【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
アイの言葉の意味を考えて、その宝石の瞳を見つめる。
『言ったでしょう?〝どこにいても、貴女の声だけは聞き逃さない。〟って。』
濁りのない、キラキラとした目。それがさも当たり前であると言っている、真っ直ぐな目。
「それって、どういうこと?」
「そのままの意味よ?あぁ……その声、やっぱりいいわ。私の友達って印になって、素敵ね。」
「声……?」
声が、なんだと言うのだろう。自分だと特に変化がわからない。
喉を抑えると、アイはクスリと笑った。
アイの手が私の頬に添えられる。親指がゆっくりと私の唇をなぞる。
「でも……、ちょっと、他の力も感じる……。」
「他の力?」
「ええ。ねぇ、何されたの?声はいいけど……、なにか、違和感があるわ。」
「ぐっ!?」
強い力で親指が口にねじ込まれる。それに続いて人差し指と、中指と。順番に入ってきたアイの指が私の口をかき混ぜる。
逃げようとするも、もう片方の腕が私の肩を抱いて離してくれない。
息のしにくさに、デジャビュを感じた。これ、前にも誰かに同じようなことされたような。
「はぐっ、」
「これ……。」
アイの指が私の舌を掴んで、引っ張った。
決して乱暴ではないけれど、強い力に大人しく舌を外に出す。
何の変哲もないはずの、私の舌。けれどアイは眉をひそめる。
「ふーん……、これは喧嘩売られたのかしら、私。」
喧嘩?何を言っているのだろう。
と、そこでオーケストラさんとのやり取りを思い出した。
私の声を、いつもと違うと言ったオーケストラさん。
威嚇、と私の下をなぞった指揮者の指。
ぱっと指を離されて、私はようやく舌を元に戻せる。
「ま、いいわ。ユリにとっての魔法少女は私だけだものね?」
「え?」
「そうよね?ねぇ、そうでしょ?」
「う、うん。」
アイは笑って言うけれど、どこか圧を感じる。
押されるように私の首は縦に動いていた。
それに満足したのかアイはご機嫌に、歌うように笑い声を出す。
「うふふ!そうよね!ユリのヒーローは私!私だけ!」
「ねぇ、アイ。その、私に何かしたの?」
自身の喉を触る。オーケストラさんが反応した声。アイが〝良い〟と言った声。
自分だとわからないけれど、何かが起こってはいるのだろう。
「知りたいの?」
そう聞くと心当たりがあるのか、アイはわざとらしく首を傾げた。やっぱり、何か知ってるんだ。
「うん。教えて?」
「……じゃあ、目をつぶって?」
目を瞑る必要はわからなかったけれど、それで教えてくれるのならと。言われた通りに大人しく目を瞑る。
何も見えない中、また頬を触れられる感覚。くすぐったい。
思わず身をよじると、じっとして、と注意された。ごめん。
アイの指は、とても優しい。オーケストラさんもそうだけど、どうしてアブノーマリティの指はこんなに優しく感じるのだろう。不思議だ。
髪が遊ばれてるのがわかる。アイの空いた片手が触れているのだろう。
さすがにずっと動かないのが辛くて、アイ、と呼ぼうとした瞬間だった。
すごくすごく、柔らかく唇が圧迫されるのを感じた。
驚いて目を開ける。アイの、長いまつ毛。その影すらはっきりしている白い肌。青い髪が目端でキラリと揺れる。
「っ、ア、アイ!?」
その距離に私は慌てて後ずさる。驚きすぎて転びそうになったが、なんとかバランスをとった。
咄嗟に唇を手で抑える。顔に熱が集まってきた。あの柔らかい感覚は、距離は。
戸惑う私にアイはまたうふふ、と歌う。この作り物のように美しい少女に、私は何をされたのか。
「なっ、なに、なんで!」
「ユリにね、キスをしたのよ。」
「それは!わかるけど!なんで!!」
「知りたかったんでしょ?ユリに私が何をしたのか。」
「そうだけど!」
「だから、私がユリにしたのはキスよ。これが答えよ?」
「いや、それは今したことで……私が知りたいのは……あぁ、もうっ!いい!」
拉致があかない。恥ずかしさもあって会話を無理矢理終わらせる。
悪戯でキスなんて、と私は怒ってる。怒ってるのにアイは楽しそうに笑うものだから。
