CODE:BREAKER -Another-   作:冷目

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またまた遅くなってしまい申し訳ありません。
とにかく詰め込んで詰め込んで詰め込んだ結果、色々と迷ってしまい遅くなってしまいました。
改めて文章を書くことの難しさを思い知りました。
今回は番外篇では恒例のシリーズの遊騎版です。
と言っても、内容としては遊騎よりもあの人が目立ってるような気もするような……
そんな内容で申し訳ありません!
それでは、どうぞ!





code:extra 9 在りし日の記憶~天宝院 遊騎~

 「──死ね」

 

 

 

 

 

 消えない

 

 

 

 

 

 「死ね…………死ね……」

 

 

 

 

 

 彼の姿が

 

 

 

 

 

 「死ね……死ね……」

 

 

 

 

 

 彼の声が

 

 

 

 

 

 「死ね……死ね死ね死ね死ね──」

 

 

 

 

 

 彼の狂気が

 

 

 

 

 

 「──シネ」

 

 

 

 

 

 消えない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、まだ彼らが同じ場所で仲間を思っていた頃の話──

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………」

 パッと、人見は唐突に目を開いた。先ほどまで頭の中で鮮明に流れていた過去の映像(記憶)を見ないために。

 「ッ──」

 急に目を開いたためか、外界を照らす日光がひどく眩しい。人見は右手を眼前にかざし、日光を遮る。そして、人見は少しでも眩しくなくなるように体を起こす。起きてみると、土手下の川が日光を反射してキラキラと輝いている。

 今、彼がいるのは彼が昼寝をする際に来る土手。しかし今日、人見は昼寝を一切していなかった。目を閉じれば、あの映像(記憶)が蘇ってくるから。だから彼ができるのは、目を瞑ることで集中してそのことについて考えることだけだった。

 (いったい、どうすれば……)

 だが、それは起きている時も同じだった。先ほどそれ(・・)を見たせいか、頭の中を支配するのは先ほどと同じだった。人見は今日、何度もこうして目を閉じては起きるを繰り返していた。

 そして、またその繰り返しに入ろうとした瞬間──

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どないしたんや? いちばん」

 背後からの声。反射的に振り向くと、彼がよく知る顔と燃えるような赤毛が目に映った。

 「……遊騎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんや歩っとったら難しい顔してるいちばんが見えたんや。どないしたん?」

 「そうか……。いや、なんでもないよ」

 人見の隣まで歩いてきた遊騎はストンと座って人見の方を見た。しかし、人見は心配をかけまいと微笑を浮かべて遊騎から視線を逸らした。

 彼は知られたくなかった。今、自分の頭の中を支配していることについて。当人ならまだしも、それ以外の者に知られたくない。たとえ、信頼できる仲間だとしても。

 しかし、次の瞬間。遊騎は思わぬ言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 「……心配なんやろ。ななばん(・・・・)のことが」

 「ッ──!?」

 突然の遊騎の言葉に、人見の顔から微笑が消えた。ただただ、図星ということを表すかのように目を見開いていた。

 

 

 

 

 

 「……遊騎、それは勘違いだよ。彼はもう一人前の『コード:ブレイカー』だ。心配することなんてもう何もないんだよ」

 しかし、表情が崩れたのは一瞬だけだった。次の瞬間には、平然と感じさせる表情となっていた。ただそれは表向きだ。パッと見は表情の通り平然としているように見えるが、じっくりと見ると先ほどまでとは何か(・・)が違った。

 もちろん人見自身、それを気付かれないように気を付けてはいるだろう。なにより目の前の遊騎に気付かれないために。しかし──

 「隠してもわかるで、オレには。いちばんはななばんが心配なんやろ」

 「ッ……!」

 無駄だった。気付かれないように気を付けていたことが、ではない。おそらく、遊騎にしてみれば隠そうとしたこと(・・・・・・・・)自体が無駄に感じられるだろう。

 彼は確信していた。自分が出した答えに絶対の自信を持っていたのだ。彼の目が……そう語っている。

 「…………」

 「…………」

 そうして、人見と遊騎は真正面から向かい合った。二人とも、傍から見ると落ち着いた目で向かい合っているだろう。しかし、彼らにしてみればそんな生易しいものではない。

 言ってみれば、これは“意志”のぶつかり合い。真実を隠したい者と真実を解こうとする者。この両者の強い“意志”が視線に乗ってぶつかり合っていた。

 その後、その決着がつくのは決して長くなかった。数秒の間、ぶつかり合った二人だったが、片方が折れたことで決着はついた。そして、折れた者が「降参」の意を表して両手を挙げた。

