【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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That's all for today._17

大鳥さんと挟んでしまったオーケストラさんのことを思い出して、慌てて身体を離した。

 

「ごめんなさい、苦しかったですか?」

 

──あ、いえ。

──大丈夫です……。

 

そうは言ってくれたものの、なんだかもごもごとした声。きっと本当は辛かったんだろう。

申し訳なくてその手を撫でる。オーケストラさんはされるがままに何も言わない。

 

「あ、大鳥さん……。」

 

ぎぃ、と声が聞こえて私はそちらを見た。

何を考えてるかわからない表情。というより、目しかないのに表情があると言えるだろうか。

 

「どうして出てきちゃったの?」

 

返事は、ぎぃ。

何を言ってるかわからないが、応えてはくれる。

何とか戻ってもらわないと。

初めてあった時のことを思い返す。あの時は一緒に部屋に戻ったが、今回もそれでいいのだろうか。

アイも罰鳥さんも収容違反しているのに。

……指示がほしい。しかし残念なことに医務室にはタブレットもインカムもなくて。

 

「……ごめんね、今日は送ってあげれないんだ……。1人で戻れる?」

 

黄色のいくつもの瞳が私を見つめる。

 

「今度、できるだけ早く会いに行く。だから今だけさよならしてほしいの。」

 

ね、と笑いかけると、大鳥さんはぎぃ、と鳴いた。

そうして手に持ったカンテラを、前のように渡してくれる、何が燃えているのかわからない、赤い炎のカンテラ。

返しにこいということか。

 

「そんなことしなくても、行くのに。」

 

かわいい約束だ。お返しになにか、とポケットを探した。

指先に当たったやわらかい感覚、取り出すと色気も何も無いシンプルな茶色のヘアゴムだ。

これを渡すのは……。でも、まぁ何も無いよりいいか。

 

「じゃ、交換ね。」

 

触り心地の悪い羽をひとつとって、結んでやる。

毛が硬いため簡単に絡んでくれた。羽が黒いから茶色のゴムは紛れてしまうけど。

大鳥さんは満足してくれたのか、ぎぃぃ、と鳴く。先程よりも少し高い声。

 

「わっ」

 

そうして、消えた。

……瞬間移動出来るのあの子!?

あ、いや。良く考えれば前も収容室に入るのにそうしてた気が……。

大鳥さんが消えるのとほぼ同時に、電気がつく。急な明かりに目がチカチカした。

慣れなくて少しよろけると、何かが足に当たる感覚。

 

「っ!?」

 

確認に視線を落とすと、そこには。

人の身体だけが倒れていた。頭のない、人の身体が。

予想だにしなかったショックに、吐き気が込み上げてくる。

直視、出来ない。赤い。床が。断面から漏れたそれが。

べちゃっと靴につく水は、まさか。

 

「ぅっ……。」

 

理解すればするほど、喉から込み上げてくる。

気分が悪い。あまり見ないようにしないと。

視線を前に戻すと、誰かが座り込んでいる。

男性だ。体は震えていて。

生きてる。私は急いで駆け寄った。

 

「大丈夫ですか?」

「ぁ、ぁ……。」

「怪我は……ないみたいですね、良かった。」

 

見る限り、男性に怪我は見られない。

……股下の水溜まりは気付かなかったことにする。

余程怖い目にあったのだろう。私を見つめて、パクパク口を動かすけれど声になっていない。

 

「えっと、とりあえず壁側に寄りましょうか……。寄りかかった方が楽ですよね?」

「え、あ。」

「立てますか……?支えるから、良ければ──。」

 

私は男性に手を差し伸べる。

男性もそれに従って手を伸ばしてくれたのだが。

 

「ひっ!?」

「えっ。」

 

パンッ、と。男性の手が叩かれた。

男性は明らかに怯え、小さく悲鳴をあげる。

私はというと、起こった出来事にぱちぱちと瞬きするしか無かった。

ふよふよと目の前に浮くオーケストラさんの手。いつの間に腕から抜けたのだろう。私の手には包帯の束があるだけで。

 

