとなると長さと幅が必要になる。
緩くならないように慎重に巻きながら、ダニーはレナードに話しかけた。
「……なぁ。レナード。」
「なんだ?」
「お前の言う被害って、なんなんだ。」
「……は?そんなの、研究所の崩壊だろ。」
「彼女は、被害じゃないのか?」
ダニーのその言葉に、レナードは全く動じなかった目を揺らした。
「俺は……正しいことを、しただけだ。」
「それでも、俺は撃つ前に伏せろって言って欲しかったよ。」
「っ、そんな甘ったれたこと言ってたら、ここではやっていけない!!ダニーならそれ位わかるだろ!?」
責めるように聞こえた言葉に、レナードは声を荒らげた。
そんなレナードを、ダニーは冷静に見据える。二人の立場は逆になったようだった。
「そうやってお前もこの女を贔屓するのか!俺は……俺は正しいことをしてるだけなのに。どうして皆、俺を責めるんだ……っ。」
「贔屓なんかしてねぇよ。あのな、お前疲れてるんだよ。」
「は!?俺は元気だ!!」
「疲れてて正常な判断が出来ないんだ。少なくともお前は本来、人を平気で撃てるようなやつじゃない。」
「そんなことない!俺はちゃんと覚悟があって、」
「そんな覚悟いらねぇんだよ!!」
レナードの言葉を遮って、ダニーは叫んだ。
「俺達は今ここにアブノーマリティを収容する為にいるだけだ。それは危険な事だけどな。危険なのはアブノーマリティだけで充分なんだよ。」
「それは……。」
「人から撃たれるような、人を撃たないといけないような覚悟なんて……いらない。例え時と場合によるとしても、そんなのは出来るだけ避けるべきなんだ。そんな辛い覚悟、しなくていい。」
「……。」
「もしも彼女の立場が気に食わないなら、お前が恨むべきは彼女じゃない。俺だ。」
「ダニー……?」
「彼女をここに連れてきたのは、俺なんだから。」
ダニーはそう言って笑った。自嘲しているようだった。
そんなダニーになんて返すか、レナードは答えを探す。けれど上手い言葉は出てこなくて、しばらくそこには沈黙が流れた。
やがて包帯を巻き終わり、ダニーはユリの体勢を出来るだけ楽になるように支え直す。
ユリはもう意識を失っていて、目を閉じたその顔は日本人の血のせいかダニーの目に幼く映った。
「贔屓なんかじゃねぇよ。」
その丸い頬を、そっと撫でる。
「利用してるんだ。……それなのに。仲間だなんて。馬鹿な女だよな……。」
そんなダニーの横顔にレナードは戸惑う。彼とダニーの付き合いは割と長いものであるのに、そんなダニーの表情を見たのは初めてだったのである。
そんな泣きそうな顔は。
「ユリさんのこと苦手なのは仕方ねぇよ。性格の合う合わないはあるからな。」
「べ、別に苦手なわけじゃ……。」
「無理しなくていいって。お前、俺の事もあんまり好きじゃないだろ?」
「え?」
悪戯にダニーは笑って、ユリを持ち上げる体勢を整える。しかしレナードは彼の意外な言葉に驚いてしまって、それを上手く手伝えなかった。
「ダニーのことは、嫌いじゃない。」
「ははっ、別にいいって。」
「本当だ!……むしろ、俺はお前みたいになりたかったんだよ。」
「は?俺みたいに?」
レナードがそう言うとダニーは怪訝に顔をしかめた。その表情があまりにも彼らしくてレナードは笑ってしまう。
レナードはようやく少し余裕を取り戻したように思えた。
それはずっと彼が失っていたもので。必要なもので埋められた心は、彼を本来のレナードにさせる。それをダニーは感じとった。
ダニーに横抱きにされているユリの顔をレナードは覗いた。
その相変わらず平和ボケした顔に彼は苛立ちを感じる。けれど平和は決して悪いものでは無い。いや、とてもいいものだ。
レナードはやはりユリが羨ましかった。その平和は誰もが望むものであったから。
しかし以前と違うのは、レナードに余裕があることである。
人の幸せを羨ましく思うことは、妬ましく思うことは仕方の無いことだ。だからといって不幸に堕ちてこいと願うことは間違っている。それを彼は思い出すことが出来た。