 

 

 

 

 

 

 「……私の負けだよ、遊騎。やはり君に嘘はつけないな」

 折れた者……人見は苦笑いを浮かべながら負けを認めた。

 

 

 

 

 

 

 「当たり前や。いちばん、嘘つくの下手やし」

 「今のは君の“意志”が強い、って意味で言ったんだけどなぁ……。まあ、確かに嘘は好きじゃないけどね」

 ハハハ、と笑みを浮かべる人見。すでに隠す必要が無いからとわかって気が抜けたのか、人見はその場で寝そべった。遊騎はそんな人見を見下ろした後、座ったまま正面を向いて口を開いた。

 「なんでそんなにななばんが心配なんや?」

 「──それは…………」

 口を開こうとした人見だったが、言葉が出ない。迷っているのだ。今、自分が悩んでいること……優の暴走について。

 優が『コード:ブレイカー』となった日、人見は“エデン”の者たちにこう宣言した。「自分が優の面倒を見る」と。ここで遊騎に話しては、その宣言を破ることになる。……いや、そんなことはどうでもいい。迷いの原因はそれではない。迷っている本当の原因は、優が、『コード:ブレイカー』が抱える不安要素を同じ『コード:ブレイカー』に話していいのか、ということだ。

 だが、このまま自分だけが抱えて解決することでもない。だが、彼はそうしなければならない。なぜなら、それが『コード:01』の……エースの務め────

 「……何悩んでるかわからんけど、いちばんが心配する必要はないと思うで?」

 「……え?」

 遊騎の言葉に人見は呆然とする。対して遊騎はスッと立ち上がり、人見に背を向けて土手を上った。

 「ついてきいや」

 「ついてくって、どこに──」

 「決まっとる」

 突然のことに戸惑う人見。疑問を口にするも遊騎の言葉がそれを遮る。立ち上がると、遊騎はピタリと立ち止まって振り向き、行き先を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ななばんのとこや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『コード:ブレイカー』には忘れてはならない決まりがある。破ったからと言って罰を受けるわけではないが、できるのならば守らなければならない決まりが。

 それは、彼らが“悪”を滅する時に口にするあの言葉……「目には目を 歯には歯を」が大きく関係している。彼ら『コード:ブレイカー』は“法では裁ききれない悪”を裁く存在。裁きとは法あってこそ与えられるもの。つまり彼らには、彼らなりの方が存在する。彼らはそれに基づき、“悪”に裁きを与えているのだ。

 そこで忘れてはならないもの。それこそが『コード:ブレイカー』の決まりだ。独自の法を司る彼らだからこそ存在するルールが。それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「必要以上の罰を与えたらあかん」

 「え?」

 自分の前を歩く遊騎の突然の呟きに人見は瞬きを繰り返す。彼らは今、とある山奥の道なき道を進んでいる。木々が生い茂り進路を塞ぐが、彼らはそれを払っては進み払っては進みを繰り返している。道中、二人はほとんど無口だった。遊騎は相変わらずとして、人見としては言いたいことを我慢している感じだった。いろいろ聞きたいことがあったが、聞いたところで遊騎が答えるとは思っていなかったからだ。彼の性格を考えれば、何を聞いても「行けばわかる」の一言で済ませるだろう。

 そんな中で突然出てきた彼の一言。それ(・・)は人見にとって理解できない言葉ではなかったが状況が状況だ。もちろん、「なぜ今、それを言ったのか」という疑問が生まれる。それを感じ取ったのか、遊騎は進みながら言葉を続けた。