「オ、オーケストラさん……?」

 

──手なら私が貸しましょうか。

 

えぇ……。

男性は目の前のオーケストラさんに身体を震わせる。

当然の反応だ。私だって目の前に手だけ浮いていて、それに叩かれたら恐怖でしかない。

オーケストラさんの行動に苦笑いする。何となくわかっていたけれど、オーケストラさんは私以外の人に、少し厳しいみたいだ。

どうしよう。

辺りを見る限り、アブノーマリティはもういない。放っておいても大丈夫だろうか。

 

「あ、あの。それ貸して貰えます?」

「え?え、あ?」

「インカム。私の無くしちゃって……。」

「ぇ、ぇ。いん、かむ。」

「……ごめんなさい、勝手に取りますね。」

 

話をするのも難しいようだ。仕方ないだろう。

奪う形で男性からインカムを借りる。装着して、もしもし、と声を出した。

繋がって。どうか。状況を理解したい。

 

『君は、』

「え?」

 

しかし、インカムから聞こえた声に私は首を傾げた。

 

「え……だ、誰?Xさんじゃないですよね……?」

 

男性の声ではあるが、Xさんとは違う。たった一言でもあからさまな違いのある声だった。

私は聞くも、インカムは無音。もしもし、もしもしと繰り返し応答を待つ。

 

『ユリさん、意識が戻られたんですね。』

「え?アンジェラさん?」

 

次に聞こえてきたのは女性の声。インカムというのにハッキリと聞こえる声は間違いなくアンジェラさんの声。

 

「あの、さっきの人は、」

『具合は良くなりましたか?』

「え?あ、はい。怪我も特にないですし、大丈夫です。それよりさっきの方は……、」

『なら、良かったです。ユリさんにお願いがあるのですが。』

 

……話を聞いてくれる気は、なさそうだ。

 

「えっと、お願いってなんでしょう。私今の状況もよく分かってないんですけど……。」

『……え?』

「?」

『……ええと、ユリさん。最後の記憶は覚えていますか?』

「え?最後?えっと……。」

 

最後。

それは意識を失う前のことだろう。

思い出そうと集中する。

……あれ?

最後?

 

「今日、何月何日です?」

『……。』

 

記憶が。

途切れ途切れの、断片的なものしかない。

 

ダニーさんにエド先生を紹介してもらって、銃を受け取って。

××××××××。

次の日からそう、練習がはじまって。えっと確か、アブノーマリティへの業務は……?

××××××××××××。オーケストラさんに、アイに、会えてない。

あれ、じゃあ誰に会っていたのだろう?

明らかな空白が記憶にある。抜き取られたような、くっきりとした余白。

 

そこに、当てはまったのは?

 

──ユリさん。

 

「えっ、あっ、オーケストラさんどうしました?」

 

急に声をかけられて、思考はオーケストラさんにいく。

オーケストラさんの手は私の頭に乗り、それはそれは優しく撫でてくれた。

 

──思い出せないのなら、大したことでもないのです。

 

「え?」

 

──貴女の人生に必要なかった。それだけの話。

 

「必要、なかった……。」

 

私の、人生に。

 

「……そうかもしれないですね。」

 

思い出せないのであれば、それはそうなのだろう。

いつかテレビで見たことあるが、人の脳は無意識のうちに記憶を整理しているようだし。

それこそ、今まで忘れてしまった記憶を全て思い返すなんて不可能だ。

忘れてしまったことを追いかけるのもおかしい。それが思い出せるようなものであるならまだしも、影すらもないのだから無理だろう。

 

『静かなオーケストラがそこにいるのですか?』

「あ、はい。手だけですけど……。」

『なるほど……どうりでエージェントが作業しても反応がないわけです。』

「あはは……。」

『しかしちょうど良かったです。』

「え?」

『お願いの内容ですが、至急アブノーマリティの作業をして頂きたいのです。』

「わかりました。どのアブノーマリティの作業をすればいいですか?」

『どれでも。』

「え?」

『どれでもいいのです。』

「ど、どれでもとは……?」

 

