【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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Der Freischütz_8

悲鳴をあげて倒れるユリ。

咄嗟に憎しみの女王が支えることで、床にぶつかることは避けられた。

 

「ユリ!!しっかりして!!」

 

憎しみの女王はその身体を優しく揺さぶるが、瞼は閉ざされたまま、開くことは無かった。

リナリアはその状況を呆然と見ていたが、直ぐに我に返ってダニーの手当を初める。

幸いなことに弾は貫通していた。急所も外れている。横っ腹に空いた穴は中心からだいぶぶれていて、臓器に掠っていても破壊まではしていない位置だ。

その時、随分遅いタイミングで下層エージェントが到着した。彼らもまた、目の前に広がる光景に呆然と立ち尽くす。

 

「お、おい。これどういう状況だ?」

 

そのうちの一人が呟いた。

驚くのも無理はない。死体の転がる床、その中にエージェントを抱えるアブノーマリティ。しかし敵意があるようには見えない。

そもそも彼らは、錯乱状態にあるエージェントの鎮圧と保護を命じられたはずだ。それなのに、この状況は?

 

「……なんだ、これ。」

 

床に落ちた見慣れないマスケット銃を、下層エージェントが拾おうとした。

それは憎しみの女王がユリから叩き落とし、蹴って遠ざけたものだ。

 

「ダメっ!!」

「触らないで!!」

 

しかし触れる前に、リナリアと憎しみの女王によって止められた。

真剣な表情を浮かべる二人に、エージェントは思わず手を引っこめる。

 

「……それは、魔法の道具よ。普通の人が持ったら意志を乗っ取られるわ。」

 

憎しみの女王はユリを抱き上げて、リナリアの近くに横たわらせた。

リナリアはパチパチと瞬きをする。

 

「ユリを、お願いできる?」

「あ……う、うん。でも、貴女は?」

 

リナリアの問に、憎しみの女王はにっこりと笑った。美しい笑顔だが、どこか怒りを孕んでいる。

そうして今度は銃に近づいて、それを持ち上げた。あっ、とリナリアは思ったが、人間が触れない今、憎しみの女王がそれを持つのは最善なのだろう。

 

「それ、どうするの?」

 

リナリアが憎しみの女王にきく。憎しみの女王は強く、それこそ銃が折れてしまうのではないかというくらいの力でそれを握った。

 

「持ち主に、返しに行くわ。お礼もしなきゃあね。」

 

そう言って、消えてしまった。

下層エージェント達が床に倒れる者たちを介抱する。まだ生きている者もいた。勿論、死んでるものも多かったが。

憎しみの女王の声は、もしかしたらリナリアにしか聞こえなかったのかもしれない。みんなただ彼女が用を終えて部屋に戻ったと思ってるのかもしれない。

けれど、リナリアはその言葉の意味を考えて冷たい汗を流した。なんだかとても、とても嫌な予感がするのだ。

ユリを解放するエージェントが、リナリアに声をかける。どうしたんだ、と。リナリアは酷い顔色のまま、首をそちらにやって、そうして。

 

「……まずい、かも……。」

 

そうこたえた。

それは決していらぬ心配でも、考えすぎでもない。

その数秒後、研究所に大きな破壊音が響いたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

憎しみの女王の靴が、可愛らしいヒールの音を立てる。

気配をたどってたどり着いた先。目の前にはよく見た事のある扉だ。

魔法の杖を掲げると、それは自然に宙に浮いた。空いた両手は真っ直ぐと扉に向ける。

愛と正義の魔法。そう謳われる彼女の力だが、今回ばかりは違った。

 

「〝正義よりも碧き者よ、愛よりも紅き者よ〟……あら?」

 

呪文を詠唱するが、上手く力がこもってくれない。

それは当たり前だ。彼女は気がついていないが、その美しい言葉の羅列にはふさわしくない感情がそれには込められている。

 

「〝運命の飲み込まれし その名の下に〟

〟我、ここで光に誓う〟……、あぁ、ダメ。ダメね。どうして上手くいかないのかしら。」

 

全然上手くいかないことに、憎しみの女王は顔を顰める。

 

愛と正義の味方。彼女は正しくそれであり、相応しい呼び名だ。今回だってそう。大切な友人の仇の為に彼女はここに立っている。

それに嘘はなかった。しかしそれ以上に大きな何かが憎しみの女王の感情を占めている。

 

憎しみの女王は、怒っている。

ユリが自身以外の力を求めたことに。

 