 「オレら『コード:ブレイカー』が守るべきルールや。オレらは“悪”を裁く存在であり、“悪”を殺す存在ではない。そうやろ? いちばん」

 「……ああ、そうだね」

 まるで確認するかのように話す遊騎。人見は遊騎の真意がつかめず、ただ遊騎の言葉に返答をするだけだった。

 「もちろん、何人も殺したり反省の色が無いようなどうしようもない“(クズ)”は容赦なく殺すしかない。せやけど、その罪の程度によってはチャンスを与える必要がある。殺すんやなくて、捕まってやり直すっていうな」

 「……ああ」

 その時、人見の頭にはある光景が浮かぶ。最近、『コード:06』となった新人……大神 零。優が現れるまで、人見は大神を育てていた。その時に見た、ルールを全うする彼の姿が。

 『選ばせてやる。自ら出頭して法の裁きを受けるか、それともここで死ぬか。どっちがいい?』

 大体の“悪”はこの挑発染みた大神の発言に怒り、反抗して大神の『青い炎』で燃え散らされる。しかし、これは彼なりにルールを守っているのだ。言葉は悪いにしろ、しっかりとチャンスを与えている。それを選ぶかどうかは相手の“悪”次第だ。

 そのことは理解できる。なぜなら人見自身も先輩の『コード:ブレイカー』に教えられ、後輩である遊騎、刻、大神、優に教えたことであるからだ。しかし、話は理解できても状況の理解はできない。なぜそのことを今になって話したのか。すると、遊騎は先ほどまでと変わらぬトーンでその答えを口にした。

 「いちばんが悩んでんのは……ななばんがこのルールを無視しまくってるってことやろ」

 「……ッ!」

 遊騎の言葉を人見は……否定することができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に気付いたのは優が『コード:07』となって間もない頃……人見と優が共にバイトを行っていた時。その時の標的は、俗に言う快楽殺人者だった。人見が最初に違和感を感じたのは二人で標的の資料を確認した時だ。読み進めていく内に、優は口数を減らしていき、優から殺気が溢れだし、そして……優の目は憎しみに染まっていった。その後、実際に標的と対峙して言葉を交わした瞬間……人見は優の暴走を初めて目にすることとなった。その姿を見て人見は直感した。このままでは危険である、と。そこから、人見の苦悩の日々は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……情けないね。彼のことを一人前と認めていても、心のどこかではまだ彼を心配してしまう。それに、彼をちゃんと育てるって言ったのは……他ならぬ私自身だというのに」

 遊騎の言葉を聞いた人見は過去の記憶……優の暴走について思い出しながら、初めて弱音を口にした。本来なら『コード:01』として『コード:ブレイカー』を支える立場にある人見。だからこそ、自分より下の『ナンバー』の者に対して弱気なところを見せることはほとんどない。見せるとしたら長年の付き合いである平家くらいだ。しかし、今の人見は遊騎に対して弱気な自分を見せている。思わず表に出てきてしまう……それくらい今の人見は深く悩んでいるのだ。

 「けど、私だってわかっているんだ。このことは優自身が解決しないと始まらない、と。他人の私がいくら悩んでも真の解決には繋がらないってこともね……」

 「…………」

 まるで、自分のやっていることに意味はない、とでも言うかのように目を伏せて呟く人見。その目には深い深い悲しみが宿っていた。

 今まで見たことが無い弱気な人見を見て、遊騎は静かに告げた。

 「そうやな。いちばんのやっとること、意味ないわ」

 「う……!」

 遊騎の言葉がぐさりと人見の胸に刺さった。状況を考えれば、たとえそう思っていても何か励ましの言葉をかけるのが普通だろう。しかし、遊騎は何気ない顔でさらりと心無い言葉を口にした。

 「ゆ、遊騎……。そこはそう思ってても励ましの言葉が欲しかったかな……」

 「なんでや? 別に必要あらへんやん」

 「ぐは……!」

 遊騎の言葉に思ったより傷ついたらしく、ぎこちない笑顔を見せて思わず本音を口にする人見。だが、遊騎はそんなことお構いなしに言葉を続け、人見の傷はより深くなっていった。

 すると、ここで遊騎の足がピタリと止まった。それに合わせて人見も歩みを止める。どうやら目的地……優のところに着いたらしいが、先ほどまでと変わらない鬱蒼とした山奥だった。特徴といえば、彼らの目の前には芝生が生い茂り、行き止まりとなっていることと、近くに滝があるのだろう。水が流れ落ちる轟音がするくらいだ。優はどこにいるのか、人見がそう聞こうとした瞬間……