『研究所は直ぐにでも業務を終えたい状況に陥っています。

なのでエネルギーが貯まればそれでいいのです。

あと少しだけ足りなくて。

近くに静かなオーケストラがいるというなら、静かなオーケストラへの作業をお願いします。』

「そ、そうなんですか。ええと、じゃあ作業内容は?」

『なんでも。』

「雑すぎません!?」

 

作業対象:だれでも

作業内容:なんでも

 

とは。ふざけないでほしい。

 

『静かなオーケストラへの作業なら、ユリさんならなんでも大丈夫でしょう?』

「ええ……。」

『余程のことがない限り、静かなオーケストラは貴女への攻撃はしないでしょう。』

「いや、確かにオーケストラさんは優しいですけど……。」

『なんでもいいのです。あと少し、エネルギーが貯まれば。』

 

随分投げやりな指示に苦笑いする。

私は頭のオーケストラさんの手を掴んだ。そしてそのまま目の前まで持ってくる。

 

──ユリさん?

 

なんでもいいから作業しろとは。

いつも通りから清掃をするけれど、オーケストラさんの身体はここには無いし、掃除する収容室も遠い。

となると、交信か。

交信なんて今現在進行形系でしているのだけど……。

ううん……。

 

「オーケストラさん。」

 

──はい。

 

「いつもありがとうございます。」

 

──え?

 

「貴方と会えて、良かった。」

 

私なりの、精一杯の愛情表現。

こういうのは苦手だ。友人に渡すバースデーカードだって書くのにいつも照れてしまう。

しかし、言えるタイミングがあるなら伝えるべきなのだろう。

日本の姉を思い出す。痛い私の記憶。

伝えるべきことはたくさんあった。でももう出来ない。

同じ過ちを、大切な友達に繰り返さないように。

 

「これからも、お友達でいてくださいね。大好きです。」

 

そうして、その手のひらに唇をおとした。

 

──!

 

「うっわ!?」

 

オーケストラさんの手が急に熱くなって、反射的に手を離してしまった。

いけないっ!落としちゃう!

慌てて手を伸ばすが、その前にオーケストラさんの手は、消えた。

え、と驚いているとピピッと電子音。

男性の腕時計から聞こえたそれは、業務終了を教えてくれるもので。

 

『素晴らしいですユリさん!』

「え?」

『業務終了に必要なエネルギーどころか、多大な予備エネルギーまで生成して下さるなんて!!』

「ええ?」

『貴女は我社が誇る、最高のエージェントです!』

 

……えっと。

まぁ、喜んでくれたなら、なによりだ。

 

 

 

 

 

 

 








余すことなくオーケストラさん回。
キスが手の甲でなくて手のひらなのはわざとです。作者の勝手なこだわりです。
特に伏線とかではない。


スランプが止まらないけど何とか書き上げましたε-(´ω`;
なんで書き上げられたか?皆さんが大好きだからだよ!!
ユリちゃんも言ってたでしょ言える時に言うべきと。

そう、スランプだけどみんなだいすこ。
また皆さんの名前キャラに呼ばせる予定です。その時なのですが、以前呼んだ方で、しばらくコメント頂いてない方は今回避けることになると思います。
理由としては、前呼べなかった方で、今読んでくださってる方の名前も呼びたいなと思って。
書かないだけで今も皆さん大好きですよ!!!!心のなかではいつだって叫んでます。君の名はっ!(もうちょっと古い)
勘違いしないでくださいね、読んでくださる皆さん本当に大好きです。読者さんへの愛を伝えた回数ならランキングにだってのる自信あるよ!!!

あと番外編の方ですが、ちょっと書き直し考えてます。後から呼んだらさすがに文が酷かったです。
本篇更新をメインに細々とやってきますね。

あ、あと!名前呼ぶなマジでやめろ!!って方いましたら、活動報告やTwitterDMで言ってくださると助かります。どの活動報告でも大丈夫です。というか、他の方の迷惑にならない形ならどんな方法でも教えてくだされば大丈夫なので。


日に日にあとがき長くなって申し訳ないです。今後短くなればいいな


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