【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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更衣室で始業の準備をする。その違和感には直ぐに気がついた。

いつものスーツと違う。紺色のスーツに、茶色とくすんだ白の硬いチョッキのようなものが入っている。

基本ロッカーは業務が終われば私物を残さず開けて置くようになっている。そこにスーツやタブレットを置いておけば係の人が勝手に洗濯や充電をしておいてくれるのだ。

だからいつもスーツはクリーニングだしたての、ピカピカのものだったのだけど。

ここまで大きな見た目の変化ははじめてだ。

 

「ねぇ!ユリさんも制服かわってる!?」

「もしかしてリナリアさんもです……か……ってうわぁぁあかわいい!!かわいい!!なんですかその制服!!」

 

リナリアさんの声に振り返る。彼女の手の中の制服を見て私は思わず叫んでしまった。

それはもう、制服と言っていいのかわからない。

リナリアさんの制服はピンクだった。ピンクの、ミニスカートのワンピース。というよりそれは正しく魔法少女のだ。セーラータイプの魔法少女の服。

……魔法少女。

 

「え……これって、憎しみの女王のじゃ……。」

「そうなんだよね……。他の人も制服変わってるみたい。なんで私これなんだろう……他の人は普通なのに……。」

「ははは……。とりあえず、中央本部に向かいましょう?制服変更の説明あるかもしれませんし……。」

 

始業時間も迫っているので、急いで制服を着替える。

着心地は悪くない。防弾チョッキがあるので重くて動きにくいかなと思ったがそんなことはなく。むしろいつもよりも身体が動かしやすい。

リナリアさんを見るととても遅い手つきで着替えていた。仕方ないだろう。あの服が可愛いのは確かだが、仕事場で着ないといけないとなると年齢的にも抵抗がある。

私は自身が普通の制服であることに安堵しながら、中央本部へと向かった。

 

 

 

どうやら制服が変わったのは女性エージェントだけではなく、男性エージェントもだった。

女性だけというのはおかしいのでそれはあたりまえだろう。けれど今はそんなことはどうでもいい。

ある男性エージェントの制服。黄土色のスーツに所々赤い線が見える。ただの赤い線ならいい。たまにちょっと動いているのである。それは私達の身体にある血管にしか見えない。

そして私と同じようなチョッキもあるのだが。チョッキの中心が横に裂けていて、口になっている。裂けているだけではけっしてない。何故ならそこに鋭い牙がいくつも並んでいるのだ。

ダニーさんの制服、怖い!!

中央本部に到着した時点で一番最初に目に入ったのがダニーさんだった。他の人が割と普通な制服の中、ダニーさんの制服だけ異常に怖い。

 

「うわダニーの制服怖っ。」

「そういうリナリアは……いや、すごい可愛くなったものだな。」

「ちょっとそこは触れないで……。」

 

ダニーさんの制服について指摘したのはリナリアさんだった。興味深そうに制服を凝視する。

確かに怖い見た目ではあるが、見慣れるとどうなってるのか気になってしまうのも確かだ。

リナリアさんの影から覗き見ていると、ダニーさんが気がついて手招きをしてくれた。

 

「ユリさんも興味ありますか?触ってもいいですよ。」

「いいんですか?」

「ダニー私も触りたい!」

「いいですよ。減るものでもないですし。」

 

許可がおりたのでリナリアさんと二人でダニーさんの制服に手を伸ばす。

リナリアさんは興味津々にチョッキの口から飛び出る牙を触っている。

やはり一番気になるのはそこだ。私も同じように触ってみる。

硬い。造りはしっかりしている。プラスチックでは無いようだ。それに予想より冷たくない。むしろ少し熱を持っているような。

表面はツルツルしているが、内側も触ってみると少しヌメヌメしている。……ヌメヌメ?

