海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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レティシアの収容室に入る前に、私は先程の男性のことでひとつ後悔をしていた。

彼は下層のエージェントだ。もしかしたらXさんが言っていた〝アブノーマリティが増えた〟事件について何か知っていたかもしれない。

情報が重大な力になることくらい、私だって知っている。

男性が進んでいった廊下の先を見つめるが当たり前にそこに男性の姿はない。

開いた扉の前で思わずため息をついてしまう。これは完全な失敗だ。

気落ちした私はのろのろと中に入った。しかしその気分も目に入ったその姿のせいで驚きに塗り替えられてしまったが。

 

───女の子がいる。幼い女の子。

 

収容室にいたのは女の子だった。それも小さな女の子。

まん丸の輪郭と狭い肩幅は子ども特有のもの。くりくりとした大きな瞳が私を映して、彼女も驚いている。

真っ赤な瞳。アイの瞳は正しく宝石の黄色だったが、女の子のは宝石というより、丸い飴玉のようだった。食紅で染まったそれに似ている。少しくすんだ、けれど美しい色。

よく見るとその色は髪先にも持っている。女の子の髪は灰色ではあったが、毛先だけグラデーションで赤色になっているようだった。

頭の後ろに大きな金色の鈴の髪飾りを二つ付けていて、それがまた髪の色とよく似合っている。

 

お人形さんみたいだ、というのが私の素直な感想だ。生きていないみたい、とも思った。

 

作り物のように女の子の瞳は大きく、肌は白かった。その白さが彼女の着ている赤いロリータドレスのせいで際立っている。

首元の大きな赤いリボン。袖先の黒いフリル、裾についたアイボリーのプリーツフリル。とても可愛らしいドレス。

頭にはドレスとお揃いの赤いボンネット。黒の靴下を間色として添えられてる赤いブーツ。

まるで女の子の夢が詰まったような格好は、可愛いその姿によく似合っていた。

小さな女の子は、Xさんに言われたような怖いアブノーマリティの想像とあまりにかけ離れている。むしろ護ってあげなければいけないような気にすらなる。

 

「レティシア……ちゃん?」

 

私がそう声をかけると、女の子は数度瞬きをした後に、満面の笑みを浮かべた。

 

「こんにちは!お姉さん、だぁれ?」

 

その可愛い笑顔に胸を打たれたのは、決しておかしなことではないと思う。

 

「私はユリっていうの。この会社で働いてるの。貴女はレティシアちゃんであっているかな?」

「ユリね!そう、私はレティシア。でもみんな私のことをおちびちゃんって呼ぶの。」

「おちびちゃん?」

「小さくて可愛い女の子って意味らしいよ!」

 

レティシアは得意顔で私にそう言った。

そのニックネームの意味に私は強い共感を覚える。

小さくて、可愛い、女の子。まさにレティシアを表現するのに相応しい単語たちだ。

 

「じゃあ私もちびちゃんって、呼ぼうかな?」

「……!本当!嬉しい!」

 

私がちびちゃん、と言うと彼女は喜びを隠さずに、バンザイを何回もした。

その姿は無邪気で、まさに子どもだ。純粋さを漂わせる言動が私の心を温めていく。

 

「ねぇねぇユリ!ちびと遊ぼう?」

「いいよ、お喋りなんてどう?」

「うん!お喋りしたい!嬉しい!昨日ちびと遊んでくれたお兄さんが今日は来てくれてなくて、とっても寂しかったの!」

 

レティシアのその言葉に、上がった体温が一気に冷えるのを感じた。

〝昨日〟、〝お兄さん〟、〝今日は来てくれてなくて〟。それは恐らく、Xさんが言っていた死んだエージェントのことだ。

私はレティシアに気づかれないように、静かに息を呑んだ。

可愛い見た目に油断してはいけない。

遊びを〝お喋り〟にしたのは単純に私が指示されたのが〝交信〟作業だったからだけれど、これは結果オーライだ。

このお喋りで、何かわかればいいのだが。

 

「ねぇちびちゃん、お兄さんが今日来ない理由って知ってる?」

「知らない。どうして来てくれないのかな。また遊んでくれるって言ってたのに……。」

 

悲しそうに肩を落とすレティシアに、嘘の色はなかった。

もしかしたら演技かもしれないが、仮にそれが演技だとしても私にそれを暴く力はない。

とりあえず、〝レティシアは男性が死んだ理由は知らない〟と頭の片隅に置いておいて、次の質問を考える。

 

「レティシアは、お兄さんのこと好き?」

「うん!好きよ!」

 

そのストレートな好意に、私は一瞬怯んでしまう。

 

