【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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ペストさんと話した日から、次の日。

インカムでXさんにお願いして、今日もペストさんの作業をさせてもらえることになった。

お願いした理由は言わずもがな、ハンバーガーの約束を果たすためである。

ペストさんへの作業通知が待ち遠しくてそわそわしてしまう。

休憩室の冷蔵庫には二人分のハンバーガーとセットのポテト、ドリンクを用意した。

二人分は、ペストさんと、私の。

Xさんに訳を話してお願いした時、一つ条件を出されたのだ。

それは〝ペストさんと一緒にお昼をとること。〟

アブノーマリティと一緒に食事なんて前代未聞だろう。そんなことをしていいのか聞いたけれど、前例にないことは機会があったら一通り試したいらしい。

やはり最近のXさんはおかしいと思う。

以前はそんな危険にもなりうることを指示するような人ではなかったはずだ。エージェントのことを気遣ってくれていた彼は、優しい人という印象を持っている。

ペストさんは優しいアブノーマリティだ。だからXさんも信じているのだろうか。

考えすぎる頭は痛みを呼ぶ。鈍い頭痛にため息をついた。人を疑うような考えはやめよう。結局その人の考えなんて、その人にしかわからないのだから。

気を取り直してタブレットで指示を確認する。まだお昼には早いので、ペストさんとの食事はまだお預けだろう。

 

「あ……。」

 

タブレットの指示を凝視する。

そこには〝レティシア〟の文字があった。作業は昨日と同じ、〝交信〟。

昨日の記憶が蘇る。無理やり振り払ったあの小さな手は腫れなかっただろうか。大きな瞳は涙を零さなかっただろうか。

ごめんね。と心の中で思う。私が弱かったせいで、私はあの小さな女の子を傷付けてしまった。

心の中で謝るだけではいけない。気まずさは確かにある。行きたくないと思う自分もいる。けれどこのままではいけないことをわかっている。

覚悟を決めて歩きだした。謝るって案外難しい。それでも私はあの女の子に謝らなければいけない。

 

 

 

※※※

 

 

 

収容室に着いて、電子パネルを操作する。簡単に解けた鍵。

深呼吸する。不安に揺れる心が固まったところで、私は扉を開けた。

 

「ちびちゃん……?」

 

しんとした部屋の中に、レティシアはポツンとしゃがみこんでいた。

小さな身体には余る大きな収容室が、レティシアの孤独を引き立てる。

私が呼ぶと、レティシアはゆっくりと顔を上げた。私は驚いて、目を見開く。

昨日とは比べ物にならないくらい、レティシアの顔色が悪いのだ。

 

「ど、どうしたの!」

 

私は慌ててレティシアに駆け寄った。丸まった背中を支えて、顔をのぞき込んだ。

血の気が引いた青い顔。小さな唇はかさかさに乾いて皮が剥けている。瞼が重く腫れていて、大きな瞳を隠してしまっている。

そこで、気が付いた。

 

「泣いたの……?」

 

私がそう言うと、レティシアはまた俯いてしまった。

その動作にたまらなくなって、私はレティシアを強く、抱きしめる。

レティシアは泣いたのだ。きっと、私のせいで。

後悔が押し寄せる。なんて可哀想なことをしてしまったのだろう。

 

「ごめん……ごめんね、ごめんねちびちゃん。」

 

必死に謝る。抱き締めた頭を優しく撫でる。

レティシアは私の腕の中でもぞもぞと動いた。抱き締めるのが嫌なのかと思い、力を抜いて腕から逃がしてやる。

しかしレティシアは私から離れなかった。逆に私に、抱き着いていた。

 

「ちびちゃん……?」

「ユリ、ユリ。ごめんなさい、ごめんなさい。私ユリを怒らせてしまって。」

「そんな!ちびちゃんは悪くない!悪いのは私で。私が自分勝手だったの。ちびちゃんは何もしてないよ。」

「本当?ユリ、怒ってない?」

「怒ってない。むしろ、謝らなきゃいけないのは私だよ……。」

「ユリ、じゃあ、ちびのこと嫌いになってない?」

 

レティシアは顔を上げて私をじっと見つめた。

レティシアの純真な心にきゅっと胸が締め付けられる。怒っていいのに。むしろ私の事、嫌っても仕方ないのに。

この子は私にこんなことを聞いてくるのだ。

まん丸の瞳は涙で揺れている。溜まったそれはもう零れてしまいそうだ。

私はそっとそれをすくってやる。擽ったそうにつむった瞼を親指の腹で優しく撫でる。

 

「好きだよ、レティシア。」

 

そう言うとレティシアは嬉しそうに笑って、泣いた。

泣いているのに可愛いと思ってしまう。子ども独特のその純粋さがとても可愛い。

次から次へと溢れる涙を順に拭う。その度に抱き着いているその腕が強くなる。

 