口部分から指を離すと、透明な糸がくっついてきて、途中で切れた。これはなんだろう。

 

「すごいですよね、この口本物の歯と唾液でできてるんですよ。」

「ひっ!?」

 

ダニーさんの言葉にリナリアさんと私は咄嗟に後ずさる。本物って。どういうことだ。

そしてそれを平気で着てるダニーさんは、ちょっと精神力強すぎると思う。

 

「ちょっと煩いわ。もう始業時間五分前よ。静かにして頂戴。」

「ティファレト、別にいいじゃないか。まだ始業前なんだし……。」

「ティファレトは甘いのよ。」

 

奥の扉からティファレトさん達が出てきた。新しい制服にざわついていた皆が慌てて整列をする。

その様子に女の子のティファレトさんは呆れたようにため息をついて、私達を一瞥すると話しはじめた。

 

「新しい制服はちゃんと着ているようね。それは我が社で開発した特別な制服……いえ、防護服と言った方が正しいわね。今日からそれを着て仕事をしてもらうわ。」

「あの、見た目が全員違うのは何故ですか。」

 

一人の職員がティファレトさんに質問する。

 

「数に限りがあるの。それはアブノーマリティのエネルギーを材料に作った防護服よ。だから使用したエネルギーの元となったアブノーマリティの姿形の影響を強く受けてるってわけ。見た目こそ酷いものもあるけど、性能は確かよ。今武器の方も作っていて、使用テストを行ってるわ。最終チェックが終わり次第、各自に武器も渡すから。」

「アブノーマリティのエネルギーを材料に……?それは、どんな技術で?」

「それは貴方達が知るべきことではない。じゃあ今日もよろしくね。行くわよ、ティファレト。」

 

ダニーさんの質問には答えずに、ティファレトさん達は扉の奥へ言ってしまった。

それを見ながらダニーさんはわかりやすく舌打ちをしたが、女の子のティファレトさんは無視をする。

しかし男の子のティファレトさんが少し振り返った。目が合って驚くと、ティファレトさんは少しだけ笑って、けど何も言わずに去ってしまう。

始業時間まで、残りわずか。私達はただ黙ってその時を待った。

私は自身の斜め後ろに、一人分の妙なスペースが空いていることに気が付いている。いや、私だけでない。皆気が付いている。

 

そこは、レナードさんがいた場所だ。

 

今までもこういうのスペースを見ることはあった。綺麗な整列のくせに所々空いている場所。あの時は不思議だったけれど今ならその意味がわかる。それが悲しくて、仕方の無いことだと。

けどチームの皆は何も言わない。この人達がそれに涙しているのを、私は見たことがない。

前のダニーさんの背中を見る。結局ダニーさんも、私の病室で泣くことは無かった。

それは残酷なことだと思った。この人達が残酷なのではない。この会社が、残酷なのだと。

空いたスペースはまた埋まる。新しい人が来るか、詰めるか。手段は幾らだってある。

でも無くなったものが無くなる訳では無い。

何も感じないわけが無いのだ。悲しくないわけがない。怖くないわけがない。

今ここにいる皆が、それを味わっている。

それを口にしない理由はそれぞれにあるのだろう。私が理解できることではない。

けれどここで私が亡くなった人のことを少しでも話したら。きっとこの人達は壊れてしまう。

何故かそんな気がしたのだ。

 

始業時間の合図。それぞれがタブレットで指示を確認し、仕事場に向かう。

仲のいい人は手を振って、そうでもない人は適当にすれ違って。私達の仕事が始まる。

こんなに胸焼けのする朝は、久しぶりだ。

 

 

 

今日のはじまりはオーケストラさんの部屋の清掃からだった。

始めがオーケストラさんなのは嬉しい。皆からはオーケストラさんが恐い、担当なんて可愛そうだと言われるが、私はむしろ幸運とすら思ってる。

アブノーマリティによって合う合わないは人それぞれなので仕方ないだろう。私にとってオーケストラさんが合うアブノーマリティだった。それだけだ。

いつも通りに扉を開けて、オーケストラさんの姿を確認する。人形の姿では表情が変わることは無い。けれど心なしか嬉しそうに見えてしまうのは、都合が良すぎるだろうか。

 

「オーケストラさん、おはようございます。」

 

───ユリさん、それは……。

 

「気が付きました?制服が新しくなったんです。前よりもごつくなりましたけど動きやすいんですよ。」

 

新しい制服に、舞い上がっていたのだろう。だから気が付かなかった。オーケストラさんの声の変化に。

その場でくるんと一回転して見せると、空中にオーケストラさんの手が出てきた。ふざけるつもりでその手を掴もうとするも、簡単に避けられてしまった。

私を避けた手はそのまま私の周りを一周して、正面で止まった。顔の目の前で止まった手は人差し指を伸ばして唇に触れてきた。

不思議なその動作に首を傾げて、オーケストラさんを呼ぶ。「オーケストラさん?」と。

すると。

 

