俺は小学校に入学した時、親に初めてゲーム機を買ってもらった。
うちはそこまで裕福な家庭でもなく、自分が幼い頃に父親は亡くなったらしく、小さなアパートでお母さんと一つ下の妹の3人で暮らしていた。
確かに友達みんながゲーム機を持っていて羨ましいとは思っていた。持ってないせいで現に仲間ハズレにされている。
だが、貧乏でゲーム機を買うお金なんてないことはわかってた。欲しいなんて言えるはずもなかったんだ。でも、お母さんは......
「入学おめでとう。」
そう言って俺に渡してきたのは、みんなが持っている人気のゲーム機、DSだった。
俺は驚いていた。お母さんにはこのことは一言も言ってなかったのに...。
「あんた、ずっと欲しかったんでしょう?○○くんや**くんたちと遊んでるのを見かけたんだよ。でも、母さんのことを考えて我慢してたんでしょう?」
「っ......!」
俺は顔を背けた。
「これでみんなと遊べるでしょ、仲間外れなんてされないでしょう?」
そう言ってお母さんはもう1つ四角い箱を渡してきた。
『ポケットモンスターダイヤモンド』
「っ!!これ......!!」
そう、大人気ゲーム『ポケットモンスター』の最新作、ダイヤモンドだったのだ。
俺の頰から涙がつたる。
「かぁ......さん......」
お母さんは俺を優しく抱きしめてくれた。
―――ありがとう。
「ん、んん...?」
カーテンの隙間から日差しが差し込む。
「っ......、夢か。」
俺はとあるアパートの一室で目が覚めた。
寝ぼけ眼であたりを見渡すが誰もいないようだ。ということは母さんはもう仕事に行ったのだろう。いつも朝は俺一人しかいないので少し寂しく思いながらも、ゆっくりと身体を起こし、リビングの方に行くと、テーブルの上に小さな弁当箱があり、ちゃんと中身のご飯やおかずが可愛く綺麗に盛られていた。朝も早いのにわざわざ弁当を作ってくれて本当に感謝しかない。
「懐かしい夢を見たな。あれは、小学校の頃か... 」
テーブルに着き、適当に食パンを焼いて食べながら、昨晩見た夢のことを思い出していた。
入学式の後、母さんが俺に買ってくれた一つのゲーム機と一つのカセット。
ポケモンのおかげで仲間外れにされることも無くなり、友達だってできた。友達と遊んだ時のことを話すと、母さんや妹が嬉しそうに笑ってくれていた。貧乏だったけど、家族みんなで過ごすこの時間が俺は大好きだったんだ。
「ポケモン......か。」
今はゲームはほとんどしていない。高校に通っていて、生活の足しになればとアルバイトをしてお金を稼いでいる。妹は俺なんかとは違ってすごく賢いから都市の方の名門の女子校に特待生として、寮に泊まりで通っている。
俺は引き出しからボロボロになってしまったDSを取り出す。これが母さんが残してくれた俺の大事な宝物だったからだ。まだ動くし、カセットも入ったままだ。
俺は何となく電源を入れる。
『ポケットモンスターダイヤモンド』
当時の俺はかなりやり込んでいたらしい。全国図鑑までほとんど綺麗に埋まっていた。
「...はは、だからこんなに目が悪いんだよな。」
今、俺は眼鏡をかけている。原因は十中八九こいつのせいだろう。
だが、悪い気はしなかった。俺はこれが無かったら友達すら出来ず、1人のままになっていただろう。ポケモンは俺に元気をくれた。ポケモンは友達をくれた。そのおかげで、今は元気に高校に通うことが出来ている。
「...ふーん、色違いなんかもぼちぼち集めてたんだっけか?」
俺は学校に徒歩で通っている。その途中、小学校の頃やっていたポケモンを開き、懐かしむようにボックスを見ていた。あまり覚えていないが当時は結構やり込んでいたらしい。ボックスを覗けば一目瞭然だった。
「...っと、こいつは。」
俺はボックスの隅にとあるポケモンを見つけた。
「懐かしいな、俺はこいつだけは他のポケモンより愛情を込めて育ててたんだよなー、......名前なんだっけ。」
俺は十字キーを押して、矢印をそのポケモンに合わせる。
「そうそう、確かこいつの名前は............
名前を呟こうとした瞬間、突然目の前がブラックアウトした。
「!!」
パッと突然目の前が明るくなる、見たことのない天井だ。
「あら、起こしちゃった?ごめんね〜。」
そう言って見たことのない女の人は俺を抱き上げる。
抵抗しようとするも身体が思うように動いてくれない。しかも、声もまともに出すことが出来ず話せない。
あれ、俺赤ちゃんになってる?
