【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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〝正しいか正しくないかで生きれたらどれほど楽だったのだろう〟──Dannie
Old Clock


…どん底まで落ちてしまって、もうこれ以上方法が見えませんか?

 

あの時、他の選択をしていたら、という思いに囚われていませんか?

 

 

 

 

 

 

 

アネッサは、擦り切れた説明書をじっと読んで、その内容にため息をついた。

 

「そんなの、いつだって思ってる。」

 

目の前には大きな、古い機械が佇んでいる。

四つの数字パネルが並んだそれは、ぜんまい仕掛けの時計だ。

しかしアネッサはその時計がしっかり動いたところを見たことがない。

それがいい事なのか、違うのか分からない。機械といえどアブノーマリティだ。何も無いのは悪いことでは無いのだろうけど。

それでもアネッサは多少なりともこのアブノーマリティに愛着がある。

ぜんまいを巻くのは彼女の仕事であった。ぎりり、ぎりりと、いつも通りに回していく。

 

このアブノーマリティが、みんなの助けになる素晴らしいものであればいいとアネッサは思っていた。

いつかやってくる、どうしようもなく悲しい未来を助けてくれるようなアブノーマリティであったらと。

 

アネッサは、思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外の寒さが肌に突き刺さり、手袋越しにも感じる冷えに耐えかねて私は急いで会社の中に入った。

中はとても過ごしやすく暖かく。

その温度差に霜焼けになってしまいそうだ。

 

「おはようユリさん。あはは、モコモコだね。」

 

そう声をかけたのはリナリアさんだ。

厚着で膨らんだ私をみて、クスクスと笑う。

羊みたい、と羽織ったダウンを撫でられた。

対してリナリアさんもボリュームのあるダウンジャケット。

それなのに外人と言うだけでどこか様になるのはやはりスタイルの違いか。

それに悲しみを覚えながらも諦めた気持ちで更衣室に入る。

がちゃっと扉を開けて、中に入った。ら。

 

「え。」

「……ユリさん、どうしたの。」

「あっいや、なんか。」

 

なんか、一斉に振り返られたというか。

すごい、注目されているというか。

視線が刺さる。じろじろと見られて、居心地が悪い。

私、なにかしてしまっただろうか。

ひそひそ声も聞こえてくる。私に向けられていると感じるそれが、自意識過剰ならいいのだが。

 

ひそひそ、ねぇ、あの子。ひそひそ。

例の、ひそひそ、銃の。

ひそひそ。ひそ、バンッ!!

 

「っ!?」

「えっ、り、リナリア、さん?」

「……ごめん、手が滑っちゃった。」

 

大きな衝撃音に、その場にいるほとんどの肩が震えた。

リナリアさんの鞄が、揺れている。

鞄が、ドアにぶつかってしまったようだ。

でも偶然にしては、それは。

 

「着替えよう、ユリさん!」

「リナリア、さん。」

 

……私の為に、やってくれたんだろう。

にっこりと笑うリナリアさんが眩しくて涙が出そうになる。

リナリアさんはあまりに堂々と更衣室の真ん中を突っ切った。私の手を引いて。

最早皆、リナリアさんの為に道を開ける。

リナリアさんの背中はかっこよくて、頼もしくて。すごいなぁなんて単純な感想。

私の視線に気が付いたのか、リナリアさんが振り返る。

リナリアさんは少し私の顔を見て、きゅっと、手を握った。

それに目を白黒させていると、彼女は微笑む。

 

「またね。」

 

そう言って、リナリアさんは自分のロッカーに。

私は不思議で、首を傾げる。なんだったんだろう今のは。

冬の寒さを浴びた彼女の手は冷えていた。

私の手に残ったのは、底冷えしたリナリアさんの、体温。

 

 

 

 

 

ユリさんの陰口を言っていた女達が、たまたま私のロッカー近くに固まっていたので。

私は着替えながらわざと聞こえるように口を動かす。

 

「……ユリさんが居るから、オーケストラも大鳥も胎児も大人しいんだよ。」

 

ぐちゃぐちゃとした声が、ピタッと止んだ。

怒りが私に、向けられる。でも声はしない。

弱虫、と。とても嫌な笑顔をしてやる。

 

「されたことばかりでなく、してもらってることに目を向けな。

最も、あなた達がオーケストラの担当に、大鳥の犠牲に、胎児の餌になってくれるなら、何も言わないけどね。」

 

パタンっ。

さぁて、と。と。

にっこり。違和感すらある、満面の笑みを向けると彼女達はバタバタ逃げていく。

 

「かっこわるーい。」

 

大きな声で言ったせいで、音は部屋に響いた。また彼女達に届いただろう。

きっと、私の悪口が広がる。

でもいい別にいい。どうせ真っ向からは何も言えない奴ばかり。好きかって言われるのは慣れている。

むしろ的が私になるのは都合がいい。私は気にしなくても、ユリさんは気にするだろうから。

気にすることないのに。影で言うしかない弱虫なんて。

 

