【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
本編と同時に番外編を更新致しました。間違えて飛んでしまった方申し訳ございません。
銃を持つ手が震える。
それは最初にあった恐怖とは別の震えだった。銃を握るとちょうど豆の部分にフィットして、痛いのだ。
絆創膏を貼るも、関節部分に当たるためすぐに剥がれてしまう。ぐちゃぐちゃに丸まった絆創膏には血が滲んでとても汚い。
それを見る度に、私はため息をついていた。もう、嫌になってくる。
「ユリさん、頑張ってるみたいだね?」
「ユージーンさん……。」
後ろからの声に振り返ると、ユージーンさんが手を振って扉前に立っていた。
そのまま近づいて、私の手をじっとみてくる。ユージーンさんは少し眉を下げて、私の手を掴んだ。
「うわー、酷いね。大丈夫?大丈夫じゃあないか。」
「えっと、ちょっと痛いくらいです。」
「いやいやこれちょっとじゃすまないでしょ。アネッサに聞いて薬もってきたんだ。」
ユージーンさんはポケットから小さなチューブを取り出した。赤いプラスチックの蓋を開けて、中身を出してくれる。
それを手のひらに乗せられた。言われるままに伸ばすと、じわじわとした痛みが広がる。
「ぅ、痛い……。これ、結構染みます……。」
「そんな染みる薬じゃないから、怪我がそれだけ酷いってこと。」
「……。」
「ユリさん、ちょっと頑張りすぎだよ。」
「そんなこと、」
「じゃあ言い方を変える。焦りすぎ。」
ユージーンさんははっきりとそう言った。
私を見つめる瞳が居心地悪くて逸らす。けれど視線はずっと感じた。
「あのさ、こんなんだと逆に上達しないよ。わかるよね?」
「……でも、練習しか、私出来ません。」
「やろうとする気持ちはいいけど、空回りしてる。そんな急ぐものでもないし、とりあえず怪我が良くなるまでは撃つ練習は中止した方がいい。」
「そんな!」
「このまま慣れたとして、軸は多分ぶれるよ。ぶれた軸を身体が覚えるからね。」
「……。」
言い返せなくて私は俯いた。ふぅ、とユージーンさんのため息が頭にかかる。
「先生に言っておくから。暫くはお休みするって。確か、エド先生だっけ?」
「……お願いです。やらせてください。」
「ユリさん、」
「じゃないと私っ、私……っ。」
不安で、少しでもなにかしていたいのだ。
ただ止まっているだけは、変わらない無力な自分を直視することになって、辛いから。
「……ユリさん。もう頑張らなくていいんだよ。」
十分頑張ってるんだから、とユージーンさんは続けた。しかしそれが頭に入ってこない。
もう『もう』頑張らなくて『頑張らなくて』いいんだよ『いいわ』。『。』
声が重なる。幼い頃の記憶。悲しそうな、とびきり優しい母の声。
もう頑張らなくていいと母は言った。それは私の今までとこれからを否定する言葉だった。
でも母は悪くない。それは事実を言っただけなのだ。練習なんて必要ない。何もしなくていい。
「だって無駄だから。」
「え、ユリさん?」
「……なんでも、ない。」
私は笑う。とても上手に笑えている気がする。
顔の筋肉が動くのがやけにはっきりとわかった。
人って、心が痛すぎると身体と離れてしまうのだろうか。ここに立っていながら、私はずっと遠くから今を見ているような気分になった。
気がついたら、私は魔弾の射手の収容室にいた。
目の前に当たり前だが魔弾の射手がいる。そうだ、今は作業中だ。でも、何をすればいいんだっけ。
「心ここにあらずだな?」
「あ、ごめん、なさい。」
魔弾の射手に言われて、慌てて記憶を辿る。なんの作業指示を受けていたか。
しかし頭がぐわんぐわんと揺れる。痛い。酷く辛い。
それなのに、自分が意識から遠い。変な感覚だ。地面に足がついていないような。
ねぇ私、今頭が痛いんだって。そんなことを思う、どこか離れたところにもう一人私がいる。
掴みどころがないのに、痛いのだけは分かる。気分が悪い。
「……一種の現実逃避か?」
「……え?」
「反応が遅れている。ふむ。なにかあったか?話してみろ。」
話すって、何を。
「話すって、何を?」
「……今なにを考えているか。」
今なにを考えているか?
