D.C.Street.Runners.~ダ・カーポ~ストリートランナーズ   作:ケンゴ

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Act.12 遭逢

「マズい、非常にマズい」

 

 そろそろ朝日が顔を出し始める早朝。

 そんな時間に、初音山の山頂駐車場で1人の男性――朝倉 純一は、自らの置かれている状況をそのような言葉で表した。

 

「車は動かせない、携帯も電池切れ、こんな時間だから人が来るとは思えない。そんな中、ショップの開店準備をしなければならない」

 

 愛車の傍らで空を仰ぎながら呟く。

 彼の愛車である真っ黒のエボ3は、足元のブレーキキャリパーからモクモクと煙が上がっている。

 一応、こんな時間に初音山へやって来る知り合いに心当たりはあるのだが、今日は休みのはずだ。

 

「あれ、これ詰んだんじゃね?」

 

 八方塞がり――。

 まさにそんな言葉がピッタリ合うこの状況に、純一は自嘲するしかない。

 一応、こんな時間に初音山を登ってくる知り合いに1人心当たりはあるが、予定では今日は来ないはずだ。

 

「……まさかブレーキが死ぬとは思わなかったんだ。いやだってさ、一応ブレンボキャリパーだぜ。許容量は充分あるハズなんだよ」

 

 誰に言い訳をしているのであろうか、彼は誰も居ない駐車場で1人言葉を紡いでいくが、それに応える者などいない。

 ただただ動けなくなった愛車が、静かに鎮座しているだけだ。

 

「やべーなぁ……今日ケンタは遅く来るから、店のカギ持ってんの俺だけってコトになるもんなぁ……」

 

 手に持った、勤務先の店を開ける鍵束を見て溜息を吐く。

 初音オートの従業員は、順番で開店準備――と言ってもショップの開錠をするだけだが――をすることになっており、今日は純一の担当日であった。

 開錠の担当が遅れるということは、必然的に他の従業員が店に入れなくなり、もちろん客も入店できないのでショップの開店自体が出来ないということだ。

 

「……かったるい」

 

 学生時代からの口癖がふと出てしまう。

 

「仕方ねぇ……歩くか」

 

 それしか方法がない。流石に徒歩では時間的にもう間に合わないが、少しでも足掻く方が言い訳ができる。

 そう考えた彼は、エボ3をドアロックし、覚悟を決めて道路の方へと目をやる。

 

「……ん?」

 

 その時、1台のエンジンサウンドが駐車場に近づいてくるのが聞こえた。

 一瞬知り合いかとも思ったが、特にマフラーを交換しているような大きなサウンドではなく、至って普通の車の音だ。

 知り合いでなくとも初音島の走り屋ならば見知ったヤツも多いため、この状況を何とか出来るかもしれないと思った彼だが、流石に普通の一般車となると話は変わってくる。

 こんな時間に話しかけても、向こうは警戒するだけだろう。

 

(やっぱりか……)

 

 駐車場に入ってきたのは、特に車高を落としたりマフラーを交換している様子の無い、至って普通の白色のステーションワゴン。

 そしてその車を見て、純一は人知れず肩を落とす。少しでも改造しているようであれば、まだ話しかけやすいキッカケを作れそうだったのだが。

 しかも島外ナンバーであるところを見ると、いわゆる普通の観光客の可能性が高い。流石に声をかける気にはなれず、ヘタをすれば不審者扱いされてしまいそうだ。

 

「あれはムリだな……」

 

 落胆した呟きを漏らす純一だったが、彼の思いとは裏腹にそのワゴン車はエボ3の横へ停車する。決して広いとは言えない山頂駐車場だが、それでも彼のエボ3以外に駐車車両の姿はない。

 そんな中わざわざ、エボ3の横にワゴン車は駐車したのだ。普通のドライバーなら、まずそんなことはしない。

 若干そんなワゴン車の動きを訝しんでいると、ワゴン車からドライバーが降りてきた。

 

「どうも、ココの地元さんかな?」

 

 メガネをかけた男性が声をかけてくる。恐らく自分よりも年上だろうが、純一が引っかかったのはそこではなかった。

 

(地元さん……?)

 

 その言葉を使う人種は限られてくる。しかも相手は島外ナンバーのドライバーだ、はっきり言って違和感があった。

 

「他に車も止まってねぇし、そのランエボが愛機かな。まぁ満身創痍って感じだが」

 

 若干皮肉にも聞こえる男のセリフだが、スラスラと並べた単語に、純一はこの男が同じ人種だと確信する。

 それと同時に、どこかで見たことのある顔だとも思った。

 

「しかしこんな時間に走り込みか。随分と熱心だが、ストリートでキャリパーの限界超えるまでブレーキ踏んでも仕方ねーぞ。それで動けなくなってちゃ世話ねぇからな」

「……まぁ色々とありまして」

 

 ようやく言葉を返す純一。自動車の専門用語をスラスラ並べるどころか、走り屋の世界でしか使わない言い回しをする男に、今度は純一が少し警戒することになった。

 

「まぁオレも昔はムチャクチャやってたから、他人の事はあんま言えねーけどな。気を付けろよ、無理だと思ったら素直に止めることがストリートで生き残って行く秘訣だからな?」