 「だって、さっき言ったやろ。『ななばんを一人前と認めてる』って。それって、ななばんは自分でその問題を解決できるってわかったからやろ。だから、そんな風に思うんやろ」

 「ッ……!」

 その言葉に、思わずハッとする人見。すると、遊騎は目の前の芝生をかき分け、小さな穴を作った。そして人見を手招きし、自分の隣へと誘導した。疑問を浮かべながらも人見はそれに従い、遊騎の隣に立ち穴を覗いた。そうして映った景色に、彼は目を見開いた。

 「こ、ここは……!」

 背の高い木々が日光の侵入を遮っているのか、薄暗くジメジメとした場所。正面には轟音を立てる巨大な滝があった。人見はその滝に見覚えがあった。すると、遊騎が再び口を開いた。

 「……罰白(ばつはく)(たき)。まだ“エデン”ができて数十年の頃、重要な情報を握ってる“悪”から情報を吐かせるために使われた激流の滝や。そん時はまだ自白剤とかの技術も高くなかったから、ここで激流を受けさせながら罰を与え情報を聞き出したらしいで」

 「ああ、知っているよ。その激流の強さから、ほとんどの“悪”は情報を吐き出す前に水圧で潰される『死の滝』とも呼ばれている、と。……でも遊騎、なぜ私をここに?」

 「あそこ見ればわかる」

 そう言った遊騎はある一点を指差した。人見はその先を見るが、そこには滝しかない。しばらく目を凝らして見ていると、あることに気付いた。

 「あ、あれは……」

 滝の中……大量の水が重力に従い流れ落ちた先に一つの人影があった。先ほど、人見が言った通りこの滝の水圧は平気で人を潰せるほどのものだ。そんな滝の中にいるというのはほぼ自殺行為に近い。なら、そんな自殺行為を行うのは誰なのか。さらに目を凝らして、その姿を見ようとする人見。そして、ついにその姿が明確に彼の目に映り、彼はその名を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「優……!?」

 「…………」

 人見の視線の先……滝の中で優は静かに目を閉じ座禅を組んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な、なにをやっているんだ、優は! 早く止めないと──!」

 「必要あらへん。これはななばんが自分から始めたことやし」

 『死の滝』の異名を持つ滝に打たれる優の姿を見て慌てだす人見に対し、遊騎は相も変わらず平然とした様子で人見をなだめた。だが、人見は遊騎の言葉を無視して止めに入ろうとした。

 「だとしてもだ! いくら『脳』で身体能力が強化できても限界はある! もしあの中でロストでもしたらそれこそ死んでしまう!」

 「……多分ななばんは、それもわかっててあそこにいるんやと思うで?」

 「え……?」

 遊騎の言葉に人見は思わず固まる。そして、遊騎は滝に打たれ続ける優のことを真っ直ぐ見ながら言葉を続けた。

 「滝に打たれて心を強くする、って日本人が昔からやってきたことやろ。ななばんは、ああやって自分の中の弱さと戦ってるんやと思うで。多分……いちばんがいなくても戦えるように」

 「ッ……!」

 思わず目を見開く人見。そして、思い出した。夜原 優という人間が……どんな人間であるかを。

 (そうだ……。暴走し続けて一番辛いのは他ならない優自身だ。ただ一時の感情に任せて異能を使い、人を殺めるという“悪”となんら変わりないことをして傷つかないわけがない。なぜなら彼は、どんなに否定されようとも『コード:ブレイカー』になろうとしたんだから。その自分が“悪”と変わらない部分があるのなら……どんなことをしてでも自ら正そうとする。彼はそんな……不器用な正義を貫く男だ)

 自分でも本当はわかっていた。だからこそ、自分は彼を一人前と認めて手元から手放した。しかし、いつの間にか全てを背負い込もうとしていた。解決しようとしていた。自分が踏み込むべきではない彼自身の問題に対してまで。

 (どうやら……私が子離れできていなかったようだね)