「ぐっ……!?」

 

空いた口に、オーケストラさんの指が突っ込まれた。

遠慮なく奥まで突っ込まれたそれに嗚咽が漏れる。苦しさに思わずオーケストラさんの手を噛んでしまった。

慌てて歯を離すも、オーケストラさんの指は離れない。それどころかそれは口の中を暴れ周り、広げるように大きく円を描くと、今度は舌をつまんできた。

 

「ふっ……ぐっ、」

 

───その声は。

 

冷や汗が流れる。頭に流れるオーケストラさんの声が冷たくて。

こんなの、初めてだ。こんな、オーケストラさんが怒ってるの。

 

───何をされました?

 

「な……に……って、」

 

───その声は。

 

「こ……ぇ……?」

 

───その鈴が鳴るような音。不愉快です。

 

「すず……?」

 

鈴。なんのことだろう。

苦しさと、伝わってくる怒りの恐怖についに涙が流れはじめる。

自然と流れ出たはずのそれを自覚したら、一緒に悲しみも溢れてきた。

オーケストラさんが、怒ってる。恐い。そして、悲しい。

 

「ふっ……ふっ、ぅ。……う?」

 

オーケストラさんの指が口から抜かれた。

そして反対の手が、私の涙を拭う。

 

───泣かせて、しまいましたね。

 

「オーケストラさん……。」

 

───すいません。取り乱してしまった……。

 

オーケストラさんは少し落ち込んだような声をしていた。

それに先程感じていた恐怖はスっと引き、むしろ心配になってしまう。

オーケストラさんがこんな風に感情的になることは珍しい。

 

「私、何かしちゃいましたか……?」

 

───いえ……。ユリさんは、何も。

 

「何かしたなら言ってください。ちゃんと、直すから……。」

 

───……その声。

 

「声……?」

 

───声が、いつもと違います。

 

声が、違う?

試しに何度か声を出してみるが、自分だと変化がわからない。

他のエージェント達にも何も言われなかったし、別にいつも通りだと思うのだが。

心当たりを探して記憶を辿るも特に変わったことは無い。

 

「えっと、どう違うんですか?自分じゃあまりわからなくて。」

 

───口を開けて見せてもらえますか。

 

「……?」

 

言われた通りに口を開ける。

今度は指は突っ込まれない。ただ人形であるオーケストラさんは動かないので、私が口を開けているだけという間抜けな絵面になってしまう。

 

───やはり、口内ではないですね……。声帯か……。

 

声帯?

 

───ユリさん、舌を出してもらってもいいですか?

 

「あ、はい。」

 

口が乾いてきたので一度閉じてから舌を出す。するとオーケストラさんの指が舌に触れてきた。先程と違って随分優しい触れ方だけれど。

指は曲線を描いて離れていった。

 

「えっと、今のは何をしたんですか?」

 

───威嚇、ですかね。

 

「威嚇?」

 

───上書きしてしまうのが一番なんですけど、私の力を中に入れるのはユリさんの身体が心配なので。

 

「??」

 

何を言っているのかよくわからなくて、変な顔をしてしまったのだろう。

オーケストラさんが少し笑ったような気がした。

 

───少し嫉妬してしまいました。

 

「嫉妬?え、何にですか?」

 

───声に魔法がかかっていましたよ。

 

「魔法!?」

 

───羨ましいです。その声があればきっとユリさんの声がよく聞こえるでしょうね。

 

「え、でもオーケストラさんも私の声聞こえてるんじゃ……。」

 

それだとまるで、私の声がわからないみたいだ。

今こうして話してもいるのに。

 

……けど、そういえば。

そういえば、オーケストラさんと収容室以外で話すこと、あまりない。

 

初めてあった時は話せたのに、どうしてだろう。

そこまで言ってハッとする。私は慌ててインカムを取り外した。この話、聞かれないほうがいいかもしれない。

そういえば私、オーケストラさんの力のこと何も知らないのだ。

思い返してみるとおかしな事が沢山ある。

オーケストラさんは、私を助けてくれると。力になると言ってくれた。

それにしては、オーケストラさんは〝 赤い靴〟の時も、〝憎しみの女王〟の時も動いた気配がない。

オーケストラさんは嘘をつくようなアブノーマリティでは無いことをよく知っている。だからきっと、私のピンチには駆けつけてくれるだろう。

だとしたら……、あの時、動けない理由があった?もしくは気がついて貰えなかった?