俺の寝ていたベッド、哺乳瓶、そして俺の母親であろうこの人。うん、間違いなく赤ちゃんになってるな。
何故かこんな状況なのに冷静であった。
――――――それから10年が経った。
俺は言葉も喋れるようになったし、割と普通で健全な男の子となった。(精神面以外)
俺はとある世界に転生したらしい。何がトリガーとなって転生したのかはさっぱりわからない。よく小説であるトラックに轢かれたらよくわからない真っ白な空間にいて、神様が「転生できるぞよかったな。」みたいな展開もなく、いきなり赤ちゃんからやり直しになるなんて。原因がわからないがわかったことが一つある。それは、
ここがポケットモンスターの世界だということだ。
俺はシンオウ地方のミオシティという港町で生まれ育てられた。
うん、やったことあるから知ってるわ。
親父は漁師をしており、偶に新鮮な魚を持って帰ってきてくれたりする。母親はいたって普通の主婦で俺を優しく見守ってくれる。
あ、死んだわけじゃないからね?
いたって普通の家庭に生まれ、普通の生活をしていて、裕福すぎず、貧乏すぎず幸せな日々を過ごしている。
ーー俺は、前世はこんな生活を求めていたのかもしれない。
「にゃあお。」
ソファーに座っていると俺の膝の上に猫が乗って座った。
灰色の体に細い目、そして、細くぐるぐる巻きとなっていて先端にもふもふしたようなものがついている尻尾。そう、こいつはねこかぶりポケモンのニャルマーだ。俺の膝の上で寝ているが、懐いてるわけでも嫌っているわけでもないらしい。まぁ、猫らしいと言えるだろう。
俺は優しくニャルマーの頭を撫でてあげる。気持ち良さそうだ。
「ねぇ、ハルト。」
「んぁ、なに?母さん。」
母さんが俺を呼んだ。そう、俺の名前はハルト。奇跡的に前世と名前が同じーーーーーーというわけではない。それでも普通の名前で気に入っている。ダイヤモンドパールにちなんで、パールなんて名前つけられても何か恥ずかしくて嫌だからだ。
「ハルトって今年で10歳でしょ?旅に出ようとか思わないの?」
そう、10歳になると旅に出る権利を与えられる。だが、前世で高校生まで生きてる俺ならこう思った。
「うーん、まだ社会のルールもわかってない俺が旅になんて出られるわけないでしょ。せめてある程度勉強して12歳くらいになってからにするよ。」
そう、ずっと前から思っていた。無印ポケットモンスターアニメの第1話を見て思っていたことがあった。
10歳からは早すぎる。
せめて小卒、できれば中卒くらいから旅に出るべきなんだと思った。だが、ポケモン世界は違うらしい。社会のルールなんて分からなくてもいいらしい。
全く素晴らしい世界だよちくしょう。
「そう、なら勉強頑張りなさい。」
母さんも特に反論もせず受け入れてくれた。本当にいい母親だなと心底思った。
俺は朝は外に出て適当に友達と遊び、昼からは本を読んでポケモンの勉強に努めている。前世ではそこそこやりこんではいたが、小学生の頃のことなので感覚が戻るまでは旅に出ないことにしていた。
『ガチャ』
「帰ったぞぉぉ!!」
この耳の奥まで届く低い声、そう親父である。親父は朝早くに出て、周りよりは少し早い夕方ごろに帰ってくる。
「おかえり親父。おつかれさん。」
「おう!今日は大漁だったぞ!!ほら!!」
親父は俺にクーラーボックスを渡す。中を見るとアジやらイワシやら色々な魚が入っていた。え?ポケモンじゃないのかだって?ポケモン食べるなんて想像もしたくないでしょ、最低限の考慮ですよ。
「おぉ、すげえ。じゃあ今日は刺身かな?」
「おかえりなさいあなた。お疲れ様。」
母さんも出てきた。
「おぉ、ただいま。今日は刺身にするか!!」
母さんは微笑んで答えた。
「そうね、刺身にしましょうか。」
もしかしたら、今の家庭は俺が求めていたものだったのかもしれない。高校生になって、母さんは仕事で朝早くに出て帰ってくるのも遅く、一緒に過ごす時間がかなり減ってしまった。こんな家族団らんの時間を俺は過ごしたいと願っていたのだろう。前世の家族と過ごせなかったのは残念だけど、この幸せをずっと感じていたいと思ってしまった。
***
そして夜、俺は9時ごろには寝る主義なので自分の部屋のベッドに寝転がっていた。
「.........ふぅ、今日も楽しかったな。」
そう呟いて電気を消した。
ポケモン世界に転生。これほど嬉しいことはないだろう。ガキの頃はこんな世界で暮らして見たいと思っていたくらいだ。.........ポケモンにあまり関わってない気がするけど。
俺はそんなことを考えながら眠りについた。
「......ッ!!?」
俺は漂う寒気で急に目が覚めた。慌てて起き上がる。そこは俺の部屋ではなかった。アスファルトの上で目が覚めたのだ。
「何だよ......ここは!!?」
目が覚めると空が真っ暗で霧がかかっている。そして、人は誰もいないミオシティの広場にいた。