 自分に対しての嘲笑なのか、クスリと微笑む人見。遊騎はそれを黙って見つめていた。すると、人見は遊騎へと視線を向けスッと右手を差し出した。

 「目が覚めたよ。ありがとう、遊騎」

 「……どーいたしまして、や」

 人見の右手に応える遊騎の右手。二人の男の右手は固く、強く……二人の信頼の証であるかのように繋がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「来るなぁ! 来るんじゃねぇ!」

 人里から少し離れた平原に男の怒鳴るような声が響く。男はその腕にあるもの(・・・・)を抱えながら、刃渡り9cmほどのナイフを持って逃げていた。ナイフを持っていることから考えると、逃げているのは警察か何かに対してだと普通は考えるだろう。しかし、実際は違った。彼が逃げていたのは……赤髪の少年と黒髪の少年の二人からだった。

 「来るな言われてホントに来ない奴なんかおるんか?」

 「ナイフを持っているんだから、一般人ならまず寄ってこないと思うがな」

 二人の少年……遊騎と優は日常の会話のように平然と話していた。それに対して、男は追いつめられて錯乱しているのか、冷や汗が大量に吹き出し全身がガタガタと震えている。

 「おっちゃん、もう逃げるのはやめたほうがええで。……その重いもん(・・・・)も置いていきいや」

 「う、うるせぇぇ!」

 遊騎の言葉に男は激昂し、腕に抱えたもの(・・)……小学生と思われる少年にナイフを突きつけた。ここで、普通の少年だったら怯えて叫び声の一つも上げるだろう。しかし、男の腕の中にいる少年からは何の反応も無い。眠っていたり、意識を失っているわけではない。少年の目は開いている。しかし……

 「…………」

 少年の目には光が灯っていなかった。焦点が定まっておらず、生気も感じられない目。だらしなく開かれた口元には唾液の後がある。それどころか、全身に力が入っていないのか全体的にだらりとしていた。遊騎と優はその様子を観察しながら、考えられるあらゆる可能性を考えていた。

 (あの様子……明らかに普通じゃない。だが、それ以前になぜ奴はあの子を連れて逃げた? あの子の様子からして人質としては明らかに不向き。なのになぜ……)

 (もしかしたら、連れていかなアカン(・・・・・・)のか? オレらがあいつを保護でもしたらマズイことでもあるんか……)

 (保護したらあの子の身辺の調査や検査が行われる……。それが奴にとっては不都合なのか? そして、その不都合なことはあの子の様子に関係しているはず。……まさか──!)

 逃げるのに不都合な状態の少年をわざわざ連れて逃げる男、少年の異常とも言える様子……ここから導き出せることは……たった一つだった。

 「薬物、か……?」

 「ななばん?」

 「お前……その子に薬物を投与したのか……!」

 信じられない、信じたくない最悪の可能性の一つを優は口にした。全身から力が抜けた少年、これは薬物を投与されたことで放心状態となっているため。男が少年を連れて逃げた理由、おそらく少年に薬物を投与したことを隠すためだ。男が捕まるか、少年が保護されれば少年は検査を受け、薬物の投与が確認されるはず。男はそれを恐れたのだ。

 「黙れぇ! オレは悪くねぇぞ! オレは欲しくなかったのに、仲間が勝手に裏ルート使って取り寄せやがったんだ! 最初は自分で使うだけだと思ったがアイツ……オレにも使えって言ってよこしやがったんだ! オレは薬物(ヤク)なんて使ったことねぇから怖くて……どんなふうになるかわかんねぇから、だから!」

 「だから……そいつ使ってどうなるか試した言うんか? そないなこと……許されるわけがないやろ。この“(クズ)”が」

 「う、うるせぇぇぇぇ!!」

 精神的にも追いつめられたらしく、どんどん隠された事実を話し出す男。そんな男の言葉に対し、遊騎は鋭い殺気を乗せた言葉を返す。すると、男は激昂してナイフを少年に向けて振りかざした。どうやら少年を殺して逃げ延びることを選んだらしい。

 「うわぁぁぁぁ!!」

 「させへん──!」

 男のナイフの切っ先が少年の顔に突き刺さる直前、遊騎が動いた。『音』の異能を使う彼が音速で近づけばすぐに男からナイフを奪うことはできる。遊騎はナイフを奪うため、音速で男に近づこうと──