初めて会った時、オーケストラさんは私の事を遠くからでもわかっているような感覚があったので、今もそうなのだと思っていたけれど。

もしかしたら違うのかもしれない。

 

「あの、オーケストラさんって私が何してるかとか、何を言ってるかとか常にわかってるんですか?」

 

───いえ、わかればいいんですけど……そこまでは。

───名前を呼んでいただければ、聞こえるのですが。

 

それを聞いて安心する。護ってくれるのは嬉しいけれど、流石にずっと監視されてるのは嫌だ。精神的にもたない。

ただ、それだとおかしい点があるのだ。

 

「でも、あの時は遠くにいても会話出来ましたよ?」

 

───あの時?

 

「ほら、初めて私がオーケストラさんとあった時……、オーケストラさん、私に呼びかけたじゃないですか。」

 

そう。そこだ。初めてオーケストラさんに会ったのは、廊下でオーケストラさんの声に導かれたから。

その時オーケストラさんと私は確かに会話もしていたし、更に私がダニーさんに怒っているのも聞かれていたはず。

 

───あぁ、あれは部屋の外に出てましたからね。

 

「外に出ていたから……?じゃあこの部屋の中にいるとわからないんですか?」

 

───はい。この壁に遮られるんです。

───ユリさんの存在くらいはわかるのですが。

 

つまり、この壁のおかげで私のプライバシーは守られていると。

……いや、この壁何で出来ているんだ。

けれどオーケストラさんの言葉で納得する。

流石はアブノーマリティを収容している部屋の壁。私には想像もつかない特殊な造りになっているのだろう。

つまり、オーケストラさんは外に出ている間は私の声が問答無用で聞こえる。けどこの部屋の中だとわからないと。

 

───外に出ればいいのはわかってるんです。

───ただ私は、貴女がこうして来て下さるのが嬉しくて……。

 

そこまで言って、オーケストラさんは一度声を止める。

そして私の頬を撫でて。その手つきが、優しくて。

 

───待ってしまう。

 

一度区切られた話の先。そんなことを言うから。

 

オーケストラさんの言葉に私は瞬きをする。

少し照れたような声に、私も恥ずかしくなってしまった。

来てくれるのが、嬉しい。それはなんだかとっても、くすぐったい。

 

「……辛い時は、ちゃんと呼びます。だからそのまま、待っていてください。」

 

赤くなる顔を抑えるのは難しくて。だから私は隠すように俯いた。

 

「私もオーケストラさんに会いに行くの、楽しみなんですよ。」

 

お願いだから、無言で頭を撫でないで欲しい。

余計に顔が、ほら、熱くなってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プレゼントを貰う瞬間は、誰だって嬉しいものだ。

リボンのかかった箱を見て心踊らせるのは自然なこと。中身が分からないのならより一層。

中には喜びと、幸せと、意外性が詰まっている。

プレゼントの素敵な所を話す時。私達はその中身を選んだ時その人が相手のことを考えていることを忘れてはいけない。

だからありがとうと笑う。それは愛情が形になったものだから。愛情は、温かくて素敵なものだから。

 

ある、エージェントの話。

 

彼は少女から、あるプレゼントを貰う。

無邪気に笑う少女を、彼は愛称で〝チビちゃん〟と呼んでいた。

少女はまだ幼い。その少女を、彼は自身の妹、もしくは娘のように思ったのだろうか。

少女は彼にハートの箱を渡す。綺麗にラッピングされたプレゼントボックス。

中身は秘密と少女は笑った。彼も笑った。

 

その中身は一体なんだったのだろう。

 

誰にもわからない。だって、彼はもう死んでしまったから。

 

 

 

 

 




レティちゃん可愛いよハァハァ。
あとダニーさんの制服は無名の胎児モデルです。グロい。
ユリちゃんは罪善さん。見た目だけだとわからないので、着てる本人もどのアブノーマリティかまったくわかってないです。


あとオーケストラさん、出るのは困るから一生待っててください本当にお願いします。



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