【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
番外編と同時にアップしてます。そちらにとんでしまった方すみません。
一瞬肌から離れた鉄の感覚。
しかしすぐに大きな銃声が目の前で聞こえて、私は強く目をつぶる。
───衝撃は、こない。
恐る恐る目を開けると、やはり銃は向けられている。銃口は細い煙を吐き出していて、魔弾の射手は何やら笑っていて。
……まさか、空砲だった?
「最低!!酷い!!ちょっと!!本当に怖かったんだからね!?」
「はは、軽いジョークだよ。わかるだろ?」
「わかんないよ!!わかんないもん!!わかんなかったもん!!」
恐怖が怒りに変わって、顔が熱くなる。
安心したせいか涙まででてきた。心臓はまだバクバク言っていて、落ち着くのには時間がかかりそうだった。
「銃向けるとかさ!?空砲だからってひどいよ!!」
「空砲?誰がそんなこと言った?」
「え……だって、当たんなかったし……。空砲でしょ……?」
「あのな、弾の入ってない銃なんて飾り、好んで持つと思うか?」
「で、でも……。」
私は自身の身体に目をやる。どこも痛くないし、何もなっていない。
魔弾の射手はため息をついて、構えていた銃を触りだした。
「お前が無傷なのは私がお前を撃とうとしなかったからだ。」
「は?」
私に銃を向けて、しかもちゃんと撃ったくせに何を言っているのだこのアブノーマリティは。
「これは特別なマスケット銃でね。これで撃った弾はまさにフライ・クーゲル。なんでも撃ち抜いてみせる。」
「ふらいくーげる?」
「自在に動く魔法の弾丸のことだ。そんなことも知らないのか?」
「……普通なら、知らないですよそんなの。」
馬鹿にした言い方にイラッとして顔を逸らした。
魔弾の射手はまた耳につく声で笑う。
「ははは、そうだな、赤ん坊のうちは誰だって無知だ。」
「なんで貴方いつも私に喧嘩売ってくるんです?」
「喧嘩を売る?君が勝手に買っているだけだろう?」
「はー!私本当に貴方嫌いです!」
はっきり言ってやったのに魔弾の射手は気にする素振りもなく、むしろ愉快そうにしている。
「私は君が嫌いじゃないが?」
「あっそ、私は大っ嫌いですよ。」
「それは光栄だ。」
「……で!そのふらいくーげる、がなんなんですか!?」
「私が撃とうと思えばなんでも撃ち抜ける。どんなに遠く離れていても、私はお前の心臓を撃ち抜くことが出来るんだぞ?」
「……え。」
急に物騒な話になって、私は言葉を詰まらせた。
普通ならそんなおとぎ話、と笑うが目の前にいるのはアブノーマリティだ。完全に嘘だとは言えない。
「これはな、悪魔と契約して手に入れた物だ。」
「あ、悪魔……?」
「あぁ。あれは春か、夏か……?とにかく日差しが暖かく、鬱陶しい日のことだった。理由は忘れたが生に絶望していてね。全てがどうでも良くなっていた。その時、悪魔にあったんだ。」
魔弾の射手は銃を掲げて、崇拝するように見上げる。
「悪魔はこれを渡してくれた。私は受け取った。それだけの話だ。これは本当に素晴らしいマスケット銃だよ。これを持って沢山の土地を訪れた。そうしてなんでも撃ってやった。人は愚かだ。こんな私を正義と呼ぶ輩もいた。私はただ撃ちたくて撃ってやっただけなのに。」
勿論、と魔弾の射手は言葉を続ける。
「その輩も、撃ってやった。」
「サイコパスかよ!!」
思わず勢いでつっこんでしまった。
しかし話を整理するとだいぶ危険を感じる。言ったあとに顔が青ざめたが、魔弾の射手は特に気にする様子もなく話を続けた。
「力を手に入れたらわかるさ。とても気持ちいいものだぞ?」
「わかりたくない気持ちよさですね。」
「ほぅ?お前は力が欲しくないのか?」
「そんな物騒な力欲しくないです。」
身体を引いて答えると、魔弾の射手はふむ、と少し考える素振りをする。
言葉を選んでいるようだが、何を言われてもそんな力欲しいなんて思わない。
「悪魔とした契約はな?とても簡単なものだったんだぞ?最後の弾丸で、愛する者全てを撃ち殺す。たったそれだけだったんだ。」