「あ……そうだ、私ユリに渡したいものがあって……。」

「渡したい物?」

 

レティシアはスカートのポケットから何かを取り出した。

それは茶色いハート型の箱。綺麗にリボンでラッピングされていて、プレゼントボックスのようだった。

 

「ユリに、プレゼント!本当は仲直りして欲しくて用意したんだけど……必要なかったみたい。」

 

明るく笑うレティシアからそれを受け取って、嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが込み上げてくる。

これはレティシアが私のために用意したお詫びの品なのだろう。何も悪くない彼女に気を使わせてしまって、私は肩を竦めた。

 

「もう必要ないけど、ユリにあげる!せっかく用意したから!」

「ありがとう、ちびちゃん。」

「いいの!このプレゼントはね、ユリに元気になって欲しいって思いながら用意したの。」

「元気に?」

「そう!ユリ、なんだか悲しそうだったから。笑って欲しくて。」

「ちびちゃん……。」

 

無邪気に笑うその姿は健気で、私の心がより締め付けられる。

箱をできるだけ丁寧に受け取って、手で包み込んだ。大切に大切に。

 

「実はね、前のお兄さんにも同じものをプレゼントしたの。」

「えっ。」

 

しかしその一言で、プレゼントを床に落としそうになった。

 

「お兄さんにも?」

「そう!そういえばあれからお兄さんに会ってないなぁ……。プレゼントの感想、聞きたかったのに。」

 

寂しそうに視線を下に落とすレティシア。そんな彼女に気の利いた台詞を言う余裕はなく。

手の中の箱を見つめる。Xさんからの頼まれごとを思い出す。

 

───もしかしたら、これかもしれない。

 

レティシアを担当していた男性エージェントの死亡原因。

一気に湧いてくる恐怖に箱を持つ手が震える。

それをレティシアに悟られないよう、必死に笑顔を作った。

レティシアは笑っている。

箱の中身を尋ねるも、彼女はただ悪戯に笑い、答えてはくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作業後、直ぐにXさんに連絡を取り、プレゼントのことを話した。

インカムのXさんは、プレゼントにとても興味を示して質問攻めをされた。その声に好奇心の色がとれて、やはり苛立ちを感じる。

命の危険にもなるかもしれない物を持っているこちらの気持ちも汲んで欲しいものだ。

そう思ったものの、それを言ったところで何が変わる訳でもないだろう。

できるだけ冷静を保って、苛立ちを悟られないように話をした。

Xさんはその中身を調べたいようで、情報チームにそれを持ってくるように指示があった。

情報チームとは一番上の階にあるコントロールチームの直ぐ下にあるチーム。

そしてここは下層。

 

……遠い!!

 

エレベーターがあると言っても、この広い研究所の下層から上層へと言うのは結構な体力を使う。

Xさんを恨みながらも、このプレゼントを早急に手放したい私は全速力の早歩きをして情報チームへ向かった。

それはいい運動になって、情報チームに着く頃には髪はボサボサ、息切れしていてうっすらと汗をかいているという最悪な状態に。

しかしプレゼントが何も起こらなかったのは幸いだ。

何か起こるのではないかと緊張していたので、とりあえず一安心。

 

情報チームに入ると、一人の男性が立っていた。

 

「……えっ。」

 

その姿に私は驚いて、固まってしまう。

ものすごい美形だ。

スラッとした体型に、人形のような顔がのっている。サラサラと珍しい紫の髪が揺れる。スーツ姿のなんと絵になることか。

 

「貴女がエージェントユリですか。」

 

そう声をかけられて、動くことを思い出した頭が最初にしたのは後悔だった。

きっとこの人はXさんが言ってた情報チームの人だろう。髪だけでも整えてから部屋に入ればよかった。

目の前に立っている、涼しい顔をした美形の傍に、あまりにも酷い格好の私。

社会人としてこのだらしない姿は、と自責の念に駆られる。

 

「話は聞いています。アブノーマリティから受け取ったという物を見せて貰えますか。」

 

肩を落とす私を全く気にも止めず、淡々と美形は話し続ける。

言われた通りハートのプレゼントボックスを渡した。とここで男性の名前を聞いていないことを思い出す。

 

「あの、Xさんが仰ってたイェソドさんですよね?」

「……相手が誰か確認もしないで、重要物を渡すのはどうかと思いますが。」

 

その正論に私は肩を竦める。

この美形。正論で、辛辣である。

 

 

 

 

 

 

 

 








何とか二月中に投稿出来て良かったです……。
ストーリーは出来てるのですが文章がスランプ。上手く書けない……。
お待たせしました。次回は辛辣な美形にたじたじするユリちゃんでお送りします。





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