「……強いって、どんな感じ?」
「は……。」
口は自然と動いている。
私はそれがずっと知りたかった。強いなんて言葉は私には似合わないもので、どんなものか想像がつかない。
それが手に出来たら、どんな幸福感を得られるのだろう。私の家族は、同僚のみんなは、どんな気持ちなのだろう。
魔弾の射手は少し驚いた反応に見えたが、すぐに口元に手を当てて話し始める。
「そうだな、気持ちのいいものだぞ?」
「きもちいい?」
「あぁ。優越感と、自己肯定感があって────、いや。」
しかし魔弾の射手はすぐに話をとめた。そうして首を振って、私をまた見つめる。
「お前にはこんな言葉ではダメだな。」
「え?」
「……強いっていうのはな、別になんとも思わない、大したことないものだよ。」
「……どういうこと?」
「別に特別だなんて感じないってことだ。」
「え……?」
魔弾の射手の言うことに頭が混乱する。
どういうこと?何も、感じない?意味がわからない。
私はわかりやすいのだろう。魔弾の射手は馬鹿にするように笑った。
「ユリ、お前は呼吸をしてるってどういう感覚だ?」
「え。」
「心臓を動かしてる感覚は?細胞を分裂させてる感覚は?」
「そ、そんなのわかんないよ。」
「そうだな、わからないな。だから私も強いというのがどういう感覚かわからない。」
その言葉に、嫌な予感がする。
耳を、塞ぎたくなった。聞いてはいけない。これ以上は。
きっと、この先は、聞いたら私は。壊れてしまう。
「……強いなんて当たり前にしか思っていないぞ?」
冷水を浴びせられたようだった。
その言葉は。私を絶望に落とすのに十分で。
身体の体温が一気に下がるのを感じる。目眩が、する。
色んな人の背中が頭によぎる。父、母、姉、兄、ダニーさん、リナリアさん、アイ、オーケストラさん。
みんなただ前を真っ直ぐ向いている。すぐに自分の手を見下ろす私とは違って。
遠い。とても遠い。
手を伸ばす。……届かない!!
届かない、よ。
なぁユリ、と声をかけられる。私は顔を上げることが出来ない。
「力が、欲しいか。」
そんなの。
……そん、なの。
答えようと、顔を上げた。否定しなければ。だって、魔弾の射手はきっとろくな質問をしていないから。
目の前に差し出された銃。
それがやけに眩しく見える。私の手は自然に伸びる。だめだ。これは、誘惑だ。
でも、欲しい。心が動く。渇望する。
銃の持ち手に触れる。それは不自然に手にフィットして、とても持ちやすい。どうしてだろう。手の豆も全然痛くないのだ。
それが嬉しくて、泣きそうになる。私は漸く。と銃を大切に抱えた。頬擦りすらしてしまう。
冷たくて硬いはずなのに、とても暖かく思えた。
力。強さ。今私の手元にある。
これは、私のもの。私の、力だ。
魔弾の射手が笑っていることに、私は気が付かない。
魔弾の射手の収容室からでる。手元の銃は魔法のように消える───こともなく。
それはやはり私の手の中にある。触ってると妙に安心感があって、同時にドキドキと興奮もしている。
これはもしかして、ユージーンさんが言っていたギフトというものだろうか。
だとしたら、もしかしたらこれにはすごい力があるのかもしれない。期待に胸は膨らんだ。自然に笑みがこぼれてしまう。
私は中央本部に向かった。扉を開けるとそこにはチームのみんながいる。
あまりエージェント同士関心のないチームだ。扉が開いたくらいでは振り返らない。
しかし私はみんなにこの銃をみて欲しくて、珍しく声をかけた。あの、と言うとみんな振り返る。
振り返った皆は、私の銃を見て驚いてるようだった。
目を見開く人、口を開ける人。皆の反応が大袈裟で、私は笑ってしまう。まぁ確かに、こんな立派な銃珍しいだろう。
そうして私は。
みんなに向けた銃の引き金を、ひいた。
お礼小説載せたくて予定より早く更新致しました。次回はもう少し間あくと思います。すみません。
次回はユリちゃんが大変な目に合います。ふぁいとー。
あとアンケートありがとうございます。まだ迷ってます。すみません……。