その笑顔が本当に美しいものだから。私はなんだかもうどうでも良くなってしまった。先程まで、死にそうになっていたというのに。
さて。と思う。
レティシアのことがとりあえず一件落着して。
アイには収容室に戻ってもらって。
床にちらばったハンバーガーの残骸は、どうしようか。
「ペストさんごめん……。」
とりあえずできる限り紙ナプキンでハンバーガーだったものを集める。
そして紙袋に戻すが、ぐちゃぐちゃなそれはもう食べれない。
そこでタブレットが音をたてた。新しい指示に目を通す。するとそこには休憩時間の大幅な延長が書いてあった。
これは助かる。急げばハンバーガーを買いに行けるかもしれない。
すぐ目の前にあったエレベーターのボタンを強めに押した。早く早く、と何も変わらないことをわかっていながらエレベーターを急かす。
エレベーターの扉が開いた時、先客と目が合った。私はあっと声を出してしまう。そして相手も、あっと声を出した。
「あっ、貴方は……規制済みの担当者さん!」
「シックスさん!生きてたんだ!」
「その呼び方はやめてくれますか!?」
許し難い呼び名に思わず叫ぶと男性はおかしそうに笑った。いや、笑い事ではないのだけれど。
「ごめん。名前聞いてなかったからさ。俺はユージーン。で、君は?」
「私はユリです。……もう、シックスさんって呼ばないでくださいね。」
「わかったわかった。」
軽く笑うユージーンさんだが、本当にわかってくれているのだろうか。
ユージーンさんもお昼を買いに行くらしく、一緒にそのまま上に上がった。
ユージーンさんは話しやすい人で、会話はけっこう続いた。
彼が話してくれる下層のことは同じ研究所内と言えど新鮮なことばかりだ。聞き入ってしまう。
「そう言えば、今日はこの前のマスクしてないんですね。」
「あぁ、さすがに休憩中はね。それに今あの眼鏡貸してるし。」
「そうなんですか。」
「あ、レティシアなんだけど、俺が担当になったよ。」
「えっ。」
レティシアという言葉に反応してしまう。
「ついさっき指示されたばっかだから、これからもずっと担当かはわからないけどね。」
「あ、あの、レティシアって……。」
「うん?レティシアが何?」
「その、箱……えっと、プレゼント、渡されると思うんですけど……。」
「あぁ、さっきエンサイクロペディアに更新されてたよね。化け物入りのプレゼント。」
面倒臭いよね、とユージーンさんはなんでもない事のように笑った。
プレゼントのこと、エンサイクロペディアに載ったんだ。
それに安心する。あの箱から飛び出てきたお化けを思い出して身震いした。
アイのおかげで和らいでいた先程までの恐怖が少し顔を出して、私はそれ以上考えないようにする。
その時、エレベーターが止まった。まだ目的の階ではない。
つまり誰かが入ってくるという事だ。少し奥に詰めて、人が入りやすいようにスペースをつくる。
すると入ってきた人に、私はまたあっ、と声を出してしまう。
その人は少し驚いたような顔をしたが、私のように声を上げることは無く中に入ってきた。
「イェソドさん、お疲れ様です。」
「……お疲れ様です。良かったですね、無事で。」
「あ、はい!」
イェソドさんは私を全く見ずに、まるで台本を読んでるかのように淡々と話す。
それが少し怖くてたじろいでしまうが、私はめげずに言葉を続けた。
「あの、先程はありがとうございました。」
「は?別に何もしてませんが。」
「インカムで、」
「インカム?」
「インカムで、Xさん……じゃなくて、管理人さんに助けを呼んでくれたでしょう。」
私がそう言うと、驚いたのかイェソドさんは目を見開いた。
しかし直ぐに表情はかわり、それはもう私を馬鹿を見るような顔で、皮肉に笑う。
「そんなのでお礼ですか?結局私は何もしてないのに?随分お手軽な人なんですね、貴女は。」
冷たい言い方に、怒りよりも悲しみよりも衝撃がきた。
何を言われたのか理解が追いつかなくて、瞬きを繰り返す。私よりも先にユージーンさんのが声を上げた。
「おい、なんだよその言い方。」
「思ったことを言ったまでです。」
「だからそれが、」
「まって、ユージーンさん。私、大丈夫ですから。」
「でも、」
私のために怒ってくれるユージーンさんは優しい。けれど本当に私は大丈夫だった。
