【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
──蝶男を捕まえろ!
新しい武器とエド先生に渡されたのは、ピンク色だった。
最初冗談だと思ってケラケラ笑ったのだが、持っていた厳つい銃が迅速に回収された時、もしかしてこれは本当に言っているのかと。いやいやそれはないと頭の中で自問自答。
「いやこれおもちゃですよね。」
「新しい武器、魔法の杖です。」
「いやこれおもちゃですよね!?」
渡されたそれは可愛らしい杖だった。
杖と言っても、女の子向けのおもちゃだろう。誕生日とか、クリスマスにねだった、電池でキラキラ光るおもちゃ。
鮮やかなピンク色に、杖の先には星と翼の羽飾り。まるでアニメの魔法少女が持ってるような。
「……あれ、これ、アイの……?」
そこで思い出したのは、アイが持っていた魔法の杖だ。
よく見ると、見た目もすごく似てる。
「なんでも、憎しみの女王というアブノーマリティのエネルギーから作られたらしいですよ。」
その言葉に、やっぱりと納得した。
やはりこれはアイから作られた武器なのだ。
けれどこの見た目。お世辞にも強いとは思えないし、本当におもちゃにしか見えない。
可愛いのはあるけれど、こんなの持って歩いていたら笑われそう。
最悪仕事中に、と怒られたら。理不尽にも程がある。
「……これ、どうやって使えばいいんですか?」
握って振ってみる。
軽くて振りやすい。なんの材質かはよく分からない。
プラスチックではないし、鉄にしては軽いけれど。何かの木材だろうか……。
「使い方?知りません。」
「知りません!?」
「魔法の杖は専門外でして。」
「た、確かに……。」
魔法の杖なんて、ファンタジーでしか聞いたことがない。
そもそも魔法なんて存在するのかという話だが、アブノーマリティという存在がある以上嘘とは決めつけられないだろう。
ふざけるつもりで、私は銃の的を見据える。
そうして杖を振りかざして。
「ちちんぷいぷい、」
なんて在り来りな呪文を振ってみた。ら。
どぉんっ!!
「………………、」
「おぉ…………。」
……なんか、ビームが出た。
狙った的は跡形もなく床に落ちて。それはもうただの木屑だ。
私は呆然とその場に立ちつくす。するとぽん、と肩を叩かれた。
「……ほら、玩具じゃあないでしょう?」
いや、エド先生も若干引いてるじゃあないですか。
よく目立つ杖を抱えて、私は福祉チーム本部に向かう。
途中チラチラと視線を貰い、恥ずかしくて仕方ない。
威力は分かったとはいえ、やはり見た目がだいぶふざけている。
エド先生には「これなら最近噂の蝶男も捕まえられるんじゃあないですか、」なんて言われたが。
まだこの武器の能力は未知数だ。そんな冗談を笑えるほど余裕はない。
大人しくタブレットを開いて作業を確認する。
すると会社のお知らせにでかでかと文字が表示されていた。
──蝶男を捕まえろ!
