【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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海外移住したら人外に好かれる件について

「いいのか」

「いいよ 」

「本当にいいのか?」

「いいってば。」

「……後悔するぞ、」

「うっるさい!!いいって言ってんの!!」

 

何度も何度も同じ事を聞かれて、リナリアは苛立ってダニーから手元のタブレットを奪った。

 

「はい、この報告書を私が書いたとして送ればいいんでしょ!言葉をうまく直して………、よしっ、送信っ!」

 

なんの躊躇いもなくリナリアは液晶をタップして、その画面に満足するとポイッと投げるようにダニーに返した。

画面には送信済みの文字。それを見てダニーは難しい顔をする。

自分から言ったくせに、とリナリアはため息をついた。

そうして、まだベットから立ち上がることを許されていないダニーの額をコンっとつつく。

 

「いいんだよ、自分で決めたんだから。」

「どうして、」

 

ダニーに見つめられて、リナリアは笑ってしまう。

そんなダニーの表情をリナリアは久しぶりに見た。自信過剰の自分勝手からは想像できない情けない顔。

 

「いつまでも汚いままは嫌でしょ。」

 

きっとダニーの言う通り、リナリアは後悔する。

リナリアはそれをわかっていた。

アブノーマリティにぐちゃぐちゃに体をちぎられたら嫌だし、美味しそうな餌にでも見られたら、最悪だ。

そうして死ぬ瞬間、リナリアはダニーを怨むのだろう。それくらいは許して欲しいと、リナリアは思っている。

後悔はするだろう。割と遠くない未来に。

それでもこの答えを選んだのは。

 

リナリアは窓の外を見る。

窓は結露して、それが光に照らされて細かくキラキラと光っていた。

もうすぐ一年が終わる。

……貴方と、一年をまたげたらいいのに。

なんてそれは、実現しないに等しい夢だ。しかし美しい夢。

リナリアはそっと、窓に指を滑らせる。結露は消えて、ラインが出来る。

何かをかきたくて、でも何をかいていいか分からなくて結局一本の線が出来ただけだ。

 

「迷ってばかり。」

 

どうすればいいかなんてわからなくて。

でも考えるより先にいつも手は動いてしまう。

指に残る冷たさは妙にリアルで。そう、冷たさしか残らないのだ。結局。何の形にもならない。

それでも、そう。手を伸ばさずにいられないのは。

きっとリナリアが、恋をしているから。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

タブレットの通知がとんでもない文章を表していて。

ユリは研究所の廊下を走った。

途中何度か人にぶつかりそうになったが、その必死の形相のおかげか誰もユリを怒鳴ることはなく。

恐らくは彼女の中で、最短でそこに着くことが出来た。

 

「早くっ早くっ……!!」

 

慣れているとはいえ、焦っている手元ではロックの解除が上手くいかない。

ようやく上手くいっても、扉が開くのを待つのさえイライラする。

早く、お願いだから早く開いて……!!

作業指示はアイへの交信だった。しかしいつもと同じ文章の下に、太字で表記された文字。

 

〝【至急】憎しみの女王の様子がおかしい〟

 

見た目が変わってしまった前例が頭をよぎり、足はすぐさま駆け出した。

だめ、だめだよアイ。

あんなことになったらまた、研究所は大変なことになるし。

あなただって、鎮圧されてしまう……!

 

ようやく開いた扉に駆け込む。

アイ!と口を開いた。叫ぶように呼んだ。

 

どんっ!

 

「ふぐぅ!?」

「ユリぃぃぃぃぃぃぃい!!!!」

 

の、つもりだったけれどそれは飛びかかられた圧によって潰れる。

空気が腹から押し出されてカエルのような声が出た。

衝撃にその場に蹲りたくなるが、わんわんと泣くアイが許してくれない。いや、ちょっとだけでいいから待って欲しい……!!

 

「ユリ!?無事!?よかった!!よかったぁぁぁ!!!!本当によかったぁぁ!!」

「ア、アイ。ちょ、……締まって……。」

 

遠慮ない力で抱きつかれてミシミシと確実に締められている。

身体は痛いし肺は苦しいしで、し、死にそう……!!

 

「生きてて!!よかったぁ!!ユリあんなこと言うんだものぉ!!私、私心配で!!」

「し、死ぬ……。」

「!?また!?また死ぬなんて!?そんなこと言わないで!!お願いだからっ……!!」

「いや……苦しい……息ができな………。」

「……!?きゃぁぁぁごめんなさいごめんなさいユリ!!」

 

どうにか息が止まる前に気がついてもらえて、パッと腕は解かれた。

残る身体の痛みにふらふらして、さらには楽になった肺に一気に空気が入ってきて。

盛大に、むせて、倒れる。

 

「ユリぃぃぃぃぃ!!」

「げほっ、げほげほっ……!!」

 

悲鳴をあげるアイをどうにか宥めようと、手のひらをアイに向ける。

大丈夫、大丈夫だ。ただ少し呼吸を整えさせて。お願いだから揺さぶらないで……!!

 

「はーっ、はーっ、」

「ごめんなさいごめんなさいぃぃ!!」

「だ、だ、大丈夫だから……。」

 

ポロポロと泣くアイを安心させたくて笑う。

アイはしゅん、と眉毛を下げて私の背を撫でた。

 

「ごめんなさい取り乱して……。あんなことがあったから、私、心配で……。」

「あんなこと……?」

「あ……、やだ、思い出したくないわよね、私ったら、」

「あんなことって、何?」

「え?」

 

…………あんなこと?