「……肝に銘じます」

 

 若干、押しつけがましいセリフに純一は内心面倒くさいな、と思う。

 とは言え、相手は間違いなく同じ人種だ。ただの観光客よりも話は通るだろう。

 

「あの、少々お願いがあるんですが……」

「ん? 近所のショップまで車で送って欲しいってトコか?」

 

 今まさに言おうとしたことを、先に相手に言われてしまう。

 

「その通りですけど……どうしてわかったんですか?」

「そりゃお前、ブレーキがあんな状態なら自走できないのは明白だしな。それにエボ3に貼ってるそのステッカーが、オレの言ってるショップの看板と同じだしな」

 

 積車呼ぶより自分で積車乗ってきた方が手っ取り早いってコトだろ――と付け加えた男。

 まるで全て見透かされているようで、若干不気味だった。

 

「ただ道はわかんねぇから、隣でナビしてくれよ」

「それはもちろん……でも、本当に良いんですか?」

 

 ワゴンの助手席のドアを開けてくれる男に尋ねる純一。

 

「だってお前……流石に歩いていくのはキツいだろ」

「……ですね」

「だろ? ほれほれ、遠慮すんなって」

 

 男に促され、純一は苦笑しながらワゴン車に乗り込む。新車の匂いがまだするあたり、納車したてなのだろう。

 

「急いだ方が良いよな?」

「え? まぁ、急いでもらえた方が助かりますけど……」

「よし。それならちゃんとシートベルト締めとけよー」

 

 男はイグニッションボタンを押してエンジンを始動させると、間髪入れずにアクセルを全開。

 白色のすーてーションワゴン車――スバル VMG型レヴォーグSTIは一気に加速し、助手席に乗っている純一はその加速感からシートに押し付けられる。

 

「まぁ急ぐと言っても、あんま道知らないから6割程度で行くけど勘弁してくれなー」

 

 強烈に加速していくレヴォーグの車体の動きとは裏腹に、男は近場までドライブする雰囲気で言い放つ。 

 流石に自分の乗っているエボ3に比べると加速感は弱いが、それでもノーマルの、しかもステーションワゴン車と考えれば凄まじい加速力だ。

 

(おいおいマジかよ……何もイジってなさそうで、オマケに納車したばっかの雰囲気の車だぞ……!?)

 

 普通に考えれば、男はまだレヴォーグに慣れていないと考えるのが普通の状況だ。そんな中、ドライバーである男は迷うことなく速度を上げていく。

 

「確か最初は高速S字からの中速左ヘアピンだったかなー」

 

 レヴォーグの目前に、男の言うとおりのコースが出現する。

 男は相変わらずアクセル全開のまま最初のS字コーナーへ進入していくが、助手席の純一は顔を強張らせる。

 

(アクセル全開で進入だと……!?)

 

 確かに最初の左は曲がれるかもしれないが、次の振り返しの右コーナー、そしてその後に現れる左ヘアピンに対応できない速度になる。

 純一の脳裏にはクラッシュの映像が浮かんだ。

 

「よっ、と」

 

 左コーナーを曲がりきったところで、男は一気に左足でブレーキペダルを踏み込む。

 レヴォーグはS字コーナー振り返しの右コーナーをインベタのラインでクリアーし、そしてそのままの勢いで左のヘアピンコーナーも、綺麗なアウト・イン・アウトの走行ラインを描いてクリアしていく。

 

(あり……えねぇ……! あの速度域から車体を不安定にさせることなく曲がり切れるなんて……!)

 

 レヴォーグのアシストグリップを握りしめながら、純一は男のドライブに戦慄する。

 はっきり言って、そこらの走り屋車よりも強烈な横Gが襲い掛かってくる状況に、頭の整理が追いつかない。

 

「あんま道知らないし車もナラシが終わったばっかだから、言うほどスピード出せないけど勘弁してくれなー」

 

 相変わらず男はリラックスした声色で、純一に声をかける。ハイスピードで流れていく背景とはあまりにもミスマッチだ。

 

(嘘だろオイ……まだ余裕を残してこの走りかよっ……)

 

 次いで右コーナーを駆けて行くレヴォーグの車内で、純一は必死で横Gに負けじと体勢を保つ。

 彼が知っている走り屋の中でも、ここまでのドライブをする人間はそう多くはいない。

 

「くぅっ……!?」

 

 高速の左コーナーでレヴォーグのリアが若干振られるが、それでも前へ前へとスライドしていく車体の動きは、純一が今まで体感で覚えてきた一線を超えていた。

 

(すげぇ……ぜっ、何者だよコイツ……!?)

 

 横Gが激しく襲い掛かってきているが、男の車両操作自体は非常に丁寧で無駄がない。

 ほとんど切れ角を変えないステアリング捌きと素早いパドルシフトワークで、レヴォーグはしっかり路面を捉えそして地面を蹴り出す。

 左足ブレーキなどという高等テクニックを躊躇なく行える辺り、相当の手練れと考えていいだろう。

 

(この人……間違いなく本物だぜ……!)

 

 純一は横目で、ステアリングを穏やかな表情で握りながらも、激しい走りをする男を見て確信する。

 レヴォーグは勢いそのままに、一気に初音山を下って行くのだった――。

 

 

 

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