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……黙っていろ、“(クズ)”が」

 しかし、それよりも先に彼……優の拳が男の顔を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐはぁ!」

 『脳』の異能で強化された優の力を受け、男は派手に吹き飛び平原に倒れた。それに対し優は、男の腕から解放された少年をしっかりと抱き、堂々と立っていた。

 「ななばん……」

 そんな優を見て、遊騎はその場で立ち止まった。彼の頭の中では、優がしたことは自分がするはずだったこと。しかし、現実には優がそれをやってみせた。音速の速さを持つ遊騎を超えて。

 (オレよりも早く動いとったんか……。『脳』の異能は感覚器官も強化する……そう考えればオレよりも早く気付けて当然やな……)

 「壊脳……」

 少年を助けた優は壊脳を使い、少年を眠らせた。そして、優は少年をその場にそっと寝かせた。宝石を扱うように、大切に。

 そして、優は男と対峙した。

 「…………」

 「ッ、ぁ……」

 優の全身から怒気が発せられ、そのあまりの迫力に男はすっかり言葉を失う。その異常なまでの怒気を発し続けながら、優は男との距離を縮める。

 (……あかん)

 その様子を見ていた遊騎は危険を感じていた。直感で感じたのだ。これこそ、人見が悩んでいた優の問題なのだ、と。

 「……死ね」

 「ひィ……!」

 遊騎が考えている間に、優と男の距離は互いに目前と言える距離となっていた。さらに、優は右手で拳を作り、男に向かって振り下ろそうとしていた。今の彼は……憎しみのみで男を殺そうとしていた。

 (あかんで、ななばん……。あいつは“(クズ)”やけど、まだやり直す可能性がある。そのまま殺したら……ただの“(クズ)”と同じや)

 遊騎はそんな優をただ見守っていた。本当なら止めるべきだ。だが、遊騎はそれをしなかった。ただ一つの思いを胸に秘め、静かに見守り続けた。

 

 

 

 

 

 「…………」

 

 

 

 

 

 そして優は……

 

 

 

 

 

 「た、助け──」

 

 

 

 

 

 自分の拳を……

 

 

 

 

 

 「死ね──!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──力の限り男に向かって突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──選べ」

 「……え?」

 「自ら全ての罪を認めて法の裁きを受けるか、ここでオレに殺されるか……どちらかを選べ」

 優の拳は……男の頬をかすって土にめり込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「じゃあ、よろしく頼むわ」

 「はい、ご苦労様です」

 その後、男は自ら法の裁きを受けることを選び、彼は“エデン”のエージェントに連行された。また、薬物を投与された少年も“エデン”に保護され、治療を行ってから家族のもとに帰すこととなった。もちろんその場合、優の壊脳による記憶操作が必要だが、優は進んで行うだろう。

 「…………」

 エージェントと話していた遊騎に対し、優は彼らに背を向けて空を見上げていた。遊騎も見てみると、月が明るく輝いていた。満月とまではいかないが、それなりに満ちた月だった。改めて優のことを見てみると、月光が彼の背中を照らしている。まるで彼を称賛しているかのように。

 「……信じとったで、ななばん」

 ボソリと呟きながら優に背を向ける遊騎。そう、彼は最後まで信じていた。優ならば乗り越えられる、と。だから彼は止めなかった。ただ信じて……見守り続けたのだ。

 「……ありがとな、遊騎」

 同じように呟く優。その言葉に遊騎は何も返さず、ただ笑みを浮かべながら歩き続けた。

 

 

 

 




いかがだったでしょうか。
遊騎と人見の友情話、優の過去話の続きのどちらともとれる内容でした。
話の中に出てきた『コード:ブレイカー』のルールや滝については完全に妄想です。
原作とはまるで関係ないので読み終わった瞬間に忘れていただいて結構です(笑)
さて、次回で今回の番外篇は終わりです。
『捜シ者』篇最初の番外篇の最後を飾るのは……風牙です。
彼はかなり登場回数が少ないままやられてしまったので、一つくらいメインの話を番外篇でやりたいと思い考えた所存です。
投稿は来年になりますが、投稿した際には読んでいただけると幸いです。
それでは、そろそろ失礼します。
皆さま、良いお年を!


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