「お兄さんはね、私のお気に入りの人なの!」

「お気に入りの人?」

「うん!お兄さん、にらめっこがとっても上手いの!私たくさん笑っちゃった!でもね、お兄さんも笑ってたの。ちびの笑顔が好きって、私が笑うとお兄さんも笑っちゃうの!」

「ちびちゃんは、お兄さんと仲良しだったんだね?」

「うん!でもね、お兄さんはちびの所に来る前、暗い顔をしてたの。」

「暗い顔?ちびちゃんは、それがわかるの?」

「うん。笑顔じゃないもの。」

 

レティシアは少しだけ声のトーンを低くした。

私はレティシアの言葉の意味を考える。

今の話だとレティシアは私達人間の感情を読み取り、更にその感情がどういうものなのかを理解している。

人の感情を理解するアブノーマリティは、今までだっていた。それこそオーケストラさんやアイはまさにだ。

しかしレティシアは、些か敏感すぎるようにも思える。

この命を懸けた職場で暗い顔をするエージェントなんていくらでもいるだろう。

みんな露わにしないだけで恐怖や嫌悪を少なからず持って働いているはずだ。そう、露わにないだけで。

それを、レティシアは感じ取っている。人が抱える複雑な感情を。

 

「私はここを笑顔でいっぱいにするまで、ここにいることにしたの!」

 

そんなの、まるでただの子どもだ。

 

「ねぇ、レティシアは。」

 

アブノーマリティなんだよね?人間じゃあないよね?

出てきそうになった言葉。それをぐっと、喉奥に押し込めた。

何を馬鹿な質問をしようとしているのだ。

アブノーマリティなんて、私達が勝手に彼らをそうわけているだけである。だからアブノーマリティかどうかなんて質問、理解してもらえるかどうかさぇわからない。

先走って出てきてしまった冒頭の続きを急いで考える。

レティシアは不思議そうに首を傾げた。私が急に言葉を止めたのと、ちびちゃんではなくレティシアと呼んでしまったせいだろう。

 

「えっと……ちびちゃんはここに来る前はどこにいたの?」

「ここに来る前?えっとね、私はとっても遠いところから来たの!」

「遠いところ……。それは、どんな場所だったの?」

「えっと……そこはね、私の友達が住んでいたのよ!」

「お友達?」

「そう!私には友達がたくさんいたの。……でもね、一緒にここへ連れてきちゃいけないって言われたの。」

「え……。」

「ここでもたくさんの友達ができたらいいな!そして、みんなともっと遊びたい!そうしたらみんな、笑顔になれるでしょ!」

 

レティシアの笑顔に、声に、私は応えることが出来ない。

レティシアの言葉通りだと、彼女は友達と引き離されてしまった女の子だ。そして引き離したのは、この会社、lobotomy corporation。

 

「……ごめん、ちびちゃん。」

「え?え、え?ユリ、どうしたの?」

「私、ちょっと今日はもう、帰るね。」

「え?どうして急に!?えっ、なんで!?ちび、何かした!?」

「なんでもないの。ごめんね、きっとまた来るから。」

 

私はレティシアに背を向けて、収容室を出ようとする。

レティシアの焦っている声が聞こえるが、それに応えることはやはり出来ない。

早くここから立ち去らなければいけない。冷静さを装いながら、私は内心動揺していた。今すぐに頭を整理して、気持ちを落ち着かせなければいけなかった。

何かが胸の内で大きくなっていく。きっと前からそれは私の中にあった。まだ見逃せるような小さいものであったというだけで、存在はしていたのだ。

 

「待って!ユリ!」

 

制服の裾が後ろから引っ張られる。誰が引っ張ったかなんて、ここには私以外レティシアしかいない。

私は振り向くことが出来ない。それでもレティシアは、私にはなし続ける。

 

「あのね!私ね、ユリのこと好きよ!まだ会ったばかりだけどね、一緒にいると胸が温かくなるの!」

 

やめて。お願い。そんな事言わないで。

 

「ユリ、また来てくれるよね?また遊んでくれるよね?」

「……また、来るから。だから離して、ちびちゃん。」

「じゃあユリ!ちびの友達になって!」

 

その言葉に、一気に最大限まで膨らんだそれは弾けた。

私はレティシアの手を無理矢理振り払って、収容室を出る。悲鳴のような私を呼ぶレティシアの声が聞こえる。

レティシアの収容室の前で、私は座り込んだ。床の冷たさが、今は私の頭を冷やすのに丁度いい。

歩くことなどしばらく出来そうになかった。

 

レティシアのことを、可愛いと思ってしまった。

そして、可哀想だと思ってしまった。

アブノーマリティに、そんな感情移入してはいけないと自分に言い聞かせた。

そして弾けたのは、罪悪感だった。

 