彼女は護られるべき正義で、全てだ。

だから誰もが欲しがるのは仕方ないことだった。それを憎しみの女王はわかっていた。仕方がないのだ。美しい花に群がるものは多い。

けれどユリが、その花が求めるのは自分だけでなければいけなかった。

憎しみの女王は怒っている。それを意識すると、驚くほど強い力が手にこもるのがわかった。

だから憎しみの女王は、普段言わないような言葉を用意する。仕方ないのだ。だってそれが一番強い力を出せるような気がしたのだから。

 

「────殺す!!」

 

強い光線が扉に直撃した。ドォォォン、と衝撃で風が吹いた。憎しみの女王の青い髪が、波のように揺れる。

扉は壊れたというよりも、壁を含めて大きな穴が空いた。そんなものを撃たれたら、普通中も無事ではないはずだ。

それなのに、それは立っていた。

その姿を見て、平然と立っているのを見て。憎しみの女王は顔に似合わない、下品な舌打ちをした。

 

「随分お転婆な娘だなぁ?」

「あら、失礼したわね。これを返しに来たのよ。どうぞ!」

 

部屋の主である魔弾の射手は憎しみの女王を見て笑った。

それがまた気に食わなくて、憎しみの女王は思い切り魔法の銃を投げる。

銃は魔弾の射手の前でピタリと止まり、彼は簡単にそれを受け取ることが出来た。

ぶつかってしまえば良かったのに、と憎しみの女王は不機嫌に顔をしかめる。

 

「わざわざ届けてくれたのか?どうもありがとう。」

「ユリに銃を渡したのは貴方?どうしてそんなことをしたの。」

「どうして?理由なんてない。ただ渡してやりたかったから渡しただけだ。」

「魔法の道具がどういうものかわかってるわよね?」

「あぁ。でも彼女なら大丈夫だろう。」

「……。」

「お前は見てきたんだな?どうだった?彼女はこれを上手く扱えていたか?」

「それは……、」

 

憎しみの女王は先程の光景を思い出して口篭る。銃を無差別に撃って笑うユリは、魔法の道具に完全に支配されていたからだ。

 

「ん?どうした?別に言葉なんて選ばなくていい。見てきたものを教えてくれればいい。」

 

魔弾の射手はすこしうかれた声で憎しみの女王に話を続ける。

 

「さぁ、あの女が沢山の命を奪って、それに絶望して壊れたことを、私に事細かに教えてくれ!」

 

彼はそう、高らかに叫んだ。

 

「貴方、やっぱりわかって……!この、外道が!!」

 

憎しみの女王は魔弾の射手を強く睨む。

杖を向けられるのを見て、魔弾の射手は笑う。自身の銃を軽く撫でて、彼もまた銃を憎しみの女王に向ける。

 

「戻ってきた銃の整備でもしようか。」

「絶対に許さない!」

 

とても楽しい。彼は銃を撃つのが好きだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発音に続いて警報が鳴り響く。

【緊急事態】と。場はざわついた。

 

「な、なんだっ……!?」

「憎しみの女王かもしれない!?」

「はっ?君、何か知ってるのか!?」

「さっき、銃返すって、お礼って……!!どうしよう!? 」

 

リナリアは混乱で泣きながら、ユリを介抱するエージェントに掴みかかった。

半狂乱になっているリナリアを落ち着かせようと、彼、ユージーンはその肩を抑える。

 

「落ち着いて!動ける人が少ないんだから、混乱してる場合じゃない!!」

 

ユージーンはできるだけ冷静に状況を整理する。しかしそういう、ユージーンも内心は焦っていた。

 

「もし、憎しみの女王が何かしてたとしたら……。いや、でも……。」

 

あたりを、見渡す。倒れている人々。中層は恐らく半分以上が潰れた。上層がどうなっているかわからないけれど、この事態の収集に彼らでは力不足だ。

幸いなのは下層エージェントが無事なこと。しかし下層は元々の人数が他よりも少ない。人が集まるのは上にも下にも移動しやすい中層。それがほとんどいないとなった今。

 

爆発音が、彼女の言う通り憎しみの女王のせいだったとして。

 

「それだけじゃ、ないだろこれ。」

「え……?」

「そこに倒れてるの、ALEPHアブノーマリティ〝何も無い〟の担当だよね?……ユリさんも、いなくて。中央本部全体が不能状態で。」

 

誰がアブノーマリティの管理をする?

 

「あ、」

「……まずい。これ本当にまずい。くそっ、管理人頼むから、ちゃんと考えて指示くれよ!?」

 

始業時間からどれくらい時間がたっているのだろう。

なんにせよエネルギーは貯まっていない。

だから、エージェント達は立ち向かわなければいけない。この地獄とも言える現状に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







ユリちゃんも可哀想だけど撃たれたダニーさんも大概可哀想だと思うの。





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