そのフレーズはまるでスマホゲームのイベントのようだ。
それを目で流して、大人しく作業を確認した。
蝶男。
最近研究所で話題となっている、正体不明の怪物。
まず、名前からふざけている。
その名前を教えてくれたのはリナリアさんだった。
私は思わず都市伝説を思わせるチープ感に、馬鹿にして笑った。なんですか?それ、と。
しかしそれを話すリナリアさんの真剣なこと。
少しの苛立ちをその顔から読み取って、慌てて真顔を作る。
『どこからともなくそれは現れるの。』
『顔が蝶の、男性。』
話によると、その蝶男は背の高い、顔が蝶の男性らしい。
いくつもの腕を持っていて、その手は人を殺すためにあるのだと。
『死人が出たんですか?』
『そうよ、皆、眠るように死んだの。』
『目撃者の証言によるとね、』
蝶男は、腰の抜けたエージェントにこういうのだ。
どこに口があるかも分からないのに、確かに、ハッキリとした声で。
『〝人は死んだら どこに行く?〟』
「……そんなの、分かるわけないのに。」
呆れる内容だ。人を怖がらせるために作られたような話。
それがどこまで本当か分からないけれど、脚色はされているのだろう。
こうした方が怖いから、こうした方が不気味だからと。
会社の上含めて、そんなものをこぞって怖がっているのがコメディだ。
学校の怪談を、教師が怖がっているようなもの。
少し気に食わなくて、、オーケストラさんの収容室に着いて、私はその話を彼に話した。
「らしいんですよ。……オーケストラさんは、どこに行くと思います?」
収納室の床を拭きながら、私は世間話の一つとして。
ついでに馬鹿にする気持ちも含まれていた。
そんなの気にしてるなんて、と。
そんなことよりも私は、アブノーマリティ達が収容違反しないかのほうが余程怖いというのに。
──人が死んだら、どこに行くか。
「はい。」
──……わかりませんね。
「ですよね。」
そう、その通り。
私はその答えに満足して、うんうんと頷いた。
そんなのはずっと昔から哲学者達が何度も考えた問だ。
しかし答えはない。哲学は答えを求めるものでは無いから。
──死について考えるなんて、恐ろしくてできません。
「え?」
しかしオーケストラさんのその言葉は意外だった。
オーケストラさんにも怖いという概念があるのか。
いや、失礼だ。意思がある限り怖いものなんて必ずある。けれど。
「……オーケストラさんって、死ぬんですか?」
オーケストラさんの身体を見つめる、そして近づいて、その燕尾服に触れた。
人形の体は胸に触れても鼓動はしない。
呼吸で動くこともない。
どうやって生きているのか、私はオーケストラさんのことを何も知らないから。
彼がどうやって死ぬかも分からない。
──死にませんよ、恐らく。
──私は人形ですからね。
「それなのに怖いんですか?」
首を傾げた。
──ええ、とても。
──死は、私からあなたを奪う。
「え?」
オーケストラさんの手が、私の頬に触れた。
その手が当たり前にとても冷たくて。
慣れているはずなのになにかゾッとするものがあった。
顔を上げる。
オーケストラさんの表情を見る。
いつものように変わらない顔。筋肉が存在しないのだから当然だ。
「オーケストラさん、」
名前を呼んだ。
しかしオーケストラさんは、こたえることはなく。
──ユリさん、あなたを失うことがとても怖い。
──居なくなるなんて耐えられない。
──あなたにはずっと、笑っていて欲しいのです。
「笑、う。」
──世界はあなたのためにあるのに
──何故平等な死をあなたに渡したのでしょう。
「……私、そんな特別じゃありません。」
──……。
──たまに思うのです。
「っ、」
オーケストラさんの手が、私の首におりてくる。
手袋をしたその手は優しく私の喉を撫でた。するり、するりとしなやかなロープのように。
──どうすれば完全に私のものになるのか、
今、オーケストラさんの手に力が入れば。
私なんて簡単に殺されてしまうのだ。
──……なんてね、
「っ、」
オーケストラさんの手は離れる。
私は生きている。
力など一切込められなかった。とても優しい手つきで。
分かっている。
オーケストラさんは優しいから、私の首を締めるなんてしない。
それなのに何故息は荒いのだろう。
何故足は竦むのだろう。
何故逃げ出したいのだろう。
──だから私は、死がとても恐ろしい。
何故、怖いなんて。
──ねぇ、ユリさん。
──あなたは死んだらどこに行くのですか。
何とか年内に書き終えました。
無事仕事納めもし、年越しゆっくり出来そうです。
2019年ありがとうございました。今年は特に、皆さんから暖かい言葉を頂いたことが印象的です。
小説はまだまだ続きますが、どうか来年もよろしくお願いします。
今年一年お疲れ様でございました。
来年もどうか、よろしくお願いします。
宮野花