耳元で、インカムが繋がる音。Xさんの声が聞こえる。内容は簡単だ。『モニターで見ていたが、急に飛び出してどうしたのか』。

インカムの声を聞きながら私はぼんやりと思う。Xさんの管理モニターには、拾った音を文章化する機能もある。

なら、レティシアの声も文字に起こされたのではないか。

もしそうだとしたら、彼はレティシアの言葉に何も思わないのだろうか。感じないのだろうか。ならばXさんは、非道だ。

 

「……違う。」

 

違う。非道なのはXさんじゃない。

Xさんは、ちゃんと仕事として割り切っているだけ。酷いのは私だ。仕事に自分の感情を混ぜてしまっている私。

ダニーさんに言った言葉を思い出す。

私は彼に言った。エージェントのこと、アブノーマリティのこと。どう思っているか。

 

〝私にとっては、どちらも仲間です。〟

 

何が仲間だ。

私はlobotomy corporationのエージェントとして、アブノーマリティを管理し、利用している。それを理解してこの会社に入社して、働いているのだ。

それなのに、会社を酷いと思ってしまった。私もそのやっている側の一員だと言うのに、レティシアを友達と引き離した会社を酷いと。

そうやって中途半端に、私はどちらの仲間でもあると言って。

 

「ごめんなさい……。」

 

その謝罪は自然と零れたものだった。無意識に出たそれが誰に対してかなんて、思い当たる相手が多すぎてわからない。

 

『そっか、なにもわからなかったか……。』

「え……。」

 

インカムからため息が聞こえた。Xさんの言葉は何も聞いていなかったけれど、たまたま謝罪がXさんへの返事になったらしい。

 

『黒井さんの力なら何かわかると思ったんだけどなー。』

「私の、力。」

 

Xさんの言葉に、私の心がザワつく。

レティシアが最後に言っていた言葉が思い起こされる。

レティシアは私の制服を引っ張りながら言っていた。

 

〝あのね!私ね、ユリのこと好きよ!まだ会ったばかりだけどね、一緒にいると胸が温かくなるの!〟

 

私には、なんの力も無いはずだ。

それは幼い頃から嫌ってほどに自覚させられた事実だった。両親からは泣かれ、知らない人からは驚かれ、親戚からは蔑まれた私の無力な身体。

だからずっとそうだと思っていた。

確かにアブノーマリティは私に好意を持ってくれる。けれどたまたま相性が良いだけで、私は何もしていないのだと。

けれどもし、そうでなかったら?

もし無意識のうちに、何らかの力を私が使っていて、それをアブノーマリティに使っていたのなら。

それは今までのアブノーマリティ達を誑かしていたことになるのではないか。仲間だと言っていた彼らに、私はもしかしたらとんでもないことをしていたのではないか。

 

オーケストラさんを、ずっと騙していたのだろうか。

 

インカムから、声が聞こえる。でも何を言っているのかわからない。

生まれた罪悪感が広がって、自己嫌悪と混ざる。

苦しくて俯いてしまう。すると水滴が足にかかった。

涙が情けなく零れてくる。泣いたってどうにもならないのに。今まで彼らを騙していた過去は、変えることが出来ないのに。

私は苦しみのなか足掻くように、でも、でもと頭の中繰り返す。でも、でも。

 

でも、でも。信じて。

私は本当に、オーケストラさんが好き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

















あけましておめでとうございます!
新年一発目から何か暗くなってしまって申し訳ない……。
本当はこの後例のアブノーマリティに会わせる予定だったんですけど長くなったので区切りました。

ユリちゃんの体質をつつくつもりはなかったんですけど、なんか書いていくうちに勝手に病む主人公。嘔吐の次は病みか。
けど人外に好かれる体質について触れておくのは悪くないだろうと思って書きました。ちなみにユリちゃんが魅了使ってるつもりで書いてはいないので人外×少女はちゃんと続きます。




【アンケートについて】
アンケートありがとうございましたー!!
ずっと気になっていたことを聞けてすごく嬉しかったです。アンケート、消すつもりだったのですが皆さんのお言葉が嬉しすぎて消せない。消去キャンセルB連打してしまいます。

レティシアの回を進めながら修正を入れていく予定です。

結果
①参考URLを貼る
②ユリちゃんとダニーさんのアブノーマリティメモを後書きに載せる

という形にします。ダニーさんは一般エージェント代表という形で。

いつも本当にありがとうございます。
今年も煩悩爆発させていきます。人外沼は相変わらず深い。
年末は裏番組のサバイバル生活見てて除夜の鐘は聞いてません。だからね、煩悩が残っても仕方ないね。





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