何か、忘れている。

 

 

 

【××、×××。】

 

 

 

「覚えて、ないの……?」

「うん……でも、私、なにか大切なこと……。忘れてはいけない、何かを………。」

「……………忘却の魔法、」

 

 

 

【この××の弾×、】

【×××××たと××】

【×当に××××あ×××!】

 

 

 

 

「……いいのよ。忘れちゃったんでしょう?忘れた方がいいことだったのかも。なら、苦しい思いをしてまで思い出すことはないわ。」

「でも、」

 

 

 

【そ××よ、】

【私は見て×しいの。】

【××、】

【ねぇ、私×××ったよ?】

 

 

 

「ねぇ、……私、アイに何かしなかった……?」

「え……、」

「私、とても酷いことをアイに。」

 

ぼんやりとだけど、そこだけは少しだけ記憶がある。

アイが私に叫んだ。とても悲しそうな声で。

私は、その言葉がよくわからなくて。でも床には赤い……赤い………。

 

 

 

【×してな×よ?】

【私はただ、撃「なにもしてないわ。」

 

 

 

「え、」

「何もしてない。ユリは、何もしていないわ。」

「……ううん、私確かに何か。」

「してないから、思い出さないで。お願い。」

 

アイは強く、私の手を握る。

本当にしっかりとした力で。決して離れないような。

私がなにか言おうとしても、アイはきっと聞いてくれない。言わせてくれない。

それがどうしてかはわからないけれど。

きっと、私の為だ。

 

「……アイは、本当にいつも私のことを考えてくれるね。」

 

どうして、そんなに。

きっと私は貴女に酷いことをしたのに。

 

「……?当たり前でしょう?」

 

花の蕾ような唇が。ゆっくりと。

 

「愛しているもの。」

 

その真っ直ぐな言葉に、私は言葉を失う。

アイは綺麗に笑って、私の方に手を伸ばした。

固まる私の頬にその細い指が滑る。丁寧に、丁寧に。

私の顔は、真っ赤になって。

だってそんな、指から、視線から、言葉から。全てから愛情が伝わってきて。

 

「愛しているわ、ユリ。」

 

「……私も、愛してる、よ。」

 

小さく、小さく。

届くか分からないほどの声であなたに伝える。

それでもアイは受け止めて、キラキラと目を輝かせた。

覆い被さるように抱きつかれて、後ろによろける。耳元でキャラキャラとした声が何度も愛を伝えてくる。

私は日本人で、そういうのは慣れてない。だから、だから。

ごめんなさい。私も、と応えるだけで。今はいっぱいいっぱいなんだよ、アイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海外移住したら人外に好かれる件について

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緊張しながら、リナリアはある扉の前に立っていた。

管理人室なんて、はじめて来る。

まさか本当に、ダニーの言った通りに呼び出されるとは。

左手に持った、小さなピアスを見つめる。キラキラと光る石の着いたそれは、あの人と同じ瞳の色だと一目惚れしたピアス。

きゅっと唇を噛んで、覚悟を決めた。開く。

 

「……よく来てくれました、エージェントリナリア。」

「……貴方は、」

「面接以来ですね。管理人のサポートをしております、AI、アンジェラです。」

 

見た事のある姿だ。それはそう、入社試験で見た事のある、3D映像。

美しい青い髪の女性。目は閉じられている。

まつ毛の影までもハッキリとしているその姿が映像だなんてリナリアは信じられない。

アンジェラは口角をあげて、リナリアに対面する。

静かな、確かな威圧を感じた。追い込まれているような感覚に陥る。

逃げたくなるが、我慢する。左手のピアスの輪郭を感じる。

 

「貴女の作成した報告書、素晴らしいものでした。特に今回のエージェントユリへの分析はとてもわかりやすく、同じ事件が起こらない為に役立ちそうです。」

「ありがとうございます。」

「貴女がそこまで優秀なエージェントとは……。つきましてはお願いがあります。」

 

アンジェラの、閉じられた目が。ゆっくりと開く。

リナリアはそれと目を合わせてしまった。黄金に光るその瞳と。

捕えられる。

 

「っ、」

「エージェントリナリア。貴方にエージェントユリの監視役を命じます。いいですね?」

 

頭が、揺さぶられる。

思わずよろけたが、目をそらす事ができない。それを私は許されていないからだ。

耳から入ったその声は、脳に染み込んでいく。

じわじわと、侵食して、染め上げてくる。

 

歯を食いしばる。

手を強く握る。

しかし頭が、ぼんやりとする。

 

……、握ったピアスから血がたれる。

痛みは意志を繋ぎ止める。

 

 

…………思い通りになんか、させない!

 

 

まっすぐと、目をそらさずに。私はその女を見て笑った。

 

かしこまりました、アンジェラ様。(死ねよ、このクズ野郎。)

 

 

 

 

 

 

 

冬が来る。底冷えした胸くその悪い、冬が。

 

 

 

 

 

 

 






魔弾の射手_血の匂いを忘れる


https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/Der_Freisch%C3%BCtz




【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】


no information...



【ダニーさんのひと言】


………ごめん、











第二章・終了

皆様お付き合いありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。


追記

リナリアが恋してる相手は今後出てきません。私的にこの人とは決めてますが、ご自由に想像してください。

とうかね、リナリアが好きな相手は貴方です。

そう、読んでる貴方なんよ?
まったく鈍感な人を好きになったものです、リナリアも。

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