「ユリさん。」
レナードはユリの名前を呼ぶ。エージェントとしてではなく、憎き相手としてではなく。
その声が意識を失っている彼女に届くはずはない。それでもレナードは口を動かした。何故なら彼には彼女に言わなければいけないことが山ほどあったから。
「ユリさん、俺は、本当に……君に」
「アルカナスレイブッ!!」
ダニーの前を、ピンク色の光線が通った。
光線はレナードに直撃し、彼を吹き飛ばす。突然のことにダニーの頭は理解が追いつかない。
光線の元を辿ると、そこには憎しみの女王が立っていた。蛇ではなく、少女の姿で。
そう。光線を放ったのは憎しみの女王であった。憎しみの女王は高らかに魔法の呪文を唱え、力を放出させたのだ。
それだけでは満足せず、自身の武器である魔法の杖を持ってレナードに近付く。
レナードは生きていた。しかし憎しみの女王の光線を受けて彼は瀕死の状態であったが。
床に倒れるレナードの身体を見下ろして、憎しみの女王は杖の先、ハートの飾りをレナードに向ける。
そして思い切り、刺した。
「づぁっ。」
レナードの喉から変な声が出る。
憎しみの女王は何度も刺した。抜いては下ろして抜いては下ろして。ぐちゃぐちゃと音を立てながら何度も。
抜く時、ハートの丸みの部分が皮膚や臓器に引っかかるのか、よく分からない肉片が絡みついている。
もうレナードは死んでいた。彼の身体は穴だらけで生きているはずがなかった。
けれど憎しみの女王はただ刺し続ける。その表情は無表情で。しかし光のない瞳には感情を感じた。名前通りの、〝憎しみ〟を。
「ユリ……。」
そして顔から胸まで全て潰したところで憎しみの女王は手を止める。
次に憎しみの女王が見たのはユリを抱えているダニーだった。
ダニーはそれまで衝撃的な光景に身体が固まっていたが、ようやく我に返って、強い後悔の波が押し寄せてきた。
ユリを抱えながら憎しみの女王と対峙するなど不可能である。ダニーは逃げるべきだった。
憎しみの女王の鎮圧作業を命じられたエージェントが今なお到着しない様子から見ると、その通達はレナードが鎮圧を成功させた時点で解除されているのだろう。
となると一対一での勝負になる。勝機は全くない。
ダニーは頭を必死で動かすが、どうしてもいい作戦など湧いてこなかった。
「ユリは、無事なのね。」
「……?」
しかし憎しみの女王の様子がおかしかった。
ダニーを見て、いや正確にはユリをみて笑ったのだ。
その笑顔はとても穏やかで美しいものだった。敵意などは全くない。例えるなら聖母のような。
「貴方がユリをたすけてくれたの?ありがとう。」
そうしてダニーにお礼を言って、ユリに手を伸ばした。
ダニーは反射的にそれを避けようとして後ろに下がったが、そこは壁。背中はぶつかり、憎しみの女王の手が簡単にユリに触れる。
「ユリ、護れなくてごめんなさい。もう絶対に貴方を傷付けたりさせないから。」
憎しみの女王はユリの顔をのぞき込む。ピンクの爪で彩られた手を使って、彼女はユリの頬を包んだ。
「なにがあっても、貴女を護る。誓うわ。」
そして、その唇をユリの唇に重ねたのだ。
優しさを、決意を、愛情を、そして少しの魔法をこめて。誓いのキスを。
その口付けは一瞬のもので、憎しみの女王は直ぐにユリから離れた。
ダニーは驚いて目を見開く。そんな彼に憎しみの女王は笑って。
「貴方はいい人ね。」
そう言って、憎しみの女王は光を放って消えた。
残されたダニーは暫く、呆然と廊下に立ち尽くすのであった。
かくして。
憎しみの女王の収容違反は、レナード、レオン、アンドレ三人の死で被害で収まった。
そうしてまた、研究所に日常がもどってくるのである。
Q.ちゅーさせる必要あったん?
これに対して容疑者は「そこにしかないロマンがある」などと供述しており
「で、でも憎しみの女王回の最初にエセ百合注意報はしてたし言うて憎しみの女王ってアブノーマリティだしギリギリセーフだと思う」
などとほざいております。