イェソドさんから向けられる冷たい言葉が、何故か心に入ってこない。なんだか敵意を感じないからだろうか。
「……それでも。」
インカム越しに聞こえたイェソドさんの声を思い出す。
『エージェントユリ!!!』
『くそっ、管理人!管理人!!早く、エージェントユリの救助をっ!!』
彼は、本当に心配してくれたのだ。私の為に叫んでくれた。それが私は、とても優しいと思った。
「それでも、私は嬉しかったです。私の為に管理人さんを呼んでくれたこと。
だから、ありがとうございます。イェソドさん。」
そう笑うと、イェソドさんの嫌な笑みが少し揺れた。
それを見て、やはり彼は優しい人なのではないかと思う。理由は自分でもわからないけれど。
これは、その後の話。
「あっ!……なんだ、お兄さんか。ユリじゃあないのね。」
「はは、俺でごめんな。どうだ、ちび。元気か?」
「まぁ、お兄さんでも許してあげる。うん。私は元気よ!」
「なら良かった。」
「……そうだ!あのね、ちびお兄さんにプレゼントを用意したのよ。」
「プレゼント……か。」
「うん!はい、どうぞ!」
「……ありがとう。中身は何かな?」
「それは秘密っ!開けてからのお楽しみだよ!」
「……そうか、ありがとう。」
収容室をでて、ユージーンは渡されたプレゼントの箱を見る。
中身は秘密のプレゼント。サプライズと、好意の詰まったレティシアからのプレゼント。
それをそっと、廊下の床に置いた。少しだけ距離をとる。
余談だが、彼は武器を二つ持っている。
接近戦のための大きめのサバイバルナイフと拳銃だ。
噂では近々アブノーマリティのエネルギーから生成される特別な武器の支給があるらしい。
しかし彼はこのナイフと拳銃をそれなりに愛用していた。支給される武器は楽しみだが、いざこれらを手放すとなると名残惜しい気分になるのだろう。
彼は拳銃を手に取った。
そして、なんの躊躇いもなく、プレゼントを打った。
ガンッ、ガンッ、と金属音が響く。
だいたい三発ほど打っただろうか。穴ぼこが出来た箱を見て、今度はサバイバルナイフを突き立てた。
ナイフは貫通し、廊下の床を少し傷つけた。
「こんなもんかな……。」
そして最後に。その箱を思い切り踏んだ。
足をあげると、当たり前だがペシャンコになった箱。もはやゴミになった───いや、彼にとっては最初からゴミだったのだろう。それを、そのうち誰かにかつつまんでその辺にほおり投げた。
「豪快にやるねぇ……。」
見ていたらしい通りがかりの同僚が苦笑いをしてユージーンにそう言った。
同僚の言葉にユージーンは首を傾げる。
「これくらい普通じゃないか?」
「いや、普通の人はアブノーマリティからのプレゼントなんて怖くて怯むよ……。」
「うーん、でも中身化け物らしいし。先手うった方がいいと思って。」
なんでもない事のように言いのけるユージーンに、同僚はやはり苦笑いする。
変わったやつだ、と同僚は思った。このユージーンという男は相変わらず、例の、あのアブノーマリティ以外には全く興味が無いのだろう。
Laetitia_上手なプレゼントの開け方
【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】
かわいい女の子。
でもプレゼントは……。その、中にやばいのはいってた。しかも追いかけてくる……。
【ダニーさんのひと言】
下層のアブノーマリティ。やばいプレゼント渡してくる幼女らしい。てか化け物が飛び出てくるとか即死だろ。
番外編より先に失礼します。
Q.アイちゃんとチューさせる必要あったん?
A.特になかったけどさせたかったからさせた。後悔はしてない。
というかコメントで日刊10位入ってたときいたのですが私その奇跡的瞬間見てないんですけど!?
過去に戻ってスクショしたい……頼む……させてくれ……。
そんな嬉しい奇跡が起こったのもみなさんのおかげです……。そしてロボトミーのおかげ……。ありがとうございます。でも正直奇跡すぎて実感ないです。ほんとかなー?とか思ってます。信じられてなくてごめん。
これを機に人外×少女増えてくれないかなぁなんて……。
とりあえず人外とイチャイチャしてて欲しいの……。