「どうせ、明日には死んでるかもしれない奴らだし。」

 

そう言ったあと、直ぐに頭を抱えた。

あぁ、こういうことを考えるから、性格が悪いのだ。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

私がリナリアさんと中央本部チームに到着すると、何故かティファレトさん達とダニーさん、あと知らない誰かが話していた。

たまに業務開始時に挨拶をしてくれることもあるが、あんなふうに話すことはなかなかない。

不思議に思っていると、ダニーさんに手招きをされた。

それが私に向けてかは分からなくて戸惑ったが、リナリアさんが私の手を引いてそちらに行く。

 

「おはようございます、ティファレト様。後、ダニー。」

「おはよう、エージェントリナリア・ユリ。ちょうど良かったわ、あなた達に紹介したい人がいるのよ。」

「初めまして。」

 

女の子のティファレトさんが、手をかざすと、その人はにっこりと微笑んだ。

うわっ、と思わず目を見開く。とんでもなく、かっこいい人だ。

背の高いその男性は、珍しい青髪をしている。

肩口まで伸ばした髪はかきあげられ、しかし上手まとまらなかったのか前髪の一部が額の真ん中から少し垂れていた。

しかしだらしないというよりは、ラフな感じがあるのはその顔の造形の美しさか、はたまた男性の着ているものの良さか。

クラシックな青のスーツは、古臭いと言うよりヴィンテージでオシャレだ。

すらっと伸びた足を飾るのは黒いスラックス。

 

モデルさんみたい……!

 

薄らと浮かぶ青緑のクマだけが、彼の人間らしさを感じさせる。

完璧な容姿だから勿体なくも思えるが、それだけが親しみがもてて私は安心した。

 

「俺の名はケセド。福祉チームの管理を担当している。これから君達の上司になるんだ。」

「え?」

「あれ、君は聞いてないかな、今日から三人は福祉チームに異動になったんだよ。」

「ええええ!?」

 

驚く私に対して、リナリアさんとダニーさんは至って冷静だ。

知らなかったの私だけ!?

2人を交互に見るも、ダニーさんもリナリアさんもケセドさんをじっと見ている。

見ている、というより、睨んでいるような。

するとポン、と、頭に何かが乗った。

 

「これからよろしくな。」

「えっえええ。」

 

ケセドさんに!頭を撫でられた!!

こんなイケメンが頭を撫でてくれるとはなんというサービス精神。

慣れてないせいで顔は素直に赤くなる。

戸惑っていると、ため息をつかれた。それも何とダニーさん、リナリアさん、女の子のティファレトさんに。

酷い!!私悪くない!!自然現象!!

言ってしまえばケセドさんの顔がいいのが悪い!!

居心地の悪い思いをしていると、ケセドさんが上品に笑った。

そうして、福祉チームの説明が続く。

 

「福祉チームは中央本部チーム2よりも下層に近い。最後の中層とも呼ばれる。

その理由は俺たちは基本、職員の体力やメンタルヘルスなどの福祉に取り組んでいるから。

簡単な話、俺たちのしている事は〝後始末〟。

何が起こった時、その後のサポートをするチームだ。

 

だから〝最後〟の中層。

 

職員たちの命を守るために、俺達のチームはある。

まぁ、エージェントの仕事内容は変わらないよ。福祉チームとしての仕事はオフィサーが持っているし。」

 

「最後の、中層。」

「そう。職員のみんなも穏やかな人が多いよ。でも何かあったら言ってくれ、君達は俺の、大切な職員だからな。」

 

ケセドさんの言葉に驚いてしまう。

大切な職員なんて、ティファレトさん達に言われたことは無い。

当たり前だが上司にも個性はあるのだと痛感した。

別にティファレトさん達が悪いと思ったことは無いけれど、壁があったのは確かだ。

 

「期待に応えられるよう、頑張ります!」

 

嬉しくて、いつもより高い声が出た。

それがなんだか女々しいというか、ケセドさんがかっこいいから声色を変えたようにも聞こえて慌てて口を閉じる。

しかしケセドさんは気にしていないようで、また軽く笑った。

 

「はは、そういう所も、リリーに似ているんだな。」

「え?」

「ケセド。余計なことをしないで。」

 

リリー……?

 

「じゃあ、行こうか。」

「えっえっ!?」

 

ケセドさんが私の手を引く。

それを追いかける形で、リナリアさんとダニーさんが後ろに着いてくる。

なんで私だけ手を引かれているのだろう。

わからない。けれど。

恥ずかしさと、周りの視線にいたたまれなくなって俯いた。

転ばないように必死について行く私。だからリナリアさん達が、どんな顔でどんな会話をしているか、私が気が付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう思う、リナリア。」

「笑顔が胡散臭い。嫌い。」

「奇遇だな、俺もだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 








かっこいいケセドが書けるか今から不安でたまりません。






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