「とんだサイコパスだよ!!」
憎しみの女王の廊下の前を通った瞬間、後ろから突進される衝撃。
思わず前のめりになって倒れそうになるも、後ろに少し引っ張られる感覚が、私の身体を支えてくれた。
「ユリ!酷い!なんで最近来てくれないの!?」
「アっ……アイ……。」
振り返ると、頬をプクッと膨らませたアイの顔が。
首に強く腕が絡んで少し苦しい。しかしそんなことよりも研究所に響く金切り声が耳に痛い。
「私待ってたのに!なんでなんで!寂しかったんだからね!?」
「ごめん!ごめんアイ!まって首締めないで!!」
私が悲鳴をあげるとアイは腕を離してくれた。
酸素を求めて大きく深呼吸する。しかしその途中に正面から抱きつかれてぐえっ、と変な声が出た。
「バカバカ!ユリのバカ!!」
「げほっ……ご、ごめんねアイ……いや、私も行きたかったんだけど……。」
ポカポカと軽く殴られる。少しいたいけれど、アイの元々の力を考えれば相当手加減してくれているのだろう。
アイの言ってることは最もで、最近全然会いに行けてなかった。
練習時間があるので、担当しているアブノーマリティの皆にはあまり会いに行けないことを伝えている。そうでないと皆の気分が悪くなってしまうと、Xさんからの指示だった。
それにしても、アイには会わなすぎだったと思う。
もうすぐで一月経ってしまうくらいにはアイへの作業を任されていなかった。
アイならば今のように私に会いに来ることも出来ただろうに。それをしなかったのは健気な彼女の事だ。「待ってて」という私の言葉を守ってくれたのだろう。
「アイ。本当にごめんね。私も寂しかったよ。」
「……許さない。今日はもうずっと一緒にいるんだからね……。」
可愛い顔でそんなことを言われて、胸がきゅんと鳴った。
彼女が出来た男性の気持ちってこんな感じなのだろうか。思わず私もぎゅっとアイを抱き締める。
「……?なんか、ユリ、変な匂いする……?」
「えっ。」
その言葉に咄嗟に身を離した。
しかしアイは顔を近づけて鼻をくんくんと動かす。
「や、やだ嗅がないで!臭いってことだよね!?」
「臭いっていうより……あんまりいい思い出のない匂い……?なんだったかしらこれ……。」
臭いなんていくらでも覚えがある。この広い研究所を駆け回って入れば嫌でも汗はかくし、気をつけていても硝煙の臭いは髪に付いてしまう。
それでもなお鼻を動かすアイに顔は熱くなり、恥ずかして私は縮こまってしまった。
「あっ……!これ!!ウサギの匂いだわ!!」
「え?ウ、ウサギ?」
ウサギって、あれだろうか。長い耳の、ふわふわした可愛いウサギ。
「そうよ!!なんでこんな匂いつけてるの!?ダメよ!ウサギって野蛮なんだからね!?」
「野蛮?ウサギが?」
「そうよ!そりゃ、助かる時もあるけど……、すごい凶暴なんだから!!襲われたら絶対に私を呼んでね!?」
「ウサギってそんなだっけ!?まって、そもそも私ウサギなんて見てもない────、」
「ユリさん!良かった無事でしたか!」
アイへの言葉は後ろからの声で遮られた。
振り返るとダニーさんが息を荒くして立っている。
額には汗をかいていて、相当急いできたのだろう。
「どうしたんですか?ダニーさん。」
「事故が、あって。良かったです、無事だったんですね。」
「事故!?」
「はい。流れ弾が数人のエージェントに当たるという事故がありまして。ユリさんが今担当してる魔弾の射手近くで起こったので不安だったんです。」
「ええっ!?」
私はポカンと口が開いてしまう。
そんなことがあったとは。全然気が付かなかった。私が魔弾の射手の作業をしている時におこったのだろうか。
けれどダニーさんはこの事件が不思議で堪らないと話してくれた。今日は別に収容違反も起こっていないし、パニックになったエージェントもその時いなかったという。
それなのに何故銃は撃たれたのか?
謎はもう一つ。
撃たれたエージェントは数人だったのに、弾丸は一つしか見つかっていないらしい。